あるジイさんが見たもの -366ページ目

どうしようもない差

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■私とデジタルカメラとの出会いは、リストラを機会にブログを始めた時に、買ったコンパクトデジカメです。
使い始めて、早2年2ヶ月が過ぎ、写真に対する気持ちも変わり、もう少し「精彩な写真」が欲しくなっていました。
Img_5348_2 ■フィルムカメラは、父親譲りの2台含め、6台に渡ります。
デジタルカメラは1台目であり、単にブログに写真を載せる道具でしかありませんでした。今更気づいたことでありますが、「デジタルカメラ」のことを、何も知らなかったのです。その私が、もう少し「精彩な写真」な写真をと、考えはじめたのです。そんなこともあり、先の週末はデジカメのことを調べていました。
■ところで「精彩な写真」って言いましたが、自分でも何だかハッキリ判らないのです。
他人のブログを見ていると、もっとシャープで、諧調が豊かで、滑らかで・・・・・、そんな写真を載せている人がいます。そんな方向なのです。
■デジタル時代になって、写真の差を出すものが、デジタルカメラの「撮像素子」だと判ってきました。
CCDやCMOSと呼ばれているもので、フィルムカメラでいうと「フィルム」にあたります。光の映像を映し出し、「電気の映像」に変えています。そしてフォトエンジンと呼ばれる電子回路を通って「現像」し、記録媒体に記録されます。
■フィルム時代は、コンパクトカメラも一眼レフカメラも、同じ「35ミリフィルム」を使っていました。
私には、「使っているフィルムの、大きさは同じ」との概念があるのですが、デジタルでは違うことに、長いこと気づいていませんでした。きれいなデジタル写真が作れる「デジタル一眼」には、主に23.7x15.6ミリの「撮像素子」が使われています。私が使っている「コンパクトデジカメ」には、主に6.45x4.84ミリの小さな「撮像素子」しか使われていません。面積比にしますと1/12という小ささです。「撮像素子」は高価なもので、金額の差が「撮像素子」の大きさの差になっています。
■35ミリフィルムは、36x24ミリです。
軽便性を考えた「110(ワンテン)フィルム」というサイズがあります。このサイズは17x13ミリです。面積比にしますと1/4程度の小ささです。この数値から考えると、コンパクトデジカメの1/12という比率は、同じ材料を使っているとすれば、あまりにも小さなものであることに、驚かされました。
■新しいカメラの候補として、今使っている「コンパクトデジカメ」の上位機種にある、「ネオ一眼」「高倍率デジカメ」と呼ばれているデジカメにしようと思っていました。
外観は「デジ一眼」と変わりませんが、「デジ一眼」のようにレンズ交換ができません。でも「撮像素子」のサイズが変わらなければ、新しいデジカメに変えたところで、大して変わらないことが判りました。
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■「精彩な写真」な写真にするには、「デジ一眼」にしなければなりません。
大きな写真をプリントするわけでも、印刷物用の写真を撮っているわけでもありません。ブログの写真でしたら、今のままで十分だろうと思います。でも、羨ましい話しですが、写真を楽しんでいる何でもない人たちの多くが、「デジ一眼」を持っているのも事実です。道具に左右される自分の姿も、おかしいし・・・・・・、どうしようか迷っています・・・・・・・

新しい時代が訪れる

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■うれしい話しです。
Img_3204_2このブログに、よくコメントをくださる大ベテランカモメさんの娘さんが、この春の「展帆ボランティア養成訓練」に参加するそうです。
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■最近、総帆展帆日に、赤ちゃんを連れて、遊びに来てくれる母ボランティアさんの姿が、多くなりました。
これも、実にうれしい風景です。この先、いろいろな世代のカモメが存在し、保存活動と総帆展帆に力を合わせて活動するなら、素晴らしいものです。
私はそんな中で、好々爺でいたい・・・・・・・・と、近頃、思い始めています。

