道徳チャンネル第1回 若い人たちを抹殺する社会 ① ② | 高澤 一成 「真の哲学者とは」

高澤 一成 「真の哲学者とは」

■哲学・社会学・社会思想に基づく「社会衰退の克服論」
■成人道徳教育(啓蒙)の必要性と、道徳と自由の両立。


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5月7日 道徳チャンネル第1回 若い人たちを抹殺する社会 ① ②

 

道徳チャンネル第1回 若い人たちを抹殺する社会①

 

①「道徳チャンネル」第1回、哲学者の高澤一成です。よろしくお願いします。

 私は、この動画で、日本社会でほとんど知られていない、道徳の真実、哲学的な道徳についてお話していきます。

 若い人、本を読まない人、哲学を知らない人にとってはこれからの人生で、役に立つ部分もあると思います。

 また、これまでの私のブログや著書の方でも、読者の皆様からご好評を頂いています。

 

 まず第一回は、私の自己紹介と「若い人たちを抹殺する社会」、という表題で、話を進めていきます。

 今の日本を考えるに当たり、極端な少子化で、ただでさえ少ない若い人たちが、道徳を教えられずに社会から消えていくのを、マスコミが喜々として報じ、また、「すべて個人の責任である」として、社会道徳の必要性を認めない、戦後メディアに対するアンチテーゼが、この「若い人たちを抹殺する社会」という表題です。

 

 そして、今年に入り、若い人たちが、振り込め詐欺のような特殊詐欺から、強盗殺人へと凶悪化している兆しが見えます。

 それは千葉県で起きた、20歳以下の若者による二つの凶悪事件です。

 

 2月19日に、千葉県印西市で、16歳から20歳の男女4人が、住人の女性の殺害と、放火の疑いで逮捕されましたが、容疑者の若者4人は、金銭目的で以前からこの家に出入りしていました。

 

 また、3月2日には千葉県茂原市で、85歳の女性が殺害され、17歳から18歳の少年、合わせて3人が、金品を奪う目的で住宅に侵入した、強盗殺人の疑いで逮捕されました。

 

 千葉県で起きた、この16歳から20歳の若者による2件の殺人事件は、お金のない若者による犯罪が、特殊詐欺から殺人へと、さらに悪い段階に入っていると言えます。

 

 

(2018年3月9日 朝日新聞より)

 

 次に深刻化しているのが児童虐待です。3月3日には東京都目黒区で、33歳の父親が5歳の長女に水を浴びせて殴り、長女は心肺停止で死亡しました。

 

 3月6日には群馬県高崎市で、32歳の男が内縁の妻の生後2カ月の男の子の鼻と口を塞いで殺害しようとし、男の子は意識不明の重体となっています。

 3月8日には東京都足立区で、20歳の父親が生後2カ月の長女の額を指で弾くなどして暴行し、その後、長女の死亡が確認されました。

 そして3月24日には、埼玉県警の25歳の巡査の男が、生後3ヶ月の長女にケガをさせたとして逮捕され、長女は脳内出血などで死亡しました。

 

 このように連日、凶悪な殺人や児童虐待が起きていますが、無数にある民放の情報番組は、芸能やスポーツの明るい話題ばかりを拾い上げ、こういった深刻な現実を、意図的に取り上げなくなりました。

 

 今の日本は、道徳の退廃による、非常に深刻な、社会の混乱状態、社会学ではこれを「アノミー」と言いますが、この社会混乱の原因は、戦後教育とマスコミ、かつての日教組と、今のテレビ民放、朝日新聞、そして、それらメディアの中核を担う、70歳前後の「全共闘世代」の人たちによる「×道徳=儒教道徳」という完全な誤解、もしくは「×道徳=内心」という誤ったドグマ(独善的な説)によるものであり、そういった、彼らの無知と無思想が、戦後70年に渡って学校とメディアから社会道徳を排斥することによって、このように深刻な社会衰退を引き起こしています。

 

 そして、道徳退廃による著しい社会衰退(アノミー)によって、若い人の自殺、児童虐待、高齢者犯罪の増加、特殊詐欺、老人ホームや障害者施設での殺人・暴行、あおり運転、文部科学省の天下りあっせんや財務省の公文書改ざんなど官僚の不正、福岡県警などの警察官、また、教師、消防士、自治体職員など、公務員による犯罪や不祥事の増加、逮捕者の出たリニア談合、神戸製鋼の品質データ改ざん、さらには電通の長時間労働など、大手企業の不祥事、そして政治家による政治資金の不正受給など、今の日本は未曾有の社会混乱に陥っています。

