前回の続きです。
見栄晴が私に対して愛情のかけらも持っていなかったのは明らかです。
そうでなければ私が距離を取りたがっていることを察してくれたのではないでしょうか。
彼はその代わりせっかく手に入れた貴重な景品をしっかりと繋ぎ止める事にしたようです。
人として有り得ない方法で深く傷付け、その直後に誰よりも愛しているかのようなパフォーマンス。
そう、典型的なモラハラ男の手口です。
その晩、私はひどく混乱していました。始めて味わった愛する人との幸せなひと時、それを断ち切らなければいけない痛み。。。それなのに張本人の見栄晴に抱き締められた時に、私が一番欲しかったのはやっぱりこの人の愛情なんだと勘違いしてしまったのです。
そんなに愛情が欲しかったなら、私はイタリア人ロッシ家のお母さん姉妹の所にでも行き、見栄晴の悪事をバラしてやれば良かったんです。
ロッシ姉妹はきっと、
「マンマミーア、可哀想に!
そんな酷い男なんかさっさと忘れっちまうのが一番さ♪」
と、美味しいイタリア料理をたっぷりご馳走してくれ、
泣いている私を慰めて、
「おぉヨシヨシ、いい子いい子。」
とギュウギュウに抱き締めてくれたはずなのです。
ついでにロッシ家ネットワークで見栄晴の噂が拡散され、特権剥奪、厳重注意の案件にでもなれば良かったんです。
でもそうする代わりに私は翌朝になると居ても立ってもいられなくなり、バスに乗って見栄晴の家を訪ねました。
「プー子ちゃん!よく来たね、嬉しいよ!」
見栄晴はそう言うと私を家に上げてくれました。そして、ワーホリビザが切れる前に一旦出国しなければいけないけど、すぐに観光ビザでまたプー子ちゃんに会いに戻って来るからと約束し、再び長い長いハグをしてくれました。
見栄晴が日本に帰るまでの数日、私達はいつもベッタリと一緒に過ごしましたが、見栄晴の車を降りる前の長いハグの習慣は私をさらに混乱させました。
何一つ約束めいた事を口にせずに、若い男女がこんな風にイチャイチャするのはJW的にはどうなんだろう?
本当は結婚を前提とした付き合いの中で交わされる愛情表現だけが許されていたはずなのに…
それとも見栄晴は、こう見えても私の事を本気で考えてくれているのだろうか…?
でもそんな淡い期待を打ち砕く発言ばかりが続きます。
見栄晴にとって結局私はただのつまみ食いで、あくまでもスミレ姉妹が本命だったのでしょう。
「スミレちゃんって美人だよね。」
「あのレストランでスミレちゃんと食事をした。」
「あの店でスミレちゃんにピアスを買ってあげた。」
見栄晴が何を言っても黙って聞いていた私に、彼はどんどん調子に乗って来ました。
「僕はね、プー子ちゃんとスミレちゃんがいつまでもずっと仲良しでいてくれたら嬉しいんだ。」
見栄晴はそう言うと、
はあ〜〜あ
と大げさなため息を吐きながら続けました。
「本当はA国の若者みたいにさ、僕とプー子ちゃんとスミレちゃんの三人で一緒に暮らせたら楽しいのにね!!」
出典: うる星やつら〔新装版〕 小学館コミックス31巻 第10話/夢の扉 より
諸星あたるかっ!!
あと、ルームシェアとハーレムは違うからね?
A国の若者に謝って?
見栄晴が一旦帰国すると、私は我に返りました。
こんな関係は良くない!
見栄晴もそうだけど、私だってスミレ姉妹にひどい事をした!!
私は自分の事ばかりで、スミレ姉妹がどんな気持ちでいたのか考える余裕も無く、フラフラと不毛なデートに応じていたのです。
私は考えた末、彼女に長い手紙を書くことにしました。今まであった事柄をなるべく正直に、そして私が見栄晴と付き合う資格など無いという事を。
しばらくして彼女から丁寧な返事が届きました。
私の手紙を読む前に見栄晴と会ったこと、そしてはっきり別れを言い渡した事を。
スミレ姉妹は「目が覚めた」という表現を使い、私を責めるような言葉は一つもありませんでした。
私は、一人の姉妹の夢を壊してしまった罪悪感に呆然としました。
その頃、私は急遽引っ越しをしなければいけない事情がありました。スミレ姉妹のアパートが雨漏りするようになり、いくら言っても大家さんが修繕をしてくれなかったからです。
そして一人暮らしの老婦人ノーラ(仮)の個室を間借りできる事になり、そこに移りました。
ノーラはA国人で、JWではありませんでした。
間もなく、約束通り見栄晴がA国に戻って来ましたが、再会した日の彼の態度は酷いものでした。
私を無視し、避けて、目が合うと忌ま忌ましそうにため息を付きました。別に私を避ける事は構いませんでしたが、まるで私が原因で大切なものを失ったかのようなとげとげしい態度に私は深く傷付きました。
その晩私は高熱を出し、そのまま数日間寝込んでしまいました。
コンコン…
ノーラが私のドアをノックして、嬉しそうに覗き込んで言いました。
「あなたのお見舞いに素敵なジェントルマンがいらしたわよ。」
見栄晴でした。
彼の顔を見た瞬間、辛い思いが洪水のように溢れ出て、私は泣き出しました。
なぜ彼はいつも私をこんなに辛く悲しくさせるのでしょう?
そしてなぜ心が弱り切っている時にこんな風に現れて、私の手を握ったりするのでしょう?
新たな泥沼が始まってしまいました。
続きます。