日々、

衣食住のため、の歩きの足跡をたどりあるく

そのご案内をしています。

 

広島ネイチャーナビfukuです。

(屋号:ネイチャーガイド&アートひょんのき)

 

はじめましての方  →プロフィール

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山、野、川、海辺、を案内しています。

ご縁を大切に、

学び笑いある「横あるき」を実践中。  

※現在 

2015より263回実施継続中。

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今回の横あるきリクエストは、

福山市鞆町の港周辺。

 

午年にちなみ、この土地の文化節句の

「八朔の馬だし」展示開催中の、

鞆の浦歴史民俗資料館

 

 


も含めて

 

案内をというリクエストで

港を多方向から見つめる企画としました。

 

広島県の東に位置する福山市は

広島市中心部から公共交通機関は新幹線で約30分、高速バスで1時間50分程

福山駅から鞆行きのバスで30分です。

 

巡るスポットと順路をご参加の方とのご相談で

予めお決めいただきました。

 

広島県福山市鞆の浦(とものうら)は、瀬戸内海のほぼ中央に位置し、古くから「潮待ちの港」として栄えた場所です。

 

さて今回企画の歩き出発地点は、福山市鞆港バス停。

バス停からすぐのスロープ状の坂に詳しい地図。

三方向からみた現在地があるのはとても分かりよいです。

 

 

江戸時代からの町屋の景観を保った、街並みが美しく

細い路地に古い家々が立ち並び、タイムスリップしたような雰囲気を味わいながら。

 

歴史民俗資料館は鞆城跡でもあり、その城壁の一部と漁船を見ました。

 

資料館入ってすぐのロビーの特別展示「八朔の馬だし」は撮影可でした。

そのほかは撮影できません。

 

 

立派な白馬に子供の成長を願ったことがうかがえます。

 

↓以下は説明板の記より

八朔の馬出し

八朔 (旧暦の八月一日のこと の節句には、全国で様々な祝いの伝統行事があった。

鞆でも町家では、男児の誕生を祝って白い馬の模型 (子ともが乗れる馬から、大きなものでは実物大) を作り、台車 (馬の台) に乗せて町中を曳き廻す全国でも稀な風習 (江戸時代から戦後まで) があった。このような「八朔の馬」は、鞆の商人の総済力や文化程度をよく表している。

この様な馬を曳き廻す風習は鞆の他に福岡県北部の港町である芦屋町にもあるが、鞆のような実物大の馬はないとのことである。

 

2階建ての歴史資料館には、郷土の風習(弓の神事)、産業(鍛冶)などの展示、人物紹介があり、

じっくりと見学しました。瀬戸内海の潮の流れがちょうど変わる場所にあるため、昔の船乗りたちはここで潮の流れが変わるのを待つために滞在しました。潮の流れと仕組みを目でみてわかるような展示もあり、歴史深さとしては、万葉集の時代、 1000年以上前の和歌にも詠まれるほど、古くからの景勝地であることも紹介されています。

江戸時代の繁栄のようすも見て取れる展示がありました。 

北前船などの寄港地として、商業や物流の中心地となりました。

 

人物では、作曲、箏曲家名高い宮城道雄。1929年「春の海」で世界に知られ、父親の故郷であり、幼少時代に生活した鞆の浦を思い創作したと伝えられています。

 

鞆城からの湾港の眺め↓

 

他、歴史上の人物との関わり…

坂本龍馬と「いろは丸事件」

 龍馬が率いる海援隊の船が沈没した際、賠償交渉のために滞在しました。

足利義昭

室町幕府の最後の将軍が身を寄せた場所としても知られています。

 
 

↑常夜燈(じょやとう): 鞆の浦のシンボル。江戸時代に建てられた石造りの灯台です。

江戸時代の港湾施設がほぼ完全な形で残っています。日本で唯一と言われる貴重さです。
 

 

風もなく小春日和で大波止の先まで歩きました。

様々な角度から湾をみていく方向を眺めるのが出来る景勝地、

しまなみ瀬戸内ならでは。

ここまで歩いている人はなかなか居ないのかもしれません。

 

岬の高台も城跡です。

 

 

そっとある、芭蕉の句碑。

 

さて、お昼にうどんと一品料理のお店 みなと夢ごこちさん

に入って温まりました。うどん、蒸し牡蠣を美味しく頂きました。

牡蠣は今年貴重です。。。

 

 

