古材屋の温故知新 -26ページ目

あとからくる者のために

あとからくる者のために
         坂村 真民

あとからくる者のために
苦労をするのだ
我慢をするのだ
田を耕し種を用意しておくのだ

あとからくる者のために
しんみんよお前は
詩を書いておくのだ

あとからくる者のために
山を川を海を
きれいにしておくのだ

あああとからくる者のために
みなそれぞれの力を傾けるのだ
あとからあとから続いてくる
あの可愛い者たちのために
未来を受け継ぐ者たちのために
みなそれぞれ
自分で出来る何かをしてゆくのだ

例会 = 福井

(第9回福井県会員の会例会)議事録
記録日:2014年10月 9日
     記録者:松田 沢弘
団体名 一般社団法人古民家再生協会福井 会員の会
開催日時 2014年 10月9日(木)     19:00~21:00
開催場所 福井市研修センター
出席者 松田、細川、吉田、西島新、森川、中西、西島和、橋本
本田、石森、牧田、上中
議事 1. 前回例会決定事項の確認
2. 報告事項
3. 問い合わせ物件の対応の推移
4. 古民家鑑定(戸田邸)の鑑定結果報告
5. 日本の伝統・フォト甲子園について
6. 今後の活動について
7. その他
8. 勉強会
決定事項 3.問い合わせ物件の対応
  各問い合わせ物件への対応について説明。
  対応が遅れていることへの対策と確認を会長がする。
  また、前回の北信越大会では新聞の記事では会のことが不明記であったことや、他のメディアの動きが悪いので、問い合わせが無かった。今後PRを強化する。
  新たな問い合わせで、京都に住まれる尺八の奏者の方が福井で古民家を賃貸で探していることの紹介と、斡旋のお願い。

4.古民家鑑定(戸田邸)の鑑定結果報告
  鑑定書を元に説明。
  その後の不動産取引について経過を説明、引き続き物件情報で掲示してもらいPRする。

5.日本の伝統・フォト甲子園について
  会員1人が10部づつ購入して分配してPR 活動を行う。
  フォト甲子園は丹生高校の生徒さんの作品が得票数を伸ばして終盤に6位に食い込んだようです。最終結果を見て下さい。
 来年に向けてPRをお願いします。 

7.今後の活動について
   会として横軸の会の皆さんの話を聞く機会を作る
   本部にお願いして計画する
   動的耐震診断の実地講習会の開催の物件を募集する遣り方については、本部と相談する。
   富山・京都の協会と合同例会等の計画について検討する富山の協会と相談する

8.その他
   フォト甲子園の「田舎暮らし日記」の取材報告。

9.勉強会
古民家の長所・短所の住まわれている人の生の声と改修例として名田庄の斉藤様邸の実例で上中さんに具体的に説明をして貰らい インタビュー時の録音を実際に聞いて古民家に住んでる人の本音を勉強した。 

次月開催日時 2014年 11月6日(木)     19:00~21:00
次月開催場所 福井市研修センター
次月議事内容 1. 問い合わせ物件の推移。
2. 各行政へのPR活動
3. 今後の活動
4. 石森さんの「西岡常一様にお会いした時」と言う題での講話
5. 勉強会

ニッポンの住文化を創る

今日から松山講習です。
松山講習で学んで頂きたいこと・・・・
「住の視点から見たニッポン」

日本の住文化を学ぶことで
今からの家づくりに大切なコトを学んで頂きます。


今回ご参加頂く山中理事長がこんなこと書いていました

「未来の子ども達の為に」・・・新しい文化・時代を創りたいと思っています。

未来の子ども達の為に

ある番組にの取材を受けています


「古材を通して何を伝えたいのか?」
そんな真髄を伝えようとしてくれているようです。

11月中旬に放映されます。

全国大会から学ぶこと

第63回目の青年会議所の全国会員大会が終了しました。


1万名を超えるご登録を頂き感謝しています。



「志」大切ですね。
熱き志には多くの方が集まります。

「マッサン」

竹鶴政孝は広島県の造り酒屋の三男として生まれ、
大阪高等工業学校(現在の大阪大工学部)の醸造科を出て大阪の摂津酒造に就職。
ここでウイスキーの製法を学ぶため英国・スコットランドに派遣されました。

