「壁や植物に話しかける分には、その人は正常です。その壁や植物が呼びかけに応えてきたら治療が必要です。」

 

こういった内容のフレーズがフランスでちょっと前に流行った。

 


 

フランス全土の外出禁止により、ひとり家に篭るはめになったのは私だけではない。

寂しさのあまり植物に話しかける人も増えようというものである。

 

 

私はこの間料理をしていて、椎茸がまな板からころっと落ちたところへつい

「こらっ」

と声をかけてしまった。

 

次の瞬間猛烈に、

あぁ、これが一人暮らし

という実感が湧いてきた。

 

「おっと」とか「あっ」でなく、「こら」。

無意識にでも、椎茸を話しかける相手と認識し、言葉を選んでしまった

 


しかし椎茸は「ごめんごめん」と返事してくれなかったし、足が生えてまな板に戻ってきてもくれなかったので、私の手で拾って、調理して食べた。

 

 

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じつは外出制限が発令される直前に、も買った。

 

東京で花なんかほとんど育てたことはない。ちょっとした出来心だった。

 

イタリアの前例もあったし、その頃にはジワジワと「これはフランスも制限がかかるかな」という予感がしたので、共にそれを乗り越えてくれる相棒が欲しいなぁと思ったのだ。

 

 

それが街角の花屋で見つけたこの子(擬人法)である。

 

 

正直この時点では、まだ見た目が可愛いとは言えない。

ちょうど良い具合に小さくて安いから買った。

これが3月14日。


 

買った日に、名前をつけてあげようか。スペランサ(希望)ちゃんかな、なんてキザな事をちらっと思ったのだが、

 

この小さい株に今そんな名前は荷が重過ぎるなと思ってやめた。

 

世界情勢を背負わなくても良い。

元気に咲いてくれさえすれば。

 

 

 

そんなわけで名無しの花である。

ちなみに特に話しかけてもいないし、なんという種類の花かは分からない。

3月20日。
 
3月24日。


陽を浴びて水を飲みすくすくと育ち、大変可愛らしい。


買った当時は「本当に咲くのか…?」と疑わせるくらい小さくて固かった蕾が、色づき、ほどけて、思いきり開いていく様は、心に確かな喜びをもたらしてくれる。

 5ユーロもしなかったが、買って良かった。

 

 


ただし、私は同時にハラハラしてもいた。

 

あまりに順調に咲きすぎている。

 

外出禁止期間の相棒と思って買ったのに、私を差し置いてどんどん先に行ってしまっている。

このペースでいくと制限が解けるまでに全て咲いて、そして萎れてしまうのではないか。

 


いやだ、そんなに早くいかないでくれ。

最後までこの隔離の日々を付き添ってくれ。

今この部屋のなかで生きて呼吸をしている個体は、私とあなただけなのだ。

 (あ、紙袋で保存してるじゃがいもは呼吸してるかも…?)

 

 

たぶんこれは子離れ前の親の心境に近い。

もしくは、恋人にベタベタするタイプの人間の心境に近い。

「あなたがいなくなったら私どうすればいいの」というアレである。

 

 

 


私は少しでも成長を遅らせようと、わざと水をやらなかったり、日に当たらないよう1日に何度も移動させたりしはじめた。

 

子どもの成長を意図的に阻害する、今どきの言葉でいう毒親ってやつだ。

彼氏彼女の関係でいうところの、メンヘラってやつである。

 

 

花の方も急に恵まれない環境に置かれてびっくりしたことだろう。

しかし私から言わせれば、思っていたよりこの花が私の情緒を安定させている側面があった。

 

あまりに早く行かれては、こちらの精神がイカれてしまうかもしれないのだ。

やるかやられるかである。(?)

 

 

 

 

しかしそうこうする内に。

友人が、今でもスーパーでは鉢植えが売られていることを教えてくれた。

確認したところ、小さなバジルなどが店頭に並んでいた。(食品扱いなのだろうか)

 

 

もしこの花が去って行ってしまったら、第二子、もしくは新しい恋人をスーパーに迎えに行こう。

 

 

そう思うと再び心穏やかに花の成長を見守れるようになった。

晴れの日には窓辺に置き、水をたっぷりやっている。

の命は短いという。ならせめて少しでも一生を光のもとで過ごせるようにしてやろう。

自分に余裕ができた途端に、勝手なものである

 

 

 

花はそんな私のジタバタをつゆ知らず、今日も小さな鉢いっぱいに美しく咲いている。

 

 

4月3日。

 

 

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さらにもう一つ、最近私の心を慰めてくれている植物がいる。(擬人法)

 

 

それがこちら。


アパートの中庭に一本だけ植えられたこの木。

今がどうやら花盛りらしい。

 

ゴミ出しついでに撮った写真。

 

 

もちろん名前は分からない。

とにかくこの木が送る一年の中で、今がいちばん美しいということだけ分かる。

 

部屋にいる身近な恋人(鉢植え)と、美しい隣人(中庭の木)に元気をもらっている最近である。

 


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私は2ヶ月前、1月31日にフランスに来た。

その時はもちろん暖冬とはいえ真冬だった。

 

「暖かくなったらピクニックに行こう、昼から太陽のもとでビールを飲もう!」

 という友人が何人も居て、なるほどそれがフランス流の春の楽しみ方なんだな、と思い、それを心待ちにして寒さに耐えていた。

 


しかし残念ながら、今年の春は家の中で過ごすことになりそうだ。

仮に外出制限が解けたとしても、今年の春に外出を心から楽しむのは難しいかもしれない。

暫くは、最低限のことだけして、逃げるように家に帰らなければならない日々が続くのだろう。


 


しかし、春は来年も来る。


それに外に出なくても、ささやかな春を感じることはできる。

いまは待つ時期なのだ。

その事実を飲み込んで耐えようと思う。

(耐えるというほど引きこもりじたいを辛く思っているわけでもないけど…)

 



下は2年ほど前の静岡観光協会さんの動画です。

ピアノは私が弾きました。

(名前はクレジットされてないけど…)

 

少し時期を逸してしまった感はあるけれど、広い意味での春を待つ、ということで、せっかく思い出したのでこっそり載せておきます。

 

静岡の美しい春の風景ともに、

松任谷由美さんの「春よ、来い」

(フルート 上野星矢 / ピアノ 松田琴子)

 

 再生ボタンを押した後、この動画はYoutube でご覧くださいという部分をクリックすれば、見られるようです。



日本の皆様も、どうぞ今はじっと我慢して耐えていただきたいと思います。


イタリアやフランスのような外出制限はかかっていないことも、分かっています。

それでも命には替えられません。

家にいましょう。


どうか自衛をしてください。

今まで通りの生活を「ほかにやりようが無いから」続けることにせずに、少しでもリスクを減らしてください。


1人でも感染者が減ることを願ってやみません。







⇩フランスに外出制限が発令されてからの、15平米引きこもり生活のまとめ⇩


1週目はこちら「プリンターありませんか」

2週目はこちら「豆腐は大事だからとっとく」

3週目はこちら「植物に話しかけてはいない」

4週目はこちら「頼んでない楽譜が来た」

5週目はこちら「激闘、カスタマーサービス」