この文章は、2019年12月14日(土)13:00開演の110Show++ 『石川太郎』 についての劇評です。
かなざわリージョナルシアター2019「げきみる」トリの、110Show++『石川太郎』 は、3作品からなるオムニバスだった。これが社会人デビュー作となる高田滉己による戯曲は、いずれも石川太郎という架空の人物にまつわる話となっている。
キャラクター編は、社会に対する風刺が散りばめられた作品で、電気小売店の社長(高田滉己)が会社の業績悪化を嘆いている場面から始まる。ネット販売の波に押されお客様が店舗に足を運んでくれないという社長は、コンサルタントの田中(高田里美)に打開策を依頼する。
田中は販売層のターゲットを30代男性独身に絞ることを提案する。仮想客として設定された石川太郎は20代より所得も増え、独身なので自分に使えるお金が多い。さらに田中はプライベートブランド・PBによる商品展開を推奨し、多くの実績を紹介する。ただそれらはPBというよりパクリ商品であり、社員の吉田(秋山アレックス)は抵抗を示すが、社長はOKを出す。よくみると、揃いの赤いジャンパーの胸にはGONKYの刺繍。社名がすでにパクリだったことがわかる。
この辺りから吉田を除く社員達の暴走が始まり、ターゲットとすべき石川太郎の設定すらぶれ始めていくが、田中は止めることをしない。30代だったのが幅を持ち始め、男性から女性へ、独身から子持ちへとどんどん広がってしまう。電気屋は設定に呼応して、化粧品からおもちゃ、釣り道具、しまいには武器までおくことになるが、「商売売れれば何でもOK!」という社長の言葉で幕が閉じる。売れるものなら武器でもOKというのは、理性が金儲けに負けていく瞬間を見せつけられた気がした。
クラス編は、女性の教師、次に生徒のタダシ(平田渉一郎)が一人教室に入ってくる。授業が始まり残りの生徒たちも入ってきて、進路希望の調査票が配られる。
放課後、クニヒコ(高田滉己)、ヒビキ(秋山アレックス)、タダシの三人はカガミ(浅賀香太)を待っている。ひまつぶしに今日のプリントでも書くかとヒビキが進路調査票を出す。記入例には、石川太郎の名。石川太郎って誰だよ。資格も山程もっていて、高校生なのに配偶者あり、そこまで個人情報を書いておいて住所は〇〇市○〇町、書けない理由は何?とヒビキとクニヒコが盛り上がり、そこへクラスの女子3名も加わり、おろおろするタダシを尻目に石川太郎探しが始まる。
自殺願望の女の子とそれをとりまくヤクザまがいの大家さん、止めに入る警部や部下の警察官、エミリー先生という外国人がドタバタ劇を繰り広げる中、タダシだけが一人戸惑っている。そしてついに、待っていたカガミが登場するが、彼こそが石川太郎であった。
石川太郎は女子高生の自殺を止めることに成功する。ただ、彼女は悪の組織に追われており、助けたことで代わりに石川太郎が追われる身となった。家族のいる石川太郎が、進路調査票に住所が書けないのはそれが理由なのだ。
高校生たちによる放課後の妄想を見ているようだったが、当初だるそうにスマホを見ながら会話していた彼らが、生き生きと石川太郎探しを楽しんでいるのが印象的だった。
AI編では、研究所でAIロボットのアイ(松下亜由)の開発が行われている。アイは積み木を積み、崩すことはできるようになった。次は部品を組み合わせて「友達」をつくる実験に取り組むが、オーバーヒートしてしまう。クリエイティビティに関して幼稚園児レベルに下げ、次は粘土で友達を作ることになるが、上手く行かない。
友達がわからないというアイに、研究班リーダーの博士(高田里美)は私が友達よという。そして博士の故郷の川でとれる、願いの叶う石をプレゼントする。そして、アイは粘土でついに「友達」をつくり、石川太郎と名付ける。石川は、博士のくれた川で取れる願いの叶う石から。太郎は、最初に生まれた子どもに付ける名前という知識から。
実験が成功して喜ぶ博士たち、だが実験の最終目標は、自ら作った石川太郎をアイが壊すことであった。抵抗するアイ、だが博士たちは自ら作ったものを壊すのが人間だ、積み木をつんで崩すのと同じだと迫る。アイは逡巡するが、最後に「わかりました、ハカセ友達、こわしていい」 と言い、博士を見ながら願いが叶う石を手に取る。
アイはおそらく人間の造形を作るという課題はこなせただろう。ただ友達とは関係性であり、目に見えるものではない。それを理解し友達を作り上げたアイは、その関係性をもつ(愛着のある)人物に対し、持てる知識でもって石川太郎という名前をつける。石川も太郎も意味のあるものであり、明らかに先の2つの石川太郎(=架空の人物)とは、持つ意味が異なっている。一方で、「友達よ」と言った博士は、そのアイに実験の遂行を求めるが、それはすでに友達のすることではない。人間の行いについての強いメッセージを感じた。
最後に演出についてなのだが、作品の中でシーンが変わる際、ぼんやりと照明がついたまま、俳優が小道具を動かすという見せる転換がなされていた。特にAI編では青いライトの中、同じピアノ曲に合わせて研究員達が円を描くという転換が一貫して行われていた。
作品から作品へも、同じホワイトボードと机というセットで、暗転ではなくゆるやかにつながる転換がなされており、演出家の意図を感じた。
この文章は、2019年12月8日(日)13:00開演の劇団ドリームチョップ 『海へ(令和元年)』 についての劇評です。
劇団ドリームチョップ第19回公演は、「19年やってきて、の『一人芝居』。」(当日パンフレットより)とのことで、代表の井口時次郎による、井口本人の物語であった。
狭く仕切られた舞台は稽古場となっており、一人用の机と椅子、扇風機、オーディオ、そして旗揚げ公演から今回の『海へ(令和元年)』までの公演パンフレットが一面に貼られたホワイトボードで構成されていた。
物語は、今年の春、井口が稽古場で、2001年11月の旗揚げ公演『海へ』の台本を見つけるところから始まる。井口は懐かしくなり、メインキャストの3名に、18年前どんな気持ちで演じていたのか知るべく、それぞれに連絡をとる。井口は20代後半で劇団ドリームチョップを旗揚げし、今46歳とのことなので、連絡をとった3名もおそらく同年代なのだろう。彼らはいずれも冷たい反応で、劇団名を共に考えたMDさんには、「夢は覚めたわ」とまで言われてしまう。
共感を分かち合えなかった井口は、一人海へ向かう。そこで台本を読んでいると、正田さんという30歳くらいの女性に話しかけられる。「海、好きなんですか?」
