NO.3046 大分交通、「APU線」ラインナップ最新版&元「エアライナー」西工S型架装3列S車 | コウさんのコウ通大百科 PART3

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(平成24年1月〜平成30年3月の記事はPART2の内容です)

 
 大分県別府市にあります上の画像の立命館アジア太平洋大学は、これまでも当ブログで述べておりますように、通称・「APUsia acific niversity)とも呼ばれる学校でもありまして、学生さんも、日本人以外にも海外からの学生・教師も在籍すると言う、まさに国際派の大学でもあります。
 
 この大学は、NO.3044でもご紹介しましたように、別府市の山あいにあたります十文字原地区に存在しておりまして、この大学の存在もある事から多くの路線バスも運行するほどの場所であります。さらには、大分自動車道別府湾サービスエリアも近くに存在しておりまして、別府湾サービスエリア内にあります「高速別府湾・APU」バスストップからは、福岡方面などへの高速路線バスも運行されております。
 
 そんなこの「APU」でありますが、学生さんのマイカーの使用が禁止されている事もありまして、路線バスは学生さんに重要な交通機関でもあります。そうなりますと、本数が多くなるのもわからなくもないのではないかとも思います。
 
 また、この大学へは山あい路線と言う事もありまして、高出力の車両が主に使用されておりまして、かつては貸切からの転用車が使用されている姿が見られておりましたが、大分空港線「エアライナー」で使用されておりました車両も現在このAPU線に「赤バス塗装」に変更しながら運行されておりますし、自社発注車に加えまして、神奈川中央交通を中心としました移籍車の一般路線用車両もこの路線で使用されているなど、バラエティーに富んだ路線となっているのが特徴であります。

 

 (「エアライナー」からの転用、大分22か19-90、三菱U-MS815S)
 
 (同、大分22か19-91、三菱U-MS815S)
 
 (同、大分200か・・74、三菱KL-MP35JP改)
 
 (同、大分200か・195、日産デKL-UA452TAN)
 
 (同、大分200か・196、日産デKL-UA452TAN)

 

 (同、大分200か・296、日産デPKG-RA274TAN) 

 

 (同、大分200か・326、日産デPKG-RA274TAN)

 

 (自社発注路線車、大分200か・432、いすゞLKG-LV234Q3)
 
 (同、大分200か・433、いすゞLKG-LV234Q3)
 
 (移籍車両路線車、大分200か・501、三菱KC-MP317M)~元神奈川中央交通
 
 (同、大分200か・506、三菱KC-MP317M)~元神奈川中央交通 
 
 (同、大分200か・517、三菱KC-MP317M)~元神奈川中央交通
 
 (同、大分200か・864、三菱KL-MP35JM)~元神奈川中央交通
 

 (同、大分200か10-53、日野PJ-KV234N1)~元阪急バス、提供画像より

 

 (同、大分200か10-64、いすゞPJ-LV234N1)~元名古屋市交通局

 (同、大分200か10-77、日野PJ-KV234N1)~元阪急バス
 
 このうち「エアライナー」からの転用車であります三菱エアロバススタンダードデッカーに関しましては、現在は廃車が進行しておりまして、台数からも少数派となっておりますが、引き続き上の画像を含め数台が活躍を続けております。
 
 また、同じく「エアライナー」からの転用車であります西工E型架装車や移籍路線車両に置き換わって来ているのも現状でありまして、先述のように、かつては貸切車からの転用車もこの路線では見られてもいただけに、その姿も見られなくなっている事に関しましては残念ではないかとも思います。
 
 その一方で、NO.3045でもご紹介しましたように、以下画像の車(大分200か・378、いすゞPKG-RU1ESAJ)も「赤バス塗装」に塗り替えられまして、「APU線」に使用されております。私自身も実際に拝見しましたが、ついにこのタイプまで回って来たか!と言う印象でもあります。

 

 そんな近年「エアライナー」から転用された車に関しましては、引き続きコンセントが現在も残されております。本当に良く残してくれたなと思う所ではありますが、元「エアライナー」からの転用車に関しましてはまさに乗り得な所もあるだけに、今後出向いた際に収めるか乗車までできればなとも思っております。

 
 
 さて、ここまで「APU線」のラインナップをご紹介しましたが、今回ここからご紹介しますのは、かつて存在しましたAPU線専用車でありまして、元は冒頭ご紹介しました「エアライナー」専用車として導入されまして、その後APU線に転用されまして全うしました、西日本車体(西工)S型架装車で3列シート車でもありました車(大分22か16-92、日産デU-RA520TBN)を中心に皆様にご紹介してまいります。
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 現在、大分県内の高速・特急用の西工S型架装車は大分バスに最後まで残りました1台が令和3年に廃車されておりまして、残念ながら全廃となりましたが、「APU線」用にも元のタイプであります58MCにさかのぼりまして西工S型架装車はかつて存在しておりまして、現在のマスクでもあります90MCに関しましても2台が存在しておりました。
 
