NO.2060 運行「再開」!可部線可部~あき亀山間探訪(後編、広島~可部~あき亀山列車利用編) | コウさんのコウ通大百科 PART3

コウさんのコウ通大百科 PART3

在住する九州を中心に、鉄道・バスを中心としました記事を毎日更新しております。
(平成24年1月〜平成30年3月の記事はPART2の内容です)

 

 当ブログでは、前回NO.2059より、広島市内を通りますJR可部線可部~あき亀山間の探訪の話題をご紹介しておりますが、前回は平成24年に再開予定区間であります可部~旧河戸間線路沿いを歩いて行った話題をご紹介しておりました。

 

 可部線は、元々は旧三段峡駅までの約60キロ横川駅より結んでおりまして、さらに旧三段峡駅からも山陰線の浜田駅まで「今福線」として延びる予定で工事も行われておりました。しかし、昭和55年に「今福線」の工事は中断しまして、結果未成線となりましたし、そして平成15年には可部~三段峡間が廃止されていた路線でもあります。

 

 しかし、廃止区間でありました可部~三段峡間のうち、可部側であります可部~旧河戸間電化延伸の上復活させようと言う動きが平成15年の廃止前からあっておりまして、結果その区間を再開する方向で進む事になりました。ただ、踏切の扱いや、新たな駅建設用地取得の手続きが遅れた事も具体的な協議がまとまらなかった事から、結局平成27年に「再延伸」の工事が始まりまして、平成29年3月の改正でようやく可部~あき亀山間1.6キロが「再開」へと至っておりました。

 

 そんな「再開」予定区間の線路沿いを平成24年に歩いておりましたが、上の画像にもありますように、本来廃止されますと雑草が生い茂るほどまでなっている所の草を刈ってありましたり、線路も錆びてあったもののいつ「再開」してもおかしくないような姿を見せておりました。そう言った事もありまして、この頃は地元の子供たちにとりましてもこの区間は以下画像のように絶好の遊び場でもあったようではありました(もちろん現在はいけません)。

 

 (旧河戸(こうど)駅と遊ぶ子供たち)

 

 

 さて、今回はその「再開」区間であります可部~あき亀山間を、列車に乗車しまして「再開」後の姿を収めてまいりましたので、その模様をご紹介してまいります。

 

 上の画像は、広島駅4番ホームの発車標でありますが、昨年の改正前までは「可部」であったのが現在は「あき亀山」となっておりまして、可部~あき亀山間が「再開」されている事が伺わせておりました。と言いますのも、私自身が3年ぶりにこの広島を訪問しておりましたので、3年前にはまだ可部駅が始終着駅であった事からしますと、延びたんだなと言う事を実感するような姿でした。

 

 

 今回は、画像の下関総合車両所広島支所所属の227系電車に乗車しましてあき亀山駅を目指します。3年前(平成27年9月)の訪問時点では、まだ227系電車は可部線で運行されておらず、ほとんど当時は105系電車ばかりでしたので(翌10月より運行を開始しております)、227系電車に乗車しましての可部線へは今回初めてでもありました。

 

 227系電車の可部線での表記は、「」の表記となっておりまして、広島地区の山陽線「」・呉線の「」とは区別されております。また、可部線の運行列車の日中のほとんどは2両編成が主となっておりますので、227系電車でも2両固定編成(クモハ227形+クモハ226形)の車両が使用されております。

 

 (種別「普通」表記)

 

 (行先)

 

 

 さて、これからあき亀山駅までこの列車で移動してまいります。ご紹介しておりますように、これまでは105系電車が中心でもあっただけに、この姿を見ましても3年前よりも様子が変わっている事も伺わせるような姿でもありました。

 

 

 列車は、40分足らずで、広島駅から14駅目となります可部駅へやってまいりました。前回NO.2059でもご紹介しておりましたように、可部駅は可部~あき亀山間の「再開」に伴いまして改良工事を行っておりまして、旧1・2番ホームが廃止されまして、右の線路の旧3番ホームが1番ホーム、かつては保線用の線路でありました部分に新たに2番ホームを新設しまして、相対式ホームに変化しております。

 

 旧3番ホームの現在1番ホーム、そして奥の行き止まり(頭端)式ホームの旧1・2番ホームです。既に、その下の画像にもありますように旧1・2番ホームの線路は撤去されておりまして、かつてのホーム跡の姿が偲ばれます。尚、現在も現1番ホームのベンチ旧2番ホーム側に向いておりまして、こう言った所でもかつての姿が偲ばれております。

 

 (復路時撮影、(左から)旧1番・2番ホーム、右側にはベンチも旧2番ホームに向いているのもわかります)

 

 この時は可部駅に2分間停車でありましたが、あき亀山駅より113系電車P-14編成の広島行きがやってきておりました。可部線では、227系電車以外にもこの113系電車・115系電車・105系電車も運行されておりますが、国鉄型の3形式の電車はともに両数を減らしておりますので、走る機会も少なくなってきているのが現状でもありますが、それほど広島地区では227系電車の割合が高くなった事も伺わせております。

 

 

