寿建設 社長ブログ

寿建設 社長ブログ

福島県福島市にある建設会社です。
会社や現場の取り組み、
日々の仕事や取り組みの中での
エピソードや思うことを綴ります。

旧統一教会の問題が連日メディアで取り上げられている。

複雑な問題をはらんでいるようだが、そういえば大学生の頃は頻繁に宗教の勧誘があったことを思い出した。

東京都内の個人宅の二階の4畳半下宿部屋(コンロ1つの小さな台所付個室)に住んでいたのだが、休日の朝入口のドアをノックする音で目覚め、誰かと思ってドアを開けるとやさしそうなおば様が静かに立っていて、聖書のようなものを広げていろいろ説明して下さることがよくあった。

気が弱かった私はなかなか断ることが出来ず、だらだらと話を聞いてしまうので必ず強引に勧誘されそうになったものだ。

 

近所をスポーツタイプの自転車で数名が並んで走る姿を時々目にしていたのだが、ある時その一人から声をかけられた。片言の日本語のようだったと記憶しているが、すぐに計3人が混ざってきて楽しく会話をしているうちになぜか彼らが共同生活しているらしきアパートの部屋に連れていかれた。

外国人と交流するのも楽しいかと思ったら、部屋に入ると態度が一変。●●教の信者になるよう説得が始まったのである。この時ばかりは恐怖を感じて部屋を飛び出し一目散に逃げた。

以来、彼らの姿を見つけると私は違う方向にこそっと逃げるようになった。

 

20年ほど前まで、工事現場にあやしい宗教団体の人が大きなリュックに入れた「珍味」を売りに来ることが時々あったものだが、あれは何だったのか気になってネット検索したところまさに旧統一教会だったらしい。

紹介したような話を最近聞くことはないが、勧誘活動はどのように展開しているのだろう。

 

あの当時は個人情報を保護するような制度がなかったので、宗教に限らず、いろんな電話がかかってきたものである。たぶん「こいつは引っかかりそうだ」電話番号リストがあって私の名前も掲載されていたに違いない。

朝の散歩にスマートフォンを携帯し、思わず足を止めるような景色は必ず写真を撮っている。

阿武隈沿いをいくつかのコースで歩いているのだが、朝の自然はさまざまな表情を見せてくれるので、心動かす光景は減るものではない。

もう3年近くになるので、パソコンに保存した散歩写真は結構な量である。

 

いい景色ではないかもしれないが、面白い景色もつい撮ってしまうものである。

電線に次々と止まるハトたち。

アップにすると、なんだか楽譜のように見える。

ベース音でドドドドドドドドドと刻みながら、高音が時々響いているように聴こえそうだ。

 

こちらは以前から気になっている変電所。

右側の装置は、なんだか複雑な表情をした少年の顔がいつも何かを訴えている。

まったく共感いただけないかもしれないが、私にとっては「ふっ」と微笑みたくなる朝の散歩のおまけである。

もちろん、きれいな写真も撮っている。

JR只見線は、福島県・会津若松駅と新潟県・小出駅を結ぶ全長約135kmの路線である。

東日本大震災直後の2011年7月、新潟・福島豪雨により鉄橋の流出や土砂崩れなど甚大な被害を受け、特に被害が大きかった会津川口・只見駅間は現在でも不通状態でバスによる代行輸送が続いているが、11年の年を経て今年の10月に待望の全線開通の予定となっている。専用サイトまで出来るほどの歓迎ぶりである。

https://saikai-tadamiline.jp/

 

只見線と並行する国道252号は車で年に何度ものペースで通っており、関連工事で只見線に入ったことも多々あるが、私は旅として只見線に乗ったことがなかった。

開通すると代替バスを含めて全線に乗るという体験は今後出来ないと気づき、過日一人で只見線を旅してみることにした。ネットで調べると、朝6時3分会津若松発に乗れば、小出に2時間半滞在して17時21分には会津若松に戻る往復旅が可能であることが分かった。

