わたしの家の車庫にツバメが巣を作った。
昼間はどこかにでかけているが、夜は巣の中で寝ている。
かわいい。
ツバメは蚊などの虫を食べてくれる益鳥であり、家に巣を作るとその家を守ってくれるという言い伝えもある。
うれしい。
毎日ツバメの姿を見るのが楽しみである。
ツバメは身近な鳥だが、案外日本の古典文学には登場しない。
和歌の世界では万葉集に1首見られる。
燕来る時になりぬと雁がねは本郷(くに)思(しの)ひつつ雲隠り鳴く (巻19・4144)
[訳]燕が来る時期になったと言って、雁は故郷を思いながら雲の中で鳴いている
この歌は、故郷に帰る雁に寄せて望郷の念を詠んだものであり、中心は雁である。
ツバメは常世から雁と交代でやってくると思われていた。
春になりツバメがやってきたら、雁は帰っていくのである。
八代集には、1首も詠まれていない。
物語の世界では、竹取物語の燕の子安貝の話が有名である。
かぐや姫から結婚の条件として燕の子安貝を持ってくるように言われた中納言石上麻呂足(いそのかみのまろたり)が、自ら籠に入って吊り上げてもらい、燕の巣の中の子安貝をつかむ。
下すときに縄が切れ、籠ごと竈の上に落下し、重傷を負う。
その上、手の中にあったものは燕の糞であった。
かぐや姫に同情され、歌を詠み交わしたあと、中納言は息絶える。
5人の求婚者の中の5番目に登場するのが、もっとも身分の低い中納言である。
ほかの4人は不正な方法を使って苦労せずに難題に答えようとするが、中納言だけは自ら体を張ってかぐや姫の要求に応えようとする。
結局燕の子安貝を手に入れることはできず、かぐや姫と結ばれることはなかったのだが、5人の中で唯一、かぐや姫の心を動かした人物である。
この、「燕の子安貝」というものがどういうものなのかは分からない。
竹取物語によると、ツバメが卵を産むときに巣の中にある貝らしい。
我が家のツバメの巣にもあるかもしれない。
よく観察してみようと思う。
『古典対照語彙表』によれば、ツバメが登場する作品は、この万葉集の1例と竹取物語の14例だけである。
源氏物語には出てこない。
枕草子の「鳥は~」の段にも挙げられていない。
平安貴族はツバメに関心がなかったのであろうか。不思議である。
平家物語には、俊寛のせりふの中に1例ある。
鬼界が島にひとり残されることになった俊寛が、京に帰る少々成経の袖にすがって泣きながら言うせりふである。
「をのをのこれにおはしつるほどこそ、春はつばくらめ、秋は田の面の雁の音づるるやうに、をのづから故郷のことをも伝へ聞いつれ、今より後、何としてかは聞くべき」とて、もだえこがれ給ひけり。
万葉集同様、ここでも春に雁と交代でやってくる鳥と考えられている。
このようにツバメと雁は対になる鳥と考えられていたのに、雁が多く歌に詠まれ、ツバメを詠んだ歌がほとんどないのはなぜだろうか。
いつか考察してみたいと思う。
古典の和歌にはツバメを詠んだものがほとんどないが、近代以降の短歌には有名な歌がいくつかある。
明日のこのブログで採り上げたい。