この文章は、2018年11月17日(土)17:00開演の星稜高校演劇部『Our history』についての劇評です。
昭和4(1929)年から米国で始まった大恐慌。その余波は世界中に及び、石川県金沢市も例外ではなかった。特に小学校を卒業してすぐ社会に出なければならない生徒たちは手に職もなく、失業にあえいでいた。そんな彼らの苦しみに共感し、社会で活躍できるように珠算や簿記の知識を身につけてもらおうと、一人の若者が立ち上がった。稲置繁男氏、当時23歳。星稜高校の前身となる簿記学校を昭和7年に開設したのである。11月17、18日に金沢市民芸術村PIT2ドラマ工房で上演された星稜高校演劇部『Our history』(作・演出:星稜高校演劇部)は、昭和47年に出版された「稲置学園四十年史」に基づき、生徒たち自身が草創期の苦労や「誠実にして社会に役立つ人間の育成」といった理念のルーツを手探りしながら作り上げた作品だ。
冒頭は現代。校内に夜遅くまで残っている女子生徒を警備員が発見する。彼女は家出中であり、行くところがないのでもう少しここに居させてくれと頼む。そこへ謎のおばあちゃんが出現し、学校の歴史を語り始める。設立当初の教師は稲置(以下、敬称略)ただ一人。校舎も間借りで、隣室には稲置が家族とともに寝起きし、生まれたばかりの娘の泣き声が授業中に聞こえる。そんな中で、当時まだ珍しかった男女共学を実現。お金がなくて全員は無理だった修学旅行も、男女どちらを連れて行くかをくじ引きで決めた。稲置は女子生徒たちとともに金沢駅から鎌倉へ出発。宿も決めておらず、到着した駅前の茶店に頼み込んで二階に泊めてもらった。生徒たちの楽しそうな演技から当時の和気藹々とした雰囲気が伝わってくる。
さらに戦時中、厳しさを増す時局の要請に応えるため、男子生徒のいる学校は工業系に転換するか廃校になるかの選択肢を突きつけられた。稲置を訪れて決断を迫った役人自身にも赤紙が届き、近く応召する予定だという。廃校にはしたくないが、当時の工業系とはすなわち武器生産を意味しており、こちらも絶対に嫌だ。稲置は悩んだ挙句、女子校となって生き延びる道を選んだ。男子生徒たちはやがて動員されて戦場へ向かった。稲置はこの戦争が終わり次第、男女共学に戻すことを誓う。学びたくても学べなかった男子生徒たち。彼らの夢の分も、後に続く者たちが受け継いで行かねば、と想いを込めて。
その物語を聞かせてくれたおばあちゃんは稲置学園の理事長(繁男氏の長女・美弥子氏)だったというオチ。学園の歴史を知ることにより、冒頭に出てきた女子生徒の家出騒動は無事に解決したのだろうか?伝統ある立派な学校に通っていることと個人的な悩みは別という気もする。しかし、先人たちが苦労しながらつないできた「夢のバトン」に自分も連なっていることが実感できれば、彼女が今まで大げさに考えていた問題も多少は小さく見える効果があるのかもしれない。
星稜高校と言えば、野球部やサッカー部の活躍で全国的にも有名だ。その創設者はさぞかし生徒たちをグイグイ引っ張っていくカリスマ的リーダーなのだろうと勝手に思い込んでいた。しかし、今回の作品で小柄な生徒の宮森常矢が演じた稲置は、ヒョロッとしてひ弱そうな感じ(失礼!)。やや拍子抜けした。実際、戦前の徴兵検査でも稲置は喘息持ちを理由に不合格だったらしい。しかし、失業に喘ぐ生徒たちの苦しみに共感し、彼らが何とか食べていけるようにと奮闘する姿は、金儲け第一主義の経営者などではなく、あくまでも理想を追求する「教育者」だった。
古代ギリシャ以来、演劇には自分たちが所属するコミュニティの歴史を描き、出演者と観客が一体になってアイデンティティを確認し合うという役割があった。今回の作品も、そんな演劇の力をまざまざと感じさせてくれる舞台となっていた。
《以下は更新前の文章です。》
昭和4(1929)年から米国で始まった大恐慌。その余波は世界中に及び、石川県金沢市も例外ではなかった。特に小学校を卒業してすぐ社会に出なければならない生徒たちは手に職もなく、失業にあえいでいた。そんな中で、彼らが社会で活躍できるように珠算や簿記の知識を身につけてもらおうと、一人の若者が立ち上がった。稲置繁男氏、当時23歳。星稜高校の前身となる簿記学校を昭和7年に開設したのである。11月17、18日に金沢市民芸術村PIT2ドラマ工房で上演された星稜高校演劇部『Our history』(作・演出:星稜高校演劇部)は、昭和47年に出版された「稲置学園四十年史」に基づき、生徒たち自身が草創期の苦労や「誠実にして社会に役立つ人間の育成」といった理念のルーツを手探りしながら作り上げたという。
冒頭、高校の警備員が夜遅くまで残っている女子生徒を発見する。彼女は家出中であり、行くところがないのでもう少しここに居させてくれと頼む。そこへ謎のおばあちゃんが出現し、学校の歴史を語り始める。回想パートの主人公は稲置氏その人だった。野球部やサッカー部の活躍により、全国的にも有名な高校である。その創設者はさぞかし生徒たちをグイグイ引っ張っていくカリスマ的なリーダーなのだろうと勝手に思い込んでいた。しかし、今回の作品で小柄な生徒の宮森常矢が演じた稲置(以下、敬称略)は、ヒョロッとしてひ弱そうな感じ(失礼!)。やや拍子抜けした。実際、徴兵検査でも稲置は喘息持ちを理由に不合格だったらしい。しかし、生徒たちの苦しみに共感し、彼らが何とか食べていけるようにと奮闘する姿は、金儲け第一主義の経営者などではなく、あくまでも理想を追求する「教育者」だった。