こちらが往路。

朝4時過ぎに福島を出て、車で会津若松駅に向かう。事前に調べた、駅前の1日最大料金500円の駐車場に車を置いていざ駅へ。

ホームにたたずむ「会津川口」行の列車。

中は私同様の旅をするらしき方が10数名と地元客がパラパラ程度で、一人でワンボックス席を確保。万が一大混雑していたら感染防止でやめることも想定していたのだが、これなら安心である。

車窓からの会津盆地の景色は広々と自然豊かで、何度もシャッターを切ってしまう。

会津若松駅では小出までの切符が買えなかったので、車両の中で駅員さんに追加料金を払って小出駅までの切符を頂戴した。こんなやりとりも懐かしい気がする。

会津坂下を過ぎてしばらくすると、山々が迫ってきて奥会津らしい景色になった。

そして只見線の名物である、只見川山や空や橋が映る圧巻の光景が続く。

列車にガタゴト揺られながらこんな景色を見るのはどれくらいぶりだろう。そういえば10代20代の頃の貧乏旅行では長い時間鈍行列車に乗ることは当たり前だった。最長で東京から鹿児島まで行ったこともあるし、その他登山もからめて広範囲で自然豊かな景色を見ながらの列車旅をしたものだ。強い刺激が優先される現代社会であるが、こうした旅のやさしい豊かさや良さに改めて気づいた気持ちになった。

車中でゆっくり読書しながらの旅と思っていたのだが、ずっと景色から目が離せない。

約2時間かかって会津川口駅着。

ここからバスに乗ることになる。

こちらでも2人掛けに1人で着席。この先は車でよく通る(前週も通っていた)が、バスに乗ってだとまた気分が違う。

途中、新潟・福島豪雨直前に当社がJV(共同企業体)で受注し、本施工も担当したトンネルを通過。

自社の仕事が地域に役立っていると実感する。

そして東北のマッターホルンと呼ばれる蒲生岳の雄姿。

小一時間の乗車で只見駅に着。

ここから県境の山越えルートである。やはり空いている。

しばらくトンネルの連続であるが、時折見せるダム湖(田子倉湖)や

川沿いの景色を楽しんでいると

あっという間に(1時間15分)小出駅着である。

この区間、こんなに短いとは思わなかった。やっぱり乗ってみなければ分からないものだ。

駅を出ると猛暑。

ちょっと歩くと汗が噴き出るのだが、駅前周辺には特段何もない。上越線にて15分程度で行ける小千谷駅前に美味しい「へぎそば」屋があることを以前聞いたことがあったので、時刻を調べるとよいタイミングで往復出来ることが分かりそのコースを選択する。

 

地下道への入り口が名物である「鯉」を模しているのが印象的な小千谷駅前。

評判通り、絶品のへぎそばを食べて駅前通りを散策した後、

小出に戻って帰路に着く。

帰りの時刻はこちら。

帰りはゆっくり読書しながら戻ることにしたつもりも、やはり景色に目を奪われることが多かったのだが。(帰りの会津川口発の列車では景色を解説して下さる女性が乗っていて、絶景箇所ではスピードをゆるめてくれたりのサービスも印象的だった)

 

どこかに行くことが目的ではなく、列車に乗ることが目的の旅というのは本当に久しぶりながら満喫出来た。

私はこういう旅が好みなのだ。2、3日ずっと乗っていても大丈夫である。まったく退屈しない。

2年前に知った「手段が目的化することを趣味という」との言葉が最近お気に入りなのだがまさにそんな趣味であろう。

「乗り鉄」というのかな、50代中盤を迎えているこれからは、各駅停車の旅を趣味にして楽しみたいという思いがあふれいる。

国が国民に毎年の歯科健診を義務付ける「国民皆歯科健診」制度の検討をしているとのことで、歯科医に行くことの重要性を訴えるニュースなどを見て、私はもう10年近く歯医者さんに行っていないことに気づいた。

診察券を探し出して見ると、最後に行ったのが平成25年(2013年)なので、確かに10年近い。

毎年人間ドッグを受診しているが、歯の健診はないのでいったいどんな状態になっているのか気になってくる。生活の中で特段不具合は感じないが、歯石も結構たまっているだろうし、気づかぬ間になにか異変が起きているかもしれない。

50過ぎて早3年を経た今さら突然歯痛になっても困るので、10年前の診察券を持って歯医者に行ってみた。

 

突然行ったところ、受付で呆れたような顔をされ「予約制なので予約して下さい」と言われる。以前からそうだったっけ?

