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八月の紫陽花

63b1fb0f.jpg この家に住みだしてから毎年咲くか咲くかと楽しみにしていた庭の紫陽花であるが、花をつけずに真夏に突入し葉が枯れかけてしまうこと四度目。肥料をやったり多少の手は加えたつもりだが一向に咲く気配もなく今年も八月を迎えることになった。
 雑草でも取りつつ枯れかけた紫陽花の葉も刈り取ろうと近づいてみたら、目にも鮮やかなピンクの紫陽花が目に飛び込んできた。ピークからほぼ二ヶ月後、梅雨は終わり強烈な夏の日差しが照りつけ、枯れかけた葉の中からたった一輪秘やかに咲く紫陽花、れを愛おしいと言わず何を愛おしいといえようか、などと思いつつシャッターを押した。

 今ネット上に紫陽花の写真が数多在る中で、飛び切り絵にならない小汚い紫陽花をとくとご覧ください。

愛知の有権者

 しんまちゃんとすえひろさんでこりたはずだとおもっていたが、またしてもえらんでしまったのか。脱力。

「つっこみ」できませんでした

 小売店が発行しているカードで支払いをするとポイントが二倍つき、小銭の持ち合わせがないときにも便利なので、この頃はちょくちょくと使っている。使う毎レジの小母さんが宣うのが下記の内容。
 「399円です。カードでお支払いですね。一回払いでよろしかったでしょうか?」
 

 子供の中間考査集計表で一部の教科の得点が入力ミスらしく、答案用紙の得点より20点も低くなっており、当然席次も狂っているので直すように学校へ懇願した。
 期末考査も終わり一学期の通知票を受け取るも、中間考査の点数は間違ったまま記載されている。再び学校に問い合わせをし、修正をした方がよいのではないかとアドバイスをする。事実関係を確かめ後日電話をするというので、宜しくお願いをして連絡を待つことにした。
 本日電話があり報告を受ける。
 「直そうと思って正しい点数を入力したのだけれど、どうも反映されなかったようなんです」とのこと。
 

 お追従の手下を相手に部下の悪口三昧。重要なプロジェクトのチームを束ねなければならない役職につく者が発した言葉。
 「上司に対する依頼の仕方が甚だよろしくないので態と協力を断った」

放置され荒廃した掲示板を訪ねて

 子供が小学四年生の頃お絵かき掲示板を開設したいと嘆願するので、苦労してcgiを設定し希望を叶えてやる。管理人には子供とその友達を任命し運営にあたらせた。当初二年間はそれなりに繁盛していた様子で、飽きもせずにカービィなどを書き散らかしては楽しんでいたようだ。

 あれから七年、OSの再インストールの際に見つけた古いブックマークをクリックし、久しぶりにその掲示板を見てみたら凄まじいほどの英文あらし。過去百件以上がアダルトサイトの勧誘ご案内になっている。管理権限で削除しようにも管理人は元小学生の仲良し二人組で親の出る幕はなく、子供に惨状を伝えるも、既に興味を失いその存在すらも頭にないような薄情ともいえる生返事が返ってきた。
 迂闊にも当方の屋号が混ざったサーバーに掲示板を設置したため、小生が満天下に恥をさらす事になる。早急の解決を試みなければ危機管理能力を問われかねない。設置した当時のデータをひっくり返したり、当時のメールを検索したりしたが手がかり無し、このままでは彼の業者にスペースを提供し続ける事になるのでぜひとも回避したいのだが、アクセスの仕様もないので途方に暮れる。

 もしやと思い古いhtml作成&ftpソフトを立ち上げてみた。突然アップグレードポリシーとか何とかを変更し、バグ取りバージョンで生計を立てている阿漕なソフト会社に合併吸収されたDMの初期バージョンだ。恐る恐るOS 9で立ち上げサイト設定を覗くと当該のサーバ設定が残っており、直ぐさまアクセスしcgiフォルダーを削除した。
 やれやれと思うもつかのま、しまったことをした。子供らの描き込んだjpegデータも消去しちゃったょ。どうもついません。

 自分のもの以外のデータっていうのは、斯くのごとくあっさり処理できちゃうので、彼の庁舎と同じく無責任な心持ち。大いに反省をする。

なまんだぶなまんだぶ

 東山公園内の道路は、三年前までは週に二度三度車を走らせていた。途中に公園の駐車場があり、その隣はかなり広い駐車場を有するゴルフ練習場がある。昼間通ることも多かったが、夜も明けきらぬ東雲の時刻や、草木眠り「シーン」と擬態語が聞こえてくるような深夜も度々であり、公園の木々が照明を覆い仄暗く不気味な道は、談話が比類なく嫌いな小生にとって耐え難くも試練の通過箇所である。
 
