コンコンコン。
あ、翔くん!!
お風呂上がりの翔くんが入るなり僕の姿を見て、「どうした?」と心配そうに声をかけてくれる。
《…助けて。》
「どうした?!どこか痛いのか?!それとも…っ」
駆け寄って顔を覗き込んでくれるから、指を指して訴える。
《これ……。病気なのかなぁ》
翔くんは僕のズボンを見て、あぁーーー……と気まずそうに視線を逸らす。
何?やっぱり病気??
僕…『入院』して翔くんと離れ離れになっちゃうの…?
「あー…の、さ…えーっとな…」
言いづらそうにしてる…
ちゃんと説明した方がいいのかな?
貴方のことを考えてたら突然こうなった、と手話で伝える。
多分、食べ物とかの毒じゃないと思う。
死ぬなら死神が予告しに来るはずだし、今日は庭の美味しい野菜しか食べてない!
翔くんは目を見開いて、ごくりと唾を飲み込んだ。
「…サトシは…俺のこと…」
言いかけて翔くんは思い詰めた顔になる。
翔くんのこと……何?
たまになるこの顔…
翔くんの抱えてる過去は何?
何があなたをこんなに苦しめてるの…?
「…何でもない。これはね…男はたまになるものなんだよ。手、貸して。」
下の衣服をとり、翔くんが僕の手に手を合わせる。
あ、、『触った』。
方向は違うけど手を繋いでるような感じで、ドキッとする。
その掌越しに人参を掴む。
「…こうやって…」
《…っ》
な、何…これっ…!
ゆっくりと皮膚を擦 られると、カァッと身体の中が沸騰しているような感覚。
ずくん、ずくん、と人参に全部の神経が集まるような。
脚の力が抜ける。
なのにお尻に力が入る。
怖い、だけどこの先が欲しい。
離して、そう思うのに振り解けない。
矛盾してるのに、止まらない。
もっと、もっと…
《はぁっ、はっ…ぅ、あ…っ》
きもち、いい。
──キスしたい。
よく分からないけど、そう思った。
多分…本能的な、モノ。
何考えてるんだ僕は。
そんなのダメだよ。
今は人間だけど僕は死神で
翔くんは優しい人間で
住む世界も何もかも違うのに
口を当てるなんて、夫婦や恋人がするようなことを求めてはいけない。
その行為にどんな意味があるのかなんて知らないけれど。
ぐ ぷ、と速まる翔くんの手から何かが漏れる。
ねちゃりと翔くんに包まれた手が汚れる。
これ、トイレ、行かなくていいの?!
怖い、怖いよ!
翔くん、翔くん、翔くん…!
《や、あ、も、なんか変なの…っ翔くん……っやめてぇ…っ》
いくら頭を振っても「大丈夫だから」と手を止めてもらえない。
《あ、もう、ダメ……っ!なんか出る…っ》
チカチカ。
砂嵐の映像がテレビに映るような。
ビリビリと体中に電気が走るような。
脳裏を掠める、何か。
目のずっと奥で光る、二つの影。
ぶくぶくと泡みたいなものが視界を遮って。
ドクン、ドクン、ドクン、血が粟立つ。
ああ、何か、何か大切なことを僕は。
一番大事な何かを。
多分
忘れてる…………。
びゅくっ、と人参から生温かい白いのが飛び出して。
ビクンって身体が跳ねて、じわ~…っと何かが広がっていく。
人参は萎んで、いつものやつに戻る。
何、これ……。
くたり、と翔くんにもたれかかる。
「…気持ちよかった?」
バクバクと煩い心臓を無視して、頷いた。
《すごく、すごく気持ちよかったです…》
翔くんには見えない角度で呟いた。
ぎゅっと抱き締められて、目から汗が…
いや、初めての『涙』が零れ落ちた。
次の日から、一緒に合わせて人参を擦るようになって。
そうすることで、更にチカチカは強くなった。
口をくっつけたい、ともどんどん思うようになった。
気持ちいいし、一緒に出来るのは単純に嬉しいし、
だけどどこか胸の奥がきゅっと締め付けられる。
これは…何なんだろう。
そして
有り得ないのに、どうしてこんなに懐かしい気持ちになるんだろう。
何かを思い出しそうになる。
深い深いところにある、暗闇の中の何か。
キラリと暗闇の中で光るのは…一体何?
鈍く光る、大事な物の欠片──。
…どうかしてる。
死神の僕に、思い出す記憶なんてあるわけないのに。