『海へ』は、マサヒロ、アキ、トシアキの3名が主要な登場人物である。アキの兄マコトが8月31日に海で亡くなり、その遺品整理に9月5日にマコトの部屋に喪服で集まる。マサヒロは消防士でトシアキは美容師だ。トシアキはいずれは勤め先から独立し、NYでスタイリストになるという夢も持っている。3人は、マコトの思い出話に花を咲かせるが、マサヒロがマコトは自殺したんじゃないかと言い始める。
井口は、18年前は考えなかった「マコトはなぜ死んだのか」について、海で会った正田さんと考え始める。そして10年後の『海へ』を書き始めるが、正田さんはダメ出しをしたり、マコトの幽霊に亡くなるまでの心情を語らせる提案をするなど、自由にふるまう。提案を受け入れ、井口が書き始めたマコトの亡くなる数日前の日記には、自分のしたいことや生きる道が何も見えないという心の闇が綴られていた。「マサヒロ、アキ、トシアキの3人は成長してしまう、でも海は変わらずここにある。だから海へ行く」と綴っていたマコト。一方で10年経ちマサヒロは消防士を辞め結婚して離婚、アキは母親に、トシアキは夢を諦め独立もせず同じ店にいた。マコトにとって、成長、すなわち大人になるとは、こういうことなのだ。
マコトの心情を苦しみつつ書く井口に、正田さんは、もう死の理由を書くのはやめましょうと提案し、実家の都合で井口の前から消えてしまう。再び一人になった井口の元へ、正田さんから手紙が届く。「マコトの日記の告白は先生のことのように感じた、でも自分のことをあんな風に書いて悩んだり演じたり、演劇は現代社会に必要ですね。」
松任谷由実の『Hello,my friend』が流れる中、井口は「正田さんの手紙のような演劇をしたい」と吐露していた。正田さんは架空の人物で、更には井口と別人格ではなく、脳内の存在、イマジナリーフレンドなのかもしれない。井口は先の3名に冷たくあしらわれた結果、「正田さん」を通じて、ダメ出しや幽霊などという突飛な提案も受け入れつつ、旗揚げ当時の思いを書き起こそうとしていたのではないかと思う。そして、「演劇は現代社会に必要」と語らせたのではないだろうか。
井口は当日パンフレットに「僕はたぶん、あの日を取り戻したいんだと思う。」と記している。稽古場セットに他の劇団員がいる気配は全くなかった。劇団ドリームチョップは、今、井口一人なのだろうか。旗揚げ当時のキャストは皆大人になり、井口だけが海辺で夢を見ているのだろうか。
劇団ドリームチョップ第19回公演は、「19年やってきて、の『一人芝居』。」(当日パンフレットより)とのことで、代表の井口時次郎による、井口本人の物語であった。
狭く仕切られた舞台は稽古場となっており、一人用の机と椅子、扇風機、オーディオ、そして旗揚げ公演から今回の『海へ(令和元年)』までの公演パンフレットが一面に貼られたホワイトボードで構成されていた。
物語は、今年の春、井口が稽古場で、2001年11月の旗揚げ公演『海へ』の台本を見つけるところから始まる。井口は懐かしくなり、メインキャストの3名に、18年前どんな気持ちで演じていたのか知るべく、それぞれに連絡をとる。井口は20代後半で劇団ドリームチョップを旗揚げし、今46歳とのことなので、連絡をとった3名もおそらく同年代なのだろう。彼らはいずれも冷たい反応で、劇団名を共に考えたMDさんには、「夢は覚めたわ」とまで言われてしまう。
共感を分かち合えなかった井口は、一人海へ向かう。そこで台本を読んでいると、正田さんという30歳くらいの女性に話しかけられる。「海、好きなんですか?」
『海へ』は、マサヒロ、アキ、トシアキの3名が主要な登場人物である。アキの兄マコトが8月31日に海で亡くなり、その遺品整理に9月5日にマコトの部屋に喪服で集まる。マサヒロは消防士でトシアキは美容師だ。トシアキはいずれは勤め先から独立し、NYでスタイリストになるという夢も持っている。3人は、マコトの思い出話に花を咲かせるが、マサヒロがマコトは自殺したんじゃないかと言い始める。
井口は、18年前は考えなかった「マコトはなぜ死んだのか」について、海で会った正田さんと考え始める。そして10年後の『海へ』を書き始めるが、正田さんはダメ出しをしたり、マコトの幽霊に亡くなるまでの心情を語らせる提案をするなど、自由にふるまう。提案を受け入れ、井口が書き始めたマコトの亡くなる数日前の日記には、自分のしたいことや生きる道が何も見えないという心の闇が綴られていた。「マサヒロ、アキ、トシアキの3人は成長してしまう、でも海は変わらずここにある。だから海へ行く」と綴っていたマコト。一方で10年経ちマサヒロは消防士を辞め結婚して離婚、アキは母親に、トシアキは夢を諦め独立もせず同じ店にいた。マコトにとって、成長、すなわち大人になるとは、こういうことなのだ。
マコトの心情を苦しみつつ書く井口に、正田さんは、もう死の理由を書くのはやめましょうと提案し、実家の都合で井口の前から消えてしまう。再び一人になった井口の元へ、正田さんから手紙が届く。「マコトの日記の告白は先生のことのように感じた、でも自分のことをあんな風に書いて悩んだり演じたり、演劇は現代社会に必要ですね。」
松任谷由実の『Hello,my friend』が流れる中、井口は「正田さんの手紙のような演劇をしたい」と吐露していた。正田さんは架空の人物で、更には井口と別人格ではなく、脳内の存在、イマジナリーフレンドなのかもしれない。井口は先の3名に冷たくあしらわれた結果、「正田さん」を通じて、ダメ出しや幽霊などという突飛な提案も受け入れつつ、旗揚げ当時の思いを書き起こそうとしていたのではないかと思う。そして、「演劇は現代社会に必要」と語らせたのではないだろうか。
井口は当日パンフレットに「僕はたぶん、あの日を取り戻したいんだと思う。」と記している。稽古場セットに他の劇団員がいる気配は全くなかった。劇団ドリームチョップは、今、井口一人なのだろうか。旗揚げ当時のキャストは皆大人になり、井口だけが海辺で夢を見ているのだろうか。
この文章は、2019年11月23日(土)19:00開演の劇団あえない 『あやまって、愛』 についての劇評です。
リージョナルシアターパンフレットの劇団紹介には、次のようにある。
【敢え無い】《形》あっけない。もろく、儚い/劇団あえないは、昨年11月、『あえなく夢中』 にて旗揚げ。代表の大橋を中心に、感情の機微を捉えることを目指して作品づくりに取り組んでいます。
