このところ秋晴れのいい天気が続いていたので、この暗い曇天はこたえます!

しぜん、心も曇り空に・・・。

そんな時は、やはりこの本を。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * 


自分を追いつめないようにすること。


その方法は、何にでも「たかが」をつけて考えることです。


                       曽野綾子『うつを見つめる言葉』

                            ~眠れないとき~


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 


この言葉に、くそまじめな私はずい分救われました。


固い職業の人間ばかりの家族に育てられ、両親や祖父母から、

「人に笑われないようにせんとあかんよ。

いい子でおらなあかんよ。」

と毎日言われ続けているうちに、いつの間にか他人の眼にひどくおびえる私になっていました。何をしても、

『こんなことをしたら、笑われるのではないか?』

『誰かに馬鹿にされるのではないか?』

と、人目ばかり気にして自分らしく生きられない毎日を送るようになっていた。

笑われたって、どうってことないのに。

それで成長出来る時だってあるはずなのに。

いい子の仮面をかぶって、でも私自身は、そんな自分に息がつまりそうでした。


そんな時、この言葉に出会ったのです。

『そうか、「たかが」をつけたら、自分を解放できるんだ!』

それが分かった時の、パーッと窓を開いたような開放感!


そうだよ、たかが人生。

失敗したっていいんだ。

きっと、そこから何か大切なものを学ぶことが出来るはずだから。


コタピのブログ



* * * * * * * * * * * * * * * * * * *

                 

人間は常に自分が手にしていない運命の方を明るく考える。


                           ~自信を失った時~


* * * * * * * * * * * * * * * * * * *


これも、深い言葉です。

『今、この人生に逃げないで正面から立ち向かっていこう。』

そう思わせてもらった言葉でした。

だって、違う道を選んでいたら、もっともっと辛く険しい人生だったかも知れない。

あかんたれの私には耐えられなかったかも知れません。

この道が私のベストの道・・・・。

そう思ってくじけないで生きていこうと思うことが出来ました。


コタピのブログ



* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 


自分が相手からどう思われているかなどということは、


人生でさしたる問題ではない。


                           ~人間関係に悩むとき~


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 


自分の信念を貫く時、人目ばかり気にして思う道を歩めないなどという

馬鹿なことをしたくない。


いつもこの言葉を胸の中の大切な場所に置いて、生きてゆきたいものです。

京都生まれの入江敦彦さんという人の書いた『KYOのお言葉』という本を読みました。

その中に、「世界で最も翻訳が難しい言葉」の第3位に京都語の「なぁ」が入ったと

いうことが書いてありました。

約千人もの言語学者を対象に、数年前に調査したそうです。


ちなみに、1位はコンゴ南東部で用いられるチルーバ語の「ilunga」。

(「一度目はどんな悪口でも許し、二度目には我慢し、けれど三度目は決して許さない人物」という意味)

2位は東欧のユダヤ系言語イーディッシュの「shlimazi」。

(「慢性的に不幸な人」を指す)

そして3位に輝いたのが、京都語(?)の「なぁ」だったらしいです。


上位の二つは、かなり複雑なニュアンスを含み、訳す時に非常に困難を伴うらしい。

そしてそれに続くのが、私たち京都人が使っている「なぁ」だったとは!

『やはり京都人の口語は世界中の学者を悩ませる複雑怪奇な存在であったか、と感慨深い』

と自身も京都人である作者の入江さんは述べておられます。


コタピのブログ


なぁ」を共通語の「ね」と訳すと、そのニュアンスが微妙に違ってくる。

語りかける始めにも使う呼びかけなのですが、私たちが一番よく使うのは、話し終えた後。

「なぁ、今日行って良かったやろ、なぁ~あ?」

という風に、伸ばしたり、語尾を上げたり下げたりとその時々によって微妙に変えて

使うのです。


『音声化こそしないが、「なぁ」のあとも言葉は続いているということ』

と、入江さんは書いています。

『京都人と会話するなら、その無言の台詞を聞き逃してはいけない。

たいがいそちらの方に真意が隠されているのだから。

京都語は「なぁ」から始まるミステリーである。』


ミステリーかは知りませんが、確かに京都の言葉は後まで余韻を残す言葉が多い気がします。

隣の大阪の人と話している時、それをより強く感じるのです。

彼らの「竹を割った」というのとは正反対。

自分でも「ねちっこい性格やなぁ」と思ってしまう時がある。

本心をうまくカラッとは言えない。


いつも御所を仰ぎ見て暮らし、めったな失言は出来なかった京都の人々の血が、

私の中にも流れている、ということでしょうか?

それでも、「なぁ」という言葉は、とても好きな言葉の一つです。

私にとって、いつまでも大切にしたい言葉でもあるのです♪

この衝撃的な説を唱えているのは、苫米地英人さん。

かつてオウム真理教の信者の脱洗脳を手伝ったと言われ、洗脳についての

造詣が深い人。

多くの脳機能学や認知心理学などの著書があり、どれもベストセラーになっています。


彼が、この間話題になった「一瞬で相手をオトす洗脳術」(禁断の「一目ぼれ」テクニック)という本の中で、この説を展開しているのです。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 健康であるために、私は2つのルールを自分に課しています。

 ひとつめは、有酸素運動を極力しないことです。


 もうひとつは、栄養をなるべく摂らないということです。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * *


そう、この本には書かれています。


有酸素運動は、そのときは酸素を吸って気持ちが高揚し、健康になった気がするが、ただの錯覚で安物の健康ドリンクと同じ』

と書かれ、身もふたもありません。


『脳をじゅうぶんに使っていれば、大量のエネルギーが消費されるので太ることはない』とも。

どれ程考えまくっているのでしょうか!


