今日は仲秋の名月お月見


去年は10月3日がそうでしたが、今年は今日。

で、やはり今年も、恒例となった赤山禅院のへちま加持に行ってきました電車



いつも唇にうたを


去年の写真を見てみると、長袖の参拝者が多いのですが、今年はこの暑さ!

扇子や日傘が手放せません。

皆さん、汗を拭きながらのお参りです。

いつも唇にうたを


今日は平日で、あいにく午後から雨雨の予報。

そのせいか、お参りの人の数は、いつもより少なめでした。

いつも唇にうたを


比叡山千日回峰大阿闍梨様のご祈祷を受ける間も、みんな額に噴き出す汗を拭いながら・・・・。

今年の残暑は、本当に厳しい晴れ



いつも唇にうたを


下の写真↓は、ここの福禄寿おみくじ。

わたしは、もう8体も持っています。

この子(?)で9体目。

去年は「小吉」でしたが、ことしは「半吉」。


でも、「半吉」って・・・?

私はこれで2~3回出たのですが・・・・。


調べてみると、おみくじの縁起の良い順番は、7段階と12段階に分けられているらしいのです。


お月見7段階の場合の縁起の良い順番


大吉 >中吉 >小吉 >吉 >末吉 >凶 >大凶
 

お月見12段階の場合の縁起の良い順番


大吉>中吉>小吉>吉>半吉>末吉>末小吉>凶>小凶>半凶>末凶>大凶


となるのだとか。


ということは、「半吉」は12段階の上から5番目。

まあまあってとこかな?ぶーぶー


でも、果たして「凶」とか「大凶」なんかが出ることあるんでしょうか?

「凶」はまだしも、「大凶」は、ショックが大きすぎる・・・ダウン


でも、↓の写真の大きな福禄寿さんは、

「長い人生、そんなこともあるわい」

とでも言って微笑んでくれているようですラブラブ



いつも唇にうたを


望遠で撮れなくて、小さくしか見えませんが、お屋根の上の↓猿さんは健在。

「今年も、よう来たのう・・・」

と、網の中からつぶやいてくれているみたいです。

いつも唇にうたを

私の大好きな七福神像

毎年同じ場所で、私を出迎えてくれます(当たり前か・・・・)

いつも唇にうたを


いつも唇にうたを


いつも唇にうたを


少々夏バテ気味で、今年はお参り出来るかどうか危ぶまれましたが、何とか無事やって来ることが出来ました。


来年は、どんな思いを抱えてこの門をくぐることになるのでしょう。

どうぞまた一年、進歩のある日々を送らせて下さいと祈りながら、一人山門を後にしました。

いつも唇にうたを

この頃、本当に長いこと、ブログ更新をさぼっています。


約1ヶ月半ぶりの更新・・・・ガーン

読んで下さっている方、本当にすみませんあせる


思い返せば、今年のの猛暑の、なんと過酷だったことでしょう!!