文中に、儚い・夢中と「夢」が続く。そして今回の『あやまって、愛』は、つぐみとゆめの二人による物語であり、夢と過去と今(現実)が交錯していた。
セットは白いベッドと白いテーブルとイスのシンプルなものだったが、自宅・喫茶店・部室・ホテルへと、時間軸を含め複雑に転換するシーンが、非常にうまく表現されていたと思う。
主人公のつぐみ(藤井楓恋)は児童文学作家で、その本の挿絵は、画家の夫さとる(間宮一輝)がこれまで全て描いている。つぐみの想像力の源はゆめ(大橋茉歩)の存在だが、ゆめはつぐみのイマジナリーフレンド、すなわち、つぐみの内面である。そして、さとるはそのゆめが見えることで、つぐみの物語の世界そのものの挿絵を描くことが出来ていた。
担当編集者の水嶋(上野ひなた)は、さとるにつぐみと離れて単独の画集を出版しないかと持ちかける。「昔、単独で個展されてましたよね?見に行きました。その頃からさとる先生の絵が好きだったんです。」さとるは、ゆめを見てしまった今の自分には当時のような絵は描けないと思い、断るが、この提案が夫婦の間に亀裂を生んでいく。
劇中は、つぐみとさとるの間で進行する話に加え、さらにつぐみの高校時代のシーンも織り込まれていた。高校時代、演劇部だったつぐみは、同じ演劇部の親友桃子(荒井優弥花)と共に、演劇部の先輩(能沢秀矢)に恋をしていた。先輩の相手役に選ばれたつぐみだったが、桃子が先輩に「私を選んで」と迫るところを目撃すると、そのまま演劇部を去った。
つぐみは傷つくと、いつも黙って姿を消してしまう。口をつぐむ、というところから来た名前なのだろうか。高校のときもそうだったが、夫のさとるが水嶋と二人で会っており、体を重ねたことを知ったときもそうだった。裏切った夫にあなたが必要だと告げ、担当編集者を変えてもらうことはつぐみには出来なかった。もう一人の自分であるゆめが、何でも思ったことをつぐみやさとるに言うことができるキャラクターなのは、つぐみの創り出した存在だからなのだろう。つぐみもまた、ゆめには本心を打ち明けられた。
つぐみはホテルにゆめと引きこもり酒で寂しさを紛らわせているところを水嶋に踏み込まれる。動揺しつつもようやくさとるとの関係についてどうして?と水嶋に問うが、さとるに非があるかのようにはぐらかされ、ついには連載はゴーストライターに書かせていると告げられる。衝撃を受け、自暴自棄になるつぐみ。夫も連載も失ったつぐみは、こんな目に遭うのはゆめがいるからだ!と、自らの小説に出てきた想像力を奪う銃をゆめに向けるが、ゆめは、撃ったとしても私はつぐみ自身だと挑発する。そして最終的につぐみが自らに向けた銃口は、想像力を取り戻す小さな銃だった。
谷つぐみという作家が社会的な死を迎えた一方で、つぐみとゆめは、ペンネームだと思われるが「新しい名前考えなくちゃね」と楽しそうに笑っていた。これはハッピーエンドなのだろうか。それともこれもまた夢の中なのだろうか。
つぐみ達がいつも打ち合わせに使っていた喫茶店の店員で、給仕をしていた大室飛鳥(玉城知佳乃)が、よく3人で来店していた女性客が大ファンの作家谷つぐみだと知るシーンがある。つぐみはその時、さとるが水嶋と2人で来店していたことを知りショックを受けていたのだが、飛鳥は作家を前に高揚し、どんなに作品が好きかどれだけファンレターを送ったか、堰を切ったように話し始める。このシーンは、唯一この作品で裏のない人物に思え、つぐみにとっても観客にとっても救いだった。実はファンレターは水嶋の手に寄って処分されており、つぐみの手に渡ったことはなかったのだが、このときファンという存在を初めて目にしたことが、後につぐみが想像力を奪う銃から、取り戻す銃へ持ち替える勇気となったのではないだろうか。
リージョナルシアターパンフレットの劇団紹介には、次のようにある。
【敢え無い】《形》あっけない。もろく、儚い/劇団あえないは、昨年11月、『あえなく夢中』 にて旗揚げ。代表の大橋を中心に、感情の機微を捉えることを目指して作品づくりに取り組んでいます。
文中に、儚い・夢中と「夢」が続く。そして今回の『あやまって、愛』は、つぐみとゆめの二人による物語であり、夢と過去と今(現実)が交錯していた。
セットは白いベッドと白いテーブルとイスのシンプルなものだったが、自宅・喫茶店・部室・ホテルへと、時間軸を含め複雑に転換するシーンが、非常にうまく表現されていたと思う。
主人公のつぐみ(藤井楓恋)は児童文学作家で、その本の挿絵は、画家の夫さとる(間宮一輝)がこれまで全て描いている。つぐみの想像力の源はゆめ(大橋茉歩)の存在だが、ゆめはつぐみのイマジナリーフレンド、すなわち、つぐみの内面である。そして、さとるはそのゆめが見えることで、つぐみの物語の世界そのものの挿絵を描くことが出来ていた。
担当編集者の水嶋(上野ひなた)は、さとるにつぐみと離れて単独の画集を出版しないかと持ちかける。「昔、単独で個展されてましたよね?見に行きました。その頃からさとる先生の絵が好きだったんです。」さとるは、ゆめを見てしまった今の自分には当時のような絵は描けないと思い、断るが、この提案が夫婦の間に亀裂を生んでいく。
劇中は、つぐみとさとるの間で進行する話に加え、さらにつぐみの高校時代のシーンも織り込まれていた。高校時代、演劇部だったつぐみは、同じ演劇部の親友桃子(荒井優弥花)と共に、演劇部の先輩(能沢秀矢)に恋をしていた。先輩の相手役に選ばれたつぐみだったが、桃子が先輩に「私を選んで」と迫るところを目撃すると、そのまま演劇部を去った。
つぐみは傷つくと、いつも黙って姿を消してしまう。口をつぐむ、というところから来た名前なのだろうか。高校のときもそうだったが、夫のさとるが水嶋と二人で会っており、体を重ねたことを知ったときもそうだった。裏切った夫にあなたが必要だと告げ、担当編集者を変えてもらうことはつぐみには出来なかった。もう一人の自分であるゆめが、何でも思ったことをつぐみやさとるに言うことができるキャラクターなのは、つぐみの創り出した存在だからなのだろう。つぐみもまた、ゆめには本心を打ち明けられた。