『仙人やヨガの行者が長生きなのは、酸素と栄養を極端に摂らないから。

空気の薄い山の上でかすみを食べるような生活こそ、理想の健康法といえる』


何でも、プロスポーツ選手は、これと逆のことをやっているので、身も心も病んでいる人が多くいるらしいのです。


この一ヶ月くらい続けてきた炭酸水ダイエットも、最初に2キロ落ちたきり横ばい状態。

チベット体操も毎朝続けているけど、はかばかしい結果が出ない。

この上はウォーキングでも頑張って、あとせめて2キロ落とそうと思った矢先に読んだこの本の一節。

ショッキングです!


でも、考えてみれば普通の人間が、ダイエットできるくらいも脳をフル回転させるなどということが果たして可能なのでしょうか?

それに、極力栄養を摂らない、なんていうことも食いしんぼの私には絶対無理。

だったら、やっぱり健康に悪いと言われても地道に運動を続けないとダイエットは不可能でしょうね。


健康っていうのは、本当のところいったい何なのでしょう?


「好きなものをおいしく食べられる」

これも私の中の『健康』の定義の一つだったのです・・・・。


もしかしたら、人それぞれに『健康』の解釈はあっていいのではないかしら。


幸せに生きていくために、みんな心も身体もともに『健康』でいたいと思う。

でも、我慢ばかりの『健康』なんて『健康』とはいえない気がします。

誰も不老不死ではない以上、納得できる自分なりの『健康』をある年齢まで保てたら

御の字なのではないでしょうか。


とにかく楽しく生きて行きたいです

健康』を目指すのも大切だけど。

目標の運動量をクリアした時のいい汗をかいたうれしさ。

おいしいものの誘惑に負けて、それをほおばった時の「これだよな~♪」というなんともいえない満足感。

そういうものをやっぱり大事にしたい。


能天気な私は、苫米地さんのような仙人生活にはとても入れないことが分かりました。

やっぱりこの秋はスポーツの秋。(「食欲の秋」は当然です!)

ウォーキングに励んで(おいしいものも少しは食べて)、あと少しでもダイエットできるように頑張りましょう♪♪

昨日の続きです。

天龍寺の横に宝厳院というお寺があり、秋の特別拝観が行なわれていました。



コタピのブログ
時間的に拝観は無理。で、それを横目で見ながら、その門前。
そこに嵐山羅漢という石像の群れが。
何とも異様な雰囲気をかもし出していました。
コタピのブログ

羅漢とは、仏様の教えを広めようとした弟子たちのことを指すらしい。
コタピのブログ


この像たちは、檀家や地元住民をはじめ各地の人々からの寄進によって建立されたもの。

阪神大震災で亡くなった方々への供養や、家族の健康、成長を願うものなど、さまざまな思いが込められているそうです。

コタピのブログ

いろんなお顔や動作をした方々が・・・・。

これだけの数があると、どこかに自分に似た人がいそうです!

ちなみに、後ろに写っているのは有名な湯豆腐のお店。


コタピのブログ


夕方ちかく、日が翳って羅漢さんも気のせいか憂いを帯びた姿に見えます。

そこからこの京都や日本中をどうか守っていてくださいね。


コタピのブログ


秋の日はつるべ落とし。

連休も最終日です。早く家に帰らなくては・・・・。
コタピのブログ

人力車のお兄さんたちも、もうあきらめ顔。

「あ~、疲れたな。連休も終わっちゃったよ~!」

たくさん儲かりましたか?

京都の観光シーズンは、まだまだこれからです♪♪

連休の最終日の昨日、実家から帰る途中に嵐山に立ち寄りました。

本当は、こんな混雑が予想される日には行かないのですが、なんとなくそういう成り行きに・・・・。

人でいっぱいの渡月橋です。


コタピのブログ

和服の女性の姿を見つけ、撮らせていただきました。

誰かを待っているのでしょうか?

10月なのに昼間の日差しはきつく、まだ日傘が必要です。

コタピのブログ


嵐山名物、人力車のお兄さん。誰彼となく声を掛けています。



                            私は地元なんですが・・・・・・。
コタピのブログ

大堰川に浮かぶ船にも多くの人が乗って、休日を楽しんでいました。

ちなみに、渡月橋をはさんで上流が大堰川、下流が桂川となります。

今が一番いい季節。

みんなのびのびとして楽しそうです。

コタピのブログ


ここから船に乗ります。

貸ボート1時間以内(3人乗り)1400円

遊覧船 二人まで 3500円

食事つき遊覧船もあります。

渡し舟もあるそうです。

コタピのブログ


小さな白い鳥が一羽。

何を思っているのでしょうか。

人々の喧騒をよそに、静かにたたずむ姿がなつかしく、ついカメラを向けて

しまいました。

こんなに自然が近い観光地は珍しいのでしょう。

だからこれほど多くの人たちがここへ足を運ぶ。

その自然の美しさを守るのは、誰でもない私たち人間の責任。

ここに住む生き物たちが、それを教えてくれている気がします・・・・。


コタピのブログ