もう20年以上前だろうか。公立の図書館でカセットテープやCDを貸していることに気づいた。
それは多くが小説やエッセイを朗読したものが市販されていて、有名なシリーズが「新潮カセットブック」。
以下参照。
https://ameblo.jp/kotobuki5430511/entry-12328473462.html
そのリストの中に、何本か貴重な講演の音源があった。
一つは寺山修二さん、そしてもう一つが向田邦子さんであった。どちらも好きな作家さんだったので、当時非常に興味深く聞いた。
そして向田邦子さんの講演は「言葉が怖い」と題しのちにCDにもなっていたので購入し、今も手元にある。
このCD、今も年に1、2度聞くことがあるほど繰り返し聞いている。
淡々と話しているのだが、言葉に対する考察がとても奥深い向田邦子さんの話は、いろいろなヒントになっていると思っている。
特に印象深く心に残っている話が、とあるネット記事に全文掲載されていたので以下コピーして掲載する。
三浦友和さんと山口百恵さんの結婚披露宴での、森繫久彌さんのスピーチについて語った内容である。
ぜひCDで全部をお聞きいただきたい。
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ロンドンの公園で、ベンチにすわってぼんやりしていたンだそうです、森繁さんが。
そうしましたら、「隣に六十ぐらいのお婆さんが」って、この言い方はちょっとおかしいと思うんですよね。
森繁さんは六十八で、自分は若いと思ってて、「六十のお婆さん」って言う言い方はほんとにけしからんと思うンですけど、まぁ、これは大正生まれの男の方ですから勘弁することにしまして、六十ぐらいの、そのお婆さんが編物をしていた、って言うンですね。
で、その人が、いきなり森繁さんをつっついて「ちょっと失礼」ってつっついて、「あなたご自分の足の靴の先を見なさい。靴の先を見なさい」と言うンだそうです。
森繁さんが、えっ、と言うんで自分の靴の先を見て、何かくっついているのかと思ったけれど、何もくっついていない。
「えっ」て言ったら、「黙って、あなた目を上げないで、自分の靴の先を見なさい、靴の先を見なさい」
何か落っこているのかと思ったら落っこてない、って言うンですね。
ひょっと顔をあげたらば、ローレンス・オリヴィエが、女の方と腕を組んで歩いていた、って言うんですね。
まぁ、森繁さんもローレンス・オリヴィエだからハッと思って見ようとしたらば、「靴の先を見なさい」と、その隣の六十のお婆さんが、かなり命令口調で低い声で言ったんだそうです。
で、「今、前を歩いている人達は、プライベートタイムなんだから、あなたは見てはいけない」
もちろんその人は、森繁さんが日本の役者だっていうことは全く知らないわけですね。
「見てはいけない。あなたは靴の先を見るべきだ」と言ったというンです。「見るな」と言われれば、最初から見る気がなくてもムッとするかもしれない。
でも「靴の先を見ろ」と言われれば、「なに?なに?」と謎の世界に引き込まれてしまう。同じ動作を促す言葉なのに、聞く方の気分はぜんぜん違う。
で、それから本論に入るわけですけれども、自分はその話が、とても肝に命じて好きな話だ、と言うんですね。
皆さん、新聞記者の方も、ここにいる方も三浦さんご夫妻に対しては、「靴の先を見てくれ」と。
もうコレ以上、新婚旅行だの、新居訪問だの、子どもはいつだとか言って追いかけ回さないで、「プライベートタイムには靴の先を見てくれ、ということをお願いしたい」と言ったんです。
で、みんなたいへんに拍手したンですけれども、現実はだれも靴の先を見る人はいなくて、アパートまで押しかけて、騒いだりしておりますけれども。
そのスピーチは、三、四十人のかたがスピーチをいたしましたけれども、圧倒的にやはり、短いスピーチでしたけれども、すばらしいスピーチで、皮肉もありますし、愛情もあるし、まっ、追っかけられて困った自分の経験とか、外国でたしなめられた、しかもそれも「靴の先を見ろ」という非常に具体的な、プライバシーとか、そういう抽象的な言葉はひと言も使わないで。
まっ、その場にたまたま居合わせたのかもしれませんし、
森繁さんのことですから、誰かに聞いたのかもしれないと思うんですけれども、
すばらしいスピーチだったと思います。