前回の続きです。
「プー子ちゃんも早くこっちにおいで。」
そう言われて有頂天になっていた私ですが、それでもすぐに見栄晴の元に飛んで行く訳にはいかないと思っていました。兄弟の事は本当に大好きでしたが恋愛経験ゼロの私は大きな不安もありました。
それは、自分がとても若いという事。
まだ何の人生経験も積んでいない自分は、フワフワと全く地に足が着いていない状態を自覚していました。ミイくんはきっと私を励ましたくてあんな事を言っているけど、もしも今再会してしまったら私は彼への気持ちを抑えきれず、ホップ・ステップ・ジャンプで恋に飛び込んでしまうだろう。彼にはしっかりとした霊的目標があるのに、まだペーペーの私が彼への気持ちを見せないように冷静に行動できるのだろうか?
全く自信がありませんでした。
今思えば見栄晴の事を相当神格化していたようです。
このため、私は見栄晴の一年のビザが間もなく切れる頃を見計らって渡航する事に決めました。
ほんの少しだけなら、時期が重なっても良いよね。見栄晴の目標を邪魔しないように、私頑張るよ!と決意していました。
頑張る価値も無いヤツだという事実も知らずに…
私が渡航の意志を伝えると、見栄晴は本当に喜んでくれました。その上、間もなく日本に帰る予定の姉妹が住んでいたアパートをそのまま利用できるようにアレンジしてくれたのです。住む場所をどうしようと迷っていたのでこの提案は本当に助かりました。
ついにA国に到着できた私はスミレ(仮)姉妹と2週間だけ一緒に暮らし、彼女が帰国したらそのままアパートを引き継ぐ事になりました。スミレ姉妹は私よりも5歳ほど年上の、落ち着いた雰囲気の大人の女性でした。優しくて親切でユーモアのセンスもあり、私はすぐに彼女の事が大好きになりました。
見栄晴は集会や奉仕にいつも自分の車を出してくれて、私達は常に3人で行動しました。
あれ?この二人随分仲が良いみたい…
そんな風に思う瞬間も時々ありましたが、二人とも特に何も言わないし、思い過ごしかな?と自分の都合で解釈していました。ところが、ある時びっくりするような事実を知りました。
スミレ姉妹が帰国する便に、見栄晴も一緒に乗って帰国する予定だと言うのです。
え? おんなじ飛行機で?
それってそれってまるで…新婚さん?
二人ってそういう関係だったの?
え〜〜何かショックぅ〜
ううぅ〜
でも…まあそういう事なんだね。
うん、仕方ない。
どうせ私の事なんて最初から眼中に無かったんだろうし…
そう思い始めていた矢先、さらにびっくりするような事を見栄晴が言い出しました。
何と、何と見栄晴だけが帰国をもう少し延期すると言うのです。理由は、プー子ちゃんが心配だからだそうです。
え?え?何で?
ちょっと待って、どういう事?
私の心配って別にいらなくない?
新婚さんと思っていたのは私の勘違い?
え?良く分かんない。
ミイくんともう少し一緒に過ごせるのは嬉しいけど、スミレ姉妹は?
結局そういう関係じゃ無かったって事?
え?どうなっているの?
肝心のスミレ姉妹は確かに寂しそうにしていましたが、私に対しては相変わらず親切に接してくれました。
う〜〜ん、これは一体どういう事なんだろう??
考えても考えても分かりませんし、全てを自分の思い込みだったと信じたい私は、本当のところを二人に確認する勇気もありませんでした。
当時の話を書いていると、見栄晴よりも自分の鈍さに腹が立ってきます。でもあの頃の私は、JWというのは「世の人」よりも正直で道徳規準が高く、誰かを裏切ったり傷付けたりしないように誠実に努力する人たちだという幻想を信じていました。
このためはっきりと説明されなかった事柄については「きっとこういう事なのだろう」と善意に解釈する癖が付いてしまっていたのです。
実際は善意に解釈、と言うよりは自分の都合の良いように解釈していたのですが…
****
スミレ姉妹が帰国してからも見栄晴は集会や奉仕の送り迎えに車を出してくれました。
ただ、三人でいた時みたいにアパートに上がってもらう事はしませんでした。結婚していない男女が二人だけで密室で過ごす事は良くないとされていたからです。
そんなある日、夜の集会の帰りに見栄晴が言いました。
「この先に素敵なカフェがあるんだけど、一緒にコーヒーでも飲まない?」
コ、コココ、
コォヒィですか?!
