吉田清治氏の慰安婦謝罪碑書き換え←韓国警察が拘束・逮捕 | きゅうじのブログ アメブロ版

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吉田清治氏の慰安婦謝罪碑書き換え 韓国警察が元自衛官の奥茂治氏を出国禁止 損壊容疑で取り調べ

南西諸島安全保障研究所の奥茂治所長(飯田英男撮影)

【ソウル=桜井紀雄】朝鮮半島で女性を強制連行したと偽証した故吉田清治氏が韓国の国立墓地に建立した謝罪碑を勝手に書き換えたとして、韓国警察が元自衛官の奥茂治氏(69)を一時拘束していたことが25日、分かった。

奥氏は拘束を解かれたが、出国禁止措置が取られているという。

 

奥氏によると、24日午後、仁川(インチョン)国際空港に到着したところ、捜査員に手錠をかけられ、中部の忠清南道(チュンチョンナムド)天安(チョナン)市の警察署に連行された。容疑は公用物損壊や不法侵入の疑いだと告げられたという。

取り調べで、奥氏が碑文の書き換えの事実については認めたため、25日未明に拘束を解かれ、現在は市内のホテルで待機している。今後、検察が在宅で取り調べを行う見通し。

 

吉田氏は、慰安婦らを「奴隷狩り」のように強制連行した張本人だと名乗り出て、朝日新聞が1980~90年代初頭に紙面で集中的に取り上げた。

83年には、著書の印税で天安市の国立墓地「望郷の丘」に「あなたは日本の侵略戦争のために徴用され、強制連行されて…」と記した謝罪碑を建立していた。

 

朝日新聞は2014年、吉田証言を「虚偽」と判断し、関連記事を取り消した。

吉田氏の長男が「父の虚偽で日韓両国民が対立することに耐えられない」「間違いを正せるのは私しかいない」として、謝罪碑の撤去を奥氏に相談。奥氏は今年3月、撤去する代わりに、元の碑文の上に「慰霊碑 吉田雄兎(ゆうと=吉田氏の本名) 日本国 福岡」と韓国語で記した別の碑を張り付けた。

 

これを受け、韓国警察が奥氏に出頭を要請。奥氏は出頭に応じるため、24日に韓国入りした。

 奥氏は産経新聞の取材に「韓国では吉田証言の嘘について認知されていない。裁判ではっきりと説明していきたい」と話している。

http://www.sankei.com/world/news/170626/wor1706260007-n1.html

http://www.sankei.com/world/news/170626/wor1706260007-n2.html

無事に帰ってこられるか心配です。これは外交問題に発展する可能性すらある。

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「父が発信し続けた虚偽によって日韓両国民が不必要な対立をすることにこれ以上、耐えられない」

 

<吉田清治>wiki

終戦後の1947年(昭和22年)に、下関市議会議員選挙に日本共産党から立候補。129票を獲得したが落選したという経歴を持つ

「慰安婦狩り」の舞台とされた済州島では証言への反論が多数出ることになる。
現地紙の『済州新聞』(1989年8月14日付)は、済州島の住民が「慰安婦狩り」は事実無根であり、吉田の主張は虚偽である旨を語っていると報じた。
同記事には吉田の著作への書評も掲載され、当時85歳の島民チョン・オクタンは「250余の家しかないこの村で 、15人も徴用したとすれば大事件であるが 、当時はそんな事実はなかった」と語り、郷土史家の金奉玉も「1983年に日本語版が出てから何年かの間追跡調査した結果、事実でないことを発見した。この本は日本人の悪徳ぶりを示す軽薄な商魂の産物と思われる」と憤慨した。
その後、1992年(平成4年)3月には秦郁彦が吉田の証言について済州島で現地調査を行ったが、まったく裏付けが取れなかったどころか、当時を知る島民は「この島で人間狩りが起こったら大騒ぎになって誰でも知っているはずだが、そんな話は聞いたことすらない」と証言をした。

秦は、先述の記事の執筆者である許栄善との面談の折、許から「何が目的でこんな作り話を書くんでしょうか」と聞かれ答えに窮したという(秦は『正論』に調査結果を公表[4]、『昭和史の謎を追う』(文藝春秋1993年3月)に掲載し、菊池寛賞を受賞した)。

1996年(平成8年)5月2・9日付の週刊新潮インタビューで
「本に真実を書いても何の利益もない。関係者に迷惑をかけてはまずいから、カムフラージュした部分もある。事実を隠し、自分の主張を混ぜて書くなんていうのは、新聞だってやることじゃないか。チグハグな部分があってもしょうがない」
と『私の戦争犯罪 -- 朝鮮人強制連行』中の記述において、

「慰安婦狩りを行なった場所がどこであるかについては創作を交えた」と認めた。
しかし、現実の問題として清治がその著書中から事実と主張する部分と創作の部分とを分離せず、検証が不可能であるために、2007年(平成19年)現在では吉田証言が強制連行の存否において信頼できる証拠として採用されることは、ほぼなくなった。

(wiki引用)

 

この吉田清治という男の虚言が現在の従軍慰安婦問題なのである。

その息子である長男が

精力的な活動をしている。

長男は「父が発信し続けた虚偽によって日韓両国民が不必要な対立をすることにこれ以上、耐えられない」と述べているのである。

某国組織の関与が疑われる吉田氏の背景とは。

慰安婦“捏造”吉田氏の長男が真相激白「父は誤った歴史を作り出した」

ジャーナリストの大高未貴氏

長男は関東北部の県で、質素な一人暮らしをしていた。最初の取材で、重たい口から発せられた言葉は、以下のようなものだった。


「父が犯した慰安婦強制連行の捏造について、吉田家の長男として、日本の皆様に本当に申し訳なく思っております。できることなら、クレーン車で世界中の慰安婦像を撤去したい…」

 

「父は済州島なんか行っていません。家で地図を見ながら原稿を書いていました」「謝罪行脚のため訪韓した際、父のパスポートに入国スタンプは押されていませんでした。なぜなら…」


「父の責任は重大ですが、一方で、あれだけの創作話を父1人でできるはずがありません。慰安婦問題を既成事実化したい人々の何らかの関与があったはずです」

 

吉田氏は「朝鮮半島のある組織にお金を借りていた」というのだ。吉田氏の韓国謝罪行脚をテレビで見ていたA氏は「正直なところ、可哀そうだなと思いました。(略)痩せちゃっているし、おびえている姿そのものでしたよ…」と当時の印象を語っている。

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20160823/dms1608231140003-n1.htm

 
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