次の時代に向けて

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■ゴールデンウィーク前の週末で、午前中からPCの前にいました。
ひと仕事片付けなければいけないのですが、「カメラ欲しい病」を再発しており、デジカメの評価のネットサーフィンに、時間を費やしている状態です。
■GW前に向けて、今週は2件の船関係の記念式典があります。
何れも「港横浜」に関係が深いものです。あす4月25日(日)は、氷川丸進水80周年の記念式典があります。いろいろな行事が予定されているようですが、氷川丸就航当時のスープを飲ませてくれるのは、興味深いものがあります(先着200名だそうです)。他にもいろいろな行事があり、山下公園・氷川丸周辺は、きっと賑やかなことでしょう。
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■同じく進水80周年をこの1月に迎えていた帆船日本丸は、4月29日(昭和の日)に、多くの記念行事と大きな節目を迎えます。
進水80周年と、横浜での公開25周年のお祝いを兼ねて、儀礼式典「登檣礼」や「満船飾」「進水80周年飾り」、そして横浜消防音楽隊の演奏など、いつもと違った華やかさで満ちています。もちろん「総帆展帆」もあります。より多くの観客の皆さんに、普段は見られない帆船独特の行事と共に、帆船日本丸の晴れ舞台を見ていただきたいものです。
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■また、新しい「カモメ」仲間の募集が始まっています。
5月の中旬から、育成の座学や実習が始まり、5月30日(日)辺りの総帆展帆でカモメデビューになるのでしょう。新カモメが来ると、フレッシュな雰囲気になりいいものです。
年々、人数が減ってきていることもあり、多くのボランティア希望者が来て欲しいものです。
■その一方で、私の同期ボランティアの人が、引退を決めたようです。
本年度第1回総帆展帆に来たおり、引退を表明、その時期を決めかねていました。当日朝のミーティングで、記念の登檣礼の話しが紹介された時、引退日をこの登檣礼に決めたようです。
Img_5307■1990年代の始め頃、11月末の最終総帆展帆で、私達1×期カモメはデビューしました。
最終日のデビューカモメは、45名もの大人数でした。デビュー直後、長いメンテナンス期間に入り、作業から離れてしまった不安から、翌年の総帆展帆に出てこれなくなるのです。それを見越した大人数なのでした。かくゆう私も、翌年の総帆展帆には、出て行けなくなってしまいました。その1×期カモメたちも、ここ10年は5~6名状態が続き、昨年には4名になってしまいました。年数と共に人数が減るのは、自然な事なんでしょうが、ある面寂しさを感じます。
■私のデビュー日当日の写真を見返してみますと、フォアーマストには42名の参加者がいました。
育成人数も多かったですが、この頃はマストあたりの人数も多かったのでした。この1年には、フォアーマスト担当者は16~20数名といったところです。アッパートップのヤードを上げるのも、重たいのも判ります。これ以上減らないように、新カモメを迎えるにあたって、今年もフォアーのメンバーが、楽しく活動できるよう、皆で意識して行きたいものです。

地底の工事現場

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■昨日の暖かさは、どこへ行ったやら・・・・・
Img_5405_2冷たい雨が降っています。きのうより15℃くらい気温が下がっています。
Img_5420_2■今日は休みを取り、首都高速道路株式会社の「首都高講座18現目」に行ってきました。
13:30集合後、工事のレクチャーを受けました。抽選に当たったおよそ30名の受講者は、結構、年齢が若かったようです。その後、カッパを着て、ヘルメットを着用し、ワイヤレス受信機を耳に着け、雨の工事現場を見せてもらったのでした。 【写真左:「新横浜出口」の工事現場入口。頑丈に守られた縦穴を20m降りると、上の写真の大きなトンネルに着く。写真上:トンネルの先(青色部分)の空間が、右下写真になる。地下30m。ここから大型シールドマシーンを搬入し、生麦方向へ掘り進む。】