当初の教師は稲置ただ一人。校舎も間借りで、隣室には稲置が家族とともに寝起きし、生まれたばかりの娘の泣き声が授業中に聞こえる。そんな中で、当時まだ珍しかった男女共学を実現。お金がなくて全員は無理だった修学旅行も、男女どちらを連れて行くかをくじ引きで決めた。稲置は女子生徒たちとともに金沢駅から鎌倉へ出発。宿も決めておらず、到着した駅前の茶店に頼み込んで二階に泊めてもらった。生徒たちの楽しそうな演技から当時の和気藹々とした雰囲気が伝わってくる。
さらに戦時中、厳しさを増す時局の要請に応えるため、男子生徒のいる学校は工業系に転換するか廃校になるかの選択肢を突きつけられた。稲置を訪れて決断を迫った役人自身にも赤紙が届き、近く応召する予定だという。廃校にはしたくないが、当時の工業系とはすなわち武器生産を意味しており、こちらも絶対に嫌だ。稲置は悩んだ挙句、女子校となって生き延びる道を選んだ。男子生徒たちはやがて動員されて戦場へ向かった。稲置はこの戦争が終わり次第、男女共学に戻すことを誓う。学びたくても学べなかった男子生徒たち。彼らの夢の分も、後に続く者たちが受け継いで行かねば、と想いを込めて。
その物語を聞かせてくれたおばあちゃんは稲置学園の理事長(繁男氏の長女・美弥子氏)だったというオチ。学園の歴史を知ることにより、冒頭に出てきた女子生徒の家出騒動は無事に解決したのだろうか?伝統ある立派な学校に通っていることと個人的な悩みは別という気もする。しかし、先人たちが苦労しながらつないできた「夢のバトン」に自分も連なっていることが実感できれば、彼女が今まで大げさに考えていた問題も多少は小さく見える効果があるのかもしれない。
古代ギリシャ以来、演劇には自分たちが所属するコミュニティの歴史を描き、出演者と観客が一体になってアイデンティティを確認し合うという役割があった。今回の作品も、そんな演劇の力をまざまざと感じさせてくれる舞台となっていた。
この文章は、2018年11月17日(土)18:30開演の北陸学院高校演劇部『修学旅行』についての劇評です。
修学旅行は非日常の出来事である。だから普段と違うこともしてみたくなるし、気持ちもいくらか浮ついてしまう。そんな状態で起こされるイベントの中に、恋の告白がある。北陸学院高校『修学旅行』は、沖縄への修学旅行の、夜のドタバタを描いた芝居である。表向きには。だが、また別の非日常の出来事が、この物語の中に潜んでいる。
舞台は4枚の襖を背景にした和室。5つの布団が並べられており、布団のそばにはそれぞれ大きめのバッグが置かれている。
この部屋の班長ヒカル(角田明優実)は、中学校の修学旅行に行けなかった過去がある。そのため、修学旅行の夜にみんなで枕投げしたり、恋の話をしたりすることに憧れていた。しかし、班員達はそれぞれが勝手に行動しており、まとまりがない。バットの素振りを止めないソフトボール部のカキザキ(小杉恵生)に生徒会長のノミヤ(荒井莉子)は苛立ち、新体操部のシャトミ(岡中杏珠)や、漫画研究部のチアキ(横山心愛)と揉めてしまう。チアキやカキザキは並んでいた布団をそれぞれ隅に移動させてしまう。それでもなんとか皆をまとめて、恋の話や枕投げをしたいヒカルは、好きな人を紙に左手で書くなら、誰が書いたのか分からないと提案する。班員はしぶしぶ付き合う。結果、紙に書かれた名前は全て、カイト(葛谷康介)。部屋の空気は悪くなるばかりである。
このあらすじだけを読むと、恋の絡んだ騒動話であるが、物語中には時折挟み込まれる話題がある。それは戦争にまつわる話である。戦争についての話がなされていると認識することで、女子高生達の置かれている状況も、何かを暗喩しているように見えてくる。並べられた布団は、それぞれの領土。部屋で素振りをするカキザキは、危険な行為をする国。その隣に布団を敷いているノミヤは、隣国の驚異に怯える国。だがカキザキから離れているシャトミやチアキには、ノミヤの恐怖がわからない。
カイトを呼べというノミヤの要求が叶えられ、カイトが部屋にやってくる。しかし、カイトの発言によりカイトの好きな人が特定され、部屋の秩序は崩壊する。誰かが枕を投げる。それを受けてまた誰かが枕を投げる。枕投げが始まってしまう。それはもう世界戦争にしか見えない。
女子高生5人を中心に、登場する人物達の書き分けがはっきりしており、その個性が誇張気味に演じられていた。学生達が元気いっぱいに演じる、賑やかで騒がしい時間が多いからこそ、ふと訪れる張り詰めた瞬間が際立つ。
当日パンフレットの上演意図には、21世紀に入ってから起こったテロや戦争についての記述がある。この物語は間接的にそれらを表現している。だが、テロも戦争も決して遠い国でだけ起こっている話ではない。紛争は、身近で起こっている小さな諍いの、規模が拡大したものではないか。この物語にちりばめられた、対立のエピソードがそう伝えている。
(以下は更新前の文章です)
修学旅行は非日常の出来事である。だから普段と違うこともしてみたくなるし、気持ちもいくらか浮ついてしまう。そんな状態で起こされるイベントの中に、恋の告白をする、という事態がある。北陸学院高校『修学旅行』は、沖縄への修学旅行の、夜のドタバタを描いた芝居である。表向きには。また別の非日常の出来事が、この物語の中に潜んでいる。
舞台は4枚の襖を背景にした和室。5つの布団が並べられており、布団のそばにはそれぞれ大きめのバッグが置かれている。
