(劇評)遊園地の端っこで若者が見る夢とは・・・ 舟木 香織 | かなざわリージョナルシアター「劇評」ブログ

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本ブログは金沢市民芸術村ドラマ工房が2015年度より開催している「かなざわリージョナルシアター」の劇評を掲載しています。
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この文章は2018年11月10日(土)19:00開演の劇団あえない 「あえなく夢中」についての劇評です。



 「一年中雪の世界」をコンセプトとした架空の遊園地、「ノエルランド」舞台セットの上方には小さなライトが星のように散りばめられていて、右方にはテーブルといすとハンガーラックが置かれ、「ノエルランド」の楽屋となる。左方には、テーブルと椅子が置かれ、「カフェ」と「遊園地内にある医務室の部屋」となる。舞台の中央には段差が一段あり、登場人物らが劇中内で披露する「ノエルランド」の名物ステージ「ハッピースノーウィッシュ」のステージとなる。冒頭から軽快な音楽が流れ、クリスマスシーズン特有のウキウキワクワクするような気分にさせられた。

 古野ひかり(大橋茉歩)は「ノエルランド」の名物ショー「ハッピーウィッシュ」で柏木杏子とともにWキャストでマリー役を演じている。二人は女性同士でありながら、交際している。杏子に想いを寄せる二人の上司である篠塚(近江亮哉)は、ひかりに対する嫉妬心から、陰湿な無言電話などの嫌がらせをしているようだ。そして楽屋を出入りしている清掃員の倉沢(藤井楓恋)は過去にマリー役を演じたひかりを見て、一方的な愛情を募らせていた。倉沢の愛情表現はストーカーと呼べるもので、ひかりの人間関係を調べ上げたり、楽屋のサンタクロースの人形に盗聴器をしかけるような、歪んだものだった。だがその根底には昔、自宅が火事で焼けてしまい、すべてに絶望したとき、ひかり演じるマリーを見て救われた思いがあった。そして倉沢はある日、不安定だったひかりに対し「妄想すればラクに生きられる」とささやく。

 ひかりは次第にその悪魔のささやきの通りに、不安な時に妄想をしてしまうようになる。実はひかりは杏子に対して、恋愛感情とともに、コンプレックスも抱いていたのだ。一方の杏子の方も、複雑な家族関係から思い詰め、雨の日に手首を切ったというつらい過去があり、ある日同じ雨の日に、ひかりと連絡がとれなかったすれ違いから、また、暖かい家族がほしいとの理由から、篠塚の気持ちを受け入れてしまい、とうとう篠塚の子を妊娠してしまう。

 歪な愛情表現しかできなかった登場人物には、皆それぞれ、悲しい背景と複雑な思いがあった。どうしようもない現実から目を背けるため、消化し切れぬ思いを晴らす為、「妄想」はひとつの手段なのだ。そして最後ひかりは、サボテンにしか心を開けない医者、小森(能沢秀矢)から好意を受け、少しだけ救われる。妄想は、次に進むための通過点ともいえるのかもしれない。

 「あえなく夢中」の作・演出を手がけた大橋はパンフレットでこう綴っている。「お芝居も夢想のひとつに数えられるのではないか、と思うことがあります。現実とは違う場所に、ここにいる全員で行けたなら、そんなにうれしいことはありません。一緒に夢を見ましょう」彼女の中では妄想=夢想=夢ということなのか。今回の内容では「悪の発端」として描かれていた「妄想」だがそれだけとはとれない言葉だ。

 ところで大橋のの舞台挨拶が好印象だった。リージョナルシアターの他の参加団体への気配り、参加できた喜び、誠実さが、態度から伝わってきた。

今回が旗揚公演だった「劇団あえない」今後どんなことを「妄想」しながら何を演劇にし観客を次へと押し出してくれるのだろう。