ケニア留置所生活 vol.4 | 写真家・小澤太一の『logbook』

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小澤太一のなんでもない毎日の記録集

【四日目】

『タイチィ、コザァワッ!グッモ~ニン♪』監視の警察官もすっかり僕も名前を覚えてしまった、警察署で迎える四日目の朝。『今日こそ外に出たい』…という強い気持ちと、『今日もやっぱり出られないんじゃないかな』…という諦めの気持ちがごちゃごちゃに混ざり合ってしまうけれども、答えも出せないでいる複雑な心境です。

いつものように、朝食にパン2切れとティーが出てきて、これで夜中からの空腹を少しだけ充たした後、体力的にも気力的にも横になっていたくなり個室で横になっていました。留置所の鉄の扉が開く音がしたけれど、またいつものように僕じゃない人が呼ばれるんだろうな…とぼんやりしていたら、『タイチ、カモン!』と呼ばれました。

『やっと来たっ!ついに出られる!!』…直感的にそう思いました。もう四日目だし、腕時計を見ると午前9時くらいです。なんとなく、外に出るにはいいタイミングのようにも勝手に思ったのでした。留置所の扉から警察署の内部に出てみると、そこにはなんとなく見たことがある制服を着た人が二人、立って待っていました。

どこで会った人だっけ??…え~と、え~と…思い出したくてもなかなか思い出せないほどの曖昧な記憶。相手は僕を見て、片手を上げて『ジャンボ!』と陽気に挨拶してくれています。顔を見ても思い出せなかった僕は、制服に書かれた文字を読むと…あっ!…僕が警察署に捕まった時に泊まっていたホテルの名前が書かれていました。

ホテルには何の連絡も入れていませんでした。しかも二日前からはホテル代も払っていません。しかもその外国人はどこ行ったのかわからない…そんな状態だから、ホテルの人も心配になって警察署に来たのでしょう。そして、そこで僕が捕まっているのがわかったようです。僕のつたない英語力では、『My bag,No Problem?』『No Problem』と会話を交わすことが精一杯。だけども、ひとまず部屋にそのまま残して状態になっている荷物は、そのままにしておいてもらえそうなのがわかって一安心でした。

ただ、このまま何日もここにいたら、そんなに高くはないホテルとはいえ、泊まってもいないホテルにコインロッカー代のようにお金を払うのもあまりいいことではないし、なにより早くここから出てホテルのベッドで寝たい。いや、それよりもまずはシャワーを浴びて、歯を磨いて、着替えをして…やりたいことがいっぱいです。

ホテルの人とのやりとりを5分くらいした後、僕はまたもや留置所に戻されました。帰り際に『Where is Boss?』と監視の警察官に聞いても、『今、ボスはいない。今日来ると思う…maybe…』とまったく頼りにならなくて、しかもうれしくない答えをもらいやるせない気持ちに…留置所に戻ると、みんなが駆け寄ってきて、『どうした?』『出られるのか?』『ボスと話したのか?』…『NO NO Hotel Staff comes.』とがっかりした答えをして再び個室で横になりました。

太陽が真上に近づく頃、部屋を出て共同スペースを覗くと、いつものように数人が横になって日向ぼっこをしたり新聞を読んだり…のんびりとした時間が流れていました。ふと見ると、新聞にはSUUDOKUが載っていました。日本でも見たことがあるけれど、一度もやったことがない…しかもやり方もわかりません。英語で書いてあるやり方の説明を見ると、どうやらクロスワードパズルのように数字を空いているスペースに1~9までを入れていけばいい、というのがわかり人生初挑戦。

これがなかなか難しく、理論的…かつ順番を考えていかないと数字がうまく入っていきません。この3日間、ちゃんと頭を動かしてなかったのがよくわかります。しかし、これがかなりのやりがいになり、たったひとつのSUUDOKU解読に、僕は【これが解けたら留置所から出られる】と自然と願をかけながらやっていました。一時間という時間が過ぎ…夜だととんでもなく長い時間が、空を眺めていてもなかなか過ぎない時間が…SUUDOKUでは時間の流れを感じないままに過ぎていきます…そしてついに全部のスペースに数字を入れることができたのです。

やったぁ!!…そして、留置所からも出られるぞ!!…………

と、現実はそんなに甘くはありません。一瞬だけは満足感に充たされましたが、次にはいつもの変化の時間が僕を襲ってくるだけです。これから逃げるように、たくさんの新聞の束からSUUDOKUを見つけ出し、もう一度挑戦。そしてやっぱり一時間ほどで読解。

時間だけが過ぎていました。ただ、イミグレもボスも、誰も来てくれません。『ひょっとしたら明日、裁判所に行ったら出られるのかな?』『でも裁判所に行った後、もっと違う場所に連れて行かれることになったらどうしよう?』…いろいろ考えていたら、ひとつの疑問が湧いてきました。…【Jail】と【Prison】ってどう違うのかな?