 

 日本の戦後知識人やメディアは、古くて誤った左のイデオロギーの下、社会主義を志向していますので、北朝鮮や中国共産党と同様に、盲目的に道徳を排除して、このように多くの国民が、道徳退廃による社会の混乱の犠牲になっています。

 

 この動画では「学校やテレビでは絶対に教えられない」、もう一度言いますが「学校やテレビでは絶対に教えられない」、哲学、社会学、社会思想に基づく、客観普遍な道徳についてお話していきます。

 それは「1+1=2」がわかれば、誰にでも理解できる、理論的で普遍的な道徳であります。

 

 

 

②まず第一回を始める前に、こちらの「国民の道徳」という本で、長年道徳の必要性を主張されてきた西部邁先生が、1月21日に入水自殺されました。

 まずは西部先生のご冥福を心よりお祈りします。西部先生は生前、1988年の「朝まで生テレビ」の中の、多くの人たちによる自由な発信に関する議論で、左派論客が手放しでそれを礼賛する中、西部先生だけが、「すべてが良い発信であるとは限らない」と言われて、何らかの「規準」を提起していました。

 つまりネット社会での誹謗中傷や脅迫、ツイッターやLINEを介した殺人や誘拐といった、今日の社会問題を見事に予見していました。

 その、唯一道徳を強調されてきた、西部先生が亡くなられ、メディアで道徳について言及する知識人がいなくなったということもあり、また、今日の社会衰退を憂えて、道徳チャンネルを作ることとしました。

 西部先生は、この「国民の道徳」において、道徳を排斥してきた戦後知識人と、メディアを厳しく批判し、テレビを中心とするメディア権力を「第一権力」として、その影響力を警戒していました。  

 そのメディアの中心にいる田原総一朗さんは、徹底的に道徳を攻撃し、また、30年以上に渡って、道徳に否定的な論客しかテレビに呼ばず、道徳をテーマとして取り上げたことはありません。

 

 

③戦後70年に渡って、日本社会をメチャクチャに破壊してきた馬鹿げた誤解、それは「道徳は内心だー」とするドグマ、独善的な説ですが、「道徳=内心」というのは主に戦後知識人、朝日新聞、共産党、社会主義者の常套句ですが、哲学、社会学において道徳とは、「社会性」であり、また大哲学者のヘーゲルは、哲学界の大著「精神現象学」において、「道徳は意識のうちには存しえない」と言っています。

 つまり、わかりやすく言えば、哲学的な道徳とは社会性であって、無人島で生活している人が、自分が道徳的であるかどうかはわからないということです。

 ただそういった真実も、14年間全く話すら聞いてくれないのが、日本の商業ベースのメディア、テレビ、新聞、出版社であり、また、官僚、政治家、戦後知識人なのであります。

 また、戦後知識人は全く何も知りませんので、道徳や哲学を否定している人たちの言うことを信じないで下さい。

 

④次に道徳に対する誤解について話したいと思います。

 哲学や社会学で語られる道徳とは、皆さんの一部が考えるような、マナーとか作法ではありません。

 「『ペチャクチャ音を立てて食べるな』とか言われたくない」というコメントが来ましたが、道徳ではありません。

 また、表現の自由を萎縮させるような、PTAの苦情のようなものでもありません。

 バラエティー番組のふざけた表現よりも、みかん農園の立ち退きのための行政代執行の方が道徳的非難に値する可能性があります。

 哲学、社会学、社会思想で語られるような道徳とは、基本的に、相対悪をしないこと。

 非人道的、あるいは反社会的、そして計画的もしくは悪感情によるグレーゾーンの行為と言えます。

 つまり犯罪一歩手前の、反社会的で無慈悲な自由に対する制限、非難であります。

 それは、憲法の「公共の福祉」に反する行為にも当たります。

 たとえば児童虐待、恒常的・一方的で陰湿ないじめ、あるいは、あおり運転、また、住宅密集地での鳩のエサやりで、近所の家の窓や車が、鳩のフンまみれになるような事態。

 つまり、鳩のエサやり自体を違法にするのは不適切ですから、これは道徳の範囲内です。

 