聞けば翌々週なら予約可能とのことで、予定して行ったのが先週のこと。

 

10年という時を経ての歯医者さん、建設業同様新しい技術が導入されていた。

細い棒状のカメラを口内に入れて写真を撮るのである。

私は上の両奥歯に「親知らず」があるらしくそれをいろんな角度から撮るため、二人の方に顔と口を押えられながら結構な時間かけて撮影いただいた。

そしてパソコンでその画像を見ながら、いろいろ説明を受けるのである。

虫歯はないとのことで安心したが、歯並びが悪い上10年も放置したため歯石はかなりついており、2週かけて除去いただくとのこと。

すごい診察になったなあ、と思って帰宅後に気になっていろいろ調べたところ、写真撮影どころではなかった。

口内をスキャニングして3Dデータにして、歯の詰め物なども3Dプリンターで簡単に作れる装置まであるというのだ。

(参照例)

 

当社ではまだ実用に至ってないが、建設業ではすでにドローンで地形を撮影して3Dデータ化し施工に応用出来ているのである。この10年の間に他の業種もどんどんそのような技術革新が進んでいないほうがおかしい。

久しぶりの歯医者さんで、技術革新についても考えさせられた。

 

先生と話すと、どんなにしっかり磨いても歯石はつくそうで、半年に一度くらいは歯医者に来てきれいにしたほうがよいとのこと。ならば私はどれほど放置したのだろうと反省した次第。

ジャンルとして何という分類に入るのか分からないが、昔から日本の地方の旅情などを描いた歌が好きである。

大学時代に山に登っていた頃、当時は歌集というものをみんな持って歌うのが娯楽(?)の一つで、その中に出てくるような歌を好きになったのだと思う。

代表的な曲で真っ先に思い浮かぶのが「知床旅情」である。

知床の岬にハマナスの咲く頃

思い出しておくれ 俺たちのことを

飲んで騒いで丘に登れば

はるかクナシリに 白夜は明ける

 

風景と気持ちが素直に浮かんでくる歌詞と、明るさの中に情感のあるメロディが身体に沁みてくるような歌であり、当時頻繁に歌っていたものだ。

大学時代の恩師はカラオケに行くと作詞・作曲した森繫久彌さんばりに歌い上げるのが恒例で、時々山仲間のみんなで肩を組んで歌った記憶もある。(昭和ぽいが平成の初めである)

 

好きな連載の一つである、今月の日本経済新聞最終面「私の履歴書」は俳優の山崎努さんで、先週の金曜の文の中にその「知床旅情」が誕生した時に立ち会ったエピソードが紹介されていたので以下転載する。

 

(※注…山﨑さんが出演した映画)2作目の「地の涯に生きるもの」では森繫久彌さんの即興能力にびっくり。

あの名曲「知床旅情」はこの映画の宴会シーンで森繫さんが即興で作詞作曲したものである。撮影中に久松静児監督が突然、「ここのでひとつ歌が欲しいな。繫さん、何か歌え」と言った。場面は、知床の漁師の息子(僕の役)の出征を祝う宴。森繁さんは土地の匂いのする歌をイメージしたのだろう、セットのちゃぶ台に紙片を置き、「……知床の」「……岬に」とエンピツで書きつけ、口ずさむ。昼食休憩があり、そして出来上がったのがあの曲。森繁節で見事に歌った。

だからあれはもともと、我が子を戦場に送る惜別の曲だったのである。あの場に居合わせた人ももうほとんどいなくなったと思うので、生き証人として記しておく。

 

練りに練って作った歌ではなく、アドリブ的に作ったとは知らなかった。

しかしだからこそ、水のようにすっと身体に入ってくるような自然さがあの歌にはあるのかもしれないと思うと納得出来る。

よい話を聞いた。