つぐみはホテルにゆめと引きこもり酒で寂しさを紛らわせているところを水嶋に踏み込まれる。動揺しつつもようやくさとるとの関係についてどうして?と水嶋に問うが、さとるに非があるかのようにはぐらかされ、ついには連載はゴーストライターに書かせていると告げられる。衝撃を受け、自暴自棄になるつぐみ。夫も連載も失ったつぐみは、こんな目に遭うのはゆめがいるからだ!と、自らの小説に出てきた想像力を奪う銃をゆめに向けるが、ゆめは、撃ったとしても私はつぐみ自身だと挑発する。そして最終的につぐみが自らに向けた銃口は、想像力を取り戻す小さな銃だった。
谷つぐみという作家が社会的な死を迎えた一方で、つぐみとゆめは、ペンネームだと思われるが「新しい名前考えなくちゃね」と楽しそうに笑っていた。これはハッピーエンドなのだろうか。それともこれもまた夢の中なのだろうか。
つぐみ達がいつも打ち合わせに使っていた喫茶店の店員で、給仕をしていた大室飛鳥(玉城知佳乃)が、よく3人で来店していた女性客が大ファンの作家谷つぐみだと知るシーンがある。つぐみはその時、さとるが水嶋と2人で来店していたことを知りショックを受けていたのだが、飛鳥は作家を前に高揚し、どんなに作品が好きかどれだけファンレターを送ったか、堰を切ったように話し始める。このシーンは、唯一この作品で裏のない人物に思え、つぐみにとっても観客にとっても救いだった。実はファンレターは水嶋の手に寄って処分されており、つぐみの手に渡ったことはなかったのだが、このときファンという存在を初めて目にしたことが、後につぐみが想像力を奪う銃から、取り戻す銃へ持ち替える勇気となったのではないだろうか。
※この文章は、2019年12月14日(土)19:00 開演の劇団110SHOW ++『石川太郎』についての劇評です。
この作品は3部作だ。それぞれに別の「石川太郎」がいた。一つ目は電気販売店が舞台だ。売り上げを上げるために架空の顧客を想定した。それが「石川太郎」だった。二つ目は学校だ。提出書類の例として「石川太郎」と記載があった。生徒たちは「石川太郎」を探し始める。「石川太郎」を探す生徒たちの想像力は豊かで劇中劇のようだ。それぞれの役になりきる友人たちに突っ込みをいれるタダシ(平田渉一郎)が良いアクセントになっていた。途中「金沢太郎」に出会うほんの一瞬が私の中で大ヒットだった。いずれ「石川花子」や「金沢花子」に出会うこともあるかもしれない。三つ目は人工知能の研究所だ。AIロボットのアイ(松下亜由)が粘土で友だちをつくり、その友だちに「石川太郎」と名づけた。3つの作品で「石川太郎」はそれぞれのイメージで表現されていた。
AIの研究班はアイを人間に近い能力を付けるために課題を出していた。指示通りに積み木を積み上げ、指示通りに積み上げた積み木を崩す。そういった作業はアイにとって難しいことではなくなっていた。次に出された指示は友だちをつくることだった。だが、アイには友だちの概念がなく上手くつくれない。そこで、研究班のリーダー(高田里美)はアイの友だちになることにした。友だちを理解したアイに渡されたものは粘土だ。粘土で友だちを造るのだ。アイは造った友だちに「石川太郎」と名づけた。アイは嬉しそうに微笑みながら友だちを眺める。
人間は造ることと同時に壊すことができるところが大きな特徴だと研究員たちは捉えていた。そこでアイに出された指示は、粘土で造った友だちを壊すことだった。友だちに友情を感じていたアイは動揺して抵抗した。その様子を見たリーダーは、アイが人間らしくなったと喜ぶ。同時に、さらに人間らしくなるには壊すことが重要だとアイに強く指示を出す。しばらく混乱していたアイはリーダーに言うのだ。粘土の友だちだけでなく、あなたも壊すと。
リーダーはアイの友だちになったが、この二人を友だちと呼ぶにはエピソードが弱い。実際に友だちを造って名前をつけるアイはきちんと「友だち」を理解していたように見えたが、あのアプローチで理解できたとしたらアイはかなり高性能なAIだ。リーダーはアイに何を伝えようとしたのだろうか。壊せないといったアイに友情が理解できたと喜んだ彼女が、それでも友だちを壊すことを強いたのは人間は友情さえもつくっては壊す存在であることを伝えたかったのだろうか。リーダーに「あなたも壊す」と伝えたときアイは石を手に持っていた。リーダーがアイと友だちになるときに渡した石だ。アイは友情を壊すことは友だちを物理的に破壊することだと理解したのかもしれない。だとしたら、アイには友情は正しく伝わっていたとは言い切れない。研究者たちはどこで間違えたのだろうか。友だちを物理的に造ろうとしたところだろうか。そもそも、研究者たちは「友だち」を理解していたのだろうか。
(以下は更新前の文章です)
舞台に興味がなくても石川県に生まれてそこそこの年月が経つ人は「劇団110SHOW(いっとうしょう)」という名前くらいは聞いたことがあるだろう。私は稽古場の近くを車で通ることが多かったので劇団名をよく目にした。ラジオからは劇団員の声が頻繁に流れていた。だが舞台作品は見たことがなかった。劇団110SHOW、初めての体験である。
この作品は3部作だ。それぞれに別の「石川太郎」がいた。一つ目は電気販売店が舞台だ。売り上げを上げるために架空の顧客を想定した。それが「石川太郎」だった。二つ目は学校だ。提出書類の例として「石川太郎」と記載があった。生徒たちは「石川太郎」を探し始める。「石川太郎」を探す生徒たちの想像力は豊かで劇中劇のようだ。それぞれの役になりきる友人たちに突っ込みをいれるタダシ(平田渉一郎)が良いアクセントになっていた。途中「金沢太郎」に出会うほんの一瞬が私の中で大ヒットだった。「石川花子」や「金沢花子」に出会うこともあるかもしれない。三つ目は人工知能の研究所だ。AIロボットのアイが粘土で友だちをつくり、その友だちに「石川太郎」と名づけた。「石川太郎」は一つのイメージを持つものではなかった。
AIの研究班はアイに「造ること」と「壊すこと」を指示し実行させていた。人間の大きな特徴は造って壊すことができる存在であること。その能力をアイに会得させることがこの研究チームの目指しているところだ。アイは積み木を積み上げて壊すことは難なくできていた。そこで次に挙げた目標が友だちをつくることだった。アイに渡されたものは粘土。粘土で友だちを造るのだ。アイには友だちの概念がなかったので研究班のリーダーがアイの友だちになった。だが、この二人を友だちと呼ぶにはエピソードが弱い。実際に友だちを造って名前をつけるアイはきちんと「友だち」を理解していたように思う。あのアプローチで理解できるアイはかなり高性能なAIだ。
