(劇評)「孤独な海の物語」 タシデレ | かなざわリージョナルシアター「劇評」ブログ

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本ブログは金沢市民芸術村ドラマ工房が2015年度より開催している「かなざわリージョナルシアター」の劇評を掲載しています。
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この文章は、2019年12月8日(日)13:00開演の劇団ドリームチョップ 『海へ(令和元年)』 についての劇評です。

劇団ドリームチョップ第19回公演は、「19年やってきて、の『一人芝居』。」(当日パンフレットより)とのことで、代表の井口時次郎による、井口本人の物語であった。
狭く仕切られた舞台は稽古場となっており、一人用の机と椅子、扇風機、オーディオ、そして旗揚げ公演から今回の『海へ(令和元年)』までの公演パンフレットが一面に貼られたホワイトボードで構成されていた。
物語は、今年の春、井口が稽古場で、2001年11月の旗揚げ公演『海へ』の台本を見つけるところから始まる。井口は懐かしくなり、メインキャストの3名に、18年前どんな気持ちで演じていたのか知るべく、それぞれに連絡をとる。井口は20代後半で劇団ドリームチョップを旗揚げし、今46歳とのことなので、連絡をとった3名もおそらく同年代なのだろう。彼らはいずれも冷たい反応で、劇団名を共に考えたMDさんには、「夢は覚めたわ」とまで言われてしまう。
共感を分かち合えなかった井口は、一人海へ向かう。そこで台本を読んでいると、正田さんという30歳くらいの女性に話しかけられる。「海、好きなんですか?」
『海へ』は、マサヒロ、アキ、トシアキの3名が主要な登場人物である。アキの兄マコトが8月31日に海で亡くなり、その遺品整理に9月5日にマコトの部屋に喪服で集まる。マサヒロは消防士でトシアキは美容師だ。トシアキはいずれは勤め先から独立し、NYでスタイリストになるという夢も持っている。3人は、マコトの思い出話に花を咲かせるが、マサヒロがマコトは自殺したんじゃないかと言い始める。
井口は、18年前は考えなかった「マコトはなぜ死んだのか」について、海で会った正田さんと考え始める。そして10年後の『海へ』を書き始めるが、正田さんはダメ出しをしたり、マコトの幽霊に亡くなるまでの心情を語らせる提案をするなど、自由にふるまう。提案を受け入れ、井口が書き始めたマコトの亡くなる数日前の日記には、自分のしたいことや生きる道が何も見えないという心の闇が綴られていた。「マサヒロ、アキ、トシアキの3人は成長してしまう、でも海は変わらずここにある。だから海へ行く」と綴っていたマコト。一方で10年経ちマサヒロは消防士を辞め結婚して離婚、アキは母親に、トシアキは夢を諦め独立もせず同じ店にいた。マコトにとって、成長、すなわち大人になるとは、こういうことなのだ。
マコトの心情を苦しみつつ書く井口に、正田さんは、もう死の理由を書くのはやめましょうと提案し、実家の都合で井口の前から消えてしまう。再び一人になった井口の元へ、正田さんから手紙が届く。「マコトの日記の告白は先生のことのように感じた、でも自分のことをあんな風に書いて悩んだり演じたり、演劇は現代社会に必要ですね。」
松任谷由実の『Hello,my friend』が流れる中、井口は「正田さんの手紙のような演劇をしたい」と吐露していた。正田さんは架空の人物で、更には井口と別人格ではなく、脳内の存在、イマジナリーフレンドなのかもしれない。井口は先の3名に冷たくあしらわれた結果、「正田さん」を通じて、ダメ出しや幽霊などという突飛な提案も受け入れつつ、旗揚げ当時の思いを書き起こそうとしていたのではないかと思う。そして、「演劇は現代社会に必要」と語らせたのではないだろうか。
井口は当日パンフレットに「僕はたぶん、あの日を取り戻したいんだと思う。」と記している。稽古場セットに他の劇団員がいる気配は全くなかった。劇団ドリームチョップは、今、井口一人なのだろうか。旗揚げ当時のキャストは皆大人になり、井口だけが海辺で夢を見ているのだろうか。