… 昨日そこで痛ましい事件が起こった。お悔やみ申し上げます。
 
 三河方面から名古屋東部へ出掛けるときには今も時々通っている途次の恐怖スポットがさらに……。う~ん、当分通れません。

梅雨の合間の網戸洗い

 蚊などの侵入を防ぐため、網戸への殺虫剤振り掛け作業を画策。網戸を水洗いして乾かし殺虫剤を掛けようと梅雨の晴れ間を望み期待していたのだが、この二週間ほどは雨か曇り空ばかりでどうしようもない。
 今日も朝から微妙な空模様。薄どんよりとした空はお日様がぼんやりとした光を放ち、何となく晴れと言えば晴れだが曇りといえば曇りというあやふやな表現が適当とも思われる天気である。要するに梅雨空か。
 本当は六月中に済ませるつもりの作業だったこともあり、降雨はなさそうとの判断で水洗いを午前中にし、午後から薬撒きを行い、我が家の「飛翔悪虫対策作戦」を実行することにした。
 
 二階の網戸を外そうと道路側の窓を開けると、目に飛び込んできたのがお向かいの布団干し作業。午前八時現在お日様は雲の間から光を放っているのは確かだが、周りは鉛色でありしかも三河湾からの南風が、潮気を帯びた湿っぽい空気を運んできている状況下での布団干しである。
 洗濯物はまだいい。脱水を多めにし成るたけ風通しの良いところに干せばそれなりに乾くだろう。しかしながら布団をベランダいっぱいに拡げ干すのは行為は如何なものだろう。寝小便をしてビタビタの布団をなんとか乾かそうと干すのなら、それはそれとてやむを得ないかも知れないが、これが日常的に行われている晴れた日の布団干しを漠然と実行してしまったというのなら、僭越ではあるが容認しがたい暴挙であると感じざるを得ない。干して乾くどころか、ベランダいっぱいに広がった布団の表地から綿または羽毛にかけ、加湿器に当てたように湿った空気がここそこに染みいり、ただでさえ湿っぽい梅雨時の布団がなお一層湿気を帯び、軽くてフワフワになる予定がしっとりと重量を増して、寝苦しい夏を助長するかのようなベトベト感を、甘受せざるを得なくなる。
 
 午後五時、未だ布団は取り込まれる様子がない。どうやら朝から外出しているようである。やがて帰宅し、たっぷりと湿気を帯びた布団を取りこむ姿を想像するに、小生同情を禁じ得ない思いでいる。

賑わいの公共施設

 金曜日寝る前、明日は図書館に返しに行かねばと思いパソコンの脇に借りた本を準備するもあっけなく忘れ、翌日の開館前にポストへ返却すればおkとのことで午前八時に車で出掛けた。
 図書館の玄関前には百坪ほどの広場があり、そこは直射日光が容赦なく降り注ぎ早朝とはいえ敷き詰められた石畳は灼熱の様相であった。そんな広場に大勢の者がウンコ座りやおやま座りで、列を成すともなく無秩序に溢れかえっていた。推定百有余人、平成元年生まれから平成四年生まれの若者であろうか、Tシャツに綿パンの男坊主に加え、或るものはスカートをたくしあげた制服姿、或るものは涼しげなアッパッパーのような私服を着た女子も居た。どうやら図書館内の勉強机を確保せんがための場所取りらしい。
 駐車場から広場へと続く階段を塞ぎ、わずかに日陰となる建物の壁付近にたむろし、壁に寄りかかり足を投げ出している横着者も居るには居たが、翼々顔を眺めまわしてみれば、皆々お利口そうな顔つきに見えないこともなかった。
 
 日曜日の朝っぱらから勉強したことなど終ぞなかった小生には理解しがたい光景ではあったが、町内にある未成年向け娯楽施設といえば、北と南に一つずつのゲーセンかスーパーの端に設置された時代遅れの景品掴み機くらいしかない環境の中、涼しいところで気の置けない仲間とまったり出来るこの施設に集い落ち着くのは、至極まともな選択肢なのか。

