お昼の 食事準備
妻は、息子のクラブ活動(陸上部)の父母謝恩会に出席です。不在の時は、私が食事を準備しますが、最近はその回数がとんと減っています。今日は冷蔵庫を見回し、焼きそばにしました。ソース焼きそばの元がありました。わざわざいろいろな具財を揃え、塩味のあんかけ焼きそばにしました。料理を作らなくなったせいでしょうか、味が不足していました(根本は、味の確認をしないことでしょうが・・・・)。そのままソース焼きそばにしていれば、簡単でおいしく食べられたのでしょうが・・・・・・。
■高3の息子は、7月12日の大会出場を最後に、陸上部を引退しました。残念ながら、思っていたほどの成績を挙げられずに、終わりました。幼稚園時代から剣道をしていましたが、高1の初夏、突然、剣道部を止め、陸上部に転向してしまいました。私には理由は定かにしませんでしたが、剣道部も陸上部の顧問の先生方は「いつでも戻って来てもいい」と言ってくださっていました。周囲でも理解ができなかったのでした。が、とうとう戻りませんでした。
■使う筋肉やカラダ質や体型が、大きく異なっており、だいぶ苦労したようです。また、今までレギュラー選手として、当たり前に行動していましたが、陸上では、時期を遅れて参加した初心者として、肉体的にも精神的にも苦労があったようです。もちろん選手として大会には出れず、会場ではサポート役ばかりでした。そんなことで、高校3年生のクラブ活動は終わりました。
この夏の初蝉
■写真は生まれたばかりの「アブラ蝉」です(ゴキブリではありません)。
朝5時半頃のアミ戸で、翅(はね)が硬くなるのを待っていました。もちろん、まだ鳴きません。この夏の初蝉になります。横浜は、昨日(7月25日)~今日(26日)と晴れて、とても暑い日です。
■横浜の港は、とても賑やかなようです。
アメリカのイージス艦や、巡視船「いず」や測量船「拓洋」、新型砕氷船「しらせ」や、航海訓練所の「星雲丸」「銀河丸」が、一般公開されているようです。でも私は、夏の日差しに負けてしまい、引き篭もりしてしまいました。
■蝉の初鳴きは、7月24日(金)に聞きました。
「和菓子食べ歩き」に行く途中の公園で、聞きました。初めて聞く鳴き方で、ミンミン蝉の声とシャンシャンといった声が混ざった感じの声でした。関西以南方面に生息する「クマ蝉」の鳴き声って、聞いた事がありませんが、どんな声なんでしょうか?
品川宿、和菓子食べある記
■この頃、和菓子づいています。
一昨日(7月24日(金))、和菓子の食べ歩きに行きました。「第3回和菓子食べ歩き」という行事に、誘っていただいたのでした。職場で、夏休みの予定がない私に「どうする?」と聞かれていた背景もありました。街歩きや甘いものは嫌いでないし(どちらかと言えば好き)、旧東海道・品川宿ということもあり、部外者参加させてもらいました。
■後で食べた和菓子の数を確認しましたら、5個でした。
もっとあったような気もしましたが・・・・・・・。旧東海道・品川宿を中心に京急大森海岸まで、歩行距離をマップメータで計ると、7.4km、横道に逸れたりでおよそ8km位でしょうか。この間に和菓子屋さんの軒数は、実はもっとありました。雨模様が、歩き疲れ、写真疲れを増幅させた面もありました。雨模様によって、ゆっくり座り、懐紙にとって和菓子を愛でることが出来なかったことも、数が伸びなかった原因でしょうか・・・・・。後半は和菓子への食欲が衰え、パスした店は、道すがらで3~4軒はあったかと思います。
■まずは品川「八ツ山橋」を渡り、江戸から京都に向かって歩き始めました。【「八ツ山橋」は、京浜急行の写真スポットでもしられている】
この頃(11時頃)は小雨で、時折、傘をさしたりといった状態でした。緑青(ろくしょう)色した銅版を壁に葺いたお店を見ながら、古(いにしえ)の時代を思いながら北品川に入りました。
品川宿にはこのような緑青色した銅葺壁家が結構、見受けられます。一軒目は、店構えは新しいが、品川宿で最も古い和菓子屋さん。1849年(嘉永2年)創業の「桝翁軒」です。ご主人は「古いお店ですネ」に対し「古っきゃいいもんじゃない」とそっけない返事。名前は忘れましたが「品川」が入った名称のお菓子で、固めの小豆餡を薄い求肥餅で包み、黄な粉を塗(まぶ)したもので、店先の竹長イスに座って食べました。
■街並みを見学しながら法禅寺を経て、小さな子供が集まっていた駄菓子屋さんで「まち歩きマップ」を購入。