日向ぼっこをしていた、僕がこの留置所の中で一番仲良くなっていた15歳くらいの男の子に尋ねました。

『ここはJailなの?Prisonなの??』…という質問に、彼は大きな声で、『Noooo~not Prison!』と強く否定。『Here is Jail.』と教えてくれました。『じゃ、なにが違うの?』と聞くと『jail is peaceful,and eat bread,food…not ●△*★♯■』と聞き取れなかったけれど、叩かれるジェスチャーをして教えてくれました。『えっ、それではPrisonは??』と聞くと、『Prison is SOOOOOOOOO Dangerous. No food,No peace…』

そうか…僕は、今自分がいる場所が相当ひどい場所だと思っていたけれど、どうやらもっとひどい場所があり、むしろここは穏便な場所なんだ……いや、とてもそうは思えないけれども。

四日目の太陽も傾き始めた頃、僕の気持ちはもう限界に達していました。『なんでボスは来ないんだ?』『どこにいる?』『いつ、何時に来るんだ?』『2日前にちゃんとボスと約束したんだ!』…あれから一度も顔を見せないボスに苛立ち、矢継ぎ早に監視の警察官に言葉を浴びせながら最後に『If boss don't come today, I want to call Japanese embassy to help me.』

実際に大使館に連絡してもどのようになるのか、僕にはまったくわかっていません。これまでの旅でもそんな危機感を感じたことはたった一度もなかったし、調べたことも無かったから…ここから出してもらえるのか、それとも強制送還になるのか、それとも大使館には何の力もなく、今と何も変わらないのか…どうなるのかまったくわからなかったけれど、ただ、なにも動かないこの状況よりはすべてがマシに思えていました。何かが変わることを期待しながら…ボス以外の見張りの警察官には何の力もないことはよくわかっていましたが、それでも強くこちらの主張をするしか僕にできることはありません。

見張りの警察官からの『you have a phone?』という問いかけに、『荷物はボスの部屋に入れっぱなしだ!電話もその中にある!!』と伝えました。意外な感じなのですが、留置所の中でも、電話で話している人がたまにいたりするんです。きっと電話で家族が連絡して迎えに来てもらい、そして外に出る。ただ、僕の電話はボスの部屋の中…見張りの警察官からは『I don't have a Boss's room key …』ボスの部屋を開ける鍵は、ボスしか持っていないようです。

留置所入り口の小さな鉄の格子窓から、向こう側にいる見張りの警察官とやりとりをしていると、偶然にボスが警察署に戻ってきたのを発見。程なくして、僕はボスの部屋に呼ばれました。

『You are FREE now』

聞くと、ボスは昨日、今日と二日間、首都のナイロビまで仕事で行っていたようでした。ナイロビでは僕のことでイミグレ関係のチェックもしてきたようで、【問題なし】ということでたった今、戻ってきたようでした。長い4日間が終わったことがわかり、安堵感なのか、それともやっぱり悔しさなのか…いろんな感情が混じった涙が自然と頬を伝わって流れ出ていきました。

しばらくして、大きく深呼吸をしながら気持ちを落ちつかせ、そしてボスの部屋に置いていた荷物を全部受け取りました。外はすっかり暗くなっていたので、ボスがPOLICE CARでホテルまで送ってくれることになりました。ボスと一緒に警察署を出る時に、僕にはひっかかったことが一つだけありました。それは一緒に中にいた人たちに挨拶ができなかったことです。これまで留置所から出て行った人たちも、急に見張りの警察官に呼ばれ、そして外の世界に戻っていきました。

留置所で会った人同士で挨拶なんて要らないんじゃないか…たしかにそう思う気持ちもありました。でも、この4日間、僕は彼らと一緒に生活をして、言葉をかけてもらって、そして心配してもらって、スワヒリ語を教えてもらって…だから、たった一言でもいいから、お礼を伝えて、この留置所から出たかった…それも偽りないもう一つの自分の気持ちでした。『ひょっとしたら怒られるかもしれないし、また留置所に逆戻りも…』そう思いながらも、僕はボスに『Can I talk to them again? I want to say THANK YOU.』

『OK!』とボスはにこやかに微笑み、見張りの警察官に鉄の扉を開けさせ、僕は再びあの留置所の中に入っていきました。

『タイチ~出られるの?』『やったね!』『旅、気をつけてね!!』『いい写真撮ってね』『ケニアはいい国でしょ♪』それぞれ言葉をかけてくれて、僕も彼らから教えてもらった「クワヘリ、クワナナ…ズリサ~ナ!」とお礼を…【さようなら、そして、ありがとう】



【エピローグ】

なにも思い残すことはなく僕は留置所を後にして、念願だった外の世界へ。POLICE CARにボスと一緒に乗って、ホテルへ向かいました。途中、一際明るいガソリンスタンドの前でバイクタクシーのドライバーが異常に集まっていました。一見して、どこかただならぬ雰囲気がしています。ピンクや紫が混じったPOLICE CARの派手なネオンが点滅し、大きなサイレン音を鳴らし、その集団の中へ僕が乗っているPOLICE CARは突っ込みました。集まっていたバイクタクシーの集団が、一斉に散らばって逃げていきました。その中で『おっ、警察だぜ、へへへ~!』と酔っぱらいなのか、ドラッグなのかわからないけれど、どこか尋常じゃない目つきの男がPOLICE CARに近寄ってきて、ボスにちょっかいをかけようと言葉を発した途端、ボスは窓からその男をぶん殴り、自ら外に出て行って、ボコボコに素手でやっつけて…そして英語の『No Problem』という意味の有名なスワヒリ語…『ハクナ、マタタ!』と僕に笑って言いました…。