たとえ38度を超えたとしても、

「やっぱりな、暑かったもん晴れ

で済んでしまうその異常さ・・・。


ところで、毎年涼しくなるお盆前後に、私の夏バテ(夏老け?)が始まります。

身体全体のだるさに始まり、顔のたるみ、何ともいえない脱力感、焦燥感・・・・。


が、猛暑続きだった今年は、やっと朝晩涼しくなってきた今ごろ、それがやって来ました。

女の命とも言えるお肌の状態も、かなりの危険信号注意

全身のだるさも、無気力感も例年以上ですしょぼん


動物たちさえ、熱中症で死んでいったという今年の長い夏晴れ

一体何人の人が、そのために大切な命を失ったことでしょう・・・・。


それに比べたら、少々のしんどさくらい、しっかり耐えねば、と自戒しました。


さて、この夏といえば、私は所属していた合唱団を退団し、新しい合唱団に入団したのです音譜


今まで、前の合唱団の、年配の団員のみで何ごとも決められるシステムにずっと納得が出来ませんでした。

歌う歌も、昔の香りが漂う、ハーモニーが軽視された奇妙な選曲ばかり。


だから、今年の演奏会が終ったのをいい機会だと、気分一新、新しい合唱団のオーディションを受けてみたのです。

そして、わりと厳しい(?)倍率をくぐりぬけ、なんとか合格することが出来ましたニコニコ


今は、その合唱団に慣れることを一番に、歌の練習に励んでいます。

今度は混声合唱団なので、前とは全く雰囲気が違い、それもまた新鮮な感じがします。

男の人が混じると、全体の空気に和やかさが生まれ、とてもほほえましいのですヒマワリ

そして、男女の声が一つになるハーモニーの美しさも、あらためて知ることが出来、とても幸せな気持ちにもなれました。


夜の練習なので、体調の悪い私はいつもいっぱいいっぱいなのですが、おかしなもので、練習場に入って歌いだすと、不思議にどこからか力が湧いてくる気がするのです。


そう言えば、誰かが、

「歌うことと踊ることは、人の身体の免疫力を上げる効果がある」

と言ってましたっけ・・・。


好きな歌で免疫力を上げられるとは、これ以上の幸せはありません。


歌うことが出来るという幸せに感謝し、いつも綺麗な心を持って、綺麗な歌声を響かせることに努め、せいぜい免疫力アップに励むことにしましょう虹



いつも唇にうたを

あきれるほど、しばらくぶりの更新ですガーン


毎日、36度、37度などというとてつもない高温が続いております。晴れ


外出して、道路を歩きながら、

『あれ、私熱があるみたい・・・しょぼん

と、ふと違和感を覚えました。

戻ってきてエアコンを付けると、すぐに何ともなくなりました。

TVを付けると天気予報をやっていて、

「今日の京都の最高気温は37度でした」と・・・。


外の気温が体温より高くなると、発熱したように感じるものなんですねあせる

危険な兆候です!!


熱中症にかかって、わりと若い人も亡くなっているようだし、体力の過信は禁物。

家の中でさえ、危険が潜んでいるんですよ。


私は、昨日風呂掃除をしていて気分が悪くなり、頭痛がしてきて、あわてて外へ出て難を逃れました。

思えば、熱中症の初期症状だったのでしょう。

余りの湿度の高さと高温が重なると、身体に非常に悪いらしいので、お風呂掃除は要注意です病院


さて、今は子どもたちは夏休みに入ったばかり。

ラジオ体操の音楽が、朝早くから家の中まで響いてきますヒマワリ


今朝の朝日新聞に、落合恵子さんが、

「いつから子どもは、子どもでなくなるのだろう。」

という内容のエッセイを載せておられました。


『学齢や肉体的変化とは別に、それぞれの子には、それぞれの「子どもでなくなる瞬」があるはずだ』


そして、子どもでなくなる瞬間の例を、いろいろ挙げておられます。


『母は、祖父が亡くなった時がその時だったと言っていた・・・』


『スザンナ・タマーロの小説《心のおもむくままに》では、愛犬が死んだ時、そしてその事実を父親が隠した時だった、と・・・・』


私の場合は、と考えてみました。


大人と子どもの境目に当たる時・・・。

その際の感情のゆらぎのようなものは今も思い出せます。

その中でも、一番深く心揺さぶられて、鮮やかに思い出せるのは、12歳の頃の感情でしょうか。


《大人になったら、美しいものばかりを追いかける生活は、二度と出来ないんだろうな。

きっと、灰色の毎日が私を待っているんだろう・・・・》


チャイコフスキーのレコードを一人で聞きながら考えました。

心の中を深い深い絶望と哀しみが、しとしと降る雨つぶ雨のように伝って落ちていったのを鮮やかに覚えています。


大人とは、心が汚れてしまうもの

という絶望的な、暗いトンネルがどこまでも続くようなあきらめ、そして悟り。


実は、人間はそんな画一的なものではなく、多種多様な生き物なのですが・・・。

幼い私には、そこまで考えが至らなかったのでしょう。


ところで、朝日新聞の落合さんのエッセイの最後の部分は、こう綴られていました。


『子ども時代から遥か遠くに来てしまったのに、時に子どもであったときの感情生活が驚くほど身近に、リアルに体感できるのは、なぜだろう。』


私も、あの12歳の時感じた心の痛みが、今も昨日のことのように心の内に蘇ってくるのです。

ともすれば、涙さえ伴うほどの切なさと共に・・・。


それは、多くの人の共通の体験なのでしょうか?

このエッセイを読んで、それが自分ひとりの体験でないことに深い驚きを感じた私です。


そして今、思うのです。

タイムマシンがあって、もしあの日に戻ることが出来たら、12歳の私に告げてやりたいと。


「大丈夫。大人になることも、そんなに悪いことばかりではないよ。

もしそう望むなら、ずっと美しいものを追いかけて、自分らしく生きてゆけばいいんだよ。」

と・・・。


その一言をもし聞くことが出来たなら、その後の私の人生はもっと別の生き方が出来た・・・?


