前回の続きです。

 

 

 

過去記事はこちら:

 

見栄晴兄弟 ① ~出会い~

 

見栄晴兄弟 ② ~再会~

 

見栄晴兄弟 ③ ~城壁~

 

見栄晴兄弟 ④ ~混乱~

 

 

 

 

見栄晴は日本の実家で白ウサギのミミちゃんを飼っていました。

 

 

子供の時から可愛がっていたのでもう十歳近く、ウサギとしては既に相当高齢でした。

 

ある日、A国にいた私のもとに見栄晴から電話が掛かって来ました。当時はまだ国際電話の料金が非常に高く、よほどの事が無ければ全て手紙で済ませる時代でした。

 

「プー子ちゃん…ウゥッ…」

 

見栄晴は電話の向こうで泣いているようでした。

 

「どうしたの?何があったの?」

 

私は驚いて尋ねました。

 

「ミミちゃんが…何も食べなくなってしまって…病院に行ったら…もう老衰だって…もう何日も持たないって…」

 

どんな理由であってもペットとの別れは辛く、胸が張り裂けるような体験です。私は見栄晴に心の底から同情しましたが、続く彼の言葉に耳を疑いました。

 

「ミミちゃんが弱って死んで行く様子なんて辛くてとても見ていられない…

だから…近くの山に…逃がして…来た…」

 

 

 

 

 

 

 

 

は?

何でそんな事したの!

 

 

 

さすがの私も大声になりました。

 

今まで彼に受けた仕打ちを全て許してきた私が責めるような口調で言ったので見栄晴はかなりびっくりしたようでした。

 

「で…でもね、あの山には野ウサギがいるんだ。だからミミちゃんも仲間ができて嬉しいかなって…」

 

 

「よう白いの、見掛けない顔じゃの。どうしたこんな所で。」

 

「はい、私のご主人さまが、長い事狭い所に閉じ込めてしまって悪かった…これからは自由になって野山を好きなだけ駆け回りなさいと。」

 

ほう、話の分かる人間じゃの。よし、わしの巣穴に来い。アケビ酒もあるでな、町の話でも聞かせてくれろ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ってなるかい!!

 

馬鹿か!!

 

 

 

 

 

 

本当はそう怒鳴り付けたいところをぐっとこらえ、私は感情を抑えて

 

「可哀想…」

 

とだけ言いました。

 

「可哀想…(泣)そうだよね、プー子ちゃんもそう思うよね…ウゥッ…だから僕もさっき山に戻ってもう一度探して来たんだ…でも見付からない…どうしよう…ミミちゃん…(泣)」

 

 

 

クズです。

日本一のクズ男です。

 

 

 

本来なら、

 

「今すぐ山に戻って、這いつくばってでもミミちゃんを探して来て!見付からなかったらもう絶交だから!」

 

と怒鳴り付けて、電話をガッシャンと切るべきだったんです。

 

それなのに見栄晴に嫌われたく無かった私は彼を慰めるような言葉を注意深く選び、電話を切った後も似たような手紙をしたためて翌朝には投函していたのです。

 

 

 

見栄晴がクズなら私も同じ位のクズでした。

 

 

 

しばらくしてから私を襲った罪悪感と自分に対する嫌悪感は言葉で書き尽くす事ができません。実際、今でもこの件に関して自分が取った上記の行動を決して許す事ができません。

 

信頼していた人間に山に捨てられたミミちゃんはどれほど絶望し、恐怖と寒さに震えながら死んでいったのでしょう。

 

どうして私は物言わぬ小さな生き物の代わりに抗議の声を上げて、味方になってあげる事ができなかったのでしょう。

 

ミミちゃんを見殺しにした見栄晴を励ますということは、彼の行為に賛成しているのと全く同じ事では無いでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

もう無理、限界。

 

 

 

 

 

 

 

私には見栄晴を愛する事なんかできません。

 

もうとっくに分かっていた事だけど、ミミちゃんに教えられてやっと目が覚めました。

 

見栄晴は自分の都合で誰かを無責任に可愛がったりするのに、自分が傷付かないためには平気で相手への責任を放棄できる男です。

 

そして相手の痛みや苦しみから故意に目を背け、自分が相手に負わせた深い傷には全く無頓着なのです。

 

 

 

 

ペットにとって最も安らかな「自宅での大往生」の機会を阻止してまで、

 

お坊ちゃま見栄晴がミミちゃんの死に直面して悲しい気持ちになるのを避けるため、

 

ただそれだけのために、

 

飲まず食わずで弱り切っていた大切な家族に自らの手で絶望と恐怖を味わわせ、

 

苦痛に満ちた死へと送り込んだのです。

 

 

 

 

ほんのわずかに残っていた見栄晴への期待も、愛着も、潮が引くようにサーッと消えて無くなりました。

 

 

ミミちゃん、本当にごめんね。

そしてどうもありがとう。

 

 

 

ついにさよならを言う時が来たようです。

 

 

 

続きます。