この研究所ではAIロボットにより造られたものを壊すということが研究目標だ。リーダーはアイに造った友だちを壊すように命じた。アイは友だちに友情を感じていたので動揺する。その反応を見たリーダーは人間らしくなったと喜ぶ。でも壊すことが重要だとアイに強く指示を出す。しばらく混乱していたアイはリーダーに言うのだ。あなたも壊すと。
アイに出した指示は物理的に造った友だちを壊すことだった。うまく理解できないアイにリーダーが伝えようとしたのは友情ではなかったか。壊せないといったアイに友情が理解できたと喜んだのではないのか。研究員は他にもいたので、友情を伝える人と研究のための指示を出す人は別にしたほうが違和感がなかったかもしれない。私がセリフなどから感じたことと実際の表現にズレがあったように見えた。
この作品は3部作だ。それぞれに別の「石川太郎」がいた。一つ目は電気販売店が舞台だ。売り上げを上げるために架空の顧客を想定した。それが「石川太郎」だった。二つ目は学校だ。提出書類の例として「石川太郎」と記載があった。生徒たちは「石川太郎」を探し始める。「石川太郎」を探す生徒たちの想像力は豊かで劇中劇のようだ。それぞれの役になりきる友人たちに突っ込みをいれるタダシ(平田渉一郎)が良いアクセントになっていた。途中「金沢太郎」に出会うほんの一瞬が私の中で大ヒットだった。いずれ「石川花子」や「金沢花子」に出会うこともあるかもしれない。三つ目は人工知能の研究所だ。AIロボットのアイ(松下亜由)が粘土で友だちをつくり、その友だちに「石川太郎」と名づけた。3つの作品で「石川太郎」はそれぞれのイメージで表現されていた。
AIの研究班はアイを人間に近い能力を付けるために課題を出していた。指示通りに積み木を積み上げ、指示通りに積み上げた積み木を崩す。そういった作業はアイにとって難しいことではなくなっていた。次に出された指示は友だちをつくることだった。だが、アイには友だちの概念がなく上手くつくれない。そこで、研究班のリーダー(高田里美)はアイの友だちになることにした。友だちを理解したアイに渡されたものは粘土だ。粘土で友だちを造るのだ。アイは造った友だちに「石川太郎」と名づけた。アイは嬉しそうに微笑みながら友だちを眺める。
人間は造ることと同時に壊すことができるところが大きな特徴だと研究員たちは捉えていた。そこでアイに出された指示は、粘土で造った友だちを壊すことだった。友だちに友情を感じていたアイは動揺して抵抗した。その様子を見たリーダーは、アイが人間らしくなったと喜ぶ。同時に、さらに人間らしくなるには壊すことが重要だとアイに強く指示を出す。しばらく混乱していたアイはリーダーに言うのだ。粘土の友だちだけでなく、あなたも壊すと。
リーダーはアイの友だちになったが、この二人を友だちと呼ぶにはエピソードが弱い。実際に友だちを造って名前をつけるアイはきちんと「友だち」を理解していたように見えたが、あのアプローチで理解できたとしたらアイはかなり高性能なAIだ。リーダーはアイに何を伝えようとしたのだろうか。壊せないといったアイに友情が理解できたと喜んだ彼女が、それでも友だちを壊すことを強いたのは人間は友情さえもつくっては壊す存在であることを伝えたかったのだろうか。リーダーに「あなたも壊す」と伝えたときアイは石を手に持っていた。リーダーがアイと友だちになるときに渡した石だ。アイは友情を壊すことは友だちを物理的に破壊することだと理解したのかもしれない。だとしたら、アイには友情は正しく伝わっていたとは言い切れない。研究者たちはどこで間違えたのだろうか。友だちを物理的に造ろうとしたところだろうか。そもそも、研究者たちは「友だち」を理解していたのだろうか。
(以下は更新前の文章です)
舞台に興味がなくても石川県に生まれてそこそこの年月が経つ人は「劇団110SHOW(いっとうしょう)」という名前くらいは聞いたことがあるだろう。私は稽古場の近くを車で通ることが多かったので劇団名をよく目にした。ラジオからは劇団員の声が頻繁に流れていた。だが舞台作品は見たことがなかった。劇団110SHOW、初めての体験である。
この作品は3部作だ。それぞれに別の「石川太郎」がいた。一つ目は電気販売店が舞台だ。売り上げを上げるために架空の顧客を想定した。それが「石川太郎」だった。二つ目は学校だ。提出書類の例として「石川太郎」と記載があった。生徒たちは「石川太郎」を探し始める。「石川太郎」を探す生徒たちの想像力は豊かで劇中劇のようだ。それぞれの役になりきる友人たちに突っ込みをいれるタダシ(平田渉一郎)が良いアクセントになっていた。途中「金沢太郎」に出会うほんの一瞬が私の中で大ヒットだった。「石川花子」や「金沢花子」に出会うこともあるかもしれない。三つ目は人工知能の研究所だ。AIロボットのアイが粘土で友だちをつくり、その友だちに「石川太郎」と名づけた。「石川太郎」は一つのイメージを持つものではなかった。
AIの研究班はアイに「造ること」と「壊すこと」を指示し実行させていた。人間の大きな特徴は造って壊すことができる存在であること。その能力をアイに会得させることがこの研究チームの目指しているところだ。アイは積み木を積み上げて壊すことは難なくできていた。そこで次に挙げた目標が友だちをつくることだった。アイに渡されたものは粘土。粘土で友だちを造るのだ。アイには友だちの概念がなかったので研究班のリーダーがアイの友だちになった。だが、この二人を友だちと呼ぶにはエピソードが弱い。実際に友だちを造って名前をつけるアイはきちんと「友だち」を理解していたように思う。あのアプローチで理解できるアイはかなり高性能なAIだ。
この研究所ではAIロボットにより造られたものを壊すということが研究目標だ。リーダーはアイに造った友だちを壊すように命じた。アイは友だちに友情を感じていたので動揺する。その反応を見たリーダーは人間らしくなったと喜ぶ。でも壊すことが重要だとアイに強く指示を出す。しばらく混乱していたアイはリーダーに言うのだ。あなたも壊すと。
アイに出した指示は物理的に造った友だちを壊すことだった。うまく理解できないアイにリーダーが伝えようとしたのは友情ではなかったか。壊せないといったアイに友情が理解できたと喜んだのではないのか。研究員は他にもいたので、友情を伝える人と研究のための指示を出す人は別にしたほうが違和感がなかったかもしれない。私がセリフなどから感じたことと実際の表現にズレがあったように見えた。