この部屋の班長ヒカル(角田明優実)は、中学校の修学旅行に行けなかった過去がある。そのため、修学旅行の夜にみんなで枕投げしたり、恋の話をしたりすることに、彼女は憧れていた。しかし、班員達はそれぞれが勝手に行動しており、まとまりがない。バットの素振りを止めないソフトボール部のカキザキ(小杉恵生)に生徒会長のノミヤ(荒井莉子)は苛立ち、新体操部のシャトミ(岡中杏珠)や、漫画研究部のチアキ(横山心愛)と揉めてしまう。チアキやカキザキは並んでいた布団をそれぞれ隅に移動させてしまう。それでもなんとか皆で何かしたいヒカルは、好きな人を紙に左手で書くなら、誰が書いたのか分からないと提案する。班員はしぶしぶ付き合う。結果、紙に書かれた名前は全て、カイト(葛谷康介)。部屋の空気は悪くなるばかりである。
このあらすじだけを読むと、恋の絡んだ騒動話であるが、物語中には時折挟み込まれる話題がある。それは沖縄での戦争にまつわる話である。かつてその地で起きた戦争についての話がなされていると認識することで、女子高生達の置かれている状況も、何かを暗喩しているように見えてくる。並べられた布団は、それぞれの領土。部屋で素振りをするカキザキは、危険な行為をする国。その隣に布団を敷いているノミヤは、隣国の驚異に怯える国。だがカキザキから離れているシャトミやチアキには、ノミヤの恐怖がわからない。
カイトを呼べというノミヤの要求が叶えられ、カイトが部屋にやってくる。しかし、カイトの発言によりカイトの好きな人が特定され、部屋の秩序は崩壊する。誰かが枕を投げる。それを受けてまた誰かが枕を投げる。それを受けた誰かがまた枕を投げる。枕投げが始まってしまう。それはもう世界戦争にしか見えない。
当日パンフレットの上演意図には、21世紀に入ってから起こったテロや戦争についての記述がある。この物語は直接的にそれらを描いていない。だが、テロも戦争も決して遠い国でだけ起こっている話ではない。紛争は、身近で起こっている小さな諍いの、規模が拡大したものではないか。この物語にちりばめられた、対立のエピソードがそう伝えている。
女子高生5人を中心に、登場する人物達の書き分けがはっきりしており、その個性が誇張気味に演じられていた。賑やかで騒がしい時間が多いからこそ、ふと訪れる張り詰めた瞬間が際立った。
修学旅行は非日常の出来事である。だから普段と違うこともしてみたくなるし、気持ちもいくらか浮ついてしまう。そんな状態で起こされるイベントの中に、恋の告白がある。北陸学院高校『修学旅行』は、沖縄への修学旅行の、夜のドタバタを描いた芝居である。表向きには。だが、また別の非日常の出来事が、この物語の中に潜んでいる。
舞台は4枚の襖を背景にした和室。5つの布団が並べられており、布団のそばにはそれぞれ大きめのバッグが置かれている。
この部屋の班長ヒカル(角田明優実)は、中学校の修学旅行に行けなかった過去がある。そのため、修学旅行の夜にみんなで枕投げしたり、恋の話をしたりすることに憧れていた。しかし、班員達はそれぞれが勝手に行動しており、まとまりがない。バットの素振りを止めないソフトボール部のカキザキ(小杉恵生)に生徒会長のノミヤ(荒井莉子)は苛立ち、新体操部のシャトミ(岡中杏珠)や、漫画研究部のチアキ(横山心愛)と揉めてしまう。チアキやカキザキは並んでいた布団をそれぞれ隅に移動させてしまう。それでもなんとか皆をまとめて、恋の話や枕投げをしたいヒカルは、好きな人を紙に左手で書くなら、誰が書いたのか分からないと提案する。班員はしぶしぶ付き合う。結果、紙に書かれた名前は全て、カイト(葛谷康介)。部屋の空気は悪くなるばかりである。
このあらすじだけを読むと、恋の絡んだ騒動話であるが、物語中には時折挟み込まれる話題がある。それは戦争にまつわる話である。戦争についての話がなされていると認識することで、女子高生達の置かれている状況も、何かを暗喩しているように見えてくる。並べられた布団は、それぞれの領土。部屋で素振りをするカキザキは、危険な行為をする国。その隣に布団を敷いているノミヤは、隣国の驚異に怯える国。だがカキザキから離れているシャトミやチアキには、ノミヤの恐怖がわからない。
カイトを呼べというノミヤの要求が叶えられ、カイトが部屋にやってくる。しかし、カイトの発言によりカイトの好きな人が特定され、部屋の秩序は崩壊する。誰かが枕を投げる。それを受けてまた誰かが枕を投げる。枕投げが始まってしまう。それはもう世界戦争にしか見えない。
女子高生5人を中心に、登場する人物達の書き分けがはっきりしており、その個性が誇張気味に演じられていた。学生達が元気いっぱいに演じる、賑やかで騒がしい時間が多いからこそ、ふと訪れる張り詰めた瞬間が際立つ。
当日パンフレットの上演意図には、21世紀に入ってから起こったテロや戦争についての記述がある。この物語は間接的にそれらを表現している。だが、テロも戦争も決して遠い国でだけ起こっている話ではない。紛争は、身近で起こっている小さな諍いの、規模が拡大したものではないか。この物語にちりばめられた、対立のエピソードがそう伝えている。
(以下は更新前の文章です)
修学旅行は非日常の出来事である。だから普段と違うこともしてみたくなるし、気持ちもいくらか浮ついてしまう。そんな状態で起こされるイベントの中に、恋の告白をする、という事態がある。北陸学院高校『修学旅行』は、沖縄への修学旅行の、夜のドタバタを描いた芝居である。表向きには。また別の非日常の出来事が、この物語の中に潜んでいる。
舞台は4枚の襖を背景にした和室。5つの布団が並べられており、布団のそばにはそれぞれ大きめのバッグが置かれている。