 さらにはペットの、大量飼育による悪臭や、名古屋で問題となっているゴミ屋敷など、法律で取り締まりにくいことで、道徳が必要とされることは非常に多くあります。

 

 特に近年は道徳が退廃して、社会学者の宮台真司氏が、「ヘンな人が増えたのが成熟社会である」と言うように、常識の範囲を著しく越えるような、度を超えた迷惑行為をする「ヘンな人」が多く見受けられます。

 

 こうした反社会的な行為、道徳が必要とされるような迷惑行為が増えた根底にあるものとしては、戦後70年に渡って、朝日新聞やテレビ民放を始めとするメディア権力が、儒教道徳だけではなく、社会性としての道徳まで排斥してきたことが挙げられます。

 あるいは若いがゆえの「人としての未熟さ」や、「バレなければ何をやってもいい」という人や社会をナメた考え方、昨今のメディアで礼賛されるような「脱法行為」、もしくは、多くの日本人の心にある「優越感」。   

 「優越感」は、美輪明宏さんが一番嫌いな言葉ですが、これらが非道徳の元凶として挙げられます。

 

 

 

 道徳チャンネル第1回 若い人たちを抹殺する社会②

 

⑤今の日本社会は、かつて小林よしのり氏が言っていたように、相対主義の時代でありまして、つまり相対とは絶対の反対であり、「あれも良ければ、これもいい」という、絶対的な「規準」のない状態ですが、古代ギリシャもまた、相対主義によって混乱していました。

 そこにソクラテスが現れ、普遍的な道徳を説いて、相対主義による混乱をなくして、初めて有名な哲学者足りえました。

 それくらい普遍的な道徳とは、社会にとって非常に大切なことです。

 

⑥哲学、社会学、社会思想で論じられる社会道徳とは、主に高校の倫理科で取り上げられる内容ですが、高校の社会科においては、日本史、世界史、地理、政治経済と比べて比重が小さく、その内容も、固有名詞の詰め込みに過ぎず、非常に底の浅い内容になっています。

 

 そして、日本でテレビに出ているような戦後知識人やジャーナリスト、タレントさんは、哲学については全く何も知らないわけですから、道徳に否定的な、あるいは何も知らない、これらの人たちの意見は決して信じないで下さい。

 

 

    

 

 2000年に、私は26歳の時に、当時は自民党は森喜朗政権でしたが、自民党の宏池会の国会議員の公募に応募しました。

 その時に、こちらの加藤紘一(こういち)先生の本を送って頂きました。

 私が当時、政治家を志望した動機は少子化対策であります。

 私の世代は団塊ジュニアであり、非常に人口が多くて、中学・高校では1学年だけで12クラスもあったのですが、我々の世代の女性が出産適齢期である年の出生数は、明治時代を入れても過去最低であり、今日の非常に深刻な少子化の原因となっています。

 タレントで言えば、島崎和歌子さん、友近さん、さとう珠緒さんの世代です。
 私は今44歳ですが、2000年当時はまだ26歳であり、つまり私と同世代の非常に多い女性が、2000年当時は出産適齢期であり、子どもを産むチャンスがありました。

 しかし残念ながら、周知のように、第3団塊世代はなく、それどころか谷になっていまして、極端に若者が少ない今日の深刻な少子高齢化社会に至っています。

 それでは出生数のグラフで説明していきます。

 

 

 

 それでは出生数グラフについて解説していきます。

 私が政治家を志して、少子化対策に取り組もうと考えたのは、2000年で、私がまだ26歳ですから、私と同じ団塊ジュニア世代は(グラフの山)、まだ子どもを産むことができました。

 しかし、私が政治家の道を断念した4年後の平成16年・2004年には、われわれ団塊ジュニアの女性(2)が、出産適齢期にも関わらず、出生数が明治時代を入れても過去最低の出生数となりました。

 つまりこういうふうに団塊世代(1)があって、団塊ジュニア世代(2)があって、第3団塊世代(3)というのがないんですね。逆に谷になっているわけですから、当然、少子高齢化はさらに加速していきまして、日本の世代間バランスは非常にバランスの悪いものになっています。

 確かに戦国時代は、今の半分くらいの人口でも、世界中で最も多くの鉄砲を生産する、強大な軍事国家でしたので、人口自体が減っていくのは全く問題ないですが、今の日本の場合は、世代間と地域間のバランスがあまりにも悪すぎる。

