白衣です🌺
先日、逢いたいと思っていた方と偶然、いや必然的にバッタリお逢いすることができたお話です。
引き寄せた、のでしょうが、これって瞬間瞬間起きているのですよね。
自分の願いが叶えば『引き寄せたー!』と喜び、不運には『何故だ!こんなはずはない』と嘆く。
ここをずーとぐるぐる回っていた頃ありました。
全て叶っているのに。
今回、願いが叶ったことに喜びながらも、涌き出る自我が丸見えでした。
嬉しいことに、内なる子どもは喜び
悲しいことに、内なる子どもは泣き、怒る
一般的には自我があったらダメなんだという印象を持ちやすいですね。
自我は消えてもらうもの。
しかし、消えたら全てOKになるのか。
わたしは自分の子ども心を愛おしく感じます。
守られるべく存在するもの。
誰が守るのか。
紛れもなく自分。
自分しかできない。
誰も守ってくれない。
たとえ、親でさえも。
自分の心は自分で守っていく。
話は戻りますが、逢いたかった方はしばらく体調不良だった81歳のお母さん。
実の母ではありませんが、もう母のような存在。
藍染め工房を立ち上げ長年伝統文化活動に貢献し、現在は現役から離れながらも皆さんの支えになっているお母さん。
自分で染め上げた藍を身にまとい、針仕事で作った小物を持ち、全て大切に扱う身のこなしにも最初は目が釘付けでした。
所作がなんと美しいのか、と。
こうして、わたしが背中を見させて頂いていることの不思議。
亡き母がいつも重なる。
母から娘へ受け継ぐ大切なものが必ずある。
内なる子どもが安心しているのだ。
内なる子どもは、ただただ母の愛が欲しい。
愛されたい、ただただそれだけ。
81歳のお母さんと久しぶりにお逢いし、ドライブし、お茶をしておしゃべりに花がさく。
お母さんは梅ジュースを頼み、一口飲んで
『わ~!美味しい!!なんて美味しいの!カラダが元氣になったわ~』
少女のようにパッと目が輝く。
その時に感じました。
だから、わたしはお母さんに魅了されているのだと。
屈託ない笑顔。
子どものような可愛い反応。
なんて可愛らしいのか。
幼い頃の話や、心の葛藤さえ素直に話してくれるお母さん。
そのお母さんの内なる子どもとわたしが共振する世界。
わたしの内なる子どもが喜び安心しきっている。
わたしたちはシンプルで良いのです。
シンプルである瞬間にみえる世界がある。
大人になる、って何でしょう。
大人のふりをし、大人になれないことで悩むなら、大人にならなくていい。
自分を慈しむこと。
母からの愛に満足しないなら、自分でそこさえ慈しむ。
だって、親も愛が欲しいのだから。
期待する世界から抜けること。
そこから初めて、自立への道がある。
自力ではなく、自立。
誰かに寄りかかり期待する世界から、自らの肉体を使い、自分で立つのだ。
怖いの先には、必ず内なる子どもが成長している。
素晴らしきかな人生は。
ご縁に感謝いたします💐

