私たちは王宮の中にある客館にいた。
あの扉から飛び出してきた女性が、園子だとすぐにわかった。
まるで竜宮城の乙姫様のような衣裳を着ていて、少しばかり雰囲気は違うけど、間違いなく、私の親友の園子だった。
園子ったら、会うなり私に抱きつき、ずっと泣いている。
園子の後ろには女官が二人付き添い、微笑みながら私たちを見ていた。
「園子。無事だったのね。
どこも怪我して無いのね。ほんと、良かった!」
園子は泣きながら、私を抱きしめてたまま何度も頷く。
「わかった、わかったわ、園子。
ね、顔を見せて。」
抱きつく彼女をゆっくりと離し、その泣き顔を覗いた。
園子もようやく泣きやみ、私の顔をじっと見つめると、また泣き出し、
また私に抱きつくのだった。
私たちは女官たちの案内で、竹林に囲まれて建つ朱塗りの客館に入った。
園子の話では、
お父さんは会議が長引いていて、すぐには出てこれないらしい。
やはり、お父さんだった。
一色博士。
確かに、大学教授なのだから博士には違いないけど、この時代でそのことがそのまま通じるはずもなく、なぜか違和感を覚える。どうしてなのだろう。何かがおかしい。
お父さんの会議が終わるまで、ここ客館で待つことになったのだが、
もちろん、私に異論はない。
お父さんが無事で、もうすぐ会えることがわかっており、
何より目の前に園子がいるだもの。
「何だか、竜宮城の乙姫様みたいね。」
私は笑いながら、言った。
「なによ、自分だって!その赤いチャイナドレスは、まるで、ホステスさんみたい。」
二人はお互いの奇妙な衣裳を指差し、大声で笑った。
そして、私たちは広々とした応接間にポツリと置かれた椅子にかけ、
南太平洋の海で遭難した日から今日までのことを園子流の横道、寄り道ばかりで、すぐに道に迷う独自な話し方で説明を受けた。
遭難した際にたっぷり水を飲んでしまい、陸に着いた時はしばらく咳き込むばかりだったとか。海岸で倒れてると妙な猫がやって来てペロペロと顔を舐められ、びっくりしたとか。
海の色がエメラルドグリーンでなく、暗い群青色をしていて酷く気が滅入ったとか、とにかく園子の話は次々と違う話題になり、散らかったばかりに、本人さえ何の話をしていたかわからなくなるくらい。
だから、聞く方も結構大変なの。
まあ、
もう慣れたけどね。
と園子の話では、ここにすでに三年もの間、暮らしているという。
このまま、帰れないかも?と何度も不安な夜を迎えたんだっていう。
「えー、まだ一週間ほどだよ。」
と、私は驚き、返答をすると、
「えっ、うそ!そんなはずないわよ。
だって、ここに来て間違いなく、三年と半年は経つもの。
ねえ。」
と、園子はそばにいた女官に同意を求める。
女官たちはすぐ微笑みながら、頷いてくる。
「それじゃ、竜宮城から帰って来た浦島太郎みたいに、元の世界に戻って玉手箱を開けたら、お婆さんになっちゃうわけ?」
園子は両手を頬に当てて、また泣きそうな顔をしたと思うと、すぐ大笑いした。
「ははは、大丈夫よ。
あれはおとぎ話。そんなことが起こるはずないじゃない。」
そこへ、どこかに出かけていた行蔵が近づいてきて、言う。
「お嬢様。
旦那様は今日はもうお見えにならないそうです。
どうやら会議が長引き、このまま夜まで続きそうだとのことです。
一度、住まいに戻って、
そちらでお待ち頂きたいと武官が伝えにやって来ました。
どうしますか?」
行蔵は無表情のまま、話した。
「どうやら、戦が始まるらしいんです。」
と、行蔵は付け加えた。
「いくさ?
戦さって、戦争のこと?」
私は振り向き、椅子のそばに塔のように立つ行蔵を見上げながら、尋ねた。
本当に行蔵ったら、この時代の官僚って感じでまるで違和感がない。
すっかりこの時代の人だわ。
「たぶん、白村江の戦い、でしょう。
確か、
斉明天皇の世に、百済支援で大軍を率いて韓半島に向かうはずですから。」
そのように語る行蔵はやはり無表情のままではあるもの、
多少暗い表情にも思えたのは気のせいだろうか?
戦さが始まる。