里山と熊鈴と私(神室山・山形-秋田県境) | 里山と熊鈴と私

里山と熊鈴と私

朝寝坊と山を愛するあなたへ。日帰り、午後のゆるゆる登山。

 先日、磐梯山で痛めた左腕がまだ痛い。

 普段、生活する上では特に支障はないのだが、重いものを持ち上げたり、何かにつかまって体を支えようとすると、「ズキ!」っと来るのである。

 

 だけれども、漂泊の思いやまずして。

 今日は午後から天候が回復するらしい。それを信じて、出かけましょう。

 

 前から気になっていた、二百名山のひとつ、山形・秋田県境の神室山(1,365.2m)に向かう。

 なぜか知らないが、宮城・山形県境と、山形・秋田県境に、「カムロ」という名前がつく山が集中している。

 笹谷峠の仙台神室、山形神室、鬼首の禿(かむろ)岳、そして今回の新庄神室。

 

 いくつか登山ルートがあるようだけれど、今回は有屋登山口を目指す。

 関山峠を越えて、東根から国道13号を北上。

 

 新庄市を越えて、金山町に入る。

 あら。特徴的な白壁の古民家が、田園の中に点在していて、雰囲気のある町並みである。

 今度、ゆっくり訪れてみたいものです。

 

 神室ダムに到達。神室大橋を渡り、右に折れて終点近くまでしばし行く。舗装された10台くらい置ける駐車場、その奥にも6~7台、登山道入り口にも2~3台程度置けるようだ。

 それにつけても。結構人気のある山だと聞いていたが、紅葉シーズンだというのに、この閑散ぶりはいったい…?

いわきナンバー1台、他は地元の車で、5台程度しか停まっていない。

 

 この謎は、頂上付近でようやく解けるのであった。

 

 大きな石の結界を越えて、ブルドーザーの車輪跡がある、幅広の未舗装道路を沢沿いに歩く。

 ちょっと歩いたら、大きな石碑と、その傍らに立派な看板がある。

 「久那土神(クナトカミ)」さまとのこと。

 山の邪霊が里へ下りてくることを防ぎ、また登山者の安全を守るため、昭和8年に偉いお坊様が岩に彫り付けてくださったもの、とのこと。ありがとうございます。よろしくお願いします。

 14分ほど歩いたら、そこで道が途切れ、ここから本格的な、細い山道になる。9:37。

 小石交じりの、根が張り出した典型的な山道。特に危険なところはなさそう。小学生ぐらいなら、問題なく歩けるだろう。

ただ、右側の沢へと落ち込む、斜面上の道であるため、ところどころ足場の悪いところがある。

 

 今日の脳内BGMは、リチャード・ストルツマン『VISIONS』から、「Once Upon A Time In America~デボラのテーマ」。

 ストルツマン氏。おそらく、現役では、世界で一番名の知られた、クラリネット奏者。

 

 あの、倍音が霧のように重なったような、柔らかい音色、ヴィブラート。

 あの、ライヒの「ニューヨーク・カウンターポイント」での鬼気迫る演奏。

 クラシック、ジャズ、ポップスの垣根を越えた、真の意味でのクロスオーヴァーな演奏家の先駆け。一聴してわかる独特の音色は、こういうポップな曲にも良く合うと思う。

 

 ルバート気味のセクションからボサノバ風のIn tempoに移行する瞬間が良い。エディ・ゴメス氏ほかサポート陣の、控えめな演奏も素晴らしい。

 

 このアルバムには懐かしい思い出があって、昔、クラ吹きの年上の女性と、夏の終わりにドライブしたときに聴いたのです。ほぼアルバム1枚分、2人して黙って聞き惚れてた。芸術に触れるとき、「沈黙」という心配りをして下さる女性って素敵だな…

 

 あ、山の話でしたね(笑)。

 

 キーン、と涼しい熊鈴の音色が。はるか下の沢で、オバチャン2名が、大きなかごを抱えて歩いている。山菜か、キノコ採りなのだろう。詩的な光景である。

 