 兎も角大いに勉強して日本を支える、元い、年金を支える立派な社会人になって欲しいと切に願うものであります。

ダリ展

 先日名古屋伏見方面へ行った際、待ち合わせの時間まで三十分余りあったので、名古屋市美術館に寄ってみた。別に青テントの住人をウオッチしに行ったのではなく、今美術館で開催されている「ダリ展」を覗きに行ったのである。
 平日だったので入場券を求める列もなく、小母さんがちらちほらりと当日券を買い求めているほどのことであったが、館内はそれなりに混雑している様子。美術館のドアを開け、もぎりのお姉さんをやり過ごして向かった先は図録売り場、小三枚を渡しもらったお釣り四百円也でダリ展の図録を求めただけにした。時間がなかったこともさることながら、人気の高い美術展に入場しても充分楽しむことが出来ないからだ。

 何時の展覧会かは忘れたが厭な思いをした。名画を前に行列を為し、薄暗い部屋の角に花子さんのように佇む派遣のお嬢さんを横目に、額縁の端から徐々にキャンバスの中央へと移動する。しかしその前に作者のプロフィールや作品解説をしたパネル前で激しく渋滞し、多くの観覧者が立ち止まり熟読している。なにやら顔を見合わせて頷きながら読んでいて、ついには世間話でもしそうな和んだ様子で微動だにしない連中がいる。
 そう、Ⅳ様の好きな連中である。どこで仕入れた知識かは知らないが、色がどうの構図がどうのと喧しいのだ。ちょっとした豆知識を披露する者までいる。

 そんな連中と一時間あまりチマチマ絵を鑑賞することは、通夜の読経が済んだ後に、近所の小母さんが繰り広げるひそひそ話に付き合っているようで耐え難いのである。
 
 そんなわけで、暫くは名画を直に鑑賞する機会はなさそうである。

車屋さんのキクチは面白いのか?

 このところipodで聴くポッドキャストの番組は「大竹まことのゴールデンラジオ」。品性の欠ける大竹が、時には慇懃無礼に時にはため口で日替わりゲストやレギュラー陣に絡む、取り留めのないラジオ番組のダイジェスト版である。立場が上のゲストにはひたすら丁寧にし、見下せる相手と見るや罵詈雑言激しく、持ち前の芸風を聞かせてくれ、期待を裏切らない内容に大いに満足している。
 テレビ番組では土曜夜の「エンタの神様」をついつい惰性でチェックしているが、視聴に堪えない芸人が毎週何組か登場し、笑いのツボが違うと言えばそれまでだが、見ていて居たたまれない気分になり、いきおいお風呂タイムに充てている。

 先日カンヌでパラパラと拍手をもらっていた大日本人監督を冠に戴いているお笑い番組を拝聴した。何人かの芸人に面白そうなエピソードを披露させ、優秀な話に対し表彰するという番組のようだ。裏番組を見ていたので最後の演者にしか間に合わず、ともかくも話に聞き入った。
 ホテル備え付けの湯沸かしでしゃぶしゃぶすることを推奨していた兄ちゃんが話す内容は、出来の悪い自動車ディーラーとの顛末で特に珍しい内容ではなかった。
 要は、ホテル備え付けの湯沸かしでしゃぶしゃぶすることを推奨していた兄ちゃんが、出来の悪いセールスマンを怒鳴った挙げ句、責任をとり辞めるという相手を今度は宥め賺し留意させるという、そこいらにゴロゴロしてる人情劇であった。縁者の話芸は別にして、話がすべるすべらないが審査の基準だと思っていたので、この話はすべったんちゃうかと家人と素人ながら予想していたら、あにはからんや「車屋さんのキクチ」と題されたこのエピソードがグランプリだそうだ。

 一番の佳作を聞け幸運と思うのか、これよりもっとつまらない話を聞かされずに済んだことが幸運と思えばよいのか判らぬまま、この後放映された「ライアーゲーム」を楽しんだのち就寝した。

 何故かせこい籤や抽選の類はよくあたる。この度は西瓜で約千三百円相当と「ナイス蚊っち」といういかがわしい電化製品をゲット。翌日には五百円の商品券が当たった。六回がらがらして三回色玉を当てたと云うことは大層なクジ運であると思われるが、どうも気に入らない。こんな田舎のスーパーで引く籤でもって、せこい運をだらだら小出しに失ってよいのだろうかと。溜まりかけて弾けそうな幸運をお漏らししたかのように、ちょろちょろ減らしているような気がせんでもない。