Img_5412_4■何ヶ月前か忘れましたが、「TOKYO異形」という写真集を買いました。
Img_5445東京新聞が、平成19年から連載していた写真をまとめたモノで、「へぇ~」「何これ!」って声が出るような東京の風景を、集めた写真集です。昨年の新聞協会賞を受賞しています。ここの中に、先日開通した首都高速道路「中央環状線」の工事現場の写真がありました。 【写真左:「生麦出口」工事現場につながる工事用トンネル。工事後は市道として使用。トンネルの手前が右下写真になる。こちら側奥にもシールドマシンを設置し、新横浜方面に掘り進む。右下写真の下には、大きな穴(工事現場)がある。】
Img_5433■今回、「首都高講座18現目」を応募したのは、そんな「工事現場が見れる」「写真が撮れる」という理由でした。
でも甘かったですネ~  大きな工事現場なのですが、私の持っているコンパクトデジカメの広角側は30mmで、入りきらないのです。また部分写真でパターン化しようとすると、工事現場の大きさが感じられないのです。
■雨が降って暗いので、「全自動」で撮りました。全自動にすると、カメラが不自然なくらい、明るくしてくれるのです。
でも、その結果、画面に面白味がでないのです・・・・・。詰まるところ、単に写真がヘタなだけですが、現場ではそれを補うに必要な、あれこれ考える時間もありませんでした。【写真下:工事現場上から覗いた写真。右上写真の下部穴になる。地下40m。】

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■しかし、首都高速道路株式会社は、よくこれだけの現場に、悪天候の中、たくさんの素人さんを入れたものです。感心します。
広報スタッフの皆さんも、すごーく親切で、丁寧で、現場スタッフさんや技術スタッフさんは、素人に判りやすく説明してくれました。首都高の現場でなければ、判らない話しばかりで、とても面白かったのです。道路の必要性、住民がたくさん住む都会での道路建設の苦労・配慮、騒音が起きないような技術・・・・・、など等。また機会があれば、抽選に当たれば、参加したいものです。【写真下:工事現場上からの風景。京浜急行が走っている。手前にJR3路線の線路があり、マンション奥は、キリンビール生麦工場になる。そのさらに奥が、ベイブリッジにつながる。】

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■写真を見てもらえば判りますが、レンズに水滴がついている跡があります。
また、拭き取り跡や、表面に結露してたりして、フラットになっていたり・・・・・。このコンパクトデジカメって、すごく丈夫です。 【写真下:「生麦出口」の地下40mに発電機やらトンネルに必要な設備が置かれ、その上を首都高が通る。特に鉄筋を細かく設備しているそうです。】

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■ブログを始めて2年2ヶ月、毎日、デジカメを持ち歩いていて、雨で濡れたり、埃を被ったり、ぶつけたり、落としたりしています。
レンズ交換するデジタル一眼レフだったら、すぐにダメになってしまうような使い方をしています。フィルムカメラ時代から、随分、カメラを使っていますが、これ程、使っているカメラはありませんでした。そろそろ新しいカメラを買っても、許されるかな・・・・・・・・

迷惑な試供品

Img_5398 ■職場から出て駅入口につながるコンコースで、試供品をもらいました。
新製品なのでしょうか? ビールで知名度のある会社のポテトチップスです。迷惑なものを配っているのでした。
■このポテトチップスの袋を、もてあましてしまいました。
電車に乗るに、じゃまなのです。ディパックには入りきらないし、入れる袋もないし、駅や電車の中で食べてしまうわけにもいかないし・・・・・・、
■結局、手に持って家に持ち帰りました。
電車の中では、袋の文字がハッキリ読めました。これって、宣伝していたようなもんですネ
■このポテトチップスは、油であげていないそうです。
粗挽きの黒コショウ味と書いてあります。後日、ゆっくり味わうことにします。

