日々、

衣食住のため、の歩きの足跡をたどりあるく

その ご案内をしています。

 

広島ネイチャーナビfukuです。

 

(屋号:ネイチャーガイド&アートひょんのき)

 

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山、野、川、海辺、を案内しています。

ご縁を大切に、

学び笑いある「横あるき」を実践中。  

※現在 の横あるき

2015より255回実施継続中。

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今回の横あるきは、

広島市安佐北区大林の

伊勢ヶ坪城跡へ訪ねた後、

 

そこからマイクロバス路線で移動し、

安佐北区市川桧山の聖ヶ滝で涼み

帰路道を歩き戻りつつ

自由乗降のバスが来たら乗車し、

大林に帰り城跡の山腹にある、大林八幡宮を巡るコース。

昨今、暑すぎるので、涼しさを求め、

歩きであまりにも脱水しないように心掛けて

のルート選択です。

 

広島市の北部は安芸高田市との境。

主幹道バス路線の大林に大きなパン工場があるので、

市民の皆さんには地名は知られている方だと思います。

 

すぐそばの小学校前、平地で川沿いの

小山が「伊勢ヶ坪城跡」

築城主は熊谷直時。承久の乱(1221年)の功績で

1222年三入(みいり)の荘に入る。

現在も大林の南よりは安佐北区三入という地名。

一族は安芸武田氏に付いていたが、

後に、毛利氏に仕え、関ヶ原の合戦の後、毛利氏と共に

萩に移る。

まずは主幹道の大林バス停から、こちらの城跡に上がりました。

標高差は60m位です。30年前に整えたらしき

城郭にある看板地図は

色褪せでかろうじて文字を読み解くことができます。

そして、より強固な城として、

同区の可部に熊谷氏が次に建てた高松城があり、更に眺めがよい。

山腹には「大林八幡宮」があるのですが、帰路のバス乗り継ぎ時間に。。。
 

辺りの山は高さも、さほど無いけれど、

川からの斜面が急峻で、よくこんなところに

道を拓いたものですね。というような谷崖が続き

先の山間の台地に田畑がひらけているのです。

過疎化で、建物の多くは空き家、農地も耕作放棄となった

風景のなか、長閑に鹿が草を食んでいたりもします。

ヒトが手を加える前の自然に戻っていく風景ですね。

 

ミニバス路線に乗り換えて、市川桧山(終点)7km位まで。

下調べの時と同じ運転手さんでした。

今回は帰りに路線中で乗りますと伝えて降りました。

 

 

 
 

 

 

聖ヶ滝は看板がないと、降り口を容易には見つけられないかもですね。

長い九十九折の急斜面を用心しながら進み、沢に降りただけでも十分涼しい。

50mほど上流に向かうと幅5間(約9m)落差10間(約18m)の

程よい滝が正面に見えました。

 

 

 

 

滝は、先の雨で水量が増していて滝下の川幅いっぱいに水を湛え深さも増していました

滝のそばの岩に行きしばらく飛沫と風を浴びてゆっくりしました。

ここは、極楽なひと時、でした!

 

水量が増え、透明度が増したのは、よどみが流れたのかしら?

 

木影で食事し休んだ後、再び滝下のプール状の水中の生き物を

小さな網採って来るなど、参加者さまに見ていただき、深さも知ってました。

帰りは、バス路線を歩いて戻り、改めて田畑、川の風景を眺め、檜の影で休みつつ、

 

 

 

1/3位の路線を歩いたところでバスに乗り込み、大林八幡宮のそばで降車。

行きにチラ見だったので、訪れました。

 

かつてのお城の元にあるだけに、

格調が高いお社。

ちょっと小高いとはいえ、周辺を見渡せるいい場所です。

こちらだけでも、訪れるのにはお薦めです。

終戦の日の翌日。戦没者慰霊碑には新しい菊が添えられていました。

主幹の道路のバス待ちの熱風が今日一番暑いと感じました。

 

今回の歩行距離は計5.5KM。途中バス利用、各所の記録地図。

 

暑さの中の涼はいいですね!

今回もしっかりお歩きいただきありがとうございました!

