前回、日本の教育の置かれている状況と課題・問題点について述べた。教育の問題というのは、今日明日の糧の問題ではないのであまり切迫感を感じてもらえないかもしれないが、長期的に見ると大きな非可逆的影響をもたらして、個人の能力と国力の衰退にもつながりかねない。
どうすべきなのか? まず、教育の歴史を概観してみよう。
・中世の教育:寺院が武士や庶民の教育の中心を担う +貴族、武家の家庭内教育
・江戸時代: 藩校で武士の教育、私塾(朱子学、国学、洋学)は庶民や武士、
庶民は寺子屋(読み・書き・算盤)
・明治~大正:近代的学校教育制度の成立
欧米に追いつくためのエリート教育(七帝大を頂点としたピラミッド型)
・昭和の初期:次第に軍国主義教育
・戦後の民主教育:教育基本法の制定(民主化を目ざした教育改革)
・占領下の教育政策見直し、転換(SF講和条約 ~ 1970年代の高度成長期へ)
学習指導要領の法規命令化、教育委員会制度変更、教育の政治的中立確保の法など
・ゆとり教育(1980年代~2010年):知識偏重の詰め込み教育の是正、思考力を鍛
える学習、学習内容を減らしてゆとりのある学校を目指す。
~高校への進学率アップ(50%未満 → 99%);大学数増加( 200 → 770)~
・”人づくり革命、生産性革命のための教育再生”(2011年以降~現在~):変化の
激しい時代に対応し、グローバル社会を生きぬく教育(ゆとり教育の是正)
と時代ごとに大きく振れている。変化する時代にあたっては、教育も自己改革してゆかねばならない。但し、教育の基本への深い理解と長期的視野なしに”振れる”と、いろいろ弊害も出てくる。難しい問題ではあるが。
私見を述べさせてもらうと、特に初等教育の時代は、昔から言っていた「読み、書き、算盤」の現代版(”話す”も加え、算盤をICTに変えて)をしっかりやることを基本にすべきと思う。”しっかりやる”とは、量をこなすことである。また、”読み”では、いろいろな文章を総合的に読むことが必要ではないか。これにより、読解力や数学的リテラシーの問題は改善に向かうだろう。実学的知識などは、後から十分持てる。
さらに、思考力の強化のため、哲学を学ぶことを推奨したい。哲学とは、考える学問である。現在は、大学生が一般教養でちょこっと学ぶ程度である。フランス、アメリカなどでは、哲学と文学を徹底的に学ばせるらしい。初等教育から哲学を学び、その演習を少しずつやってゆくことが望ましい。哲学と言っても、具体的のどうしたらよいのか? 教材になりそうな哲学的な本を図書館で探してみた(7)~(10)。読解力と哲学力が、人間をしてAIに負けない存在にするのだと思う。文・理を分けるのもやめた方がよい。人文科学(哲学、法学などを含む)を科学技術基本法の対象とする法改正が近々国会に提案されるようで、これは大変好ましい(11)。
学力が高まらないもう一つの原因は、授業が面白くないことにあるのではないか?過密な学習指導要領の時代は、授業についていけない子が落ちこぼれて非行に走った。ゆとり教育の時代は、中身が易しくてバカバカしく、出来る子は私学や塾に向かった。授業を面白くする、「授業を受けて良かったー!」と思わせるにはどうしたらよいだろうか? やはり、一方的な講義スタイルではなく、生徒に参加させる授業形態を工夫してゆくしかないと思う。そういう意味で、調査活動、ディスカッション、発表などは有効な方法であろう。
もう一つは、学校の集団的教育にどうしてもついて行けない子たちのための、ホームスクーリング(Home Schooling or Home Education)がある。一律の教育だけではなく、こうした個別指導的なアプローチも必要であろう。ただ、やはり何らかのガイド(励ましも含めて)が必要で、誰がやるのか? 親の場合もあるであろうし、外部の専門家がやる場合もある。教員免許とは別に、”準教員免許”のような資格を設定して、しっかりした社会経験のある人がわりと簡単に取れるようにしたらどうだろうか!? 有償ボランティアのような形で働く。自治体によっては、少しずつこういうことが行われ始めている。
日本の大学教育は、従来から教養と専門の両方を統合した形式のものが一般的だった。しかし、企業内での教育が消えつつある今、即戦力が求められている。ヨーロッパの独、仏、北欧の国々などでは、即戦力の大学教育がずっと行われている。米国は言わばその中間で、即戦力養成と共に一般教養(リベラルアーツ)も教えている。更に、Double Major制度(二重学位)もあり、文理を超えた横断的な知識も獲得することが可能で、変化の時代への対応力を狙ったものであろう。ただ、アメリカの場合、学費ローンの負担の大きさが社会問題になっている。
大学の教育は一率に同じものにするのではなく、それぞれの大学固有の考えでやるのが良いように思う。前回の話では産業競争力よりのことばかりになったが、国としては文化力も大変重要である。これも教育によって育まれる。
教育を受ける側も、所得格差によって受ける教育レベルが大きく異なり、子供たちの将来への影響が大きい。教育の無償化を進めるべきだ。これは。人口減少対策にもつながる。研究と教育への投資を根本的に増やし、理に適った自主性を与え、今より研究・教育環境の財政的に安定化させる。そして、その中で現場・現実を理解し、将来を見据えた改革を図ることがなによりも望まれる。
<参考文献>
(7) 『君たちはどう生きるか』 吉野源三郎 岩波文庫
(8) 『生きているって不思議だね』 波平恵美子 (お茶の水女子大教授、文化人類学者) 出窓社
(9) 『子どもにおくる般若心経』新井満(作家&作曲家:『千の風になって』等を作詞)朝日新聞出版
(10) 『小学生のための論語』斎藤孝 (その他、論語の本多い)
(11) 『科学技術基本法の見直しの方向性について』 内閣府 (2019.10.16)