長男は中2。

小6秋の成長スパート開始からちょうど1年半が経過し、身長は170を超えました。

 

 

前回、170を超えたら、校内に脚の速さで競う「ライバルがいなくなった」(と長男が豪語した)ことを書きました。

 

それは、別の言い方をすれば、

「もう体格に関して、スポーツの分野で言い訳が通用する時期は過ぎた」

ということになるのかと。

 

だって、

今をときめく佐藤龍之介選手とほぼ同じ身長(次世代を担う逸材としてメンバー入りする、に1票!答え合わせは金曜日!!)。

 

陸上100メートルで昨年10秒00を出した陸上界の新星、高校生の清水空跳さんは164センチ、56キロ(昨夏時点)だそうです。

 

長男と体格変わらんやん・・・

 

急激に身長が伸びたことで、長男はまだ微妙に「クラムジー」の症状に悩んでいて、筋肉量も身長の伸びに追いついていない状況ではありますが、

 

 

「あと○センチ身長が伸びれば、プレーも劇的に変わるはず」的な言い訳は、もはや通用しないフェーズに入ったことは確かです。

 

170を超えたら、全ては自分次第。

ライバルは、自分自身。

 

それが見えているのかいないのか・・・

相変わらず長男は、のほほんとしています。

 

そう、闘争心あふれるオス、というより、楽観的でまだ(母から見れば)子ども子どもしてる性格はあまり変わっていないのに、外見だけが大人へと近づいている状態です。

 

親の私や周囲の大人から見て、

170を超えて「わかりやすく」変わったと思うことは次の2点です。

 

  ①肩幅が広くなった

 

これは私ではなく、

GWに久しぶりに会った私の母(長男から見て祖母)が言っていたことです。

 

声変わりなどと同様に、ずっと近くで見ていると変化がわかりづらいのですが、確かに昨夏、160前半だった長男がリゾートホテルのプールで遊んでいる写真は「まだ子ども」の部類。

 

そこから体重が劇的に増えたわけではないのに、骨格というか体の厚み?・・・が、正月に会った時点とは「なんか違う」(祖母)とのこと。

 

数か月で急激に変わるはずはない。けれど、心に残っている小学校時代の長男の姿と比べて「全体的なたくましさ、特に肩周辺の骨格が大きくなった気がする」らしい・・・。数か月に一度の割合で孫と会っている祖母がそう言うのであれば、まあそうなんでしょうね。

 

  ②顔つきも変わった

 

半年前までは身長160を超えても、「背が大きい小学生」で通じるんでは・・・と思っていました。が、今は「高校生です」と言っても通用するだろう、というほど、胸から上の印象が変わったように感じます。「身長」という数値上の問題ではなく、顔つきが。

 

ビジュアル的に例えて言うならば、

 

13歳設定のパズーは、まだ子どもの要素も強い少年(劇中で成長する過程を見せているのでなおさらそういう設定なのでしょう)。

一方で、16~17歳設定のアスベルとアシタカは「青年」的要素が強い、という感じでしょうか(伝わる?)

 

現在13歳の長男は性格的な少年の幼さはあるんですが、童顔ではなく美少年顔でもないため、外見的な印象は「アスベル」寄り(そんなにイケメンじゃないけど雰囲気的に)です。

 

ただ半年前は明らかに「パズー」だったはず。

170を過ぎると、たった半年でこうも全体的な雰囲気が変わるのか、と私は驚愕しております。

 

可愛かった長男はいったい、どこに行ったのでしょうか(いや、母の私から見れば今も十分「かわいい」んですけども・・・世間一般的にはそうは見られない感じ)。

 

長男はU15のリーグ戦に帯同しているため、160センチ台の中学3年生も間近に見ています。が、彼らは何となく、まだ「かわいい」要素が息子より強めのような・・・。

 

全員が全員、170を境に男味が強くなる、とは言いません(成長スパートの開始時期によるのかも)が、まだまだ「かわいい」と思っていた息子があっという間に「青年」に近づいているらしい・・・と認識したことは、この半年で最も衝撃的というか感傷的というか、なんと表現していいのかわからない出来事でした。

 

とは言え、

中身はそんな急には大人にならず。

 

話しかけても反応が薄くて「長男が冷たい」と夫に愚痴ってみれば、「そりゃ中2でべったりじゃ気持ち悪いでしょ」と言われ、そうだよねと納得した翌日、猫のように「ママー」とすり寄ってくる時も。

 

しばらくは、このギャップを楽しみたいと思います(それも、いつまでなのかな。カウントダウンに入ったのかな)。

 

思春期前で、かわいくてかわいくてしかたがない息子さんを存分に愛でたいママさん(パパさん)は、今のうちに、心ゆくまで抱きしめておくことをオススメします。

 

最後とは知らぬ最後が過ぎてゆく

その連続と思う子育て

(俵万智)

 

私の最後はもう、見えているのかな。