上着を脱いで、外出

■上司から指示された訳ではないが、やらなくてはならない仕事を複数抱えています。
昨日~今日は、この仕事の一部を、精力的に片付けるはずでした。でも、今日の天気の良さによって、それをやる気も起きず、外出してしまいました。
■それでは、昨日はやったかと言えば、何もやっていません。
昼頃までは、通院で外出していました。その後、新しいコンパクトデジカメが出た、との話しを聞き、ず~っとそのカメラについて調べていました。そして、今日は気持ちよく外出し、ヨドバシカメラで実機を手に取ってみました。
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Img_5394_3■買いはしませんでしたが、実は心が強く傾いています。
軽いし、ピント合わせも、シャッターが切れるのも早いし・・・・・・。気になるのは、デジタル一眼レフなみの大きさと、いかにもカメラっていうカッコが・・・・・・・。値段もヨドバシで、49、800円という金額です。デジタル一眼レフより、確かに安いけど、デジタル一眼の入門機が買えてしまう金額です。コンパクトデジカメの金額ではないのです。
Img_5395■その後、東急ハンズと、伊勢佐木町の有隣堂本店に行きました。
欲しい本があったのですが、結局、高くて買わずに帰ってきました。みっちり使えば、結果的に安くつくのですが、初期投資の高くなる本は、どうしても買わずに帰ってきてしまいます。本が売れない理由のひとつです。気安く買える金額なら、本も売れて巡り巡って、私のリストラもなかった・・・・かもしれません?????
Img_5397 ■昨日~今日は、野毛~みなとみらい~伊勢佐木町にかけての地域は、大道芸の催しがありました。
伊勢佐木町も大混雑で、通りを歩くのに苦労しました。人込みに疲れてしまい、目的のいくつかは端折ってしまいました。いつものようにコンデジカメラを持って外出しましたが、写真を撮る気もおきませんでした。その後、日ノ出町駅に出ましたが、こちらも皐月賞での人で一杯でした。どうしても人が沢山いる場所は、苦手で苦手で好きになれません。 【写真右:ロールケーキの前のお団子は、「ごまだれ餅」。お団子サイズくらいの餅の中に、とろ~っと流れるゴマ餡が入っている。横浜名物と言われたが、この年まで知らなかった。】
■家に帰ってきましたら、妻と娘も帰っていました。
お茶と、甘いお菓子を食べましたが、どうも疲れは取れそうもありません。今日遣る予定にしていた仕事は、もうやらないのは確かでしょう・・・・・・

4月の寒波が去って

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■今日は真冬と春が、その日の中で味わえた一日でした。
昨日から続いた寒い雨は、横浜でも雪を記録したそうです。この雪や霙は、4月としては41年前の記録とタイとの事。暖冬傾向にあった近年としては、驚きの記録になりました。 【写真上:早朝、みぞれ混じりの雨の中で撮った小さな花。写真下:診療所の前庭の八重桜。】
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■テレビでは、渋谷でもテレビカメラで 雪が見れたと言い、練馬での一面の白い風景を報じていました。
残念ながらわが家では、雪はおろか霙(みぞれ)も僅かしかみれませんでした。白い風景とモノクロっぽい写真を意識し、カメラを準備していたのですが、やや強い雨ばかりの朝でした。
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■先週の土曜日は、私の通院日でしたが、義母の緊急入院で行けませんでした。
今日、行ってきました。1ヶ月半ぶりの診療所の庭は、果物などの木が処分され、明るい空間になっていました。それでも前庭には、八重桜や草花が咲き始めており、曇り空に関わらず、きれいなピンク色や、春らしい色をかもし出していました。雨が止むのを待って行ったのでしたが、お年寄りたちも来院し始め、少々の混雑。雨の時は、早い時間の方がよろしいようです。 【写真上:石垣に咲いていた野草の花。昔、診療所の前は、海でした。写真下:本牧神社の八重桜。