この部屋の班長ヒカル(角田明優実)は、中学校の修学旅行に行けなかった過去がある。そのため、修学旅行の夜にみんなで枕投げしたり、恋の話をしたりすることに、彼女は憧れていた。しかし、班員達はそれぞれが勝手に行動しており、まとまりがない。バットの素振りを止めないソフトボール部のカキザキ(小杉恵生)に生徒会長のノミヤ(荒井莉子)は苛立ち、新体操部のシャトミ(岡中杏珠)や、漫画研究部のチアキ(横山心愛)と揉めてしまう。チアキやカキザキは並んでいた布団をそれぞれ隅に移動させてしまう。それでもなんとか皆で何かしたいヒカルは、好きな人を紙に左手で書くなら、誰が書いたのか分からないと提案する。班員はしぶしぶ付き合う。結果、紙に書かれた名前は全て、カイト(葛谷康介)。部屋の空気は悪くなるばかりである。
このあらすじだけを読むと、恋の絡んだ騒動話であるが、物語中には時折挟み込まれる話題がある。それは沖縄での戦争にまつわる話である。かつてその地で起きた戦争についての話がなされていると認識することで、女子高生達の置かれている状況も、何かを暗喩しているように見えてくる。並べられた布団は、それぞれの領土。部屋で素振りをするカキザキは、危険な行為をする国。その隣に布団を敷いているノミヤは、隣国の驚異に怯える国。だがカキザキから離れているシャトミやチアキには、ノミヤの恐怖がわからない。
カイトを呼べというノミヤの要求が叶えられ、カイトが部屋にやってくる。しかし、カイトの発言によりカイトの好きな人が特定され、部屋の秩序は崩壊する。誰かが枕を投げる。それを受けてまた誰かが枕を投げる。それを受けた誰かがまた枕を投げる。枕投げが始まってしまう。それはもう世界戦争にしか見えない。
当日パンフレットの上演意図には、21世紀に入ってから起こったテロや戦争についての記述がある。この物語は直接的にそれらを描いていない。だが、テロも戦争も決して遠い国でだけ起こっている話ではない。紛争は、身近で起こっている小さな諍いの、規模が拡大したものではないか。この物語にちりばめられた、対立のエピソードがそう伝えている。
女子高生5人を中心に、登場する人物達の書き分けがはっきりしており、その個性が誇張気味に演じられていた。賑やかで騒がしい時間が多いからこそ、ふと訪れる張り詰めた瞬間が際立った。
この文章は、2018年11月17日(土)17:00開演の星稜高校演劇部『Our history』についての劇評です。
星稜高校演劇部による『Our history』は、自校の歴史を振り返った作品だ。昭和47年に刊行された『稲置学園四十年史』を元に、昭和7年の建学時から戦争時、戦後に至るまでの学校生活の様子を描いている。「誠実にして社会に役立つ人間の育成」という建学の精神で、戦時下においても学びの場を維持しようと尽力した校長と、彼を慕い懸命に学ぶ生徒達の姿。歴史の中で学校がどのような経緯をたどったかを丁寧に表現しており、好感が持てる内容であった。ただ、歴史を振り返る役割を担った、現代の主人公の描かれ方に物足りなさが残る。
夜の教室に、キャリーバッグを引いた女子高生(嶋崎未咲)が歩いてくる。警備員(新田龍一)が彼女を見つけ問いただすと、彼女は家出をしてきたという。担任(島野日菜子)に連絡をしようとする警備員と女子高生がもめていると、杖を突く音がする。老女(宮本優奈)が校舎内に入り込んでいたのだ。老女と意気投合した女子高生は、家出の理由を話す。母親に「夢がない」ことを責められたというのだ。親の言うとおり勉強してきたのに、志望校に落ちて入学した私立校で、急に夢などと言われても困ると。親が叶えられなかった夢を押し付けているだけではないかと。そんな女子高生に、老婆は、昔の生徒達の話を聞かせる。
袴姿の女子学生達が登場し、いままで校舎内の様子だったセットの両側に引かれていたカーテンを開け、真ん中の壁の一部を外す。すると古民家風の柱作りが現れた。並べられていた四角い椅子の位置を変えて机にする。そこは建学時の簿記学校だ。校長(宮森常矢)と、男女の生徒達がやってくる。女子高生、老婆、警備員は、上手の隅で彼女らを見守る形になる。
当時は珍しかった男女共学。男女の差別なく、地元経済界の役に立てる、優秀な人材を育てようとする強い意志が校長にはあった。しかし、戦争が始まると、男子のいる学校は決断を迫られる。武器を作る工業系の学校になるか、廃校するかをだ。校長は苦悩の末、女子だけの学校として廃校を免れようと決める。さまざまな思いを抱いて、簿記を学びに来た男子生徒達は、一度学校を離れることになる。それでも、学びの場を守り続けて欲しい。彼ら、彼女らのこの思いが、学校を存続させ、後輩達につながっているのだ。
過去のエピソードが表現されている間、現代の3人は、始めこそ状況説明の台詞があったものの、その後は隅っこで様子を見ているだけである。過去の物語の流れを止めてしまうことになるのを避けたのであろうが、現代の3人が過去パートの案内役になってしまっている。そのため、現代の女子高生が当初抱えていた悩みに、どう対応したかまでは描けていないのだ。彼女は、先輩達の夢を継いでいることを実感した。自分が歴史の一部であることを知った。その上で、彼女自身は自分の夢をどう見つけていこうとするのか。そこが気になる点だった。
(以下は更新前の文章です)
星稜高校演劇部による『Our history』は、自校の歴史を振り返った作品だ。昭和47年に刊行された『稲置学園四十年史』を元に、昭和7年の建学時から戦争時、戦後に至るまでの学校生活の様子を描いている。「誠実にして社会に役立つ人間の育成」という建学の精神で、戦時下においても学びの場を維持しようと尽力した校長と、彼を慕い懸命に学ぶ生徒達の姿に、好感が持てる内容であった。ただ、歴史を振り返る役割を担った、現代の主人公の描かれ方に物足りなさが残る。