グラスゴー大学に籍を置いていた政孝は、柔道を教えるためある少年の家に招かれ、
その姉リタ(本名ジェシー・ロベルタ・カウン)と出会った。
その頃、彼女は第一次大戦で婚約者を亡くし、同大の経済学科に通っていた。
政孝はリタに求婚。
「あなたが望むなら、日本に帰るのを断念して、この国で職を探してもいい」という政孝に、リタはこたえた。
「私たちは日本へ向かうべきです。日本で本当のウイスキーを造ること。私もその夢を手伝いたい」と


ふたりが1921年に帰国すると日本は不況だった。
摂津酒造に本格ウイスキー造りに取り組む余裕はなく、政孝は退社。
中学で化学を教え、リタも英語やピアノを教えて稼いだ。
政孝は23年、本格ウイスキー製造を目指す寿屋(現サントリー)に請われて入社、
大阪・京都境の山崎に日本初のウイスキー蒸溜所を建てた。

だが、ウイスキーはなかなか売れず、政孝は寿屋を出た後、
34年に大日本果汁を余市に設立。リンゴジュースなどの販売でしのぎ、ウイスキーの開発にあたった。

第2次大戦が始まると、町に出たリタは石を投げられることもあった。
特高警察につけられ、ラジオのアンテナは暗号発信器と疑われた。
戦後、息子の妻である歌子さんに
「戦争中は、鼻を低くして髪を黒く染めたいと思ったのよ」ともらしたという。

しかしスコットランドによく似た北海道・余市の風景を、リタは気に入っていた。
余市川にかかる田川橋の上で、足をとめ、
そこから見える夕映えのなだらかな山並みとフゴッペ海岸をうっとりと眺めていたという。
リタは肝臓や肺を病み、政孝がよく滞在する東京に近く、治療にも便利な神奈川・逗子で過ごすことが多くなったが、
1960年秋には、どうしても帰りたいと余市へ戻った。
クリスマス前夜、窓の外では、リタを思い近所の教会の信者たちが賛美歌を歌ったという。

1961年1月17日、リタが亡くなると、政孝は自室にこもり、涙に暮れた。
葬儀の相談にも出てこなかった。
葬儀が終わり、玄関を出ようとしたひつぎを政孝は何度も何度もなでたという。

余市にこだわった二人は、今もウイスキー蒸留所を臨む余市の地に共に眠っている。

学びの1冊

今、話題の本「選択の科学」
コロンビア大学ビジネススクール教授シーナ・アイエンガー
http://hon.bunshun.jp/sp/sentaku-kagaku
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
何かを買うとき、選択の幅は広ければ広いほどいい
そのビジネスの常識を覆したのが、ジャムの実験である。
食料品店の試食コーナーに24種類のジャムと6種類のジャムを並べた場合を比較すると、
売り上げは品揃えが少ない方が6倍もあったのだ。
人間は、選択肢の数があまりにも多くなると、選ぶこと自体をやめてしまう傾向にある。
人間の情報処理能力には限界があるのだ。
毎日、何百もの選択肢の中から選んで生きて行かなくてはいけない現代社会。
選択肢が多すぎると、それだけで圧倒されて、時には押しつぶされてしまう。
膨大な選択肢の海に溺れないための、選択の極意を伝授する。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「何かを選ぶとき、その選択肢が多ければ、それにこしたことはない」

そんな時代は高度成長の時代(拡大の時代)なんだと思います。
例えば「車を買いたい」と思ったとき、
選べる車種が多ければ多いほど、
自分の用途に見合ったモノを発見できる可能性が高くなる・・・そう信じていました。
モノは多ければ多い方が売れる時代が有りました。
しかし、今は【縮小の時代】です。
このメーカーがいい(この人・この店)にこだわりはあるのです。
すなわち=【コト】です。

最後のこのようによくまとめられています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
選択は人生を切りひらく力になる。
わたしたちは選択を行い、そして選択自身がわたしたちを形作る。
科学の力を借りて巧みに選択を行う事もできるが、
それでも選択が本質的に芸術であることに変わりはない。・・・
選択の全貌を明らかにすることはできないが、
だからこそ選択には力が、そして並はずれた美しさが備わっているのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