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■いろいろな花が咲いているのですが、何故か桜の花に目が行ってしまいます。
今は「八重桜」がきれいな時期です。3月上旬、関内~海岸側の早咲きの桜から、この4月中旬までですから、横浜で見られる桜の時期ってとても長いですネ。その中で「お花見」って騒ぐ時期は1週間から長くて2週間。日本人の飽きっぽさって、たいしたものです。
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■通院の帰り、本牧神社と新本牧公園に、写真を撮りに行って見ました。
「絵になる木がある」との情報で、行ったものですが、私の好み木はなく、ちょっと残念!っといったところです。空もまだ曇っており、写真の木は、完全に冬の写真になってしまいました。 【写真上:神社の一角に「お百度参り」する社があった。このようなものは、初めて見ました。写真下:新本牧公園の木たち。】
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■その空も、昼過ぎには雲も切れ、素晴らしい青空になりました。
太陽が出てきたので、気温も上がり、ほんのちょっと初夏らしい空色です。木々の若芽色も、とても鮮やかに見えた午後でした。 【写真下:午後には、窓からは澄み切った青空が見えた。】

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昨日の「桜」

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■おかしな天気が続くと思っていましたけど、本当におかしいです。
昨日は「総帆展帆」を、汗をかいて作業しました。気象庁の記録では、22℃まで上がったそうです。それが一転して、今日は冷たい雨で、昼間の気温は6℃です。雨は明日の明け方で止み、その後、陽射しが出て、やはり暑くなるそうです。
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■地球を上から見て、北極を中心とした「寒気」の固まりがあるそうです。
4本足のヒトデのような形をして、地球の自転に伴って、「寒気の固まり」も回っているそうです。この冬は、ヒトデの足部分が特に長く、日本付近に周期的に廻ってくるそうです。この周期に合わせて、暖かくなったり寒くなったり、境目の前線が通過して雨を降らせたり・・・・・・、らしいのです。

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■そのせいで、体力のないお年寄りや病人が堪えています。
春野菜が霜に遣られたり、生育が悪かったりで、市場価格も上がっています。昨日の、帆船日本丸の第1回目「総帆展帆」は、晴れに当たって良かったです。今日のような雨だったら、中止になっただろうし、そしたら、次回の「登檣礼」の話しも出なかったでしょう。
Img_5294■総帆展帆のお昼休みに、無免許電気工事士さんが「道明寺」をご馳走してくださいました。
たいへん滑らかな舌触りに作られており、一言で言ってしまえば「上品」そのものでした。通常、もち米を蒸してから干し、粗めに挽いた粒状の道明寺粉を、皮に使いますが、さらに細かくそして粒が揃っている皮でした。塩漬け桜葉は使用せず、細かい氷餅の粉を塗して作られており、きらきら光る美しい姿を見せていました。お茶に合って、とても美味しかったのですが、作法も表現の仕方も知らない私には、どうお礼を言っていいのか判りませんでした。 ごちそうさまでした・・・・・・
■昨日の朝は、少し早く出て、日の出町駅から大岡川に出て、川に沿って横浜港を目指し、帆船日本丸に行きました。
まだまだ桜が残っていました。本日の写真は、昨日の残り桜を撮ったものです。Img_5349

第1回目の総帆展帆

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■本年度第1回目の、帆船日本丸総帆展帆に行ってきました。
ちょっと疲れました。帆をランドマーク側に、最大に向けたトリムにしたのでした。

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■船体整備後、初めての総帆展帆で、ロープや滑車、ヤードなど、馴染んでいなかったのでしょうか?
展帆より、畳帆の方が疲れました。3本上げるヤードのうち、一番大きく、重いヤードがきれいに降りなかったり、元の状態に戻すのに、すんなりと動いてくれませんでした。
■フォアヤードでは、操作する人数も少なかったのでした。
フォアーヤードでは、航海士さんの異動があり、慣れていなかったこともあります。ロープを送り出してくれる人が、慣れてなかったこともあります。とにかく、いつも以上の力を使いました。

