第36話 難波(なにわ)の山里
ここが日本だということは、とにかく間違いないようだ。しかも、どうやら飛鳥時代の日本らしい。西漢(なにわのあや)氏の土地だと言われても、誰のことで、どこに住む豪族だか、ちっともわからない。お父さんがいれば、うまく事情を説明してくれるだろうが、ここがどこで、今がどういう時代かをあの低い落ち着いた声でね。お父さん!そして、園子。「どうかしましたか?宙(そら)お嬢様。」「あっ、うん。お父さんや園子も、ここにいるかもって思ったから。変だよね。まあ、何もかも信じられないことばかりで、有りえないことも当然できると思う自分がいて、夢の中みたい。思い通りに何でもできて、予想しない展開が続く。空を飛んだり、海の上を歩いたり、突然森の中に佇んだかと思うと、今度は熊に襲われる。夢なのかな。」行蔵は何も言わず、私を見つめる。「ここが飛鳥時代の日本だというのは、本当か?」私の足元から猫の声が聞こえ、頭の中では低い男性の声が響く。ああ、ここにもありえないものがいたわ。「そうみたいね。あの人たちの言葉は、ところどころわからない音だけど、日本語だもの。で、覚えているでしょ? 島で会ったチビおじさんとノッポ兄さん。あの人たちは、飛鳥時代から来たらしいから、きっとここは彼らがいた土地だわよ。だから今は、飛鳥時代。聖徳太子の時代。そう言えば、蘇我入鹿が本物なら、太子様はもう居ないわねぇ。確か、蘇我入鹿は聖徳太子の一族を殺して、今度は自分が殺される羽目になるはずだから。」私は足元の猫に、当然のように語りかける。もちろん人間の言葉で、日本語で、友人に語るように話していた。と、猫に話しながら、ふとあることに気づいた。「ねぇ、行蔵!蘇我入鹿って、確か、大化改新で暗殺されたんじゃなかった!宮殿の天皇の前で、え〜っと、なかの、なか、あっ!そうだ。中大兄皇子(なかのおおえのおおじ)。そして、中臣鎌足(なかとみのかまたり)に殺されたんじゃなかったかしら?」私は行蔵の腕を掴む勢いで、問いかけた。「はい。確かに。学校ではそのように日本書紀に書かれていたと習いましたね。」「そうすると、いまニューカレドニアのイルバマン島にいる蘇我入鹿(そがのいるか)さんと巨勢(こせ)さんは偽者でしょうか?」私と行蔵は、お互いを見つめ合った。