 と、向こうからオッチャンが降りてきた。かなりのベテランさんらしく、リュックに折りたたみマットをくくりつけているところを見ると、昨夜、山頂の山小屋で一泊したものらしい。

「頂上?いまから?」とたずねられ、「頑張ります!」と、返す。

 

 9:58、最初の沢越え。

 あらま。鉄製の渡し板があるにはあるんだけれど、水深10cmくらいまで水没している。

 傍らの飛び石も滑りそうで怖い。

 しかたなく、ソロソロとくるぶしまで水に浸かり、慎重に渡る。

 ふう。なんとか、靴の中に浸水することもなく、渡り終えた。

 

 今日はこの時期にしては気温が高い。

 案の定、天候はぐんぐん回復して、快晴と相成った。

 

 水面に日の光が反射して、まぶしく、美しい。

 10:30、2回目の渡渉を経て、二股、といわれる地点に到達。

 ここから、2つの沢に挟まれた狭い尾根を登っていく。にわかに斜度が上がってきた。

 急坂をずんずん進む。

 

 ここまで順調、だったのだが。

 あれ?急に足が重くなり。

 にわかに、こめかみから大粒の汗が滴り落ちる。

 お腹の調子もゴロゴロしてきた。

 

 ん?なんだ?

 いきなり苦しくなり、ほぼ、10歩進むごとに、ゼイゼイしながら休息。

 なんだなんだ?もしかして、「老い」か?(笑)

 

 左肩に前神室山が見える。目分量でも、これから1時間以上はかかる。

 とにかく、進むしかない。

 なるべく疲れないように、

 ・腿をなるべく上げないで、すり足状態で進む。

 ・目線を落とし、目の前の一歩、一歩に集中する。

 とか、工夫しつつズリズリ進む。

 

 11:57、八幡神さまに到達、と思ったら、その手前の春日神さまであった。

 ここでストックを投げ出し、ひとまず休憩。ステンボトルで水分補給。

 ここから右側に大きく視界が開け、神室山の頂上付近まで見渡せる。あの稜線沿いに見えるのが、避難小屋なのかな?

 斜面は、まだ最盛期とはいえないものの、美しく色づいている。

 ふうふう。とにかく、進むしかない。

 

 12:25、前神室山との分岐になる八幡神さまに到達。振り向けば、さすがの鳥海山さまがとおく、雲の合間に蒼くたたずんでおられる。

 分岐点のT字路。頂上方面に、潅木帯を縫って道が続いていく。

 秋田側から雲が湧き上がってきて、向こうの様子は良く見えない。かろうじて、禿岳の姿が垣間見えた。

 と、鈴の音がする。頂上方面から、2本ストックのお兄さんが戻ってきた。

「秋田側からですか?」と、声を掛けられる。

 有屋登山口からだ、というと、驚いた様子。

 

 なんでも、有屋登山口はつり橋撤去工事の関係で、神室大橋以降は10月末まで通行止めになっているはず、とのこと。

その情報を元に、今日は秋田側から登る人が多かったようだ。

 

 なあるほど。どおりで、駐車している車の数が、極端に少ないはずである。

 あら。知らなかった。おそらく、今日はたまたま休工の日で、結界が取り除かれていたのだろう。なんら支障なく、登山口までたどりつけてしまった。

 

 それにしても、山頂付近で、このオニイサンの元気なこと。

 こちとら、腕が痛いだの、足が重いだのと、なんだか情けない。

 カラ元気を発揮し、お兄さんに元気良くあいさつして、先へと進む。

 

 ここから先は、わりと平坦な縦走路である。

 それにしても。

 絶景、である。

 この斜面の秋の色。栗駒山にもひけを取らない美しさではないだろうか。

 そういえば、あとで分かったのだけど、この日、栗駒山ではイワカガミ平が満車状態で、ローカルニュースにも取り上げられるほど、混雑した、とのこと。

 

 あまりポピュラーな山を選ばなくて良かった。

 ブルー・オーシャンならぬ、ブルー・マウンテン状態でゆったり、山道を進む。

 尾根沿いに、一度下って、また登り返す。


 山頂はいよいよガスがかかり、展望はさほど期待できない。

 やせ尾根は一部、岩を乗り越えていく箇所があって、なかなか一筋縄ではいかない。右手1本でうんとこせ、と岩を越える。

 