この文章は、2019年12月14日(土)19:00 開演の劇団110SHOW ++『石川太郎』についての劇評です。
12月13〜15日に金沢市民芸術村ドラマ工房で上演された劇団110SHOW ++『石川太郎』(作:高田滉己、演出:高田伸一)は、「キャラクター編」「クラス編」「人工知能編」の3編からなるオムニバス作品。いずれも石川県内では提出書類の記入例などによく使われる架空の氏名「石川太郎」から想像力を膨らませたストーリーとなっている。最初の2編では、自分自身を匿名の存在に仮託することにより、個人としての責任を逃れて自由に何でも言える気楽さを描いており、現代のネット社会にも通じる気がした。これに対し、「人工知能編」では、開発中のロボットが初めて自分で作った粘土の人形に付けた名前が「石川太郎」ということで、他の2編とはテーマがやや異なっていたものの、最も深いメッセージ性が感じられた。
このうち「キャラクター編」では、電気小売店の社長(高田滉己)が売上減少に悩んだ挙句、経営コンサルタントの田中恵子(高田里美)にすがりつく。田中が提案したのはプライベートブランド(PB)の導入だった。しかし、彼女が過去の実績として持参したサンプルを見ると、エナジードリンク「オロナミンB」やシャンプーの「バンテーン」など、どこかで聞いたような商品名ばかりで明らかにパクり。社員の吉田(秋山アレックス)は怒り出し、社長も一旦は却下するものの、やはりお金が大事だと考え直してPB導入を決定した。当初はターゲットとして、30歳の独身男性で経済的に余裕がありそうな架空の存在「石川太郎」を想定。しかし、会議に参加していた女性店員たちも意見を述べるうちに「石川太郎は実は女性」「正体を隠した外国人」「武器を必要としている」などと妄想がエスカレート。お金になるなら、武器さえも売りかねない現代の世相を痛烈に皮肉っていた。
続く「クラス編」では、高校生たちが提出する進路指導の書類で、記入例として書かれていた名前がやはり「石川太郎」。しかも保有する資格として心理カウンセラーなどが列挙されていたことから、「そんな高校生いるのか」と話題に。生徒たちの妄想はどんどん先走り、屋上で自殺騒ぎを起こした女子生徒を石川太郎が得意の心理カウンセリングを使ってカッコ良く思いとどまらせる場面を劇中劇で演じてみせる。そんな自分たちが作り出した石川太郎のイメージに感化された生徒たち。その後、先生(浅賀千鶴)が書類を確認すると、高校生9人のうちタダシ(平田渉一郎)をのぞく8人が氏名欄で「石川太郎」と名乗っていた。タダシはいつも一人だけ外側から物事を眺めていたが、単なるツッコミ役なのか、それとも集団ヒステリーにブレーキをかけるはずの孤独な良識派だったのか。全体として匿名の想像力が暴走する危うさを描きたいのかとは感じたが、そのあたりの意図が明確には具体化されず、散漫なやりっ放しの芝居と見えた。
最後の「人工知能編」では、研究室で人工知能(AI)を組み込んだヒト型ロボット、その名も「アイ」(松下亜由)の実験が行われている。アイは積み木で塔を建てて崩す実験に成功した。開発チームのリーダー(高田里美)はさらに難度の高い「部品を組み立てて、友達作り!」という課題を与えるが、考え過ぎてオーバーヒートしてしまう。仕方ないので、人間の幼児並みまでレベルを下げ、粘土で友達を作らせるが、今度も失敗。そもそもアイには友達がいないので、意味が分からないことに気付いたリーダーは、私と友達になろうとアイに提案し、実験の成功を願って川で拾ってきた丸い石をプレゼントする。その結果、友達とは何か大切なものだと学んだアイは、ついに課題をやり遂げる。
だが、次の課題として「友達を壊しなさい」と指示されると、アイの手は止まった。作ることに比べたら、積み木を崩すように簡単なはずと研究員たちは考えていた。そのうち一人は、ためらうアイの姿を見て意味を察し、これはこれで大きな成果として報告できると胸を張る。しかし、単なる粘土の人形をなぜ壊せないのかと訝るリーダーは、さらに破壊命令を繰り返す。困ったアイは彼女に問いかけるのだった、「友達だから(リーダーを)壊してもいいですか」と。
アイを演じた松下は、合成音声を模した舌足らずな喋り方が可愛いだけでなく、課題を処理し切れずにフリーズする際には同じ単語を何度も反復したり、首をぎこちなく曲げ、痙攣したように両手を震わせるなど、いかにもロボットらしい雰囲気を醸し出していた。そんなアイが冷静なトーンで発した最後の一言は衝撃的。友達は大切だと教えながら、次の瞬間には平然と友達を壊せと命じるリーダーは、自分が犯している論理の矛盾に気付いていなかったらしい。技術最優先に偏重しがちな現代人が、子供のように純真なロボットから思いがけず、人間としての倫理観を問いかけられているようだった。
(以下は改稿前の文章です。)
12月13〜15日に金沢市民芸術村ドラマ工房で上演された劇団110SHOW ++『石川太郎』(作:高田滉己、演出:高田伸一)は、「キャラクター編」「クラス編」「人工知能編」の3編からなるオムニバス作品。いずれも石川県内では提出書類の記入例などによく使われる氏名「石川太郎」から想像力を膨らませたストーリーとなっている。匿名の存在にこじ付けるからこそ、自由に何でも言える点は現代のネット社会にも通じる気がした。同時に人格の枠にはとらわれないので無責任になりがちな恐れをもはらんでいる。最後の人工知能編だけは、ロボットが粘土で作り上げた人形を「石川太郎」と名付ける話でやや関連性の薄い感じだったが、メッセージ性は3編の中では最も強かった。
最初のキャラクター編では、電気小売店の社長(高田滉己)が売上減少に悩んだ挙句、経営コンサルタントの田中恵子(高田里美)にすがりつく。田中が提案したのはプライベートブランド(PB)の導入だった。しかし、彼女が過去の実績として持参したサンプルを見ると、エナジードリンク「オロナミンB」やシャンプーの「バンテーン」など、どこかで聞いたような商品名ばかりで明らかにパクり。社員の吉田(秋山アレックス)は怒り出し、社長も一旦は却下するものの、やはりお金が大事だと考え直してPB導入を決定した。当初はターゲットとして、30歳の独身男性で経済的に余裕がありそうな架空の存在「石川太郎」を想定。しかし、会議に参加していた女性店員たちも意見を述べるうちに「石川太郎は実は女性」「正体を隠した外国人」「武器を必要としている」などと妄想がエスカレート。お金になるなら、武器さえも売りかねない現代の世相を痛烈に皮肉っていた。
