「生き写しとしての神話」
「キャンベル・スケール」についてお伝えしています。キャンベルが残した「物語」「ストーリー」を「生身感覚同期」により言い直すと、「生きるよすがとしての神話」がわかりやすいガイドになります。
そもそも「生きるよすが」と言うタイトル自体が現代人にとっては「非日常語」でありピンときません。キャンベル・翻訳者たちとの「時代差現象」があるからです。
「写し・転写の世紀」から言うならば「生き写しとしての神話」と言うタイトルが湧き出てきます。
「生き写し」とは生物個体種「人間(ヒューマン)」の意識現象の「写し・転写」であり「転移」現象の事です。
「私」「自分自身」とは「写し・転写」であり「転移現象」であるという事です。角度を変えて言うならば「言葉」「文字(映像)イメージ」遊びの循環現象の事です。この事に気づく事が「智慧の現象化」です。
「写し・転写」とは「物まね」ではありません。「電磁波同期」による電気的現象の事です。
「生きるよすがとしての神話」
「よすが」とは、古くは、「寄せるところ」という意味を持っていました。そこ頃は「よすが」とは発音ぜず「よすか」と静音で使われていました。 よすがは「依す処」に由来されています。「身や心を寄せて頼りとするところ」や「頼みとする人」「身寄り」「手がかり」「寄る辺」という意味があります。またよすがは縁・因・便は、頼りにする相手や、ゆかりにする物事などの意味になります。
「よすが」の語源は「寄す処」にあります。この「寄」とは家の意味を持つウ冠の「宀」と音を表す「奇」という感じを組み合わせて作られています。「よる」という意味があり、家によせるという意味になりました。
「縁・よすが」と「寄る辺・よる」とは何かをする際、頼りや助けとなることです。
人にとっては家は、頼れる場所、身を寄せる、心をよせる場所という意味で、「よすが」という言葉ができたと言われています。
「縁」「因」「便」よすがの漢字をご紹介します。 「縁」は人とのえにしを指しています。「因」は人を頼りにする意味が含まれています。「便」には都合がよい。べんりがよいという意味があります。⇒「お話しの事です」
参考図書1996年(平成8年28年前)
紹介のDVD/参考図書は購入の必要はありません。何故ならば、見ないし、読まないし、わからないのが「受け手の方々の現実現象だからです。
参考図書は長野でのスクールカウンセラー時代に教職員の研修会で紹介していました。
時を超える神話(キャンベル選集〈1〉) [全集叢書] 1996/08/30
生きるよすがとしての神話(キャンベル選集〈2〉) [全集叢書] 1996/09/30
野に雁の飛ぶとき(キャンベル選集〈3〉) [全集叢書] 1996/10/30
「生きるよすがとしての神話」 の現象還元
「神話」とは「人の話」であり「人話(じんわ)」です。「人話(じんわ)」は、絶えず「新話(しんわ)」となり現象化しています。「物語」「ストーリー」の循環⇒スパイラル現象です。
公開用「物語の話」11分2024年6月8日
「生きるよすがとしての神話」目次
「目次」の「タイトル」は書き手・伝え手の「問いかけ循環」です。毎日のブログのタイトル等は「問いかけ循環」です。⇒「見せたい」「見たい」の相互「写し合い」です。
第一章 科学は神話にどんな影響を及ぼしたか
第二章 人類の出現
第三章 儀式の重要性
第四章 東洋と西洋の分離
第五章 東洋宗教と西洋宗教の対立
第六章 東洋芸術のインスピレーション
第七章 禅
第八章 愛の神話
第九章 戦争の神話と平和の神話
第十章 精神分裂病――内面世界への旅
第十一章 月面歩行――宇宙への旅
第十二章 結び――もはや境界線はない