夜の教室に残った女子高生(嶋崎未咲)。彼女はカートを引いている。警備員(新田龍一)が彼女を見つけ問いただすと、彼女は家出をしてきたという。担任(島野日菜子)に連絡をしようとする警備員と女子高生がもめていると、杖を突く音がする。老女(宮本優奈)が校舎内に入り込んでいたのだ。老女と意気投合した女子高生は、家出の理由を話す。母親に「夢がない」ことを責められたというのだ。親の言うとおり勉強してきたのに、志望校に落ちて入学した私立校で、急に夢などと言われても困ると。親が叶えられなかった夢を押し付けているだけではないかと。そんな女子高生に、老婆は、昔の生徒達の話を聞かせる。
袴姿の女子学生達が登場し、いままで校舎内の様子だったセットの両側に引かれていたカーテンを開け、真ん中の壁の一部を外す。すると古民家風の柱作りが現れた。並べられていた四角い椅子の位置を変えて机にする。そこは建学時の簿記学校だ。校長(宮森常矢)と、男女の生徒達がやってくる。女子高生、老婆、警備員は、上手の隅で彼女らを見守る形になる。
当時は珍しかった男女共学。男女の差別なく、地元経済界の役に立てる、優秀な人材を育てようとする強い意志が校長にはあった。しかし、戦争が始まると、男子のいる学校は決断を迫られる。工業系の学校になるか、廃校するかをだ。校長は苦悩の末、女子だけの学校として廃校を免れようと決める。さまざまな思いを抱いて、簿記を学びに来た男子生徒達は、一度学校を離れることになる。それでも、学びの場を守り続けて欲しい。彼ら、彼女らのこの思いが、学校を存続させ、後輩達につながっているのだ。
この過去のエピソードが表現されている間、現代の3人は、始めこそ状況説明の台詞があったものの、その後は隅っこで様子を見ているだけである。過去の物語の流れを止めてしまうことになるのを避けたのであろうが、現代の3人が過去パートの案内役となってしまっている。そのため、現代の女子高生が当初抱えていた悩みに、どう対応したかが描けていないのだ。物語は老婆の正体が判明して終わり、女子高生については触れられていない。彼女は、先輩達の夢を継いでいることを実感しただろう。自分が歴史の一部であることを知っただろう。その上で、彼女自身は自分の夢をどう見つけていこうとするのか。そこが気になる点だった。
星稜高校演劇部による『Our history』は、自校の歴史を振り返った作品だ。昭和47年に刊行された『稲置学園四十年史』を元に、昭和7年の建学時から戦争時、戦後に至るまでの学校生活の様子を描いている。「誠実にして社会に役立つ人間の育成」という建学の精神で、戦時下においても学びの場を維持しようと尽力した校長と、彼を慕い懸命に学ぶ生徒達の姿。歴史の中で学校がどのような経緯をたどったかを丁寧に表現しており、好感が持てる内容であった。ただ、歴史を振り返る役割を担った、現代の主人公の描かれ方に物足りなさが残る。
夜の教室に、キャリーバッグを引いた女子高生(嶋崎未咲)が歩いてくる。警備員(新田龍一)が彼女を見つけ問いただすと、彼女は家出をしてきたという。担任(島野日菜子)に連絡をしようとする警備員と女子高生がもめていると、杖を突く音がする。老女(宮本優奈)が校舎内に入り込んでいたのだ。老女と意気投合した女子高生は、家出の理由を話す。母親に「夢がない」ことを責められたというのだ。親の言うとおり勉強してきたのに、志望校に落ちて入学した私立校で、急に夢などと言われても困ると。親が叶えられなかった夢を押し付けているだけではないかと。そんな女子高生に、老婆は、昔の生徒達の話を聞かせる。
袴姿の女子学生達が登場し、いままで校舎内の様子だったセットの両側に引かれていたカーテンを開け、真ん中の壁の一部を外す。すると古民家風の柱作りが現れた。並べられていた四角い椅子の位置を変えて机にする。そこは建学時の簿記学校だ。校長(宮森常矢)と、男女の生徒達がやってくる。女子高生、老婆、警備員は、上手の隅で彼女らを見守る形になる。
当時は珍しかった男女共学。男女の差別なく、地元経済界の役に立てる、優秀な人材を育てようとする強い意志が校長にはあった。しかし、戦争が始まると、男子のいる学校は決断を迫られる。武器を作る工業系の学校になるか、廃校するかをだ。校長は苦悩の末、女子だけの学校として廃校を免れようと決める。さまざまな思いを抱いて、簿記を学びに来た男子生徒達は、一度学校を離れることになる。それでも、学びの場を守り続けて欲しい。彼ら、彼女らのこの思いが、学校を存続させ、後輩達につながっているのだ。
過去のエピソードが表現されている間、現代の3人は、始めこそ状況説明の台詞があったものの、その後は隅っこで様子を見ているだけである。過去の物語の流れを止めてしまうことになるのを避けたのであろうが、現代の3人が過去パートの案内役になってしまっている。そのため、現代の女子高生が当初抱えていた悩みに、どう対応したかまでは描けていないのだ。彼女は、先輩達の夢を継いでいることを実感した。自分が歴史の一部であることを知った。その上で、彼女自身は自分の夢をどう見つけていこうとするのか。そこが気になる点だった。
(以下は更新前の文章です)
星稜高校演劇部による『Our history』は、自校の歴史を振り返った作品だ。昭和47年に刊行された『稲置学園四十年史』を元に、昭和7年の建学時から戦争時、戦後に至るまでの学校生活の様子を描いている。「誠実にして社会に役立つ人間の育成」という建学の精神で、戦時下においても学びの場を維持しようと尽力した校長と、彼を慕い懸命に学ぶ生徒達の姿に、好感が持てる内容であった。ただ、歴史を振り返る役割を担った、現代の主人公の描かれ方に物足りなさが残る。