杉森神社から裏道に入り、赤茶のレンガ塀を経て、旧東海道を少し離れ品川神社へ向う道すがら、街並みを楽しみました。 【品川神社の鳥居には、りっぱな龍の彫物があった】
■途中「龍月堂」で、豆の入ったゼリー菓子「品川美人」を購入し、品川神社へと進みます。
境内すぐ左にある火成岩で作られた「品川富士」に登頂。当時盛んだった富士山信仰を思い、数分の登山であった。
【品川富士山頂から境内を見ると、新婚さんがいた】
境内にて「品川美人」を味わう。お皿も黒文字(フォーク)もなく少々食べづらく、手についたシロップがべたつきそう。冷やして食べると美味しいのだろう。新馬場駅ガード下を通り、旧東海道に戻る。
【写真左:龍月堂の品川美人 写真中:手水には河童と龍が佇んでいた 写真右:境内右奥に狐に守られた社があった】
■荏原神社を過ぎ、無免許電気工事士さん推薦の、お弁当屋さんへと戻った。
一心寺横にある魚屋さんで、お弁当屋もやっており、安くて美味しいものが食べられそうです。メニューは生魚を使った丼弁当で、ご飯は酢飯が入っている。
常連さんの無免許電気工事士さんは、「鉄火丼」590円を注文。中トロが沢山載っており、魅力的な弁当でした。
私の注文は「ちらし丼」590円です。
小雨が降っており、少し歩いた所にあった「品川宿交流館」を見つけ、ここでゆっくり昼食にしました。
【写真左:竹や横丁 写真右:荏原神社。七福神の恵比寿さまが微笑んでいた】
■食事を食べる前に、3軒目「伊勢屋」(だろうと思う)にて水饅頭を購入。
この季節のお勧めは? と聞くと水饅頭を出してくれた。笹の葉に包まれた葛皮の饅頭で、凍っった状態のものをパック入れてくれた。
溶けた直後が食べ頃ということで、すぐには食べられなかった。
【写真右:パックに入ってみずらいが、白い部分がお菓子。解けるとやや白濁した透明な葛になる】
■その後「昭和ネオン」のビルが道沿いにあるのを見つけ、寄り道する。
ビル屋上などのネオン看板の会社なのだけど、「ミュージアム」があるとWebに書いてあった。
ネオンサインのミュージアムと思っていたが、木製古看板の収集・展示でした。江戸時代から昭和初期にかけて、実際に使われていたのが集められていた。
【写真右:魅力的な古看板や商品を象った古看板があったが、帆船に関係する古看板を撮ってみました】
■4軒目「遠州屋」さんでは葛饅頭。
やはりこの季節のお店のお勧め品で、塩漬けされた桜葉に包まれた葛皮の饅頭でした。塩漬けの桜葉の香りと、桜葉の塩味が程良く美味しかった。冷えていれば申し分ないのだろう。
【写真右:海雲寺境内。本堂には江戸火消しの纏絵や火消し組の名札が数多くあった。火と水の神様が祭られている】
この頃から雨脚は強くなり、時折雷鳴が聞こえ始めました。位置的には青物横丁地域に入り、疲れも出始めました。寺社への立ち寄りも減り、この頃よりパスする店が出始めたのでした。鮫洲地域~立会川地域へ精力的に歩き、勝島運河へ立ち寄り、少し風景を楽しみました。
■工程は終わりに近づき、浜川橋(なみだ橋)を経て、鈴ヶ森刑場跡に着きました。
ここは江戸時代、罪人を張付け刑や火炙り刑をした場所で有名な場所で、罪人を張付ける柱を立てた台座石や、石碑が沢山ありました。何の根拠はありませんが、なんとなく背筋に来るものがあり、あまり気持ちのいい場所ではありませんでした。
■そんなところでツアーは終わりのはずなんですが、おまけのチョンボがありました。
途中で手帳をなくしてしまったのです。「大森海岸駅」で別れ、一人で捜しに行くつもりでしたが、無免許電気工事士さんがとても心配して、捜すのを手伝ってくれました。ご迷惑をかけました。
■このチョンボ往復で、プラス1.2kmの歩きが加わってしまいました。
5軒目「紅屋」はその帰り道・新馬場駅近くのお店です。やはりこの季節のお勧め「葛饅頭」を購入。このお店では生の桜葉に包まれていました。生の葉は初めてで、少し食べた葉はあまり美味しくありません。香り付けを主目的で、ほとんど食べないと無免許電気工事士さんに教えてもらいました。
■雨やチョンボが加わり、少し疲れた一日でした。
案内してくれた無免許電気工事士さんは、明日土曜日には仕事が入っているそうです。写真を撮る私にペースを合わせてくれたり、捜し物を手伝ったりで、さぞかしお疲れの事と思います。改めてお礼を申し上げます。
■街歩きは好きですが、雨は降って欲しくないですネ・・・・・
晴れればもっと楽しめたし、写真を撮るにも雨はよくありません。ペースを合わせてくれた人にも申し訳なく、結果的に「焦り撮り」してしまいます。