二人っきりで?
え?やだ何それ…
嬉しい〜〜ん
JWは男女交際に色々厳しいルールや基準を設けています。だから二人きりでお茶に誘われたというのは、つまり愛の告白みたいなもの。私が舞い上がってしまっても無理はないのです。
まだ日本では珍しかったカプチーノを飲みながら、二人のお喋りは尽きることがありませんでした。そしてついに話題が無くなった時、私たちはいつの間にかテーブルの上で手を繋いでいました。
うわぁ‥ほんとにこんな映画みたいなシーンがあるんだぁ。。。
何だか嘘みたい。
すごい、こんなに早く夢が叶うなんて!
嬉しい…嬉しいなぁ。
こんなに幸せな事が自分に起こるなんて。。。
カフェを出ると、二人は丘の上の公園を目指して歩き出し、見栄晴はまたスッと手を繋いできました。この時の私は間違い無く背中から羽根が生えて、地上1メートルほどをフワリフワリと浮遊していたはずです。
夜景を見下ろすベンチに腰掛けると見栄晴は私の肩に腕を回し、私は彼の肩に頭を預けました。溢れるような幸福感を噛み締めるような沈黙がしばらく続き、私は期待に胸を膨らませながら次に出て来る彼の言葉を待ちました。
見栄晴が言いました。
「ほら、あの夜景のちょうど真ん中辺りに、特別明るい青い光が見えるでしょ?」
「うん。」
「あれが有名な◯◯なんだ。で、そこからず〜っと右の方を見ると今度は赤い光が…」
見栄晴は何故か唐突に夜景の解説を始めました。もちろんそんな解説、一つも耳に入って来ません。
しびれを切らした私が口を開きました。
「あのね、ミイくん。」
「うん?」
「大好き」
見栄晴は私の肩をグッと引き寄せました。
「ありがとう、嬉しいよ!僕もプー子ちゃんの事が大好きだよ。」
そしてまた沈黙。
沈黙。
沈黙。
沈黙。
再び私が口を開きました。
「ミイくん。私たちのこれからの事、どう思っているのか、私にどうして欲しいのか、教えてくれる?」
見栄晴はしばらく難しい表情で考え込んでいましたが、やがてこう言いました。
「あのさ、好きだからってすぐにそうやって何かを決めようとするのは違うと思うんだ…
…楽しければいいでしょ?」
は?
私は豆鉄砲をくらったような表情でその場に凍り付きました。
え?楽しければ?
た…楽しくないよ?
何言ってるの?
この肩に回した腕は何?
何言ってるの?この人。
見栄晴のあまりにも不誠実な言葉に、私は突然天上から地面に叩きつけられ、怪我をした幼い子供のように泣き出しました。
うわぁ〜〜ん
見栄晴は慌てて言いました。
「ごめっ!!ごめんね!実は僕、プー子ちゃんに黙っていた事があるんだ。」
「グスッ‥ヒック…何?」
「実は僕、スミレちゃんと結婚の約束を…」
びえええ〜〜ん
あんまりと言えばあんまりです。
もし見栄晴がこの大切な情報をもっともっと早く伝えてくれれば、誰も傷付かずに済んだのです。
「でも僕、プー子ちゃんの事も同じくらい好きになってしまったんだ…ねえ、僕は一体どうしたらいいと思う?」
知るか!!
私に聞くな!!
何でこんな目に遭わなければいけないのでしょう?
大好きだったのに!
私の大好きを利用して、まるでゲームの景品を手に入れるように人の気持ちをもて遊び、スミレ姉妹を裏切ったのです。
鈍い私もやっとピンと来ました。見栄晴はスミレ姉妹に口止めをしていたのです。公式な発表があるまでは二人の約束を口外しないようにと。もちろんプー子にも黙っているようにと…卑怯な男です。
まだまだ続きます。