(劇評・10/28更新)「落語オタクが一人で戦った記録」原力雄 | かなざわリージョナルシアター「劇評」ブログ

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本ブログは金沢市民芸術村ドラマ工房が2015年度より開催している「かなざわリージョナルシアター」の劇評を掲載しています。
劇評を書くメンバーは関連事業である劇評講座の受講生で、本名または固定ハンドルで投稿します。

この文章は、2020年10月17日(土)17:00開演の北陸学院高校演劇部『私立まほろば高校落語研究同好会の輝ける歴史』についての劇評です。

6年目を迎える「かなざわリージョナルシアター2020げきみる」のトップバッターとして、北陸学院高校演劇部が金沢市民芸術村ドラマ工房で上演した『私立まほろば高校落語研究同好会の輝ける歴史』(作・演出:井口時次郎)。最初に噺家らしい和服姿の男子高校生・葛谷(松本青児)が登場し、落語の高座が始まる。だが、枕(導入部分)を終えて、本編を語り始めた途端、スルスルッと引っ張られるようにして座布団ごと下手側へ追いやられてしまった。真ん中の空間では、彼の話している落語が劇中劇として演じられる仕掛けだ。内容は学園生活の息苦しさを描いたものだったが、最終的には落語オタクとも言える主人公の生き方ってどうなんだろうという問いかけにもつながっていく。そんなドラマ構造が面白かった。

創作落語の1本目「ぐだぐだ」は、現代文のテストで赤点を取った女子生徒4人が放課後に補習を受ける話だが、何やら様子がおかしい。上田先生(ウッドハムズ仁花)は芥川龍之介の「羅生門」を紙に丸写しさせた上で、隣の生徒と交換し、お互いに破り捨てさせたのだった。理不尽なやり方に生徒たちは反発する。次の夏目漱石「夢十夜」は手分けして何とか書き上げたが、樺山(那谷桃子)が向かいのコンビニで4人分をコピーしている間に先生が戻って来てしまい…。教育と呼ぶにはあまりに不毛なやり取りは、味気ない現実をことさらにデフォルメした悪夢のようだった。

次の演目は「美樹ちゃんのドッキリ大作戦」。イケメンの彼氏・公一郎(佐藤公一朗)が嵐のコンサートのチケットを取ってくれたと大喜びの女子高生・望(山出亜子)。羨ましくて仕方ない級友の加奈子(窪希乃香)は、望が机の上に置き忘れたチケットを隠してしまう。望が戻って来て大騒ぎになる。公一郎はあれほどイチャイチャしていたのに態度を豹変させ、望とはもう終わりだ、別れると怒り出す。一部始終を見ていた美樹(小林夏帆)は、携帯で占うフリをして場所を当ててみせる。すると、今度は公一郎から、先生が可愛がっていたパンダのぬいぐるみを盗んだと疑われて困っているのだが、占いでありかを探してほしいと頼まれる。断りきれなくなった美樹は、つい引き受けてしまう。

美樹が一人で頭を抱えていると、梅田(牛田莉子)が慌てて教室へ入って来た。実は先生の机の上が散らかっていてコーヒーをこぼしてしまい、パンダも汚れてしまった、と打ち明ける。怒られると思って家できれいに洗濯したが、騒ぎが大きくなり、返すタイミングを失った。ロッカーの中にあるので、自分が入れたことは黙っていて、と。それを聞いた美樹が再び場所を言い当てると、本当に見つかって一同びっくり。その後、占ってくれという依頼が殺到した美樹は、今さらすべてが嘘だったと白状もできず、とうとう転校してしまったという。

さて、文化祭で2本を語り終えた葛谷が帰り仕度をしていると、上田先生が姿を現わした。それは劇中劇でも先生を演じていた同じ役者なのだが、実は同好会の顧問だったという設定だ。二人の会話から、彼がこの2年半、ずっと一人で練習してきたことがわかる。そして、今日は最初で最後の高座なのに、観客が一人もいなかったことも。彼はなぜ十分な宣伝をしなかったのか。特に弁解はなかったが、答えは彼が作ったオリジナル落語にあると思った。最初の「ぐだぐだ」では、先生と生徒がお互いに不信感を募らせ合う。2本目の「美樹ちゃん…」でも、友人の幸せに嫉妬してチケットを隠したり、恋人に対して掌を返すように冷酷な態度を取る男子生徒も出てくる。こんなにトゲトゲしい世の中なら、彼が人間嫌いに陥るのも無理ないではないか。いや、本当にそうなのか。むしろ彼は、演目の中で現実のひどさを必要以上に誇張することにより、他者とのコミュニケーションを避けたがる自分自身を正当化しているだけではないのか。たとえそうだったとしても、彼が何とか一人で落語を作った経験は、自らの弱さを見つめ直すきっかけにはなったと考えられる。

現代の高校生にとって落語はマイナーなジャンルだと聞き、往年の人気ぶりを知る者としては少し驚いた。とは言え、今回の作品は、劇評というマイナーな分野にハマっている私自身にとっても、他人事ではなかった。親戚や近所の集まりなどで、劇評を書いていると言っても、なかなか理解してもらえない。ネットやSNSでも、その時々で盛り上がっているネタには一切興味がなく、そんなの誰も知らないよ、という細分化されたディテールばかりを詳しく書けば書くほど、「いいね!」の数も少なくなり…。これは私だけの問題だろうか。今の社会において、文化活動に励む者たちの多くが避けて通れないジレンマではないか。そうした中で、葛谷は、お客を集めるのが苦手だったとしても、自分の好きなジャンルにこだわり、妥協せずにやり遂げた。ある意味では彼こそ、自らの道を突き進むオタクたちにとって、模範とすべきヒーローかもしれない。