■去年の今頃、私は青物横丁にある職業訓練学校に通っていました。
あれから10ヶ月弱の月日が経ちました。卒業間近かの頃、訓練校からハローワーク品川まで歩いたことがありました。今回の一部コースを、逆コースで歩いたことになります。和菓子を通しても品川宿は、改めて庶民的な街だと感じました。そんな思いも含め、歩いた一日でした。
皆既日食は、TVで見た
■皆既日食は見れませんでした。
正確にいえば、品川から日食を見ようとしたので「部分日食」ですが、残念ながら見れませんでした。早くから「日食メガネ」なるものを購入し、準備していました。職場の人たちは、ほとんど興味がなさそうで、日食が見れる時間帯は、地下2階で空調関係の掃除をしていました。
■夕食後、NHKの日食関係の番組を見ました。
インドからブータン、上海、トカラ列島(悪石島)、屋久島と硫黄島付近を航海する船上からの様子を放送していました。この中では、硫黄島付近海が一番きれいでした。360度海と空と雲の風景なのですが、船が皆既日食に入り、陽射しが遮られ中心になった時、360度の遠景は夕焼け空になっていました。この風景がとってもきれいでした。
http://www9.nhk.or.jp/live0722/
■船の様子を放送していましたけど、どっかで見た船でした。
「海の日」大桟橋でセイルドリル(総帆展帆)をやっていましたが、そこにあった「煙突マーク」なのです。大桟橋の山下公園側に停泊していた大きな客船「ぱしふぃっくびーなす」なのです。あの後、横浜港を出港したようです。天候にも恵まれ、本日一番の幸せの時をすごした人たちを載せていた船なのですネ
「日本丸」と「海王丸」の間に見える煙突の客船でした。
竹筒入り水羊羹
■今朝、会社に行ったら、職場の人たちが声をかけてくれました。
昨日「海の記念日」に行った帆船3隻によるセイルドリル(総帆展帆)が、NHKニュースで放送され、多くの人たちが見ていたようです。私は残念なことに、帰ってきてからNHKニュースは全く見ていません。判っていたらマークしていたのに・・・・・・
新しい職場で「帆船日本丸」の知名度は、確実に上がっており、好意的に受け止められています。少しづつファンは拡がっています。
■昨日の夕食の後、「竹筒入り水羊羹」を家族でいただきました。
帆船日本丸のカモメでもあります無免許電気工事士さんが、季節の和菓子として準備してくださったものです。みずみずしい青竹に、良い香りがする笹の葉で蓋されていました。節がわの底に、牛乳瓶の蓋開けのようなキリで穴を開けると、つるりんと水羊羹が出てきました。冷たい水羊羹は美味しかったことは勿論、青竹の入れ物と出し方、そして竹・笹の香りのパフォーマンスは素晴らしいものでした。
■写真左は、笹の葉で蓋された状態。
写真右は、食べ終わった後の竹筒。長さ15cmくらい、筒の内径は15mmくらいです。
■竹筒入り水羊羹は、京都の和菓子屋「鍵善良房」の「甘露竹」が有名のようです。
先日、市川海老蔵さんがTBSテレビに出ており、紹介していました。海老蔵さんは、竹筒の先を直接口に当て「一口に口に入れて食べるのが旨い食べ方だ」と言っていましたが、一人当たり1本づつのため、この豪快な食べ方はできませんでした。目で見て、鼻で香りを楽しみ、適当なサイズにして口で味わいました。でも、チャンスがあれば豪快に楽しんでみたい・・・・・
「海の日」の、帆船日本丸
■すっかり日焼けしてしまいました。
赤い肌、熱っぽいからだ、午後から曇りという天気予報と、午前中、早くから曇りだした空に騙されてしまいました。
本日の総帆展帆は「海の記念日」と「横浜開港150年」行事で、特別な日でした。桜木町の帆船日本丸では「登檣礼」という儀礼式典がありました。そして大桟橋では現役帆船の「日本丸」「海王丸」両帆船によるセイルドリルがありました。つまり3隻の帆船が、揃って真っ白な帆を張て、太平洋の白鳥のお披露目をしたのです。一度に3隻の晴れ姿を見れることは、滅多にありません。
■今日の帆船日本丸周辺は、とても多くに人たちで溢れていました。
アリーナを含め、写真で後ろ側になる「歩く歩道」周辺が、人で埋まっているのが判ります。今日は儀礼式典を演じている様子を、写真に撮ってもらいました。人物が小さくしか写っていませんが、この中の一人が「私」です。人のサイズとヤード(横棒)のサイズ、そしてそこからマストのサイズなど推測すると、帆船日本丸がいかに大きな帆船か判るかと思います。大きいでしょ!