続くクラス編では、高校生たちが提出する進路指導の書類で、記入例として書かれていた名前がやはり「石川太郎」。しかも保有する資格として心理カウンセラーなどが列挙されていたことから、「そんな高校生いるのか」と話題に。生徒たちの妄想はどんどん先走り、屋上で自殺騒ぎを起こした女子生徒を石川太郎が得意の心理カウンセリングを使ってカッコ良く思いとどまらせる場面を劇中劇で演じてみせる。そんな自分たちが作り出した石川太郎のイメージに感化された生徒たち。その後、先生(浅賀千鶴)が書類を確認すると、高校生9人のうちタダシ(平田渉一郎)をのぞく8人が氏名欄で「石川太郎」と名乗っていた。タダシはいつも一人だけ外側から物事を眺めていたが、単なるツッコミ役なのか、それとも集団ヒステリーにブレーキをかけるはずの孤独な良識派だったのか。全体として匿名の想像力が暴走する危うさを描きたいのかとは感じたが、そのあたりの意図が明確には具体化されず、散漫なやりっ放しの芝居と見えた。
最後の人工知能編では、研究室で人工知能(AI)を組み込んだヒト型ロボット、その名も「アイ」(松下亜由)の実験が行われている。アイは積み木で塔を建てて崩す実験に成功した。開発チームのリーダー(高田里美)は気を良くし、さらに難度の高い「部品を組み立てて、友達作り!」という工作の課題を与える。しかし、今まで友達というものを持ったことがないアイは、考え過ぎてオーバーヒートしてしまう。仕方ないので、人間の幼児並みまで実験レベルを下げ、粘土で友達を作らせるが、今度も失敗。そもそもアイには友達の意味が分からないことに気付いたリーダーは、アイに対して私と友達になろうと提案し、実験の成功を願って川で拾ってきた丸い石をプレゼントする。その結果、友達とは何か大切なものだと学び取ったアイは、ついに課題をやり遂げ、出来上がった粘土の人形を「石川太郎」と名付ける。
ここまでは感動的だが、話はいきなり違う方向へと急転回していく。次の課題として「友達を壊しなさい」と指示が与えられると、アイの手は止まってしまった。作ることに比べたら、積み木を崩すように簡単なはずと研究員たちは考えていた。そのうち一人は、ためらうアイの姿を見て意味を察し、これはこれで大きな成果として報告できると胸を張る。しかし、単なる粘土の人形をなぜ壊せないのかと訝るリーダーは、さらに破壊命令を繰り返す。困ったアイは彼女に問いかけるのだった、「友達だから(リーダーを)壊してもいいですか」と。
松下はヒト型ロボットを巧みに演じた。合成音声を模した舌足らずな喋り方が可愛いだけでなく、課題を処理し切れずにフリーズする際には同じ単語を何度も反復したり、首をぎこちなく曲げ、痙攣したように両手を震わせるなど、いかにもロボットらしい雰囲気を醸し出していた。そんなアイが冷静なトーンで発した最後の一言は衝撃的だった。友達とは大切なものだと教えながら、次の瞬間には平然と友達を壊せと命じるリーダーは、自分が犯している論理の矛盾にさえ気付かないようだ。そのようなダブルスタンダードに慣れていないロボットが発した、子供のように純真な言葉によって、我々が首までドップリと浸かっている人間社会の欺瞞(あるいは複雑さ)を突き付けられたようでハッとさせられた。
12月13〜15日に金沢市民芸術村ドラマ工房で上演された劇団110SHOW ++『石川太郎』(作:高田滉己、演出:高田伸一)は、「キャラクター編」「クラス編」「人工知能編」の3編からなるオムニバス作品。いずれも石川県内では提出書類の記入例などによく使われる架空の氏名「石川太郎」から想像力を膨らませたストーリーとなっている。最初の2編では、自分自身を匿名の存在に仮託することにより、個人としての責任を逃れて自由に何でも言える気楽さを描いており、現代のネット社会にも通じる気がした。これに対し、「人工知能編」では、開発中のロボットが初めて自分で作った粘土の人形に付けた名前が「石川太郎」ということで、他の2編とはテーマがやや異なっていたものの、最も深いメッセージ性が感じられた。
このうち「キャラクター編」では、電気小売店の社長(高田滉己)が売上減少に悩んだ挙句、経営コンサルタントの田中恵子(高田里美)にすがりつく。田中が提案したのはプライベートブランド(PB)の導入だった。しかし、彼女が過去の実績として持参したサンプルを見ると、エナジードリンク「オロナミンB」やシャンプーの「バンテーン」など、どこかで聞いたような商品名ばかりで明らかにパクり。社員の吉田(秋山アレックス)は怒り出し、社長も一旦は却下するものの、やはりお金が大事だと考え直してPB導入を決定した。当初はターゲットとして、30歳の独身男性で経済的に余裕がありそうな架空の存在「石川太郎」を想定。しかし、会議に参加していた女性店員たちも意見を述べるうちに「石川太郎は実は女性」「正体を隠した外国人」「武器を必要としている」などと妄想がエスカレート。お金になるなら、武器さえも売りかねない現代の世相を痛烈に皮肉っていた。
続く「クラス編」では、高校生たちが提出する進路指導の書類で、記入例として書かれていた名前がやはり「石川太郎」。しかも保有する資格として心理カウンセラーなどが列挙されていたことから、「そんな高校生いるのか」と話題に。生徒たちの妄想はどんどん先走り、屋上で自殺騒ぎを起こした女子生徒を石川太郎が得意の心理カウンセリングを使ってカッコ良く思いとどまらせる場面を劇中劇で演じてみせる。そんな自分たちが作り出した石川太郎のイメージに感化された生徒たち。その後、先生(浅賀千鶴)が書類を確認すると、高校生9人のうちタダシ(平田渉一郎)をのぞく8人が氏名欄で「石川太郎」と名乗っていた。タダシはいつも一人だけ外側から物事を眺めていたが、単なるツッコミ役なのか、それとも集団ヒステリーにブレーキをかけるはずの孤独な良識派だったのか。全体として匿名の想像力が暴走する危うさを描きたいのかとは感じたが、そのあたりの意図が明確には具体化されず、散漫なやりっ放しの芝居と見えた。
最後の「人工知能編」では、研究室で人工知能(AI)を組み込んだヒト型ロボット、その名も「アイ」(松下亜由)の実験が行われている。アイは積み木で塔を建てて崩す実験に成功した。開発チームのリーダー(高田里美)はさらに難度の高い「部品を組み立てて、友達作り!」という課題を与えるが、考え過ぎてオーバーヒートしてしまう。仕方ないので、人間の幼児並みまでレベルを下げ、粘土で友達を作らせるが、今度も失敗。そもそもアイには友達がいないので、意味が分からないことに気付いたリーダーは、私と友達になろうとアイに提案し、実験の成功を願って川で拾ってきた丸い石をプレゼントする。その結果、友達とは何か大切なものだと学んだアイは、ついに課題をやり遂げる。