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■でも、初総帆展帆なんてこんなものでしょうし、終わってみて、もういやだ!って思わないのが不思議です。
次回は、4月29日(昭和の日)。帆船日本丸が横浜に来て25周年、帆船日本丸が進水をして80周年の記念式典を行い、総帆展帆の前には、登檣礼の儀礼も行います。登檣礼はめったに見れないものですので、多くの人に見に来て欲しいものです。

大病院で過ごした一日

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■昨日まではマアマアの天気予報でしたが、今日になって、一日中曇りの後、雨の予報になっていました。
でも、雨は夕方からなので、畳帆が終わってからでしょうから、助かりそうです。雨が早まらないことを 祈っています。初展帆は、いい天気の中で終わりたいものです・・・・・・・・
■今日は、良い天気で、風もなく気温も上がりました。
絶好の行楽日和でした。我が家付近では、遅めに咲いた桜の花が見ごろです。「春分の日」のころ開花宣言があり、都合、20日間近くも桜が見れるなんて、珍しいですよネ  でもボンボリは片付けられてしまったし、人の姿もめっきり減り、寂しさを覚えます。
■今日の午前中は、私は例月の通院日でした。
悪くなっていないことを確かめ、これからの1ヶ月分の薬を処方してもらいます。今通っている診療所は、間門にあります。天気もいいので、本牧神社前の公園(絵になる木がある)や、根岸・本牧の貨物線の写真を撮ってくるつもりで、準備していました。

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■義母が通っているクリニックから、電話がありました。
救急車で大病院に行く、との旨でした。保険証と診察券を持って大病院に持って行って欲しい、と伝えられました。
■義母は、先の木曜日の夕食時、寝込んでいました。
食卓に起きてきましたが「寒い」と言い、大きく震えていました。熱を測り「42℃ある」と言っていました。妻と娘と話し、桜木町夜間急病センター(横浜市救急医療センター)に連れて行く準備をしていましたが、頑なに「行かない」、と言い張っていました。(この時、熱を測り直すと39.4℃でした。その晩は、妻が義母の側で寝て、ようすを見ていました。
■義母は、自転車で近くのクリニック着くなり、具合が悪いと訴え、クリニックの勧めで、診察ベットに横になっていたようです。
胸が痛い、呼吸が苦しいと訴えていたため、クリニックで救急車を呼び、大病院に転送の手配をしたのでした。大病院の「高度救命救急センター(ER)」に入り、「心臓血管センター」の先生と、心臓中心の大検査をしました。
■私が病院に着き、処置室に入ると、口には酸素マスクが着けられ、手足・胸には経過観察装置が装着され、逐次、記録が取られていました。
検査結果待った上で、処置方法を決める・・・・・・という状態でした。その頃、義母は落ち着いており、肌には血の気もあり、呼吸も普通で、先生や私達夫婦に話しかけてもきました。

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■検査の結果は、何れも悪い材料を示すものは、ありませんでした。
心臓内科の先生が来て、最近の容態や、どこにどういう状態が起きていたのか、事情聴取をされました。そして、どこが悪いのか、その原因は何かを捜すため、緊急入院することになりました。カルテには、尿路感染、気管支炎、心不全、そして、熱の原因探し・・・・とカルテに書かれました。
■病室に移動する頃には、すっかり元気で、家にいるより晴れ晴れしていました。
午後2時半ころ、一旦、家に帰り、そんな義母のために、私達夫婦は入院に必要なものを揃え、入院保証書を書き、また大病院へ行ったのでした。そんなことで、今日一日は終わったのでした・・・・・・・  現在、義母は至って元気です。ご心配には至りません・・・・・・   【そんな訳で、今日は妻が育ている花を、急遽、撮ってみました。上は牡丹、中は珍しい八重の水仙、下は黄色い水仙です。花の正式名称は判りません。】