いいえ、それを知る、知らないにかかわらず、私という人間は、子ども時代と余り変わらない感性で生きて行ったような気がします。

マイペース人間なのが、自慢といえば自慢ですから、今と同じく、ただ美しいもののみを追い求める人生を生きて。


どんな生き方をしても、これは私だけの人生。

人生の最後に後悔だけはしたくない。

だから、自分の納得する生き方で生きて行きたいのです、たとえ、何があろうとも・・。


ただ一つ、美しいものを美しいと感じる心だけは、決して失くさない。

それだけは心の羅針盤に据えて・・・・。虹



いつも唇にうたを

今日は、久しぶりの梅雨の晴れ間晴れ


昨日まで雨続きで、ぜん息気味の私は、心底落ち込んでいましたが、今日は朝から元気音譜

部屋の窓を全開にして、風をいっぱいに入れました。


雨のあとの風は、少し夏草の匂いを含んで、の原っぱを思い出させます霧


ああ、どこか広~い草原で、思いっきり声を張り上げて歌ってみたい音譜


そう言えば、歌に関して、昨日こんな本を読みました。


うたうこと 発声器官の肉体的特質ー歌声のひみつを解くかぎー

           (著・フレデリック・フースラー/イヴォンヌ・ロッド=マーリング)」


(非常に難解そうな本。が、声楽を志す人間は、一度は目を通しておかなければならないと言われているらしい。私は、一年ほど前にアマゾンで買ったまま、余りのとっつきにくさに本棚に入れたままにしていました)


たまたま本棚を覗いていて、この本を手に取ってみたのです。

が、これがとんでもない内容だったビックリマーク


この本の最初の数ページを読んだだけなのに、もう天と地がひっくり返るほどのショックが叫び


要約なのですが、書いてみましょう。


   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「元来人間は、生まれながらにすべての人が、歌うための体の機能を備えていた。


言葉が生まれる前、人間は歌うことに類する表現方法でその思いを伝えていた。


(つまり、人間はみんな、生まれついての歌手であった)


が、言葉が生まれ、話す能力があまりにも急速に発展した結果、発声器官のもつ純


粋の歌うための機能が侵されたのだ。」


   

   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


こういう意味のことが書いてあり、私はそれに度肝を抜かれました。


《---人間は、かつて生まれながらの歌手だった。》


え~!?


《---ほとんど全部の今日の人間ーつまりふつうの「声のない」人々は抑止された歌


手なのである。》


この場合の「声のない」人々とは、歌うための専門レッスンを受けていない人、とでも訳せるでしょう。


抑止された歌手・・・。

ということは、レッスンや導き方ひとつで、誰でも歌手になれる・・・はてなマーク


今現在活躍している歌手は、生まれついての才能のある歌手だったと言うわけではない・・・はてなマーク


じゃあ、私にもその可能性が・・・はてなマーク


ま、私の場合は年齢的に遅すぎるので無理でしょうが、これから声楽を志す若者には、画期的な事実なのではないでしょうか?


この本の続きを読むのが、とても楽しみです音譜


歌手になれる(なれないにしても、近づける)方法が、ひょっとしてこの本の中に書いてあるやもしれません・・・。


難解で、ページ数も多い本なので、一日十ページを目標に、頑張って読み進めるつもりです。


そして、考えてみました。

発声練習は抜きに考えると、(これは、専門の先生に付かないと難しいので)

原始のころに戻って、素直な感情の表出を心がけるのが、もしかして声楽の上達の近道でもあるのかもしれないな、と・・・。


豊かな感性を育てること

これが大切なのは、どの芸術でも同じ。


だから、いっぱい良い本本を読み、良い音楽ヘッドフォンを聴き、たくさんいろんな映画映画を見ることに励むとしましょう音譜


いつも唇にうたを

このところ、余りの暑さに、ちょっとバテ気味しょぼん


自分を奮い立たせるために、いい言葉が載っている本を本棚から探してみました。


そして、見つけたのがこの本。


癒しのことば』 中村慎一著。


その中から、最も感動して心に響いた言葉を書いておきましょう。


   ○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


   幸せのひとつの扉が閉ざされたら、別の扉が開くもの。

   

   でも、私たちは閉じた扉を長いこと見つめていて、その開いた扉が

   

   見えないことが多いのです。


                       

                            ~ヘレン・ケラー~


    ○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



いつも唇にうたを