金沢リージョナルシアター 劇処 第五弾「赤紙」は、原 力男が脚本し、劇団110showの高田 伸一が演出した。キャストには、劇団110showを始め、表現集団tone!tone!tone!劇団北陸新協、ステージアウラの俳優が加わった。
主な物語は第二次世界大戦中、海兵の友をなくした三郎の物語である。彼は出兵を拒否するために、逃亡を図る。ある時、逃げ隠れた家に、ある盲目の女芸人と出会う。そして、旅のお供をするうちに関係を持ち、終戦することが分かると、女と子供を捨てて、家へ帰ってしまう。この物語の間に断片的に戦争に関する物語が挿入されていた。帰還兵の二郎は、赤紙を丸め、花のアートを作る。南京では、若い中国人女性が、進行する日本軍の前を歩かされ、地雷の餌食となる。戦艦武蔵は、不沈艦と呼ばれていたが、爆撃により沈没してしまう。2023年の未来では、奨学金のためアフリカの戦争に参加した若い女がいつまでも、その時の戦争体験に苦しめられていた。
最も主張したい事は、日本を戦争する国にしてはならないということだろう。
それが最も表れていたのは、若者に赤紙が届けられる二つのシーンだった。一つ目は劇の序盤の配達員によって遺骨が届けられるシーンであり、配達員と家族の会話はシリアスで、両者は悲痛な顔をしており、重い空気がながれていた。しかし、二つ目の劇の後半の同じようなシーンでは、趣が異なっていた。軽快な空気が漂っており、赤紙が来て、出兵しなくてはならないというのに、赤紙を受け取った若者はバイトがあるといって、そのまま署名せずにバイトへ行ってしまう。若者の母親は、配達員に言われるまま、軽いノリで、息子の赤紙に代わりに署名をする。前者と後者は対比の関係にあり、若者を戦争に駆り出す戦時中の赤紙も怖いが、軽いノリで署名される赤紙のほうが恐怖を自覚していない分、たちが悪いと感じた。最近は集団的自衛権の問題もあり、日本が戦争する国になるのか活発に議論されている。そのため、現代版赤紙は単なるフィクションに思えず、少なからず危機感を覚えた。
この他にも、現代の戦争にかかわる問題を連想させることがいくつかあった。例えば、前述の南京のシーンでは、今もなお、たびたび靖国神社参拝などで問題となっている日本と中国の歴史認識の問題が連想できるし、アフリカの戦争に参加した女性の話からは、自衛隊が南スーダンに駆け付け警護する問題が連想でき、いずれも、未来と過去のことを語っているように見えて、実は現代の戦争の問題を思い出してほしかった意図が見出すことが出来る。戦争の断片は過去でも、未来のことでもなく、今、現在の日本の問題を表しているのだ。そういった意味で、私はこの劇が現代に公演される意味はあると思うし、断片として選ばれた物語にも満足している。
しかしながら、ストーリーの展開にやや不満も残る。作者の原 力男は作中の数ある戦争の断片(物語)の中から、何かを拾ってほしかったようだが、その断片はあまりにちりばめられすぎて、拾うのは難しいように思えた。時系列も、場所も一貫しないさまざまな状況に何か戦争以外の共通点を探して、迷宮に陥ってしまったりしなかったか?断片的にした意味を問いたい。