中学生になって初めての家庭科の調理実習で、ほうれん草をバターで炒めた料理を先生に教わりながら作った。
これがとても不味かった、という経験をはっきり覚えている。
以来私は、ほうれん草を出来れば避けて通りたいと思うようになった。
それまでずっと食べていた母が作るほうれん草のお浸しも、あれば残さないように食べるが、何の感情も動かさないまま食べていたように思う。
まあ子供の頃は野菜にはあまり関心を持たなかったはずだが、特にほうれん草についてあのバター炒めからは恐怖心のようなものが芽生えたのは確かだ。
ところが成人になって30年近く前、実家に行ったところ「常夜鍋」というのをご馳走になった。
豚肉とほうれん草だけ、というシンプルな鍋なのだが、意外や意外にこれが抜群に美味しかったのだ。
毎晩食べても飽きないというところからの「常夜鍋」と呼ぶそうだが、それまでのほうれん草への偏った考えは少し変わった。
以来我が家では定番メニューになり、子供らが小さい頃は子供が豚肉を食べまくるので、私はほうれん草だけでもよかった。
それほどまでにこの鍋のほうれん草はなぜかうまい。
そして最近、私はあるきっかけがあって初めて自分でほうれん草のお浸しを作ってみることになった。
根本を洗って茎の部分を30秒ほど煮て、さらに葉の部分も鍋に押し込んでさらに30秒。これで引き上げて水気をしぼればいいという。
早速食べてみると、今まで感情なしで食べていたほうれん草の味に目覚めた。40年以上の呪縛から逃れた感じだ。
それからは自分が食材買い出しのタイミングがあるとほうれん草を買って、お浸しを作り置きにしている。
さらに嫌な思い出をリセットするために炒めものにも試してみた。
ネット検索すると卵と炒めるだけで抜群に美味しいという情報が多々あった。これまでに自宅でも出ていたかもしれないメニューだが、私は無意識にスルーしていたのだと思う。
冷蔵庫に残ったベーコンや肉のカケラとほうれん草、そして溶いた卵をごま油を使ってフライパンで炒めると、今までの人生でしっかり味わわなかったことを深く後悔するくらい美味しい。(以下、ネットで拾ったイメージ図)
お浸しも炒めものも、ほうれん草ならではのうま味があって、他の野菜とはレベルが違う美味しさのように思える。
55歳にしてほうれん草に目覚める、というのも面白いものだ。
子供の頃によく見たアメリカンアニメ「ポパイ」でほうれん草を食べると突然パワーが宿って強くなるシーンがあったものだが、この年にしてようやく意味が分かったような気がする。
心なしか最近身体の調子もよいようにも思うのだが。