 地域間に関しては、若い人がみんな東京に集まってきて、しかも東京に来た女性は、まったく子どもを産まなくなります。

 そして世代間バランスを見た場合、日本は後期高齢者だけでも 1640万人。

 70歳前後の団塊世代だけでも 1453万人もいます。

 高齢者だけでも、かなり前から3000万人以上います。

 いったいこの、たった110万人しかいないこの年(2004年)のこの世代(3)で、これらの人口をいったいどうやって支えるんですか?と。

 私が政治家をあきらめた4年後の2004年には、過去最低の出生数となってしまいました。

 当時、団塊ジュニア世代の女性は30歳から33歳であり、日本は晩婚化が進んでいますので、実質的に多くの女性が子どもを産む年齢です。

 しかし、今確かに、私と同じ世代の団塊ジュニアが少しずつ、子どもを産んでいますが、やはりショッピングモールに行ったら、それこそ1時間くらいの間に、ダウン症の子どもを3人も4人も見るくらい、たくさんいまして、やはり晩婚化や高齢出産自体が推奨されているような社会になってしまっているんですね。

 また道徳という社会性がないために、若い頃からコミュニケーション能力が低くて、「マニュアル世代」であるとか、「受験戦争世代」、あるいは社会学者の宮台真司氏が「仲間以外は皆風景」と言うように「よそよそしさの世代」と言われているんですね。

 特に80年代後半には、女性がコミュニケーションの主導権を取ってしまいましたので(宮台真司)、しかしながら、その女性が社会性が希薄になってしまっているんですね。

 たとえば、生理的にタイプでなければ、ご近所さんでも、あいさつしない。

 ただ、逆にこちらの団塊世代(1)の方は、「なれなれしさ」の世代と言われていまして、たとえば、メガネをかけて無名の大学生だった南こうせつさんのアパートに、若い女の子が急に押しかけてきて、すぐに彼女になってしまうくらい、「幸せが恐い」というくらい、そういう女性がいるくらいですから、貧しくて、あと、奥田瑛二さんの奥さんの安藤和津さん(1948-)とかね、そういう、貧しくて、娯楽が少なくて、価値観が共有できて、メガヒットアイドルもいなくて、誰でも女性と簡単にコミュニケーションが取れたわけですから、非常に多くの人が結婚して出産して、今の我々の団塊ジュニア世代(2)があるわけです。

 ところが我々の世代は、道徳がなくなって、女性とは全く会話もできませんでした。

 そして、私の出身市である札幌市の出生率は、この年(2004年)、なんと「0.98」。

 札幌は、中学、高校とも1学年だけで12クラスもあったにも関わらずたったの出生率 0.98。

 当たり前ですが、全国の政令指定都市でも最低です。

 その次に低いくらいの東京が1.24。

 「男性がコミュニケーションの主導権を取っている」と言われている九州は各県とも1.6。

 日本の中でも高い方です。

 しかし、出生率は 2 ないと人口が維持できないわけですから、日本は本当にもうどうしようもないということになります。

 

 その後、2004年に、私は当時住んでいた、埼玉の上田清司知事宛てに「道徳指導要綱」という提言を出しました。

 上田知事は今年で県知事16年目に突入する長期政権ですが、当時はまだ県知事になって、1年ほどであり、こちらの直筆のご賛同の返事を送って頂きました。
 当時は子ギャルが多かった80年代生まれの女子高校生のミニスカートや援助交際が論争となっていましたが、80年代生まれの女性もまた団塊ジュニアと同様、道徳的に問題がある世代でありまして、その後に塩村文夏さん、上西小百合さん、今井絵里子議員、美元さんらを輩出し、また、この世代の女性タレントによるペニオク詐欺事件も起きました。   
 芸能界では、この頃から、経済力と肩書きだけを重視して結婚するような女性、「優越感」による「セレブ婚」が非常に顕著となります。
 当時、私はテレビ番組に、道徳をテーマとして取り上げるよう、何度も手紙やメールを送りましたが返事はなく、朝日新聞や出版社も全く同様でした。

 女性が「ガサツ世代」と呼ばれるようになった、これら80年代生まれ以降は、少子化に加え、モンスターペアレントやクレーマー、そして児童虐待が大きな問題となっていきます。

 

 

 

 

