ようこそ 家づくりの羅針盤


         ご来訪いただきありがとうございます。


    緑と音楽と心の健康の視点から「家づくりの羅針盤」の迷路をご案内します。


         いつか皆さんの幸福な家づくりのお役に立てますように。


Myyrmäen kirkko
Myyrmäen kirkko 1984 architect Juha Ilmari Leiviskä / Myyrmäki, Vantaa, Suomi
(フィンランド ミュールマキ光の教会 設計ユハ・レイヴィスカ 2013年7月撮影)

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>

夏には死んだふりをしています。

 

冬には死んだふりをすることになっているものと、夏には死んだふりをすることに

 

なっているものと二種類の植物が当家には生息しています。

 

冬に死んだふりをすることが得意なものは春彼岸になると演技を終えて目を覚ま

 

し、夏に死んだふりをするのが得意なものは秋彼岸が近づくと復活します。

 

その死んだふりの演技の仕方はそれぞれに異なるのですが、当家では球根にな

 

ってしまうものが多いでしょうか。

 

その代表例が原種シクラメンですね。

 

暑さが大の苦手なので中にはこうして地上に顔を出さないと本当に死んでしまう

 

ものもあります。

 

 

 

 

この姿がシクラメンの和名で「ブタノマンジュウ」と呼ばれる所以です。

 

名前は似ていますが豚まんではありませんので食べられません。

 

秋の彼岸が近づくとその頭頂部に小さな芽を発見することができます。

 

なんだかメデューサの髪の毛みたいですね。

 

見た者をみんな石に変えてしまう、のではなくみんなを原種シクラメン中毒に変

 

えてしまう不思議な力を持っているそうです。

 

もちろん冗談です。

 

上の画像↑はシクラメン・グラエカム・ルビー、下の画像↓はシクラメン・スーダベ

 

リカム・ロゼウムの本日のお目覚めの姿です。

 

 

 

 

こういう整型なら大丈夫なのですが、球根の頭が凹型の状態で地中に隠れてい

 

るとヘコんだ部分に水が溜まい球根を腐らせてしまうことがあるので要注意!

 

それを防止するために時々頭の部分の土を掘り出して様子を確認しなくてはい

 

けないのです。

 

特に大きく肥大した球根や、歪(いびつ)な形になる性質の種は危険ですね。

 

土に埋めてしまうことを避けて、夏に期間中は頭を出しておいた方が安全です。

 

何か見てはいけないものを覗くような、不思議なワクワク感があるのは原種シク

 

ラメンを育てたことがある人は皆さんご存知のところであります。

 

 

 

 

上の画像↑はシクラメン・ローフシアナムの発芽、球根の形が歪に凹む代表例で

 

すが、このくらいの小さめサイズならまだ球根が楕円形なので大丈夫です。

 

 

 

 

先週開花画像をアップしたシクラメン・ヘデリフォリウム・ライサンダーが咲き揃

 

いました。

 

 

 

 

花が終わった後に葉が展開するので、本当のお楽しみはこれから。

 

花は大したことはないのですが、葉っぱの方が美しい種。

 

 

 

 

夏に死んだふりをしていたその他の植物たちは、昨日の最高気温33℃の最後

 

の夏日を境にしてそれぞれに秋のスイッチが入ったようです。

 

 

 

 

原種シクラメン・コルチカム、一般的に希少種と呼ばれているのですが、当家で

 

は一度本当に枯死しかかっていたところ、なんとかここまで復活したのはいいの

 

ですが蕾が顔を出してから2ヶ月も経過。

 

いまだに開花してくれません。開花期がすぎてもうすぐ10月なのですが。

 

 

 

シクラメン・コウムたちもほぼ葉を出して来ました。

 

 

 

 

上の画像↑はプラチナリーフ、下の画像↓は絞り花。順調に夏を越えました。

 

 

 

 

ネリネの成長もほぼ順調です。

 

 

 

 

梅雨の長雨でダウンしてしまうのが心配だったのですが、常緑種は概ね元気。

 

 

 

 

冬季生育型の原種フミリスも蕾を上げて来ました。

 

彼岸から約1ヶ月後が開花のラッシュでしょうか。

 

 

 

 

また開花が始まったらアップしたいと思います。

 

横山氏のサイトも更新に熱が入って来ました。どうぞ覗いてみて下さい。↓

 

 

 

 

 

 

ペラルゴニウムの原種アペンディクラツムは初夏に6号に鉢上げしたのですがま

 

た次のシーズンにも大きなポットに植え替えないとパンクしそうなほど塊茎が大

 

きくなってしまいました。

 

今年の夏は結構しんどかったはずなのですが、しっかり休眠したものはみんな

 

元気にお目覚めのようです。

 

夏季は少々寂しく、秋から春にかけて賑やかな当家ベランダ。

 

次の心配事、台風シーズンへの備えにそろそろ取り掛かろう思います。

 

 

 

 

初秋

 

今年の夏は梅雨明けが遅かったのでしばらく長居するのだろうと想像していたの

 

ですが、彼岸の入りを1週間前に控えてそろそろ秋に移り変わろうとしているよう

 

ですね。

 

温暖化が進み今年も過酷な夏を経験しましたが、人間以上に植物にとっても厳し

 

い夏でした。

 

本来は暑さに耐えるはずのものでもだいぶ傷んでしまった種もあり、またその逆

 

に平然と夏越しをしてしまった種もあります。

 

半日陰に置いてあったゼラニウムでも光山錦などは葉が焼けてしまい、現在のと

 

ころ瀕死の重傷。

 