 さて、列車は可部駅を発ちました。ここからはあき亀山駅までの車窓の姿をご紹介してまいります。

 

 私自身、可部駅より先の姿は6年ぶりではありましたが、可部駅を発ちますと、改良された線路の姿が見られます。画像は可部駅を発ちまして最初の踏切であります西中野踏切でありますが、この踏切も実に14年ぶりに復活しておりまして、当然でありますが稼働している事が伺えておりました

 

 さらに、画像の踏切の奥の部分は、上の画像2の部分でありますが、線路・砂利の部分は新しい砂利を使用しておりますのでわかりますが、外側では雑草が生い茂っておりました。こうして見ましても、平成24年訪問時の方がきれいにしていたような印象さえも感じさせられます。

 

 

 可部駅を発ちまして約2分、列車は河戸帆待川(こうどほまちがわ)へやってまいりました。この駅が「再開」区間の新たに設けられました駅でありますが、ホーム自体は片面のみのつくりとなっておりまして、見ていて新しさも伺わせております。

 

 可部駅を発った時点では、2両で約20名近くでありましたが、この駅ではその約半分の方が下車しておりまして、約10名ほどで終着駅でもあります、約1キロ先のあき亀山駅を目指す事にもなります。

 

 この可部~あき亀山間では、電車が入るために電化されている訳でもありますが、河戸帆待川~あき亀山間には画像の歩道橋も設けられておりまして、しかもエレベーター付きとなっております。まさにバリアフリー対策のためではないかと思われますが、今回の「再開」に向けて問題の一つでもありました踏切の扱いもここではこのような形で解決に至っていたようであります。

 

 

 さらに進みますと、右側には旧河戸駅であります。工事が始まる前までは、上の画像3のように一度廃止後子供の遊び場でもありました旧河戸駅も、その後はホームを活用しない事になりましたので、ホームは撤去されまして雑草が生い茂っております。尚、この旧河戸駅付近は後述のあき亀山駅における入れ換えの際にはここまで列車がやって来るようにもなっておりまして、特に朝晩そう言った姿が見られるようでもあるようです。

 

 (左側に入換信号機が見られます)

 

 (旧ホーム跡)

 

 

 列車は、旧河戸駅を過ぎまして、あき亀山駅構内へと入ってまいります。ちょうど画像には大毛寺川橋梁が見られますが、この橋梁自体は廃止以前のものをそのまま使用されております。しかもこの橋自体は「鐡道省」時代からのものでもありますので、それほど歴史的な橋梁を現在は電車が走っている訳ですから、まさに時代が感じさせられる所でもあります。

 

 こうして、列車はあき亀山駅2番ホームに入ってまいりました。見ましても、つくりは新しい訳でもありますので大変きれいさが伺えるのではないかとも思います。

 

 (あき亀山駅駅板)

 

 あき亀山駅は、ホームは頭端式1面2線のホームのつくりとなっております。と言いますのも、ここで線路は終わっている訳でもありますので、そのような造りであるのもわからなくはない姿ではないでしょうか。尚、この後この電車も折り返す事になりますので、広島行きの行先となっている事もその下の画像からもわかります。

 

 (普通 広島行き行先)

 

 また、それ以外にも留置線が2線、保線用が1線設けられておりまして、そう言った事から夜間滞泊もこの駅で行われております。尚、ホームからこの留置線、逆に留置線からホームへの入れ換えは先述のように旧河戸駅の部分まで引き上げるようになっております。

 

 それにしても、この駅では変わったものも見られます。特にその下の画像のものは私自身も初めて見たものでありましたが、こう言ったものも新しい駅だからこそ見られる部分でもあります。

 

 

 改札を出まして、あき亀山駅の正面を収めたものであります。この駅は無人駅でもありまして、駅員の姿はありません。また、駅周辺も先ほど下車された方、そしてこの後折り返し列車に乗車される方がちらほらこの時には見られておりました

 

 この駅前には、病院も新設される事が決まっておりますし、今後住宅も建設される事になるようでもあります。そんなこの駅周辺では、現在コンビニやスーパーもありませんが、今後駅周辺の人口も増える事になりますと、そう言った施設も設けられるようになるようではありますので、どう発展していく事になるのかが楽しみな所でもあります。

 

 画像は、旧三段峡方であります。15年前まではここから約40キロ以上先にかけまして線路が存在しまして、列車も走っていた訳でもありましたが、現在はそんな名残は見られません。そんな中でも、わずか1.6キロでもこうして新たな形で再開する事ができた訳でもありますので、地元の方の熱意が通じたからこそ至る事ができたのではないかと思います。

 

 

 前回・今回と、可部~あき亀山間の廃止から9年後でもありました平成24年訪問時の姿、そして今回訪問時の姿と2回にわたりましてご紹介してまいりましたが、私自身もご紹介しましたように足を運んでおりましたので、本当にこの可部~あき亀山間の「再開」は良かったのではないかと思っております。先述のように、廃止前から地元の方々の熱意がありましたこそこのような形が実現した訳でもありましたので、今後も沿線の足として運行・利用していただきたいものであります。