 今回は辛かった。登山口から3時間半もかかってしまった。

 頂上は思いのほか狭く、10人も乗れば一杯になる。

 

 学生、夫婦連れなど何組かのグループがお昼休憩中で、こんな山の上でまさかの「密」状態。

 ちょっと外れた、ガレ場に居場所を見つけ、ドター、っと体を投げ出す。

 

 うーむ。疲れた。

 ブッシュに足を伸ばし、休息に専念する。

 日差しは強く、風はそれほどでもない。薄手のパーカーを着て正解であった。

 

 あまり食欲もないけれど、とりあえずお昼にする。パンをむりやり、口に放り込む。やたらのどが渇き、さっき、セブンイレブンで買った、PBブランドの紙パックオレンジジュースを、ほぼイッキ飲み。ステンボトルの麦茶も、半分くらい、なくなる勢い。

 

 ふいに、秋田方面のガスが晴れてきて、小又山、火打岳が垣間見える。あわててスマホを構える。

 ここから南に下ったところに、近年整備された、避難小屋があるようで、山頂の若者たちはその見物に出かけていった。 にわかに、頂上は静寂を取り戻す。

 

 小生は、山小屋まで下って、また登り返す気にはなれず。見学はまた次回にいたしましょう。

 13:43、山頂に残っていた若者に声を掛けて、下山開始。

 もっとも、彼らにはこの直後、あっという間に追い越されてしまったのだが…。

 

 360度の絶景に、名残を惜しみつつ、ゆっくりと下山。

 

 14:06、レリーフピークを通過。この裏に、ちょっとした小道があったのだけど、この大岩の裏側に、小さな祠がある。手を合わせて辞去。

 14:18、八幡神様。ここを直進して、前神室山方面へ向かうグループが専らであったようで、これ以降、他の誰かに出会うことはなかった。

 

 急坂を黙々と下る。それにしても、さっきは、こんな斜度を、ほとんど休憩も取らずに登っていたのだから、これは疲れるはずである。

 

 ふーむ。登っているうちは感じなかったのだが、下りになると、先日、磐梯山で痛めた右足がシクシクと。歩けないほどではないのだが…。

 今後の、ロングトレイルの際の課題である。

 

 紅葉の撮影をしながら下る。

 午後3時を過ぎると、斜めの木漏れ日が道をまだらに照らし、木々を黄金色に染め上げる。

 ざあっ、と、やや涼しげな風が通り過ぎていく。

 一番、好きな時間帯である。

 

 しずかである。葉ずえの音、そして段々力強さを増す、沢水の音があるばかり。

 少し、ゆっくりし過ぎたかもしれない。二股を通過したのは16時ちょっと前。

 往路で最初に越えた沢まで戻ってきた。

 

 あら。鉄製の渡し板が、上手く渡れるように、誰かが補正なさってくださっていた。感謝。

 そうか。この板、動かせたんだね。

 先入観、既成概念、ネガティブ思考にとらわれていた自分を、山の中で反省。

 

 すでに陽は山の陰に隠れ、森の中も薄暗さを増してきた。

 そんなこんなで、山道から沢沿いの幅広の道に出たのは、16:44。

 下りにも3時間かけてしまった。

 

 久那土神さまに無事の帰還を報告。

 当然のことながら、駐車場所には、小生の車が1台、ぽつんと。いつもながら、待っていてくれて、ありがとう。

 

 スニーカーに履き替え、山靴の泥を掻き落とす。山中に、靴を打ち鳴らす音が響き渡る。

 かなり薄暗くなった。ダムを越え、金山の町へと下る。

 

 刈り取り間近の田んぼが美しい。

 明かりを灯したコンバインが、こんな時間にもかかわらず作業を続けていた。その背後、神室の山並みが、残照に応えて輝いている。

 

 良い旅だった。

 神室連峰。小又山、火打岳、八森山、杢蔵山と、魅力的な山々が連なっている。

 

 またいつか、挑戦しに参りましょう。

(2021.10.10)