北方 謙三 「史記 武帝紀」を読了す。
昨夜、北方謙三著『史記 武帝紀』を読了した。文庫本全7巻だ。7巻もあるため、読破に一週間ほど要した。しかもどこの本屋にも常備してる訳ではないので、一冊が終わる前に次の巻を探すが第5巻以降を置いている本屋は少なく、有楽町の三省堂書店で第7巻とも見つけた時から三省堂書店で探すことにしていた。ところで、そんな調子で毎日帰社後に本屋に寄るため、他の本にも目移りし、「室町無頼」という新刊の文庫に目が止まり、第4巻を読んでいる途中で買ってしまい、しばらく平行して読み、「武帝紀」より先にこの「室町無頼」を読了してしまった。「室町無頼」の作者である垣根涼介氏の他の作品を気に入っていたし、期待どおりに楽しめたのだが、実は読了して少し物足りなかった。後半にはおよそ結末が見えていたもの、それが想定内だっただからか、ちょっとため息が出た。そしてまた「史記 武帝紀」を読み始め、ついに読了した訳だが、こちらの読後感はとても満足するものだった。なぜだろう?どちらもよく書けた物語で、それぞれが傑作だと思うのに、この読後感の違いはなんなんだろう。もちろん、私の読後感であって、人によって感想は違うだろうが、北方氏の物語は読了後、幸せな気持ちになった。「武帝紀」はそのタイトルどおり漢の武帝が皇帝であった時代の物語である。前半は外戚に囲まれ、自分を皇帝にした皇太后らの勢力に押しつけられ、それらの呪縛から解き放たれる様子が描かれ、皇后を誣告で廃した時から実権を握り、愛妃の異母弟である衛青将軍を育て、その甥である霍去病将軍を得て、想像外の活躍で宿敵、匈奴に連勝する活躍でもって漢の版図拡大を図ると共に、皇帝への権力集中を手に入れ、栄華を極めた前半は、衛青大将軍の負傷、霍去病将軍の突然の死で暗雲が広がる。後半は北に追いやられた匈奴が少しずつ力を回復し、南下して漢の弱体化した軍に勝ち始める中、李陵という逸材を不運に落とし込み、復活を逸した武帝は、単なる傲慢な皇帝でしかなく、危うい政治が続く中、まだ匈奴に勝てるつもりで戦いを挑み続け、破れ、戦費を捻出するための新しい税を次々と人民に課した。もはや誰も皇帝を諫める者もおらず、ついには皇太子さえ廃止し、次の時代への不安を抱かせる。話はいつしか匈奴の世界にシフトし、降将となった李陵、北海のさらに北へ流刑となった蘇武の話となる。北の地に住む民でさえ幾人も死ぬ厳しい冬を長安の文人であった蘇武が逞しく生き抜く話が苦悶する降将で、匈奴の将軍となった李陵の生活と並行して描かれ、それぞれに漢(おとこ)のタフガイぶりが心地良かったりする。北方健三氏の小説はやはりハードボイルドだと思う。そこには探偵もスパイも登場しなし、ジンもバーボンも出てこないが、タフな男たちの生き様がある。うん、ハードボイルドだな。If I wasn't hard, I wouldn't be alive.If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.(男は)タフでなければ生きていけない。優しくなければ、生きていく資格がない。(フィリップ・マーロウ) 史記 武帝紀 1 (時代小説文庫) 648円 Amazon