夜の教室に残った女子高生(嶋崎未咲)。彼女はカートを引いている。警備員(新田龍一)が彼女を見つけ問いただすと、彼女は家出をしてきたという。担任(島野日菜子)に連絡をしようとする警備員と女子高生がもめていると、杖を突く音がする。老女(宮本優奈)が校舎内に入り込んでいたのだ。老女と意気投合した女子高生は、家出の理由を話す。母親に「夢がない」ことを責められたというのだ。親の言うとおり勉強してきたのに、志望校に落ちて入学した私立校で、急に夢などと言われても困ると。親が叶えられなかった夢を押し付けているだけではないかと。そんな女子高生に、老婆は、昔の生徒達の話を聞かせる。
袴姿の女子学生達が登場し、いままで校舎内の様子だったセットの両側に引かれていたカーテンを開け、真ん中の壁の一部を外す。すると古民家風の柱作りが現れた。並べられていた四角い椅子の位置を変えて机にする。そこは建学時の簿記学校だ。校長(宮森常矢)と、男女の生徒達がやってくる。女子高生、老婆、警備員は、上手の隅で彼女らを見守る形になる。
当時は珍しかった男女共学。男女の差別なく、地元経済界の役に立てる、優秀な人材を育てようとする強い意志が校長にはあった。しかし、戦争が始まると、男子のいる学校は決断を迫られる。工業系の学校になるか、廃校するかをだ。校長は苦悩の末、女子だけの学校として廃校を免れようと決める。さまざまな思いを抱いて、簿記を学びに来た男子生徒達は、一度学校を離れることになる。それでも、学びの場を守り続けて欲しい。彼ら、彼女らのこの思いが、学校を存続させ、後輩達につながっているのだ。
この過去のエピソードが表現されている間、現代の3人は、始めこそ状況説明の台詞があったものの、その後は隅っこで様子を見ているだけである。過去の物語の流れを止めてしまうことになるのを避けたのであろうが、現代の3人が過去パートの案内役となってしまっている。そのため、現代の女子高生が当初抱えていた悩みに、どう対応したかが描けていないのだ。物語は老婆の正体が判明して終わり、女子高生については触れられていない。彼女は、先輩達の夢を継いでいることを実感しただろう。自分が歴史の一部であることを知っただろう。その上で、彼女自身は自分の夢をどう見つけていこうとするのか。そこが気になる点だった。
この文章は2018年11月10日(土)19:00開演の劇団あえない 「あえなく夢中」についての劇評です。
「一年中雪の世界」をコンセプトとした架空の遊園地、「ノエルランド」舞台セットの上方には小さなライトが星のように散りばめられていて、右方にはテーブルといすとハンガーラックが置かれ、「ノエルランド」の楽屋となる。左方には、テーブルと椅子が置かれ、「カフェ」と「遊園地内にある医務室の部屋」となる。舞台の中央には段差が一段あり、登場人物らが劇中内で披露する「ノエルランド」の名物ステージ「ハッピースノーウィッシュ」のステージとなる。冒頭から軽快な音楽が流れ、クリスマスシーズン特有のウキウキワクワクするような気分にさせられた。
古野ひかり(大橋茉歩)は「ノエルランド」の名物ショー「ハッピーウィッシュ」で柏木杏子とともにWキャストでマリー役を演じている。二人は女性同士でありながら、交際している。杏子に想いを寄せる二人の上司である篠塚(近江亮哉)は、ひかりに対する嫉妬心から、陰湿な無言電話などの嫌がらせをしているようだ。そして楽屋を出入りしている清掃員の倉沢(藤井楓恋)は過去にマリー役を演じたひかりを見て、一方的な愛情を募らせていた。倉沢の愛情表現はストーカーと呼べるもので、ひかりの人間関係を調べ上げたり、楽屋のサンタクロースの人形に盗聴器をしかけるような、歪んだものだった。だがその根底には昔、自宅が火事で焼けてしまい、すべてに絶望したとき、ひかり演じるマリーを見て救われた思いがあった。そして倉沢はある日、不安定だったひかりに対し「妄想すればラクに生きられる」とささやく。
ひかりは次第にその悪魔のささやきの通りに、不安な時に妄想をしてしまうようになる。実はひかりは杏子に対して、恋愛感情とともに、コンプレックスも抱いていたのだ。一方の杏子の方も、複雑な家族関係から思い詰め、雨の日に手首を切ったというつらい過去があり、ある日同じ雨の日に、ひかりと連絡がとれなかったすれ違いから、また、暖かい家族がほしいとの理由から、篠塚の気持ちを受け入れてしまい、とうとう篠塚の子を妊娠してしまう。
歪な愛情表現しかできなかった登場人物には、皆それぞれ、悲しい背景と複雑な思いがあった。どうしようもない現実から目を背けるため、消化し切れぬ思いを晴らす為、「妄想」はひとつの手段なのだ。そして最後ひかりは、サボテンにしか心を開けない医者、小森(能沢秀矢)から好意を受け、少しだけ救われる。妄想は、次に進むための通過点ともいえるのかもしれない。
「あえなく夢中」の作・演出を手がけた大橋はパンフレットでこう綴っている。「お芝居も夢想のひとつに数えられるのではないか、と思うことがあります。現実とは違う場所に、ここにいる全員で行けたなら、そんなにうれしいことはありません。一緒に夢を見ましょう」彼女の中では妄想=夢想=夢ということなのか。今回の内容では「悪の発端」として描かれていた「妄想」だがそれだけとはとれない言葉だ。
ところで大橋のの舞台挨拶が好印象だった。リージョナルシアターの他の参加団体への気配り、参加できた喜び、誠実さが、態度から伝わってきた。
今回が旗揚公演だった「劇団あえない」今後どんなことを「妄想」しながら何を演劇にし観客を次へと押し出してくれるのだろう。