■午前の展帆が終わり、昼食後、大桟橋の「日本丸」「海王丸」を見に行きました。
事前に「ヤードを切る」という情報が入っていたことがあり、「赤レンガ倉庫」側から見るのがブストポジションと判断しましたが、ここも既に、多くのカメララマンや見学の人で、2重・3重の人垣になっていました。帆船の後ろは「大桟橋」です。そこに映っている人垣も凄いですネ。
また、今日は、埠頭部分(地上作業部分)も開放していましたが、そちらも人がいっぱいでした。反省会の席上、港湾局の人出発表は「10万人」とのことでした。
■午後1時からセイルドリルが始まりますが、とても時間がかかりました。
帆船日本丸の畳帆が午後3時からなので、着替えの時間を含め、2時30分までに訓練センターに戻らなければなりません。コースやフォース(一番下の最も大きな横帆)のシワが、完全に取り切れないうちに帰りました。自分たちがやっていると判りませんが、人がやっているのを見ると判りました。リズミカルでスムーズな展帆や畳帆が必要なのですネ
■「カモメ」の、皆さん、お疲れさまでした。
次回の総帆展帆は8月9日です。暑さに負けずがんばりましょう!
夕焼けが すごい
■本日(7月19日)2度目のアップです。
私は「アフリカ縦断旅行(後編)」のDVDを見ていて気づかなかったのですが、夕食に行く娘が教えてくれました。「夕焼けがきれいで、街中の建物がきれいな色に染まっている」と・・・・。
写真は夕方6時50分頃、自宅(横浜市)から撮った風景です。写真右は、南側で、建物が茜色に染まっています。
下の写真は、左が西側の空ですが、凄い色ですネ。
右の写真は、東北~東側になります。写真の右側(東側)には、虹が出ているのが判りますでしょうか。写真を拡大して(クリックして)みてください。
■日本テレビ「鉄腕DASH」で「DASH海岸」というコーナがあります。
この番組で、日本丸ボートパークが登場しました。
■「DASH海岸」は、生物が死に絶えた海岸に、海洋生物を呼び戻そうする試みをしているコーナーです。舞台は横浜の鶴見区で、工場に囲まれた行き止まり水路です。人工砂浜を作り、生き物が再び住み着く環境を作り、プランクトンが流れつき、ゴカイやアサリが住み着き、本来の海浜生物を取り戻そうとしています。
■今回の番組は「赤潮」がテーマでした。
水質浄化力が著しいものとして、ムール貝があるそうです。このムール貝を水路にぶら下げて、澄んだ水にしている場所として、ボートパークが登場したものでした。おそらく帆船日本丸が係留されているドックの水を、きれいにしているものと思います。美しい帆船日本丸を見せるために、こんなこともしてるなんて知りませんでした。
「坂の上の雲」
■今朝は曇っていますが、同じ曇りでも昨日と違い、風があるのでまだ爽やかです。
昨日~今日と天気予報が、少しづつ外れているようです。天候が安定した時期と違って、難しい時期なんでしょうネ。昼過ぎには、夏本来の陽射しになりました。
■昨日18日(土)は、現役帆船の「日本丸」「海王丸」が大桟橋で一般公開していました。
私は・・・・といえば、結局、パスしてしまいました。皆さんのブログを見ますと、大桟橋みなとみらい側岸壁に、2船並んで停泊している写真が見られます。大桟橋に行けば、ま近で斜め上から見る事ができ、珍しい写真アングルになるんですが・・・・・ 7月20日(海の日)はこの2船もセイルドリル(総帆展帆)予定です。お昼休みに行ってみようかな・・・・とも、思っています。
■では、昨日は何してたかといえば・・・・・
朝食後、何気なくごろごろしながら小説「坂の上の雲」を読み始めたら、夜、就寝するまでほぼ1日、読み続けてしまいました。5巻目をほぼ終わりました。この巻は、日露戦争の状況がとても詳しく書かれています。昨日読んだシーンは、旅順・203高地攻防を乃木に代わって児玉が指揮した話、そして、バルチック艦隊が北欧バルト海を出港し、大西洋~アフリカ喜望峰を経て、やっとマダガスカル(アフリカ東側)まで来たところです。植民地時代の世界列強の思惑や、各国内の人的軋轢を背景に、それぞれ大きな困難があり、そして乗り越えていきます。