特産品の保命酒(ほうめいしゅ)は

もち米、麹、焼酎を原料とした甘口の原酒に、高麗人参、桂皮(シナモン)等16種類の生薬を漬け込んだ伝統的な薬味酒です。現在4社あります。

​​​​​​

町並みあるきしていると↓保命酒に入る生薬を干しているところがありました。

香りがよいんですよね。

 

 

渡守神社付近に小路が山手にあり、そこから医王寺に向けてのぼります。

 

 

医王寺の山門と風景。四国も見渡せてきました。

 

 

映画『崖の上のポニョ』の構想が練られた場所でもあります。

梅の芳香漂って幸せ。

 

下りの道の分岐をちょっと横に入って行って、

潮風と眺望、食事喫茶を楽しめる茶房への、

 

 

セレーノさんで小休憩。

オーナー様の心温まる地理説明、歴史、景観保全活動の紹介の熱量が素敵です。

次のひな祭りイベントの紹介もありがとうございます。

確かに、すべてのスポットには訪ねていないので、再度企画を考えましょう。

 

ぜひ、ご興味のあるかたはお出向きくださいませ。

 

 

 

新たな施設にも終盤に立ち寄りました。持ち込みの食事もできるので、

寒い時にいいですね!

 

 

細かなスポットをめぐり、出発したバス停に戻れました。

瀬戸内としては寒い気温とはいえ穏やかな日で何よりでした。

 

 

今回も安全に歩き終え感謝します。

ありがとうございました!

 

日々、

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※現在 の横あるき

2015より262回実施継続中。

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明けましておめでとうございます。

今年も宜しくお願いいたします。


2026年 始めの横あるきは、

リクエストによる、

広島市東区 二葉の里歴史散歩道の

七福神巡りです。


今回は巡る順序をご参加の方に

予めお決めいただきました。

基本的には

東から西にむけて進めてみましょう。


出発は、JR 広島駅の北口から。

前日は最高気温3度。

平均0~1度で吹雪いていました。


当日朝も路面は湿って雪もあり、

マイナス2度でお客様の身体に堪えるため、

急遽、時間を遅らせて正午から歩き始めました。


幸い太陽がみえて、空も青く、

清々しいなかを進みました。


広島二葉山七福神めぐりマップ

上の案内図では基本右手からですね。


手水鉢と龍の彫刻


一番目は、西から二番目にある
國前寺:こくぜんじ。
日蓮宗の本堂と庫裏は、国の重要文化財。
本尊/釈迦如来

七福神巡り:二葉の里歴史散歩道

青色の七福神巡り幟旗が目印ですね。
背景の銀色は二葉山の平和塔。

二番目に、聖光寺:しょうこうじ。
7ヶ所中一番西側に位置。
かつて、万松山瑞川寺と称されていた。
現在、広島山。
本尊/十一面観世音菩薩

広島二葉山七福神巡り 笑顔の布袋様

↓赤穂義士大石父子供養墓

広島 二葉の里歴史散歩道 聖光寺

三番目は、尾長天満宮:おながてんまんぐう

二葉の里歴史散歩道 七福神巡り 壽老人像

学問の神様、道真が大宰府に下る途中に休息したと言い伝えがある。
受験シーズン、学生さんと思われる方々を見ました。そして牛神さまの像もあり、いろんな箇所を撫でられるようで、艶があります。広島駅方面は南に眺めることができる高台で階段は急峻で、手すりを利用していただきました。

そして、広島駅の北側のほぼ正面には、
広島東照宮:ひろしまとうしょうぐう、があります。徳川家康公を祀るため、三代将軍家光の建立。
最短距離で二葉山に続く道も付いていて山際の金光稲荷神社を経由してあります。

七福神巡り、広島二葉山の寺社仏閣

東照宮には、成人式を終えたばかりの若い方々が多くお参りしていました。
こちらでルートは半分過ぎ。

通りに出て、
二葉の里出身歌手、二葉あき子氏の
歌碑(夜のプラットホーム)がある側の
ベンチで温かい飲み物をとり、小休憩。

二葉あき子歌碑「夜のプラットホーム」

休んだ後、再び歩き
鶴羽根神社:つるはねじんじゃ、に着きました。
歴史は鎌倉時代の椎木八幡宮が前身と伝えられている。ご祭神/イザナギノミコト、イザナミノミコト、タラシナカツヒコノミコト、応仁天皇、神功皇后。