「一年中雪の世界」をコンセプトとした架空の遊園地、「ノエルランド」舞台セットの上方には小さなライトが星のように散りばめられていて、右方にはテーブルといすとハンガーラックが置かれ、「ノエルランド」の楽屋となる。左方には、テーブルと椅子が置かれ、「カフェ」と「遊園地内にある医務室の部屋」となる。舞台の中央には段差が一段あり、登場人物らが劇中内で披露する「ノエルランド」の名物ステージ「ハッピースノーウィッシュ」のステージとなる。冒頭から軽快な音楽が流れ、クリスマスシーズン特有のウキウキワクワクするような気分にさせられた。
古野ひかり(大橋茉歩)は「ノエルランド」の名物ショー「ハッピーウィッシュ」で柏木杏子とともにWキャストでマリー役を演じている。二人は女性同士でありながら、交際している。杏子に想いを寄せる二人の上司である篠塚(近江亮哉)は、ひかりに対する嫉妬心から、陰湿な無言電話などの嫌がらせをしているようだ。そして楽屋を出入りしている清掃員の倉沢(藤井楓恋)は過去にマリー役を演じたひかりを見て、一方的な愛情を募らせていた。倉沢の愛情表現はストーカーと呼べるもので、ひかりの人間関係を調べ上げたり、楽屋のサンタクロースの人形に盗聴器をしかけるような、歪んだものだった。だがその根底には昔、自宅が火事で焼けてしまい、すべてに絶望したとき、ひかり演じるマリーを見て救われた思いがあった。そして倉沢はある日、不安定だったひかりに対し「妄想すればラクに生きられる」とささやく。
ひかりは次第にその悪魔のささやきの通りに、不安な時に妄想をしてしまうようになる。実はひかりは杏子に対して、恋愛感情とともに、コンプレックスも抱いていたのだ。一方の杏子の方も、複雑な家族関係から思い詰め、雨の日に手首を切ったというつらい過去があり、ある日同じ雨の日に、ひかりと連絡がとれなかったすれ違いから、また、暖かい家族がほしいとの理由から、篠塚の気持ちを受け入れてしまい、とうとう篠塚の子を妊娠してしまう。
歪な愛情表現しかできなかった登場人物には、皆それぞれ、悲しい背景と複雑な思いがあった。どうしようもない現実から目を背けるため、消化し切れぬ思いを晴らす為、「妄想」はひとつの手段なのだ。そして最後ひかりは、サボテンにしか心を開けない医者、小森(能沢秀矢)から好意を受け、少しだけ救われる。妄想は、次に進むための通過点ともいえるのかもしれない。
「あえなく夢中」の作・演出を手がけた大橋はパンフレットでこう綴っている。「お芝居も夢想のひとつに数えられるのではないか、と思うことがあります。現実とは違う場所に、ここにいる全員で行けたなら、そんなにうれしいことはありません。一緒に夢を見ましょう」彼女の中では妄想=夢想=夢ということなのか。今回の内容では「悪の発端」として描かれていた「妄想」だがそれだけとはとれない言葉だ。
ところで大橋のの舞台挨拶が好印象だった。リージョナルシアターの他の参加団体への気配り、参加できた喜び、誠実さが、態度から伝わってきた。
今回が旗揚公演だった「劇団あえない」今後どんなことを「妄想」しながら何を演劇にし観客を次へと押し出してくれるのだろう。
この文章は、2018年11月10日(土)19:00開演の劇団あえない「あえなく夢中」についての劇評です。
舞台は二層になっている。机、椅子、衣装ラックが置かれた平場とその奥に一段高くなった通路のような舞台。芝居が進むとそこでは劇中劇が演じられる。
ここは「ノエルランド」というクリスマスがテーマの遊園地。そこで『ハッピー・スノー・ウイッシュ』という劇が一年中、多い日には六回演じられている。そして、登場人物のひかり、杏子、亜美と新田は、その劇の役者という設定。上手の平場に衣装ラックが置かれ、そこで彼らは衣装を着替え舞台に立つ。
『ハッピー・スノー・ウイッシュ』の登場人物はマリーとベルとサンタクロース。マリーはダブルキャストでひかりと杏子が代わる代わる演じ、ベルは亜美が演じている。この芝居は、マリーとベルが冬の森に「魔法のツリー」を捜しに行き、道に迷いながら「魔法のツリー」を持っているサンタクロースと出会い、ツリーに「いつまでも一緒にいられますように」と願い、それを叶えてもらうというシンプルなストーリーになっている。
しかし、現実の人間関係は少々複雑である。ひかりと杏子は一緒に暮らしている。それは仲間内では公認の関係となっている。一方、ノエルランドの社員で劇の運営を担当している篠塚は、杏子のことが好きで、杏子に付き合いたいとアプローチをかけている。また、清掃員として雇われている倉沢春子は、ひかりのことを一方的に憧れ、ストーカーのように付きまとっている。もう一人、人間嫌いでサボテンを「自分の恋人だ」と言うノエルランドの診療所の医師の小森は、ひかりとは会話をする関係に描かれている。
さて、物語はひかりに対する嫌がらせの手紙や電話によって動き始める。彼女は、元々杏子に役者としてひけ目を感じていたことを、あからさまに誹謗中傷されることで、精神的に不安定になっていく。そして、そのことが杏子との関係に影を落とし始める。そんなある日、ひかりは、清掃員の春子がストーカーのように自分の私生活を調べ、悩みを知っていることに気づかされる。そして、その悩みの解決法として春子は、妄想することをひかりに吹き込むのだった。
その結果、ひかりは更に精神的に不安定になり、杏子との間に生まれた心の隙間から、篠塚に杏子を奪われることになる。そして、ひかりに対して誹謗中傷を繰り返していた犯人が篠塚だったことも明らかになる。ラストでは、杏子が篠塚の子どもを妊娠してひかりとの関係が終わるが、医師の小森がひかりと付き合いたいと示唆するシーンで幕となる。