司馬遼太郎小説の特徴なのでしょうか? 膨大な調査と資料を集めたことが容易に想像できます。
■日本が外に向けて国を開いて150年。
先進国も日本も、技術も資源も、そして王室・貴族や平民も、いろんな大きな時代変化の中だったのですネ。たった150年しか経っていないんですネ。
話しは飛躍しますが、日清戦争頃からの日露間の歴史が、北方4島領有権問題に影響しているのだなと、個人的に勝手に解釈しています。
■朝夕の通勤電車に乗っている時間は、乗り換え時間を含め、30分~40分です。
朝の方が時間がかかります。帰りは主に「基礎英語Ⅰ」のテキストを開き、CDで講座を聞いています。本日分の復習と明日分の予習です。声が出ぬように口だけ動かしていますが、時に声が出てしまいます。周りの人は「おかしな人」と思っているでしょうネ 品川始発快速特急で座って、準備をはじめ、横浜駅手前でちょうど終えることができ、片付けを含めちょうどいい時間になります。
■そして、主に残った横浜駅から南太田駅までと、朝の通勤時間が本を読む時間となっています。
朝の電車が混んで本が開けられないと、翌日から早い電車に変更して読んでいます。このペースで全8巻の「坂の上の雲」は2ヶ月弱で、読み終わると計算していました。ここの土・日は、読みすぎてしまい、読み始めて1ヶ月経った現在、5巻まで行ってしまいました。7月いっぱいは持たせたいと思っています。
■前の職場に来ていた生命保険会社の人が、図書カードを送ってくれました。
生命保険会社が「剣岳」という映画の入場券をくれるので、申し込んだのですが、映画入場券は外れ、残念賞の図書券が当ったようです。それを元の会社の担当者が、送ってくれました。簡単な手紙がついており、懐かしく読みました。ここにも頑張っている人がいるんですネ おそらく新規契約を取るのは大変だろうなと、容易に想像できます。
帆船日本丸の TV生中継放送
今は夜9時頃ですが、四方の窓を開けていますが、この時間になっても蒸し暑さは抜けません。昨夜は、今年初めてクーラを点けました。きっと今夜も点けそうな予感がします。
■ブログが、一週間以上開いてしまいました。
忙しいとか事件とか、たいしたことはなかったのですが、細かな雑用と、暇を見つけては司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読んでしまっていて、さぼっているのです。取りあえず今日は「つなぎ」になっています。スイマセン!
■昨日、帆船日本丸で行われたNHKの生中継放送の録画を見ました。12時20分から放送されました「ふるさと一番!」という番組です。23分ほどの番組で、タイトルは「いつまでも輝け!美しき帆船」です。途中、「麻生総理の衆議院解散予定発表」のテロップが入ってしまうというおまけがついていましたが、美しい横浜港と美しい帆船日本丸、そしていつもお見かけする顔のボランティアさんが映っていました。
■チョフサー(チーフ一等航海士)がとっても良かったですネ何がって言うと、判り易くって程よくまとまった解説、よく通る声、出過ぎない・・・・・、素晴らしかったです!番組で光っていたのは、1番は「帆船日本丸」、2番目は「チョフサー」でした。
あ! もちろんボランティアの皆さんも良かったですが・・・・・・ きっと今度の総帆展帆(7月20日海の記念日)には、沢山のお客さまが来られることでしょう!
■この日は「登しょう礼」という特別な義礼式があります。大まかに言ってしまうと、各マストの各ヤード(帆げた)に、水夫が整列し、皆さんに大きな声でご挨拶するというものです。1年に1度あるかないかのもので、時間はおそらく10時半前後でしょうか。













