第七十三代堀河(ほりかわ)天皇! | 皇后八幡神社のブログ

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広島県三原市須波西にある「皇后八幡神社(こうごうはちまんじんじゃ)」のブログです。

白河天皇の第二皇子である善仁(たるひと)親王が、八歳で即位

 

しました(堀河天皇)。父帝とは違い優しく温和な性格で、政治の

 

表舞台に立つことはほとんどなく、学問・和歌・管弦に情熱を

 

注ぎました。十一歳で元服すると叔母で三十歳近い篤子(とくし)

 

内親王が入内して妃となりました。妻というよりも母のような后の

 

薫陶を受け「末代の賢王」と言われるまで徳を磨き、剛毅な関白・

 

藤原師通(もろみち)の補佐により朝廷の政治を取り仕切りました。

 

篤子との間に皇子女は無く、大納言藤原実季の娘苡子(いし)の

 

間に産まれた宗仁(むねひと)親王(次の鳥羽天皇)を皇太子と

 

しました。苡子は産後すぐ亡くなったため、宗仁親王は白河法皇

 

のもとで養育されました。堀河天皇もあまり丈夫でなく、二十七歳

 

のころ病気を発し、二十九歳で崩御しました。