だが、次の課題として「友達を壊しなさい」と指示されると、アイの手は止まった。作ることに比べたら、積み木を崩すように簡単なはずと研究員たちは考えていた。そのうち一人は、ためらうアイの姿を見て意味を察し、これはこれで大きな成果として報告できると胸を張る。しかし、単なる粘土の人形をなぜ壊せないのかと訝るリーダーは、さらに破壊命令を繰り返す。困ったアイは彼女に問いかけるのだった、「友達だから(リーダーを)壊してもいいですか」と。
アイを演じた松下は、合成音声を模した舌足らずな喋り方が可愛いだけでなく、課題を処理し切れずにフリーズする際には同じ単語を何度も反復したり、首をぎこちなく曲げ、痙攣したように両手を震わせるなど、いかにもロボットらしい雰囲気を醸し出していた。そんなアイが冷静なトーンで発した最後の一言は衝撃的。友達は大切だと教えながら、次の瞬間には平然と友達を壊せと命じるリーダーは、自分が犯している論理の矛盾に気付いていなかったらしい。技術最優先に偏重しがちな現代人が、子供のように純真なロボットから思いがけず、人間としての倫理観を問いかけられているようだった。
(以下は改稿前の文章です。)
12月13〜15日に金沢市民芸術村ドラマ工房で上演された劇団110SHOW ++『石川太郎』(作:高田滉己、演出:高田伸一)は、「キャラクター編」「クラス編」「人工知能編」の3編からなるオムニバス作品。いずれも石川県内では提出書類の記入例などによく使われる氏名「石川太郎」から想像力を膨らませたストーリーとなっている。匿名の存在にこじ付けるからこそ、自由に何でも言える点は現代のネット社会にも通じる気がした。同時に人格の枠にはとらわれないので無責任になりがちな恐れをもはらんでいる。最後の人工知能編だけは、ロボットが粘土で作り上げた人形を「石川太郎」と名付ける話でやや関連性の薄い感じだったが、メッセージ性は3編の中では最も強かった。
最初のキャラクター編では、電気小売店の社長(高田滉己)が売上減少に悩んだ挙句、経営コンサルタントの田中恵子(高田里美)にすがりつく。田中が提案したのはプライベートブランド(PB)の導入だった。しかし、彼女が過去の実績として持参したサンプルを見ると、エナジードリンク「オロナミンB」やシャンプーの「バンテーン」など、どこかで聞いたような商品名ばかりで明らかにパクり。社員の吉田(秋山アレックス)は怒り出し、社長も一旦は却下するものの、やはりお金が大事だと考え直してPB導入を決定した。当初はターゲットとして、30歳の独身男性で経済的に余裕がありそうな架空の存在「石川太郎」を想定。しかし、会議に参加していた女性店員たちも意見を述べるうちに「石川太郎は実は女性」「正体を隠した外国人」「武器を必要としている」などと妄想がエスカレート。お金になるなら、武器さえも売りかねない現代の世相を痛烈に皮肉っていた。
続くクラス編では、高校生たちが提出する進路指導の書類で、記入例として書かれていた名前がやはり「石川太郎」。しかも保有する資格として心理カウンセラーなどが列挙されていたことから、「そんな高校生いるのか」と話題に。生徒たちの妄想はどんどん先走り、屋上で自殺騒ぎを起こした女子生徒を石川太郎が得意の心理カウンセリングを使ってカッコ良く思いとどまらせる場面を劇中劇で演じてみせる。そんな自分たちが作り出した石川太郎のイメージに感化された生徒たち。その後、先生(浅賀千鶴)が書類を確認すると、高校生9人のうちタダシ(平田渉一郎)をのぞく8人が氏名欄で「石川太郎」と名乗っていた。タダシはいつも一人だけ外側から物事を眺めていたが、単なるツッコミ役なのか、それとも集団ヒステリーにブレーキをかけるはずの孤独な良識派だったのか。全体として匿名の想像力が暴走する危うさを描きたいのかとは感じたが、そのあたりの意図が明確には具体化されず、散漫なやりっ放しの芝居と見えた。
最後の人工知能編では、研究室で人工知能(AI)を組み込んだヒト型ロボット、その名も「アイ」(松下亜由)の実験が行われている。アイは積み木で塔を建てて崩す実験に成功した。開発チームのリーダー(高田里美)は気を良くし、さらに難度の高い「部品を組み立てて、友達作り!」という工作の課題を与える。しかし、今まで友達というものを持ったことがないアイは、考え過ぎてオーバーヒートしてしまう。仕方ないので、人間の幼児並みまで実験レベルを下げ、粘土で友達を作らせるが、今度も失敗。そもそもアイには友達の意味が分からないことに気付いたリーダーは、アイに対して私と友達になろうと提案し、実験の成功を願って川で拾ってきた丸い石をプレゼントする。その結果、友達とは何か大切なものだと学び取ったアイは、ついに課題をやり遂げ、出来上がった粘土の人形を「石川太郎」と名付ける。
ここまでは感動的だが、話はいきなり違う方向へと急転回していく。次の課題として「友達を壊しなさい」と指示が与えられると、アイの手は止まってしまった。作ることに比べたら、積み木を崩すように簡単なはずと研究員たちは考えていた。そのうち一人は、ためらうアイの姿を見て意味を察し、これはこれで大きな成果として報告できると胸を張る。しかし、単なる粘土の人形をなぜ壊せないのかと訝るリーダーは、さらに破壊命令を繰り返す。困ったアイは彼女に問いかけるのだった、「友達だから(リーダーを)壊してもいいですか」と。
松下はヒト型ロボットを巧みに演じた。合成音声を模した舌足らずな喋り方が可愛いだけでなく、課題を処理し切れずにフリーズする際には同じ単語を何度も反復したり、首をぎこちなく曲げ、痙攣したように両手を震わせるなど、いかにもロボットらしい雰囲気を醸し出していた。そんなアイが冷静なトーンで発した最後の一言は衝撃的だった。友達とは大切なものだと教えながら、次の瞬間には平然と友達を壊せと命じるリーダーは、自分が犯している論理の矛盾にさえ気付かないようだ。そのようなダブルスタンダードに慣れていないロボットが発した、子供のように純真な言葉によって、我々が首までドップリと浸かっている人間社会の欺瞞(あるいは複雑さ)を突き付けられたようでハッとさせられた。