前回の続きです。
アパートに戻った私はバタッとベッドに倒れ込みました。
次から次へと涙が溢れて来ます。
せめて、せめてカフェに誘う時に「実はスミレちゃんと結婚の約束をしているんだけど、それでもプー子ちゃんと二人でお茶に行きたい。」と言ってくれれば、
「行かない。」
と一言で済んで終わったはずなのです。
私は見栄晴に対してただ無邪気な憧れを抱いていただけなので、二人の約束を知ってびっくりしたかもしれませんが、事実を知っても傷付くような事はありませんでした。
生まれて始めて大好きな人とデートして、手を繋いで肩を抱いて、愛の告白をして両思いになれた瞬間に、喜びに浸る間もなく瞬殺されたのです。
こんなに心をズタボロにされた事はありませんでした。
一体どうやって立ち直れと言うのでしょう。
見当もつきません。
ああ、そうだ。
どんな悲しみも時間が経てば薄れるってどこかで読んだ事がある…
私は枕元の置き時計を睨み付けました。
秒針がいつも以上にゆっくりと回っています。
一分…
二分…
三分…
痛みは消えません。
むしろどんどん大きくなって行きます。
時々ウトウトしながら、目が覚めるとまた鋭い胸の痛みを感じながら朝まで過ごしました。そして夜が明ける頃、やっと答えが出ました。
もう見栄晴と親しくする事は止めよう。
嫌いになれたらもっと楽なんだろうけど…ほんの数時間前まで誰よりも好きな人だったから辛いけど…自分の周りに城壁を築いて、その中でゆっくりと傷から回復すればいい。
私はきっぱりと決意しました。
その日の集会は正直言って休みたい気分でしたが、それができない理由があリました。
まだ前例の少なかったワーホリに関して、JW親の間で賛否両論があったのです。自分の子供を自由過ぎる外国に送り出すなんて、サタンの罠に放り込むようなものだと私の母も色々言われていたようです。
だから私は、これから海外を目指すであろう大勢のJW二世たちの「失敗例」になる訳にはいきませんでした。必ず正規開拓者になって帰って来るというのが、気持ちよく送り出してくれた母への答えだったのです。
失恋ごときで集会を休む訳にはいきませんでした。
私は見栄晴が迎えに来る前に、近所のイタリア人JWロッシ家(仮)を訪れ、集会の送迎をお願いしました。王国会館では見栄晴を大きく迂回し、彼が演台に立つ時は顔を上げませんでした。そして帰り際にサッと近付いてこう言いました。
「見栄晴兄弟、今まで色々手伝って下さりどうもありがとうございました。これからは送迎も含めて、私の事はもう気に掛けて頂かなくて結構です。どうぞよろしくお願いします。」
見栄晴は何も言えずにポカンと私の事を見送りました。
辛かったけど、これ以外の答えはありませんでした。あとは本当に時間が解決するのを待つだけ。。。
。。。と思っていたら、誰かが私のドアをノックしました。
窓を覗くと見栄晴。
やだ勘弁してと頭を引っ込めようとすると、彼は手に持っていた何かを私に見えるように振りました。本だか何だか忘れましたが、私が以前見栄晴に貸したモノでした。こんなの集会の時にでも持って来れば良いのにと思いつつ、私はドアを開け、「ありがとう」と荷物だけ受け取ってドアを閉めようとしました。
「待って!」
見栄晴が言いました。
「プー子ちゃん、あのね。一つだけお願いがあるんだ。」
「?」
「僕のこと、これからもミイくんって呼んでくれないかな。
見栄晴兄弟だなんて、他人行儀であまりにも寂し過ぎるよ。」
現代の私なら
何がミイくんだよ
ふ ざ け る な💢
と怒鳴り付けた上で、
股関蹴り上げ
からの
背負い投げ
で決めるところですが、
まだまだ若さと馬鹿さが絶賛空回り中だった当時の私は寂しく微笑みながら、
「うん。分かったよ、ミイくん。」
としおらしく答えてしまったのです。
「プー子ちゃあ〜ん!!」
見栄晴は大げさなゼスチャーで私を正面からギュ〜っと抱きしめました。
私が涙と共に一個ずつ積み上げていったレンガの城壁がガラガラと音を立てて崩れ落ちました。
陥落成功。
実にチョロいプー子でした
続きます。