正直なところ、この芝居で、作者はなにを伝えたかったのか最後までよく分からなかった。一般論でいえば、「人間は、生きにくさを抱えてみな生きている。」ということだろうか。登場してくる人物は、それぞれ心に闇や傷を抱えて生きていることは理解できた。しかし、僕は最後まで、共感して感情移入できる登場人物を見つけることが出来なかったのだった。
作・演出の大橋茉歩は、パンフレットにこう書いている。「お芝居も夢想のひとつに数えられるのではないか、と思うことがあります。現実と違う場所に、ここにいる全員で行けたなら、そんなにうれしいことはありません。一緒に夢を見ましょう。」残念ながら僕は、一緒に夢見ることが出来なかった。それは、彼女が描こうとした世界と接点を設けることが出来なかったせいだ。
その理由は、登場人物が立体感のない二次元的な存在に思えたからだ。ひかりに脅迫の手紙を送り電話をかける篠塚。そのことでひかりの大切な杏子を奪い取ることになるのだが、そんなドロドロした悪意が彼の存在から感じられなかった。これは役者の演技力ということもあろうが、作者である大橋の人物造形にも原因があったように僕は思っている。但し、この評価については、彼女が大学生で、まだ人生経験が浅いということも考慮に入れるべきなのかも知れないが・・・。
最後に、収穫という点では、倉沢春子を演じた藤井楓恋が異色だった。彼女だけは周囲と空気感が違っていた。存在にリアリティがあった。清掃員という地味な役柄でありながら、主役さえも喰ってしまう存在感を放っていた。出来れば、また別の芝居で彼女の演技を見てみたい。
舞台は二層になっている。机、椅子、衣装ラックが置かれた平場とその奥に一段高くなった通路のような舞台。芝居が進むとそこでは劇中劇が演じられる。
ここは「ノエルランド」というクリスマスがテーマの遊園地。そこで『ハッピー・スノー・ウイッシュ』という劇が一年中、多い日には六回演じられている。そして、登場人物のひかり、杏子、亜美と新田は、その劇の役者という設定。上手の平場に衣装ラックが置かれ、そこで彼らは衣装を着替え舞台に立つ。
『ハッピー・スノー・ウイッシュ』の登場人物はマリーとベルとサンタクロース。マリーはダブルキャストでひかりと杏子が代わる代わる演じ、ベルは亜美が演じている。この芝居は、マリーとベルが冬の森に「魔法のツリー」を捜しに行き、道に迷いながら「魔法のツリー」を持っているサンタクロースと出会い、ツリーに「いつまでも一緒にいられますように」と願い、それを叶えてもらうというシンプルなストーリーになっている。
しかし、現実の人間関係は少々複雑である。ひかりと杏子は一緒に暮らしている。それは仲間内では公認の関係となっている。一方、ノエルランドの社員で劇の運営を担当している篠塚は、杏子のことが好きで、杏子に付き合いたいとアプローチをかけている。また、清掃員として雇われている倉沢春子は、ひかりのことを一方的に憧れ、ストーカーのように付きまとっている。もう一人、人間嫌いでサボテンを「自分の恋人だ」と言うノエルランドの診療所の医師の小森は、ひかりとは会話をする関係に描かれている。
さて、物語はひかりに対する嫌がらせの手紙や電話によって動き始める。彼女は、元々杏子に役者としてひけ目を感じていたことを、あからさまに誹謗中傷されることで、精神的に不安定になっていく。そして、そのことが杏子との関係に影を落とし始める。そんなある日、ひかりは、清掃員の春子がストーカーのように自分の私生活を調べ、悩みを知っていることに気づかされる。そして、その悩みの解決法として春子は、妄想することをひかりに吹き込むのだった。
その結果、ひかりは更に精神的に不安定になり、杏子との間に生まれた心の隙間から、篠塚に杏子を奪われることになる。そして、ひかりに対して誹謗中傷を繰り返していた犯人が篠塚だったことも明らかになる。ラストでは、杏子が篠塚の子どもを妊娠してひかりとの関係が終わるが、医師の小森がひかりと付き合いたいと示唆するシーンで幕となる。
正直なところ、この芝居で、作者はなにを伝えたかったのか最後までよく分からなかった。一般論でいえば、「人間は、生きにくさを抱えてみな生きている。」ということだろうか。登場してくる人物は、それぞれ心に闇や傷を抱えて生きていることは理解できた。しかし、僕は最後まで、共感して感情移入できる登場人物を見つけることが出来なかったのだった。
作・演出の大橋茉歩は、パンフレットにこう書いている。「お芝居も夢想のひとつに数えられるのではないか、と思うことがあります。現実と違う場所に、ここにいる全員で行けたなら、そんなにうれしいことはありません。一緒に夢を見ましょう。」残念ながら僕は、一緒に夢見ることが出来なかった。それは、彼女が描こうとした世界と接点を設けることが出来なかったせいだ。
その理由は、登場人物が立体感のない二次元的な存在に思えたからだ。ひかりに脅迫の手紙を送り電話をかける篠塚。そのことでひかりの大切な杏子を奪い取ることになるのだが、そんなドロドロした悪意が彼の存在から感じられなかった。これは役者の演技力ということもあろうが、作者である大橋の人物造形にも原因があったように僕は思っている。但し、この評価については、彼女が大学生で、まだ人生経験が浅いということも考慮に入れるべきなのかも知れないが・・・。
最後に、収穫という点では、倉沢春子を演じた藤井楓恋が異色だった。彼女だけは周囲と空気感が違っていた。存在にリアリティがあった。清掃員という地味な役柄でありながら、主役さえも喰ってしまう存在感を放っていた。出来れば、また別の芝居で彼女の演技を見てみたい。