海北友松再び◆京博学芸部長山本秀男先生講演 | 骨董水妖◇美術品は美術館で見るよりおうちで使う方がずっと楽しい!◇

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江戸時代の古伊万里、超絶技巧の時代蒔絵の重箱、美術館で見た有名な絵師の絵画など、ハイクラスの古美術品が、とってもリーズナブルに買えるお店です。

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京都国立博物館の清風会の会員でいらっしゃる知り合いが、会員だけの特別鑑賞会と講演に誘ってくださいました。
ご本人は病院で検査があって行かれないとか。

二つ返事で出かけます♪


月曜日、京博は定休日なので
広いお庭に私一人。
特別感が嬉しい〜〜♪



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学芸部長山本秀男先生のお話は
この展覧会の展示品目録の冒頭に載っている先生の文章の要約でした。
読み込んではあったのですが、執筆者ご本人の言葉で聴くと
身につく深さが違います。

例えば、文章では友松さんの由緒記のある箇所を
「ずいぶん脚色されたと思しき内容」
「記述に対しては、慎重な態度で臨まねば」
とお書きになっていますが、

講演では
「この記述は《かなり盛ってあります》」
とおっしゃっていました。

とってもわかりやすい♪



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(友松の子が絵を描き、孫が賛を書いた友松夫妻の肖像画。ご夫婦での肖像画は珍しいんです。作品では、この絵の上に友松さんの由緒が書かれています)


海北友松さんは、今の彦根の北辺りの地
浅井氏の家臣の家に生まれますが、
戦乱で、一族が滅ぼされて行く中で
3才で東福寺に入ったそうです。

その後、50才位迄記録に載ってないんですって。
だからその間どう生きたかは謎が多い。


58才の時、(現在の研究では)師とされる狩野永徳(当時の画壇の最高権威)が亡くなったのを機に
狩野派を離れ、独立し
絵師として名を表したと考えられるそうです。


「なぜ狩野永徳に学んだとわかるのか?」
と言いますと、友松さんと確認される初期作品の描き方が永徳さんにそっくりだからなんですね。

永徳の祖父の狩野元信を師とする説もあり、
元信が亡くなったのが、友松27才。


少なくとも、58−27→31年間は
狩野派の工房職人として画を描いていた!らしいんです。


ご覧になればわかりますが
友松さんは最初っから画が上手いし、センスが抜群です。

《由緒記》などには、
3才で入った東福寺の和尚が友松の天賦の画才を見抜き、狩野元信(当時の画壇の最高権威、実力者)に師事させたら、
元信さんが
「この子は生まれつき梁楷(りょうかい)の妙手を備えていて、必ずや名を成すだろう」と感嘆したとか。
(梁楷は南宋の宮廷画家で今で言うなら《画の神》的存在。これもかなり盛った逸話だそうです)


《めっちゃ才能がある絵師が30年以上も名前を出さずに、工房の一員として画を描いていた》

事に、私は驚きもしたし
また、海北友松さんという人が
《人として、非常にデキた人》だったのではないかと、感じました。

下積み時代の間に、たくさんの教養人、文化人と交流して、教養を身につけたんでしょうね。
逆に、人間的に魅力的な人だから
たくさんの有名な文化人と親しくなれたのでしょう。



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友松さんの初期作品(と言っても50才代)には
落款(サインや印)はありません。

初期作品には名前も記さない絵師が
62~64才で、建仁寺の塔頭・大中院の襖を手掛けています。

凄い!

どれだけ凄い腕の持ち主だったかは
作品を拝見すれば一目瞭然!
同時に、どれだけ当時の上流社会と親しかったかが、作品の依頼主の身分の高さによって想像できますね。



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建仁寺の大方丈の有名な雲龍図、花鳥図、竹林七賢人図、山水図、琴棋書画図は
慶長4年、友松さん67才の作。
もちろん落款はありません。


京博ご所蔵の山水図屏風が
慶長7年、70才の作品で
「慶長七年十一月友松書之(これをかく)」
と書かれたのが、最初期の落款。

この屏風は、当時の後陽成天皇の実弟、八条の宮智仁親王のご依頼の作品です。
同じ時期に、親王のために
大和絵金碧画(やまとえきんぺきが)屏風も製作しています。


作品を拝見二度目にして、
「なぜこんなに惹きつけられるのか」

少しだけわかりました。



扇面貼付屏風
出光美術館蔵


右隻左隻を繋げた真ん中に墨で描いた波間が広がり
右隻の右側と、左隻の左側は金箔が張り詰められています。
そこに、室町時代の大和絵の描かれた扇が貼り付けられています。

よく見ると、
右隻の波は細かく凪いでいて穏やかです。
左隻の波は
長い波長で激しく岸に当たっています。

友松さんの描く波には、波頭がありません。
飛沫をあげる表現はないんです。
うねる波が後から後から岸の押し寄せます。
長い波の一筋一筋は、迷いなく強い力で引かれています。

そこに、ひらひらと
扇は降っています。

右隻に降り注ぐ扇は動きが少なく、穏やかに。

左隻に降り注ぐ扇は大きく左右に揺れ
うねる波と相まって、目眩く世界。

静と動が、これ以上ないバランスで描かれた
友松の絵画世界


この作品は5月7日迄の展示です。




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