 それでは、児童虐待と小中高生の自殺のグラフについて解説していきます。

 これ(上)は厚生労働省の統計によりますが、さきほどは出生数のグラフで、極端な少子化について解説し、若い人たちが生まれてこれないという話をしましたが、今度のグラフでは、若い人たちがなんとか生まれてきても、メディアが道徳の必要性を認めないために、児童虐待や自殺によって、多くの若い人たちが、人生を台無しにしてしまうという話をしていきます。

 私が中学生のころ(上のグラフ左端)はまだ児童虐待は1,000件程度でした。

 しかし、平成27年には10万件を突破し、これ(左下のグラフ)はその後の数字ですが、平成28年にはもう、12万2578件にまで膨れ上がっています。

 しかし、テレビでは、たまにこういった児童虐待のグラフを出しますが、池上彰という人が、「この当時(上のグラフの左端)は、児童虐待という認識がなかったんだ」と言って、煙に巻くようなことを言うわけですね。

 つまりメディアはこの期(ご)に及んでも、道徳の必要性を認めようとしない。

 そして、池上彰氏のこの発言の、もう一つの意味としては、「昔は『児童虐待』という言葉がなかっただけであり、そういう問題は昔も今と同じくらいあったので、100倍以上に増えている今の児童虐待は全く問題がないんだ」と、このように言うわけですね。

 もしくは、道徳を否定しているテレビ民放によって、そう言わされているわけです。

 しかし児童虐待が1,000件程度だった当時(上のグラフの左端)は、私は中学生でしたが、私の周りで、親に虐待されたという話も、1学年で12クラスもあって、全く聞かないですし、親に虐待されて殺されたというニュースも全く見たことがありません。

 それが最近では、近隣で長時間にわたる幼児の悲鳴を頻繁に聞いたり、あるいは私が遊園地で働いていたときには、若い親が3、4歳くらいの子どもに暴力をふるっている様子をしょっちゅう見ています。

 そして、さきほどの小さい子どもが殺されているという児童虐待のニュースもありましたが、昔はそのようなニュースも全く見た記憶がありません。

 でも、池上彰さんやテレビ民放は、道徳の必要性を認めたくないものですから、「この児童虐待のグラフ自体が真っ赤な嘘なんだ」と、テレビで、こう言うわけです。

 そして、テレビ民放は全部電通の影響下に入っていまして、テレビには当然スポンサー企業がいますので、そういう企業も、全共闘世代が社長や役員をしていますので、道徳という言葉は一切出したくないわけですね。

 しかし、道徳を全否定している時点で、日本の企業は、バカとしか言いようがないんですね。

 なぜなら、マックス・ヴェーバーというドイツの社会学者が「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」という本を著していますが、その中でマックス・ヴェーバーは、「道徳は信用を生むから有益である」とか、遅刻をしないなどの宗教倫理のある人の方が、ズルをせずに労働に適応しやすい、もしくは逆に金銭目的だけの海賊が、資本主義の秩序を守るわけがないということですね。

 あるいは職業義務、天職という概念、つまり働くことの自己目的化。

 そういう道徳という根本的な資本主義の精神を日本の企業は戦後70年に渡って真っ向から否定しているわけですから、全共闘世代が支配している大企業の不祥事が絶えないんです。

 データ改ざん、長時間労働のブラック企業、鬼十則、セクハラ、パワハラ。

 よって、日本は全共闘世代が支配する、社会主義者の国なんです。

 北朝鮮や中国共産党にシンパシーを持っている。

 また、昔の日本の企業には「共有の道徳」があったというのは、西部邁先生が「国民の道徳」で書いていますが、そういう道徳を否定するようなことをずっとやってきて、池上彰とか、そういったすべての戦後知識人が、テレビで道徳を隠すようなことばかり言っているわけですから、このような社会衰退になっているということですね。

 

 そしてこの(児童虐待の左下のグラフ)下の12万件というのは、児相(児童相談所)が対応したというだけであって、全部が全部摘発されているわけでは全くないんですね。

 摘発されているのは一千何件とかそんな数字ですから、つまりほとんど違法だと確定しているわけでは全くないんですね。ほとんどの数が。

 つまりほとんど逮捕されていないわけですから、これらの児童虐待を止めるには、道徳以外はないんですね。

 だから、結果的に戦後70年もの間、道徳を排除してきたテレビや戦後知識人が、児童虐待を間接的に推奨しているか、もしくは児童虐待を黙認していると言っていいんですね。

 

 

 

 

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