ファミリーサポートセンターの地域交流会に行ってきました。

ファミサポ、1年半くらいに一度使ったきりなんですけど、保険のために登録は続けています。
今回の交流会は、私のいるエリアの協力会員(預かる人)と利用会員(預ける人)の交流の場を設けるということで案内が来ました。
私は交流がしたいというより「こういう場に出て行かないと私は家に引きこもるばっかりだ」と思い、参加を申し込みました。

集まったのはファミサポのスタッフの方や協力会員の方が6、7人、利用会員が6人くらい+それぞれの子どもの合計20人くらい。
最初にアンパンマンの手遊び歌をして、次にバルーンアートでアンパンマンと剣を作ることになりました。

私はバルーンアートが始まるときにエルゴで抱っこしていた息子が寝ていたので、寝かせるためのベビーカーを取りにちょっと抜けました。
戻ってきたら皆がわいわいとバルーンアートに挑戦していたので私も輪に入ろうとしたのですが、娘が入ることを断固拒否。
私にひしとしがみついて離れようとしません。
しかたなく娘を抱っこしたまま外から見ていることに。

娘はこういう場、苦手なんだよね。
ファミサポの人が気遣っていろいろ声を掛けてくれるのにも、顔を背けてしまいます。

まあいいよ、嫌なのに無理に入らなくても。
私も小さい頃はそういうの苦手だったから、気持ちはよくわかる。

他の子どもたちがみんな風船を手に賑やかに遊んでいるのを見ると、ちょっといいなあと思っちゃうけど。


一方ベビーカーに寝かせた息子は置いたら目が覚めてしまったのですが、ファミサポのスタッフの方がずっと抱っこしていてくれました。
私と娘が安心して交流会に参加できるように。

有難い。
ああこの感じ、あれに似てる。

娘を初めて保育園に預けたとき、泣く娘を保育士さんに託して仕事に行くのがものすごく新鮮でした。
いつもいつもいつも娘の最終防波堤は母である私で、泣いた娘を受け取ることはあっても、私から誰かが受け取ってくれることなど皆無だったから。

相手はプロで、娘が泣いていても抱っこしてくれる。
「大丈夫」と受け取って私を送り出してくれる。
こんなの初めて…!

「ああ私が全部背負わなくてもいいんだ」

と、いつの間にか入っていた力が抜けていく感じがしました。

今日も、そう。
気兼ねせず、罪悪感も抱かず抱っこしててもらえるって、何てありがたいの!
何て解放感!

…と感じるのは、無意識のうちに子どもに関することは私が全部背負わなきゃならないと思ってしまっているってことなのよね。

夫に対しては少し別だけど、それでも夫に子ども2人を託して外出したあと「大変だったでしょう、ありがとう」と言ってしまうのは、多分その裏に「本当は私が見ているべきだったのに」という気持ちがあるから。
(だって逆の立場の時には夫はそういうことは言わない)

でもきっとそれは、気負いすぎというものよね…

だけど、案外多くのお母さんたちは多かれ少なかれそういう気負いがあるのではないかと思います。
だから多くの人が育児ストレスを抱え、でも他者にはなかなか頼れずに追い詰められてしまうのではないかなあ。

もっとゆるく、肩の力を抜いて、地域の、社会のみんなで子育てできる世の中なら、今より子育てが大変じゃなくなるかな。
昔はそうだったのかなー…


今の時代に昔の子育て環境を取り戻そうと思ってもできることではありませんが、ファミサポのスタッフの方や協力会員の方は本当に暖かい方々で、子育て世代を応援したいという厚意を感じました。
何ていうんだろう、血の通った感じというか、損得を超えたぬくもりというか。