広島二葉の里七福神巡り 弁財天

手水舎は、被曝建物。

ほぼ並んだ位置の、
明星院:みょうじょういん。

入り口は細長いのですが、

大きな山門があり、くぐると、境内は広々としています。


毛利氏の妙寿院の菩提寺でしたが、後に藩に入った福島氏が伊予からの僧を住職とした時に今の寺名になりました。臨済宗から真言宗に改宗。歴代藩主の保護をうけて、浅野氏の4代藩主は始祖政長の位牌を安置。


本堂には赤穂四十七義士の木像安置。

高さ85センチの一刀堀。表情や体躯が

人柄までを表しているように見えました。

赤穂義士木像と七福神巡り


七福神巡りの二葉山とイチョウの木

他にも被曝樹の銀杏、広島市長伴資健:ばんすけゆきの頌徳碑、加藤種之助の墓碑もあります。

さて、
最後は、饒津神社:にぎつじんじゃ
先ほどに続き、
浅野藩主9代斉粛が、広島城からの鬼門(北東)の方向に位置する、明光院境内の西半分の地に始祖を祭神とした神社を造営。飢饉があった財政苦のなかであえてのこと、強い希望を皆で持ちたかったのでしょうか。

広島 二葉山 七福神巡り 恵比須天

被曝松の年輪の、被曝年の輪は他の年とちがってみえます。

二葉の里七福神巡り被爆松

神社の西に川が流れています、
昔は、広島城の外の掘りになっていた程の
場所に、今はぎっしりとある建物、其も
次々建て変わってゆきます。
広島駅の北側も、最近は、様変わりが早く思えます。

今は他の建物に囲われている様でも、ひと昔前、

神社前は遮るものが殆んどなかったのだと
想像します。

あっという間の4時間。
観るに、感じるには足らない位、興味深い歴史的な証が多々ある二葉の里。実は今回、散歩道の一部しか歩いていません。
 
広島駅から北西の不動院、東の矢賀一里塚跡まで全てを歩くと、なかなかのお時間になるでしょう。

また、続きをあるくことが、あれば紹介いたしましょう。

広島市東区の七福神巡り地図と高低図

スタンプも帳↓


広島市東区二葉の里歴史散歩道スタンプハイク



今年の始めの山辺の神社、仏閣、史跡歩きに相応しくよき日になりました。


寒い中、お歩き頂きありがとうございます♥

この季節に歩くことも、楽しめる元気を持ち続けられますように。


日々、

 

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本日の横あるきは、2025年最終回

これまでに幾度も訪れている宮島ですが、

あまり知られていない山中の戦争遺構めぐりです。

 

交通は、JR広島駅~JR宮島口駅まで、

約35分間乗車。

 

次に、降りて桟橋方面に向かうため、

まず国道2号線をまたぐ地下を通ります。

そして階段(又はエレベータ)を出て直進すると

フェリーターミナルです。

左手に新しい広電宮島口駅があります。

宮島に渡るには、10分間フェリーに乗ります。

 

広島電鉄の宮島口駅は

新しく位置を変えてフラットになったので、

観光の方にわかりやすくなりました。

 

宮島フェリーターミナルと山々

 
対岸の廿日市市大野(旧大野町)育ちのわたくしが
こんなにも何度も宮島を訪れることになり、
歩き倒すこととなるとは
30歳代までは思いもしませんでした。
 
なぜなら、運動や授業で何かの順位を競うものだと
お尻から数えた方が早いほうでしたし、
対岸にあるこの島での登山遠足などは山頂に最後に着くか、
グループで足をソートー引っ張る質だったから
休みたいほどウンザリに思っていたんですね。
 
けれど、
野外で遊ぶことにかけては好きの度合いは変わっていないように思えます。
 
さて、フェリーを宮島で降りてそこで
町内を走るマイクロバスで、10分ほどグルっと時計回り。
包ヶ浦という島の北東部から歩き始めます。
本数が少ないため、時刻表チェックが必要。
ドライバーさんによると、近く改正あるかも?とか。 
この終点までの本数がより少なくなるかもしれませんが、
今はここまで歩くのに時間があふれてしまう方もご案内できるので
ありがたいかぎり。
 
島内にタクシーはありますが、台数は数えるほどしかないので
島は、基本歩いての観光です。
さて、正面が広島の市内眺望の包ヶ浦(つつみがうら)に
到着。
2024年3月 施設は閉鎖していますが、散策立入は可能です。
将来的に、ホテル誘致計画が上がっている場所。
 