人は「選択」をしながら生きています。
選択肢が多いこと=自由と考えますが、
実は選択によって自分を縛ってしまうこと多いのです
形ばかりの選択肢があったばっかりに、
実はそうせざるを得ない状況だったにも関わらず
「自分で選んだのだから」と納得してしまう。
これでは「受動的」な考え方に陥ります。

選択の自由を謳歌するためには、
ある程度の不自由が必要だと教えてくれた1冊でした。

松山全国会員大会(シニアの部)





13年ぶりに全員集合

日本勢年会議所松山全国会員大会がスタートしました。
2001年の「地区担当常任理事」全員にお集り頂きました。


ありがとうございました。

元気で集まれることは簡単なようで難しいこと。
皆様の友情に感謝と共に、
サポート頂きました「スタップ」並びに「松山JCメンバー」に感謝致します。

木材もお米も強制乾燥は危険で自然乾燥の方がいいようです!!

「大阪日日新聞」より

玄米や雑穀をはじめ、あらゆる植物の種子には、
その子孫を守るため動物に食べすぎられないよう身を守るメカニズムや、
土の上に落ちても腐ることなく、やがて発芽に適した季節になると
芽を出すことができるようなメカニズムが働いています。

その因子がアブシジン酸やフィチン酸です。  
アブシジン酸(ABA)は植物ホルモンであり、発芽抑制因子として、
植物の発芽を調節しています。

このABAは、
元・東京大学医学部口腔(こうくう)外科教室講師、西原克成医博によれば、
ミトコンドリア毒なので、玄米食には注意が必要であると警告されています。  
ミトコンドリアはエネルギー代謝に関わる大変重要な細胞小器官です。

ミトコンドリアが、悪影響を受けると、低体温になり、
不妊、がん、さらには全ての体内酵素の働きが鈍くなるという問題が起こり、
免疫も低下します。  

アメリカ合衆国国立科学研究所会報に発表された論文によれば、
人体に対しABAの作用で、ヒト顆粒(かりゅう)球(白血球の一種)で
食作用が活発化し、生体細胞内のミトコンドリアが損傷され、
諸疾患の原因になることが指摘されています。  

厳格なマクロビオティック玄米菜食を行っている人の多くは顔につやがなく、
皮膚は黒ずんで覇気がありません。

低体温はがん細胞が好むところで、玄米を食べていたのにがんになったという
声をよく聞くのは、そういうことも一因ではないかと思います。  

▽発芽抑制因子を無害化する方法  
ABAは、もみやぬかに含まれていますので、白米は安全な食べ方のひとつです。
他に、玄米のABAを不活化する方法として、
(1)炊飯する前に十分に浸水する方法と、
(2)煎(い)る方法の二つがあります。

玄米を十分に浸水すれば、実際の発芽までもっていかなくとも前発芽状態、
すなわち人間が食べても安全な「発芽モード」の状態にして食べることができます。

なお、市販の多くの玄米で発芽しないものがあり、
浸水しても、もはやABAの毒性は消えないと考えるべきです。

これは、農家がもみを乾燥させる際、
高温にさらして加熱乾燥していることが原因の可能性が大です。
オルターの生産者のように、天日干しをしている玄米を食べることが必要です。  


市販されている乾燥した「発芽玄米」も危険です。発芽させた玄米を乾燥させた場合、
乾燥ストレスで発芽玄米は身を守るため
ABAを元々(もともと)の水準以上に産生するからです。  

オルターの山本朝子副代表は、おいしくて安全な玄米・雑穀の特許レシピ
「発芽モード調理」を提唱しています。
発芽抑制因子の毒性を消した「発芽モード」穀物を生かして、
パンやケーキにまで玄米の新しい食べ方の世界を広げられました。

このことはポストハーベスト農薬まみれの輸入の小麦に頼らなくても、
100%玄米や雑穀でパンやケーキを作るという画期的な発見といえます。

 (にしかわ・ひでお 大阪府富田林市)