この文章は、2019年11月23日(土)19:00開演の劇団あえない 『あやまって、愛』 についての劇評です。
リージョナルシアターパンフレットの劇団紹介には、次のようにある。
【敢え無い】《形》あっけない。もろく、儚い/劇団あえないは、昨年11月、『あえなく夢中』 にて旗揚げ。代表の大橋を中心に、感情の機微を捉えることを目指して作品づくりに取り組んでいます。
文中に、儚い・夢中と「夢」が続く。そして今回の『あやまって、愛』は、つぐみとゆめの二人による物語であり、夢と過去と今(現実)が交錯していた。
セットは白いベッドと白いテーブルとイスのシンプルなものだったが、自宅・喫茶店・部室・ホテルへと、時間軸を含め複雑に転換するシーンが、非常にうまく表現されていたと思う。
主人公のつぐみ(藤井楓恋)は児童文学作家で、その本の挿絵は、画家の夫さとる(間宮一輝)がこれまで全て描いている。つぐみの想像力の源はゆめ(大橋茉歩)の存在だが、ゆめはつぐみのイマジナリーフレンド、すなわち、つぐみの内面である。そして、さとるはそのゆめが見えることで、つぐみの物語の世界そのものの挿絵を描くことが出来ていた。
担当編集者の水嶋(上野ひなた)は、さとるにつぐみと離れて単独の画集を出版しないかと持ちかける。「昔、単独で個展されてましたよね?見に行きました。その頃からさとる先生の絵が好きだったんです。」さとるは、ゆめを見てしまった今の自分には当時のような絵は描けないと思い、断るが、この提案が夫婦の間に亀裂を生んでいく。
劇中は、つぐみとさとるの間で進行する話に加え、さらにつぐみの高校時代のシーンも織り込まれていた。高校時代、演劇部だったつぐみは、同じ演劇部の親友桃子(荒井優弥花)と共に、演劇部の先輩(能沢秀矢)に恋をしていた。先輩の相手役に選ばれたつぐみだったが、桃子が先輩に「私を選んで」と迫るところを目撃すると、そのまま演劇部を去った。
つぐみは傷つくと、いつも黙って姿を消してしまう。口をつぐむ、というところから来た名前なのだろうか。高校のときもそうだったが、夫のさとるが水嶋と二人で会っており、体を重ねたことを知ったときもそうだった。裏切った夫にあなたが必要だと告げ、担当編集者を変えてもらうことはつぐみには出来なかった。もう一人の自分であるゆめが、何でも思ったことをつぐみやさとるに言うことができるキャラクターなのは、つぐみの創り出した存在だからなのだろう。つぐみもまた、ゆめには本心を打ち明けられた。
つぐみはホテルにゆめと引きこもり酒で寂しさを紛らわせているところを水嶋に踏み込まれる。動揺しつつもようやくさとるとの関係についてどうして?と水嶋に問うが、さとるに非があるかのようにはぐらかされ、ついには連載はゴーストライターに書かせていると告げられる。衝撃を受け、自暴自棄になるつぐみ。夫も連載も失ったつぐみは、こんな目に遭うのはゆめがいるからだ!と、自らの小説に出てきた想像力を奪う銃をゆめに向けるが、ゆめは、撃ったとしても私はつぐみ自身だと挑発する。そして最終的につぐみが自らに向けた銃口は、想像力を取り戻す小さな銃だった。
谷つぐみという作家が社会的な死を迎えた一方で、つぐみとゆめは、ペンネームだと思われるが「新しい名前考えなくちゃね」と楽しそうに笑っていた。これはハッピーエンドなのだろうか。それともこれもまた夢の中なのだろうか。
つぐみ達がいつも打ち合わせに使っていた喫茶店の店員で、給仕をしていた大室飛鳥(玉城知佳乃)が、よく3人で来店していた女性客が大ファンの作家谷つぐみだと知るシーンがある。つぐみはその時、さとるが水嶋と2人で来店していたことを知りショックを受けていたのだが、飛鳥は作家を前に高揚し、どんなに作品が好きかどれだけファンレターを送ったか、堰を切ったように話し始める。このシーンは、唯一この作品で裏のない人物に思え、つぐみにとっても観客にとっても救いだった。実はファンレターは水嶋の手に寄って処分されており、つぐみの手に渡ったことはなかったのだが、このときファンという存在を初めて目にしたことが、後につぐみが想像力を奪う銃から、取り戻す銃へ持ち替える勇気となったのではないだろうか。