カヤックで宮島海辺を遊ぶ人

 
凪で、上空の水蒸気も動かず、
最低気温が10度と高く、最高気温も上がらず15度以内。
カヌー越しにうっすら見える二つの峰がある島は似島(広島市南区)。
 

宮島 似島 似た島

 
海辺を沿って歩くと、岩の岸壁に「包ヶ浦神社」が見えてきました。
鏡餅のような大きな岩に社があります。
海辺に宮島には主要の神社が7社あります。
それには含まれませんが、遠くからお参り。
 
宮島 包ヶ浦の海辺と建物
 
標高40m程度で公園が見渡せてきました。
 
宮島で自然観察する鹿たち
 
この公園のグランドから山中にかけての鹿さんらは、
人が通るのを、珍しそうに落ち着いて眺める。
老いた貫禄のある鹿は、近く寄っても腰を浮かせない。
表参道に居る鹿たち(割合はわからないが人の食べ物も摂る)
とグループが違うなとわかる。
 
宮島、山中の道と紅葉
 
地図合わせ、植物史跡の説明、ゆっくり歩いてここまで小一時間で、
アスファルト道から山道に分かれる道に来ました。
対象のお客様に合わせて、時速1時間程度の歩きです。
(一般の登山の地図や参考速度の倍以上ゆっくりですね)
 
宮島 산길, 낙엽과 단풍
 
初冬まで紅いウリハダカエデの葉。
 
宮島山中の遺構、井戸
 
さまざまな遺構の入口に井戸↑。
この蓋は重いけど、ズらすことができて中を覗くこともできる。
万が一を考えて、少しだけずらし、かなり遠くに
水面が見えるのをチラ見。怖々と。。。
(つるんとしたコンクリート)
小石を落とすと、時間差で音がする。深さ不明。
こんなにも径が大きい山中の井戸は初めてでした。
 
そして、、このレンガのマス並びはトイレかな?
 
宮島戦跡の井戸、戦跡遺構
 
↓このような施設の石、煉瓦が
ブロックで転がっています。

宮島戦争遺構、石垣と崩れたレンガ建物

砲台施設は数機つらなっていて、
その囲いは高くなり、道がついています。

宮島戦争遺構への石段と遺跡
 
階段は、とても急なものもあって、降りる時、
に難しいものもあります。

宮島戦争遺構のレンガ造り遺構
宮島戦争遺構の石段とレンガ造りの施設
 

宮島戦争遺構巡り、石造り施設と登山道

↑半地下の指令室?
しっかりしたレンガの広い部屋。
誰か居たらどうしよう!って
ドキドキします。

宮島山中戦争遺構と鷹ノ巣山194m

鷹ノ巣山からは、景色が枝葉でみえないのが惜しいですが、近い石造りの施設上に立って、西をむくと、弥山という宮島の山頂近くのロープウェーから時々、放送が聞こえてきます。
廿日市市の街も山の谷から見えました。

宮島 戦争遺構への石段
 
  ここに上がるまで、最初の井戸施設から急な階段を延々と登ってきたのを降りましたが/標高差40m程/ 明治大正期に、こんなに大きな施設、この岩から階段をつくって、レンガを上げて来たことを想うと、現代人は、体力面でかなりひ弱かなあとか、考えてしまいます。
 
宮島、山中の風景と瀬戸内海
 
海上にも霧もやがかかって似島が良く見えないので、
↓調べ歩きの時の画像をご覧ください。

宮島の海と山並み、自然の眺望
左の2ピークの島が似島。手前は絵の島。右は江田島。
 
宮島登山ルートと標高・距離データ
 
↑歩きの記録です。

折り返し、14時前の町内バスで、今度は桟橋前を通りこし、西側の終点、宮島水族館🐬で降りて、久しぶりに海川の生物を具に見て回りました。
アオリイカの可愛さ、前後に泳げることの不思議にちょっと目を奪われました(笑)

★☆★☆★☆★☆

2025年の最終案内まで

ご一緒した参加者さまのおかげで

全て安全に

歩き終えられました。

 

感謝いっぱいです。

ありがとうございました。

来年もよろしくおねがいします。

楽しい横あるきを続けていきましょう!

 

読者のみなさま、ありがとうございます。

何かお役に立つことがあれば幸いです。