それが感じられただけでも、今日は行って良かったです。


平日、子どもたちと3人だけで過ごしていると、時として余裕をなくしてしまう。

時間的な余裕、気持ちの余裕。

余裕があるときは、例えば娘が水をこぼしても「大丈夫、こぼれたら拭けばいいのよ」と言えるのに、余裕がないと「ほら、だから言ったでしょ!」となる。
(まあ、うっかりこぼしてしまったか、不注意で――注意すれば防げたのに――こぼしたかにもよるけど)


「子どもがイライラさせるのでなく、イライラの原因は、自分の中の思い込みです」
という言葉を見て「そうだよなあ」と考え込んだ。

子どもが自分の思い通りにならないから、イライラするんだ。

ご飯を食べずに遊んでいる。
せっかく寝ている弟を起こす。
着替えやおむつ交換を嫌がる。
なかなかお風呂に入らない。
歯磨きしない、寝ない。
気に入った服しか着ない。
私が本や新聞を読むのを邪魔する。

などなど。

こういうことが重なって、特に時間的に余裕がなくなると私はイライラするらしい。
健やかな成長のためにも早く寝て欲しいから、ご飯やお風呂が遅くなると寝るのが遅くなるー!きー!となってしまう。

でも、他人が、しかも2歳児が、私の思う通りに行動しないのは当たり前だよね。
娘が悪いわけではない。
ご飯を食べて欲しいのも、弟を起こさないでほしいのも、着替えやおむつ交換して欲しいのも、早く寝て欲しいのも、全部私の都合だもの…。

そして多分、私が思い描く通りに行動しなかったとしても、大きな問題になったり、取り返しのつかないことが起こったりはしない。


娘は、公平な目で見れば、2歳児にしては聞き分けがいい方ではないかと思う。
「ダメ」と言ったことはわりと守るし、弟も可愛がっているし、赤ちゃんがいるせいで「待って」「あとでね」と我慢させていることも多い。


しつけとか、親の言うことを聞かせるとかいうことと、
私の都合のいいように動いてくれることとは別。

ほんとうに大事なことは何か、
いま必要なのは何か、
拘らなくていいことは何か、
後回しにしていいことは何か。

子どもの気持ちに寄り添いながら、軸がぶれないように考えてみよう。


そんなにイライラしなくていいんだよ、ほんとは。
そんなにちゃんとしようとしなくていいんだよ、私。きっと。
もっとゆるく考えよう、肩の力を抜いて子どもに接しよう。


昨日は節分でしたが、我が家は何もしませんでした。
夫は友達と飲みに行っていて夜は家にいなかったし。

私は本来わりとこういう年中行事みたいなのが好きで、一人暮らししている時も節分には豆を食べたりしていたのですが…

その前の金曜日(2月1日)、タクの予防接種があったのでアーニャを保育園に預けたのです。
その日は保育園で節分のイベントの日。
節分についての絵本を読んでもらい、保育園に鬼が来て、みんなで豆まきをしたそうです。

…でね、アーニャ、鬼がとっても怖かったみたい。

泣きはしなかったけど、ずっと先生に抱っこしてもらっていて、終わった後も部屋のドアが開くたび気にするなど少し怯えていたんですって。

家に帰ってからも、「保育園楽しかった?何して遊んだの?」などと聞いていたら、鬼のことを思い出したのか急にベソかいて「抱っこー」と言ってきました。

その後も時々「ほいくえん、する?」と言っては泣きます。
トラウマになっちゃったみたい。
これは家で豆まきどころではない。少なくとも今年はできません。

「怖かったんだね。でももう鬼は来ないから大丈夫だよ。豆を撒いて追い払ったでしょう?」と聞かせているのですが、3日経った今日も「ほいくえんする?ほいくえんいかない」と言って泣いてました。

ああ、すっかり保育園が怖い場所になってしまった…

来週また1日預かってもらうんだよなー。
それまでに鬼のことを忘れてくれるといいんだけど…

怖がりアーニャ。
ナマハゲの来るところに住んでいなくて良かった。
鬼から電話」のアプリもスマートフォンに入れてあるんだけど、効き過ぎそうで使えません(^^;;