<主張>経団連「夫婦別姓」 家族の呼称をなくすのか
●リンク先・・・【2024年6月19日/産経新聞/主張】
<主張>経団連「夫婦別姓」 家族の呼称をなくすのか https://t.co/DArRjGqu2d @Sankei_newsより
— ハイパー有明 (@FJEzaWEIntOhpqB) June 19, 2024
今回取り上げたテーマを見るたびに、個人的にいつも気になるフレーズがある。
そのフレーズとは、皆さんも何度となく聞いてきたものだと思います。
「家族の形」や「家族の一体感」って、どんなものなんでしょうか。
政府がイメージしている家族だとか、ご一家っていうのは、こんな感じのことを言うんでしょうか・・・。
(Google画像検索より引用)
皆さんもご存知とは思いますが、「磯野波平」様ご一家です。
このような大所帯っていうような一家が、日本国内の全戸に存在すべきだと、未だに考えているんでしょうか。
もちろん、磯野家のような大所帯で、二世帯や三世帯家族が一堂に暮らし、みんなが仲良く暮らしていくのは、誰もが願うことなのだ。
しかし、最近では増えつつある核家族化。
こちらの家族みたいに、夫婦に子供一人の家庭も、最近では増えているという。
(Google画像検索より引用)
さて、そして夫婦間での性の決め方で、このところの実情との間で、様々な障壁が生まれていっている。
現在の日本では、法律によって「夫婦どちらかの姓を名のる」ことになってはいるものの、過去の慣習などが根強く残り、女性が性の変更するケースが多い。
しかし、近年は女性の社会進出も増え、旧姓と現在の姓でのジレンマを感じたり、トラブルに発展するケースも増加している。
そうしたこともあり、経団連としても、選択的夫婦別姓にかじを切り替えたというわけだ。
しかし、これの強く反対するのが政権与党で、「家族の一体感が損なわれる」との理由で、選択的夫婦別姓を認めない動きを維持している。
だもんで、冒頭に記した疑問に行き着くわけなんです。
とすれば、別姓夫婦は一体感は壊れているかというと、必ずしもそうではない。
例えば、すでに選択的夫婦別姓を実践している芸能人夫婦を見ても、そう言えるかどうかだ。
ここで実名を出すのは控えるが、DIYが得意なカタカナ三文字の男性芸人さんと、八〇年代デビューの元天然系アイドルの奥様ご夫婦のように、ご子息は成人された今でもとても仲が良いようで、度々お互いの話をされたり、時には一緒にテレビ出演などをされているのは、見せかけなのかーって話になりやしませんか?
もちろん、芸能人同士の夫婦であっても、事情などにより離婚を選択されるパターンも存在はする。
しかし、離婚を選択するご夫婦って、同性の一般の家庭にだってあり得る事であり、政府の言う形や一体感の説明がしづらくなる。
芸能人の場合だと、名前が屋号という考え方もあり、結婚や離婚に伴っての変更をしづらくしている場合もなくはないが、同姓か否かで、中の良さが決まるわけでじゃないことの証明になるのではないだろうか。
それに、これまで通りに、パートナーの姓に代わることにあこがれを持っている人もいるんだから、それはそれでいいことである。
今話題になっているのは、選べるようになることを望む声が増えているのであり、国としても底を考えるべきなのではないだろうか。
パートナーの姓にすべて変更したい人や、変えたうえでの仕事上での旧姓の使用など、選べるようにするべきではないかとの声を聴くべきではないだろうか。
もちろん、仕事上での旧姓の使用を、どう法律的に公的なネームにしていけるかは、とても難しい事案になる。
ただ、今の政府のような反対の仕方だと、《難しいから買えない》という逃げの姿勢を貫いているようにも見えるのだ。
引用した記事にもあるように、子供の姓については意見も分かれるはずである。
だからって逃げ続けていいわけでもないはずで、考え得ることをすべてでしていきながら、最善の方法を見つけ出していくべきなのではないだろうか。