かなり以前のこと。
わたしがまだ教室長として駆け出しの頃です。
当時彼は中学2年。季節は今ごろだったと思います。
入会面談では、その子はうなずきもしませんでした。話しかけても全く無反応で、保護者の方は申し訳なさそうに、代わりに返答しておられました。
あとでクラスメイトの塾生に聞いたところ、学校でもTくんの声
を聞いたことがない、と言っていたくらい。体つきも小さく、引っ込み思案な性格のようでした。
いくら個別でも、反応が無い子に授業ができるかどうか不安いっぱいでしたが、保護者の方からなんとか勉強させたいと言われ、預かることになりました。
はじめはわたしが担当しました。
面談の時と同じ。全く無反応で、話しかけてもただ黙っているだけでした。
かなり勉強してない状態だったので、小学生の内容もあやふやでした。
仕方ないと腹をくくり、私は授業の進め方や勉強のやり方をゆっくり説明し、授業をはじめました。
反応がなくても、Tくんに伝わることを願いながらの説明。時折学校やテレビの話なんかをして笑わそうとしましたが、全く反応無し。汗びっしょりになりながら、冗談を言って自分が笑う、というウケない芸人のようなことをしながら授業しました。
救いは、解説したところを写してね、とか次の問題を解いて、といった指示にはゆっくり動いてくれました。
分からないときは止まっていたので、何が分からないか不明のまま、全部解説・書込みして写させました。
動作や字を書くのもゆっくりなので、普通なら4〜5ページ進むところ、1ページも進みませんでした。
進まない授業は面白くなく、自分としては絶対してはいけないと他の講師にも厳命していましたから、かなり落ち込みました。
しかしTくんは、次の授業もやって来ました。
また無反応の授業。進まない授業。一人で話し、冗談を言い、自分で笑う。その繰り返しでした。
もう来ないかな?と思いながら、また次の授業は来ました。
黙って来て座り、黙って帰る。
淡々と授業をして、宿題は全部☓かやってこないか、でした。
入会して3ヶ月ほどたったとき、保護者から感謝のお電話をいただきました。
学校も休みがちなその子は、塾は嫌じゃないと言っていると仰ってました。
はぁ?と思いましたねw
まぁ、そう言ってくれたのなら、授業も他の講師に任せていいかと思い、わたしが授業を見ることは無くなりました。
でも、担当した講師からは毎回毎回、反応がないし進まないから、これでいいかどうか分からないと相談されました。
わたしもよくわからん、でも嫌じゃないらしい、だからこのままでよか!と言ってました。講師たちの中ではTくんはそういう子だと半ば割り切っていきました。
それからまた3か月ほどたったとき、ある講師が授業中に私のところに走ってきました。
別の生徒と笑い話をしているのを聞いていたようで、ふっとTくんとみると口もとがゆがんでいたそうですw
思わずその講師は”いまわらっているよね!”と言うと、はじめてうなずきました。
その講師はびっくりして、授業をほったらかしにしてまで私のところに報告に来てくれました。
私は”なにぃ~!”と言いながらTくんのところへダッシュです。
その騒ぎを聞いた他の講師も”ええ~?”と言いながら、講師全員Tくんのところへ集まりました。
顔を真っ赤にしながらみんなから”いい笑顔やんw”とか ”Tくん、笑いなれしてないからぎこちないよ〜w”とか言われながらも、嬉しそうな表情ををしていました。
はじめてみる、Tくんが心を開いた表情。
講師たちは驚きと喜びでしたが、正直、わたしはうれしいより、やっとか〜って感じがしました。
そこから少しづつ”うん”とか”いや”とかを言うようになりました。
Tくんは高校受験まで来てくれました。
保護者の方は、最後まで感謝を言っておられました。
Tくんが家の人以外に心を開いたこと、わたしたちがTくんを特別扱いせずに、あるがまま受け入れてくれたこと、をありがたかったと言っていただけました。
うれしかったです。