 

 

 

日々、

 

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今回の横あるきは、

広島県安芸高田市、「桂城跡」と周辺史跡。

 

元就の重臣の一族の桂家

明治大正時代の内閣総理大臣、桂太郎の先祖

 

★スタート

国道54号線沿のバス停〈桂峠〉降車。

 

その道路の北にある、
★元浄寺と

★中山神社へ。

 

前回の安芸高田市城跡は、元就に関しての

生誕地で父母の居城、福原城。

今回のエリアは、そこから数キロ、

可愛川えのかわ=江の川

の北西にあります。

 

 
 

 

 


 

 
平成7年に建てられた当地区の案内看板↑概要は当時。
 
平成16年/2004年に安芸高田市が発足し合併。
現在の安芸高田市の人口は約2万5千人。
(地区はその一部、全体ではないです)

 

道路に戻って向側の、

 

★桂城入口

 

看板が見える→山麓に向かう。


2~3分で竹の生える山道ゆるい傾斜がはじまる。

 

 
 

 

↑平坦な竹林を抜け、緩斜面に窯?が。
おや、扉からアナグマさんが顔を覗かせて
しれっと、下の薪入れる側に消えた。
「なんとも人なれしていますねー」と言うと、
「犬のようにみえました」とご参加の方。
 

道なり南の突き当りは、

 

西郭群と東郭への分岐。

 

 
桂城は、ここにあるように、中山城、三笠山城とも呼ばれていたのですね。
 
 
★西郭↑
頂に矢笹が生えています。数mだけ急傾斜。
 
急斜面に立つ姿勢ができると、安全に降りられます。
バランスを取るのがむつかしい斜面。
画像ではそうみえないのですが。
 
★東郭↑
 
周囲が高木で何も眺望がないです。
西郭に比べ安定感はあります。
けれど、山頂付近と、麓にて小啄木鳥に出会いました。
 

 
★展望↑
東郭の頂から少し西に戻り下った所。
南に開けて可愛川が見えます。
河川敷と、田の間に黒いパネルが帯のように見えています。
 
近年山間で、オセロのように田んぼが
この黒に塗り替えられていくのを見ています。急速に。

やや不気味にも感じられる…

先月の安芸高田市の山城ご案内6月7日では
南に流れる可愛川(えのかわ)の向こう岸にある「福原(鈴尾)城」

元就の生誕地と福原氏の城を訪ねました。

 

ーーーーーここでーーーーー

◆桂家の歴史~元就との関係◆

坂広明の嫡男広澄が坂氏を離れ、
桂の地にあったこの城に入り、
「桂広澄」を名乗ったとされる。
元就相続の際、坂氏が三男で異母弟の「相合元綱」を担ぎ、
粛清され広澄は自刃。
子の元澄も後を追おうとしたが、
単身桂城に乗り込んで来た元就に説得され
のちに元澄は元就に仕える。

元就の重臣となった桂元澄は、厳島合戦時には、
対岸の桜尾城(廿日市市)主となっていた。
桜尾城は厳島合戦の本陣。
凱旋式や陶晴賢の首実検をした場。

最盛期に中国地方全域を支配していた毛利家は、関ヶ原の合戦の後、周防国・長門国(長州藩)2か国に領地を削られている。

時は流れ…子孫である、
桂太郎氏(山口県萩市出身/元内閣総理大臣)が、
大正元年に土地を当時の廿日市町に寄贈し、
現在、丘陵部を切り取られた「桂公園」となった。


もと廿日市市民の私の記憶がたしかなら、、
廿日市高校の少し北、丘の緑地だったという覚えがあるのですが...


今は海岸線から約500mの所、
当時は海に面した要害の地も、平地になり建物の谷に、

海には埋め立て地が伸び、分かりにくいものです。

ーーーーー以上ーーーーー

 

さて、最後に国道沿いのバス路線を戻る西方向に7分程度進み、

 

☆槇ヶ城跡の山腹にある、

★観世音菩薩堂

を訪ねました。

由緒は詳しくないのですが、

民家の小屋やお墓のそばから山に階段を数m上がり

後は、狭く細い土の道。

 

右手が絶壁に近いので用心は要りますが、

数分で、神々しいような磐と石灯篭に出会います。

 
 
ひと昔前は、瓦屋根だったと思える、
その残が、そばに置いてありました。
 

 

