私たちは、山里に向かっていた。

村人たちの案内で、彼らの村に行くことにしたのだ。
 
もちろん、
彼らに連行されたわけでも、彼らを従えたわけでもなく、都の大臣(おとど)が知り合いかも知れないからと村人に話し、彼らも私たちが危害を与える危険な人間ではないと理解してくれたようで、まずは村に行き、村の長(おさ)に会うことにしたからだ。
 
「一の色博士って、お父さんのことだよね。」
歩きながら、私は行蔵に尋ねた。
「さあ、まだ何とも。
ただ、私たちがあの遺跡からここに来たわけですから、旦那様たちも来た可能性は高いと思います。
でも、村人たちが何やら、都の貴人のように語るところを見るとかなり以前からここに暮らす人の話に思え、突然この世界に現れた異邦人の話に思えないんです。
もう少し様子を見て判断した方がいいように思います。」
 
私と行蔵が小声で語りながら歩き、その後ろでは義家叔父さんと巨体を揺らし汗を拭く吉田さんが続き、その後ろを11匹のドーベルマンが続いた。
 
何とも、奇妙な集団である。
特に11匹のドーベルマン、黒い犬の行軍は精悍というより、異様な光景だろう。
 
時折、
先頭を歩く村人の集団から若者が私たちのところにやって来て、吉田さんのスマートフォンを覗き、そこに保存された写真を見せてもらい、驚き、見たこともない風景に興味が尽きないようで、次から次へと質問攻めしている。
吉田さんは困った表情でも、飽きずに返答している。
 
村の入り口に来た。
そこは、二本の柱が立ち、その柱の上には星が描かれた旗が立てられていた。
 
どうやら、ここは門だということだろう。
ここが境界線なわけだ。
二本の柱は、何もない道の真ん中にポツリと大きな丸太が立てられているだけだ。
その柱の先にも、しばらく道が続いている。
 
しかし、村人たちは、その二本の柱を前にすると立ち止まり、
全員がゆっくり深くお辞儀をする。
ただお辞儀をするだけだ。
そしてそのまま柱の間を通り、村に向かう。
 
「ねぇ、あの旗の星の絵だけど、ダビデの星とか言うんじゃない?」
私は小声で、行蔵に尋ねた。
なぜか村人には聞かれたくないように思ったから、つい小声になったのだろう。
「ダビデの星?
イスラエルの国旗にある六芒星のことですか?」
行蔵は答える。
「六芒星?イスラエル?
そうだっけ。ユダヤのマークだったと思うけど、同じ?」
「あれは六芒星というより、籠目紋ではないでしょうか?
六本の直線で描かれた六芒星と違い、交差するところが切れてますし。」
 
門を通ると道の両側に家が立ち並び始めた。
左右の家々は、みな木造の平屋でこじんまりしている。
 
突き当たりには、大きな建物があった。
正面には鳥居がある。
先程の村の入り口で見た二本の柱と違い、二本の柱と一本の横木で作られ、柱は赤くはないが、間違いなく鳥居だ。
この大きな建物は、神社に違いない。
 
この鳥居の前では、村人たちは立ち止まらず、お辞儀もしないで入って行った。
 
神社ではないのかしら?
 
板葺きの屋根ではあるものの、先程の道の両側に立ち並んだ家々とは比較にならない大きさで、床も高くなっているらしく、目前には木の階段があって、その上に扉があった。
 
村人たちは建物の前で立ち止まり、左右に伸びる小道をそれぞれ歩き始めた。
皆、自分の家に帰るのだろうか。
 
ほとんど村人が居なくなったが、一人の老人だけが残っていた。
 
「皆は帰った。用はなかろう。
儂が長(おさ)に紹介しよう。
こちらへ来なされ。」
そう言って、両手を後ろ手に組み、腰を屈めながら歩き始める。
 
どうやらこの建物に、村の長が住んでいるようだ。
 
小柄な老人は、階段を草鞋のまま登っていく。
階段は五段あった。
 
私たちも続いて登ろうとすると、
「そこで、待っておれ!」と老人が叫んだ。
振り向きもせず、言った。
 
後ろに目があるのか?
 
特に反論する必要も無かったので、私たちはその場で待機することにした。
 
しばらくすると、
正面の扉が開き、髭面の大きな男が出てきた。
その横には、案内をしてくれた老人がいる。
 
「おまえらが一色博士を知っている者たちか?
何とも奇妙な服装だな。
そういえば、博士と始めたあった時には同じような服装だったな。」
 
私は思わず叫んだ。
「お父さん!」