ジュニア最終学年を迎え、

なんとキャプテンに指名された長男。

そして今週末には、リハウスリーグ(都内のU12公式リーグ戦)が開幕します。

リハウスは昨年から6年生と一緒に出場していたので2年目ではあるのですが、今年からはキャプテンマークをつけて戦う息子が見られます!わくわく!(←親バカ万歳!)

 

前回(「息子の場合①」)、

スポーツの「キャプテン決め」はおそらく、大きく分けて3パターンと書きました。

 

①監督やコーチの指名

②同学年選手たちの話し合い

③立候補制

 

が、息子の場合、このどれでもなく。

 

3月の卒団式で、ひとつ上の学年から指名を受けました。


所属しているクラブチームでは代々、6年生が次期キャプテンを選び、卒団式でサプライズ発表する!というのが恒例なんだそうで。

3月になると5年生がそわそわし出し、

「キャプテン誰にしたの?」(5年)

「教えなーい!」(6年)という会話が

練習試合のたびに繰り返されておりました。

 

卒団式で前キャプテンから引き継いだ、

黄色のキャプテンマーク。

なーんか神々しいではないですか!

見せてーー!!とミーハー全開で、帰宅した息子に早速お願いすると。

 

けっこう使い古・・・いや年季が入ったもので何年使っているんだろう、と疑問が。引き継ぐものなんですね、キャプテンマークって。何年使えるんですか(誰か教えて)。

 

息子はというと。

サプライズとはいえ、卒団式で「贈る言葉」を言うようにとコーチに言われた時点で覚悟は決まっていたようです。

そりゃばれるよコーチ。仕方ないけれど。

 

低学年の頃は引っ込み思案だった長男。

小学校の面談で


「普段は明るいのに、当番の日はもじもじ君になります」


と言われるたびにどうしたもんかと思っていましたが、贈る言葉も堂々と言えた(本人談)ようで成長しました涙。

 

まあ、言葉の半分は母作ですけど。

 

サッカーでも「俺が俺が」というところがなく、チーム内で強気な子に何か言われても反論しない。プレーでもその子に譲ってしまう。勝っても負けても淡々としていて、


スポーツに必要な勝利への執念というか負けず嫌いさが欠けているんじゃないか・・・

 

母はずっと悩んでいましたが、環境を変えたことが彼を変えました(結局いつもここに行き着くんですが)。環境って大事と実感。

 

少年団から都内の街クラブに移籍して2年。

かつての少年団では低学年のうちから知らぬ間に、そして何の説明もなく、キャプテン固定。さらに言うと中心選手はポジションも固定。(「パパコーチって」


常にキャプテンとその数人を軸に回っている活動だったので、移籍直後は試合前の円陣や最後の挨拶も立候補制、「俺やる!!」と元気よく数人の手が挙がる&じゃんけん大会が始まる光景を見て、ちょっとカルチャーショックを受けておりました。

 

私の世間は狭かった。

ジュニアサッカーはああいう少年団がスタンダードなんだと、思考停止に陥る寸前でありました。

 

現クラブチームでは、練習試合や合宿のたびに立候補制=持ち回りで選手が「チームの顔」としての役割を経験し、今できることや言うべきことを自分で考えます。

 

まあ、4、5年生ですし、常に指導者はついてますし、できることって限られてはいるのですが。遠征先での荷物の整理、整列、移動の際のまとまり、最後の保護者への挨拶・・・・それを任せられると、自分のことだけでなく周囲も見なくてはなりません。そして周囲が見られるようになると、自分に足りないものや、仲間の良さも見えてきます。

 

今日は自分がキャプテン、緊張してうまく話せなかったし、最後にゴミが落ちていてコーチに怒られてしまったな・・・。次の練習試合は○○がキャプテンで、すごくいいことを最後に言っていた。自分も今度、そう言ってみよう・・・

 

そんな気づきを通して、息子は自らやりたい、と手を挙げてその責任を全うすることの意味とか楽しさとかやりがいとか・・・を見つけたようで。

 

年が明け、いよいよトップチーム始動へあと少し!というカウントダウンが始まると、

 

ボク、キャプテンやってみたいな、

選ばれるかな・・・


と言うようになりました。

 

いいじゃんいいじゃん。

「もじもじ君」大進歩じゃん。

心配してくれた担任の先生に、キャプテンになりましたあああ!と報告したい!

(親バカ)

 

結論。

人が環境をつくり、環境が人を育てる。

 

ジュニア世代の環境は当然、大人たちがつくり出しているものが大半であることを、我々大人は忘れてはならない、と思うのです。