 
 このうちの1台が大分22か16-92でありまして、この車は平成3年に大分市内~大分空港間の「エアライナー」専用車として大分営業所に導入されておりまして、大分交通の社番はBN506を名乗っておりまして、その後「エアライナー塗装」のままで中津~大分空港間の専用車及び中津~大分間快速(「中津快速」)の専用車として旧中津観光バス中津営業所(現・大交北部バス中津営業所)に転属しまして、両路線におきまして運行されておりました。
 
 
 しかし、その後中津~大分空港間の「エアライナー」が平成16年に廃止された事で、その結果この年に大分交通に戻りまして別府営業所に転属、その際に大分交通の「赤バス塗装」に塗り替えられまして、以来現在まで別府営業所に所属しまして別府市内~APU間の専用車として使用されておりました。
 
 
 この車の特徴と言いますと、画像にあります偏心3列シート車でありまして、旧中津観光バス時代には「スーパーシート車」として存在しておりました。ただ、トイレは設置されておりませんでしたが、当時その平成3年式の車に関しましては、他にも三菱ふそうの車が導入されておりまして、これらもいずれも3列シート車での導入でもありまして、同じくスーパーシート車として存在しておりました。しかし、三菱車はその後も中津~大分線で活躍した車もありましたし、一部がトイレをつけまして福岡方面などの高速バスの専用車としても使用されておりましたが、残念ながら全てが廃車となっております。
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 そんな中で最後まで残りました西工S型架装3列シート車でありましたが、先述のように別府~APU間を連日運行されておりまして、3列シートとしての形態は残したままで運行を続けておりました。本当に、「APU」自体が山の上にある事もありまして、連日坂道を登り降りしていた訳でもありましたが、他の貸切及び「エアライナー」転用の使用車両と同様、高出力車であった事は長く使用できた証しだったのかなと思ってならない所でもあります。
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 ちなみに、上の画像は平成20年撮影の画像でありましたが、「エアライナー」使用時代からの証しとしまして側面行先も使用されておりました。しかし、翌21年になりますと側面行先の使用は停止されておりまして、以来以下画像のようにサボが使用されていたなど変化が見られておりました。

 
 
 その後、この車は平成26年9月に行われました大分交通主催のツアーイベントを最後に運用を離脱、廃車となりましたが、このツアーでは、使用されておりました区間でもあります、大分~中津間快速、中津「エアライナー」、そして(大分市内)「エアライナー」のコースを再現してのイベントであったとの事であります。私も、正直見たかった・乗りたかっただけに、残念であった事が偲ばれます。

 

 

 こちらの画像は、離脱9か月前の平成25年12月に亀川駅において収めていたものでありまして、後追いでの姿を乗車時に収めたものでもあります。これがこの車を収めた最後の画像でもありましたので、正直この車の全体の画像を収めたかっただけに、収めるに至らなかったのは悔やまれる所ではありました・・・。
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 ちなみに、もう1台に関しましては、以下画像の大分22か21-11(日産デKC-RA531RBN)でありまして、この車も元「エアライナー」用西工S型架装車でありましたが、転用されましてから現在まで別府市内~APU間で運行されております。本当に、ご紹介しておりますように大分県内でいつの間にか最後まで残りました西工S型架装路線車でもありますが、高速車両が全廃となりました今、いつまでも元気な姿を見せていただきたいものではあります。

 

 (今回訪問時撮影)

 

 (フロントアップ、プロジェクターランプも特徴的です)

 

 

 今回は、元「エアライナー」専用車で「APU線」に転用された西工S型架装3列シート車に関しましてご紹介しましたが、やはりシート自体が偏心3列であったと言うのは、貸切からの転用車、さらにその後の三菱エアロバス以降も4列である事を思いますと珍しかったのではないかとは思っております。確かに、乗車定員が少なくなるのは仕方ないですが、ゆったりかつ高出力の車であったのはよかったのではないかと思ってならない所ではあります。本当に、この車に関しましても様々な車が運行されておりますこの路線におきまして記憶に残る車であった事は間違いなかったのではないかと思ってなりません。
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 (注)「APU線」ラインナップに関しましては、昨年11月掲載のNO.2946もご覧ください。