降りて、ご近所の男性と思われる方に、ご参加の方が、

「こちらは良い観音堂ですね、お邪魔しました」とお声掛けしましたら、

「ここは地元の人しか来ないし知らない、どこから来たのですか」

と(笑)

 
今回も多々の種類の生き物を見ることができて
たのしんでいただけたかなと思います。
帰りの田んぼで、もう稲穂がみえました。
用水路の田螺、早い動きの小魚、枝にカタツムリ、乾いた道のハンミョウ。
腐葉土に停まっていた紋黄揚羽。
 
 

他にもたくさんいましたね。

 

 
歩き終えて、
★ゴール 入江大橋バス停
 
ここから桂城跡の丘を眺めました。
本日は、
朝8時前から11時過ぎまでの約3時間
気温31~33度・湿度約50%・くもりの天候でした。
 
ほとほと、亜熱帯な広島ですが、工夫次第で
涼みながらも、あるきを楽しめています。
 
今回も、 完歩ありがとうございました💞
 

日々、

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※現在 横あるき

2015より253実施継続中。

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今回の横あるきは、

広島市安佐北区

狩留家(かるが)地区の

 

➡「中郡古道の一部」

(地区を蛇行し流れる三篠川沿い風景)

その支流の沢を上った先の

➡「九戻瀬(くどせ)の滝付近」をメインに訪ねました。

 

仮に、(…今回登りませんが)

沢をたどって登り詰めれば、広島市の最高峰白木山、

その南西の、鬼が城山の合間です。

 

中郡古道(なかごおりこどう)とは、中世に物資を運んだ街道です。

前々回訪れた福原氏の城(鈴尾城)などの、

毛利氏ゆかりの古城が多い安芸高田市まで北に続く道で

山麓の川が三篠川(みささがわ)です。

 

※中郡道※

 戦国時代末期、毛利輝元は吉田郡山城から広島湾まで、人や物の移動に便利な平坦な道を作らせた。この道(中郡道)は狩留家村を通る旧街道で、江戸時代以降に栄えた。今では商店街はなく、昔の風情だけが残っている。

 

★JR芸備線_狩留家駅からのスタートです。

 

 

 

芸備線は三篠川に途中まで沿い、JR下深川駅の下流付近で太田川と合流します。

 

今回のスポットは、

★紅梅山天満宮

★くどせの滝

★絶壁の古道沿い

(元、柳瀬吊橋の地点/H30年7月豪雨) 

★宮原観音 

★JR芸備線・狩留家ー白木山間「第1三篠川橋りょう」2018/7/7豪雨で倒壊、後に再建。

★アイスクリーム店(ご希望で立寄)

 

◆紅梅山天満宮

 

 
◆くどせの滝までの渓流
 

 
涼しい風とせせらぎが🍀😌🍀心地よい。
 

 
ミニ奥入瀬渓流?
 

 
水の色もよし♡
 

 
◆幅広く蛇行した、三篠川に注ぎ出る。
この風景に吊り橋がかつてはあった。
 

 
スッポンが乾いた石の上で日向ぼっこしていました。
 

 
↓注ぎ出る渓流の河口の橋
 

 
古道の先は、石積みの段が長く山裾に。
それは、川辺まで続き、
なだらかなところと、絶壁風なところがある。
山城の裾。
 

 
∇宮原観音堂まで出ると、
眩しく、照りつける太陽☀️
 
 
豪雨後に再建された、
芸備線、

∇第1三篠川橋りょう

 
 
 
最終にご希望で立ちよった、
∇牛乳専門店。
→画像はイメージ。調べ日にて📷
 
 
狩留家駅にもどって、
駅舎の多くのツバメの巣🪹を眺めて
列車を待ちました。
ツバメの親は日中せっせと、
子にエサを運んで、前回ちいさな雛だった
のが、あっという間に巣を小さく見せるほどに成長、循環の早さを想いました。
新たな巣もあり、賑やかな駅です。
 
 

夏至の最中、梅雨のなか、

今月は3回目のご案内でしたが、ともに

お天気に恵まれました。

 

ひとえに、

ご参加の方のお心がけが良いのでしょう!

この度も完歩ありがとうございました!!