そこへ一人の新入生(土田莉緒)がもう終わったんですか〜という感じで現れる。彼女のため、と先生に勧められ、古典落語「芝浜」を演じることになった。エンディングは口パクのスローモーションだったが、女子生徒にウケている様子からみて、練習の成果を十分に発揮できたようだ。彼の努力がようやく報われ、こちらまで救われるような気持ちになった。

(以下は改稿前の文章です。)

6年目を迎える「かなざわリージョナルシアター2020げきみる」のトップバッターとして北陸学院高校演劇部が金沢市民芸術村ドラマ工房で上演した『私立まほろば高校落語研究同好会の輝ける歴史』(作・演出:井口時次郎)では、最初に噺家らしい和服姿の男子高校生・葛谷(松本青児)が登場した。落語の高座っぽい雰囲気なのだが、彼が語り始めた途端、スルスルッと引っ張られるようにして座布団ごと下手側へ追いやられてしまった。そして、真ん中の空間では、彼の書いた創作落語2本が劇中劇として演じられる仕掛けだ。息苦しい学園生活をテーマにした作品と思っていたら、最終的には落語オタクである主人公の生き方に対する問いかけへと収斂していくドラマ構造が面白かった。

創作落語の1本目「ぐだぐだ」は、現代文のテストで赤点を取った女子生徒4人が放課後に補習を受ける話だが、何やら様子がおかしい。上田先生(ウッドハムズ仁花)は芥川龍之介の「羅生門」を紙に丸写しさせた上で、隣の生徒と交換し、お互いに破り捨てさせたのだった。作家への敬意がカケラも感じられないやり方に対し、生徒たちは反発する。次の夏目漱石「夢十夜」は全員で手分けして何とか書き上げたが、樺山(那谷桃子)が向かいのコンビニで4人分をコピーしている間に先生が戻って来てしまい…。教育と呼ぶにはあまりにも不毛なイタチごっこは、無味乾燥な現実をことさらにデフォルメした悪夢のようだった。

次の演目は「美樹ちゃんのドッキリ大作戦」。イケメンの彼氏・公一郎(佐藤公一朗)が嵐のコンサートのチケットを取ってくれたと大喜びの女子高生・望(山出亜子)。羨ましくて仕方ない級友の加奈子(窪希乃香)は、望が机の上に置き忘れたチケットを隠してしまう。望が戻って来て大騒ぎになる。公一郎はあれほどイチャイチャしていたのに態度を豹変させ、望とは絶交だと怒り出す。一部始終を見ていた美樹(小林夏帆)は、携帯占いのフリをして場所を当ててみせる。すると、今度は公一郎から、先生が可愛がっていたパンダのぬいぐるみを盗んだと疑われて困っている。どこへ行ったか、占いで探してほしいと頼まれる。断りきれなくなった美樹は、つい引き受けてしまう。

美樹が一人で頭を抱えていると、梅田君(牛田莉子)が慌てて教室へ入って来た。実は先生の机の上が散らかっていてコーヒーをこぼしてしまい、パンダも汚れてしまった、と打ち明ける。怒られると思って家できれいに洗濯したが、騒ぎが大きくなり、返すタイミングを失った。ロッカーの中にあるので、自分が入れたことは言わないで、と。そのままの内容を美樹が伝えると、本当に見つかって一同びっくり。その後、占ってくれという依頼が殺到した美樹は、とうとう転校してしまったという。

さて、文化祭で2本を語り終えた葛谷が帰り仕度をしていると、上田先生が姿を現わした。それは劇中劇でも先生を演じていた同じ役者なのだが、実は同好会の顧問だったという設定だ。二人の会話から、彼がこの2年半、ずっと一人で練習してきたことがわかる。そして、今日は最初で最後の高座なのに、観客が一人もいなかったことも。彼はなぜ十分な宣伝をしなかったのか。特に弁解はなかったが、答えは彼の創作落語にあると思った。最初の「ぐだぐだ」では先生と生徒が不信感を募らせ合うイタチごっこ。2本目の「美樹ちゃん…」でも、友人の幸せに嫉妬してチケットを隠したり、恋人に対して掌を返すように冷酷な態度を取る男子生徒も出てくる。こんなにトゲトゲしい世の中なら、彼が人間嫌いに陥るのも無理ないではないか。いや、本当にそうなのか。むしろ彼は、演目の中で現実のひどさを必要以上に誇張することにより、他者とのコミュニケーションを避けたがる自分自身を正当化しているだけではないのか。

現代の高校生にとって落語はマイナーなジャンルだと聞いて少し驚いた。とは言え、今回の作品は、劇評というマイナーな分野にハマっている私自身にとっても、他人事ではなかった。親戚や近所の集まりでも、劇評を書いているなどと胸を張って言えたものではない。ネットやSNSでも、その時々で盛り上がっているネタには一切興味がなく、そんなの誰も知らないよ、という細分化されたディテールばかりを詳しく書けば書くほど、「いいね!」の数も少なくなり…。これは私だけの問題だろうか。今の社会において、文化活動に励む者には避けて通れないジレンマではないか。そうした中で、葛谷は、お客を集めるのが苦手だったとしても、自分の好きなジャンルにこだわり、妥協せずにやり遂げた。

そこへ一人の新入生(土田莉緒)がもう終わったんですか〜という感じで現れる。彼女のため、と先生に勧められ、古典落語「芝浜」を演じることになった。そこからは口パクのスローモーションだったが、女子生徒にウケている様子からみて、練習の成果を十分に発揮できたようだ。彼の努力がようやく報われ、こちらまで救われるような気持ちになった。彼こそは、すべてのオタクたちにとって、模範とすべきヒーローに違いない。