烏葉の黒竜は日向でも殆ど影響なく元気に育っているのが不思議です。

 

来年の夏はこぞって日陰の陣地取りを争うことになるだろうと想像すると今から

 

頭が痛くなって来ます。

 

放射温度計で45℃を超えるようなベランダで良く育った植物が2つ。

 

 

 

 

西洋タマシダのネフロレピス・ハッピーマーブル。

 

羊歯の仲間だから本来は室内の日陰で静養させるはずのところ、葉張が1mを超

 

えてしまったので仕方なく外で育てていたのですが、殆ど葉焼けすることもなく次

 

から次へと新しい葉を伸ばし続けています。

 

 

 

 

南洋のリゾート気分たっぷりの植物にも見えるのですが、これほど夏に強いもの

 

とは想像していませんでした。

 

冬季も3℃くらいまでは耐寒性があるらしいので、このままベランダの主になって

 

しまいそうです。

 

 

 

当家にやって来てから5年以上になるミニ・ブルーアマリリスもほぼ日向で夏を越

 

しました。

 

そして8月中旬に咲き始めた花が今でも目を楽しませてくれています。

 

 

 

 

アマゾンのジャングルに自生する種らしいのですが、日本の高温多湿をものとも

 

せずに元気に育っているのが不思議です。

 

冬は葉をだらしなく枯らしてちょっと情け無い姿に変わってしまうのですが、春と

 

秋には毎年必ず開花するヒガンバナ科の球根植物。

 

意外と温暖化に生き残れる性質なのかもしれません。

 

 

 

初夏の長雨とその後の酷暑で心配していたネリネは少し遅ればせながら今年も

 

開花シーズンを迎えようとしています。

 

 

 

 

小型の常緑種マソニオルム。

 

当家にも5年越しで育てているものがあるのですが、今年も蕾が上がって来ない

 

ので、店頭に並んでいるものを購入して来ました。

 

横山園芸からやって来たものですが、さすがにネリネのプロフェッショナルは育て

 

方が上手いですね。当たり前かもしれませんが。

 

 

 

 

この小さい花をじっと見つめているとヤドカリの姿を思い浮かべてしまうのは私だ

 

けでしょうか?

 

 

 

 

同じ時期に開花期を迎えるヒルスタ。

 

儚げで繊細な花に薄っすらと緑色が載る不思議な魅力を持った原種。

 

こういうタイプのネリネばかりが集まって来ます。

 

 

 

 

こういう植物が一面に咲き乱れるシーン。妄想が止みません。

 

 

 

 

生きているうちに現地を訪れてみたいものです。

 

 

 

夏から秋へと順調に場面が交代するとすぐに原種シクラメンのシーズンを迎えま

 

す。

 

今シーズンの一番乗りはヘデリフォリウムのライサンダーでした。

 

 

 

 

蕾の数は昨シーズンとあまり変わりはないようなのでそれほど球根は成長してい

 

ないのでしょうか。

 

アイビー似の葉が展開するまで約1ヶ月。

 

ドキドキしながら見守りたいと思います。

 

これから続々と原種シクラメンの花や葉が顔を出しはじめるはずなのですが、果

 

たして今年の夏越しは成功したでしょうか。

 

夏を見送るこの季節。

 

いつも同じ不安を抱えては小さな鉢を覗き込む初秋です。

 

 

 

 

 

 

シーズン最終回

 

今日から処暑を迎えるというのにまだまだ暑い東京。

 

14時現在気温30℃、湿度62%。

 

それでも昨日までよりもだいぶ涼しくなった気がするのは季節の境目だから?

 

今日も懲りずに夏季恒例の調理。

 

いつもの島村ブルーベリー園に材料調達に出向くと、園主の島村さんが「今年は

 

終わりだね」と笑顔で話しかけてくれました。

 

顔は笑っていましたが、心なしか諦めにも似た声音。

 

感染症のせいではなく、初夏の長雨と急激な気温の変化が影響してブルーベリ

 

ーの樹木が想像以上に弱っているのだとか。

 

当家のベランダ植物たちも例年以上に痛んでかなりの重傷で、暑さにデリケート

 

な種は室内で夏越しさせています。

 

こういう夏ははじめてです。

 

野菜と異なり、来季も収穫をしなくてはいけない果樹栽培。

 

島村さんの言葉に安易に笑顔で返すのもなんだか少し憚られました。

 

例年であれば、9月中旬まで収穫が見込めるはずなのに、そろそろ終わりという

 

ことはおそらく収穫量はいつもの半減以下なのではないかと思います。

 

 

 

 

いつになく今年の加工品は貴重品ということでしょうか。

 

心して食したいと思いながら調理に臨んだ週末です。

 

 

 

 

さてそういう訳で今シーズン最後の調理となりそうです。

 

今年もよく働いてくれた鍋を丁寧に洗浄して、また来年よろしく。

 

 

 

 

あと何回の夏を迎えられるでしょうか。

 

ふと小説のなかの一節を思い出してしまいました。

 

 

 

 

もう20年以上も繰り返してきた作業も今季は終わり。

 

これで43本。

 

自家消費分なら一年はもつであろう数です。

 

 

 

昨晩、初めて秋の虫の声を聴きました。例年よりも1週間ほど遅れて。

 

「猛暑」が毎日のニュースの話題に上るということも珍しい、いやこれから毎年そ

 

うなって行くのかもしれませんね。

 

「温暖化」と「亜熱帯化」、同じような因果関係にみえても実感としては全く異なる

 

生活感だった2020年の夏。

 

いやいやまだまだ終わらない。

 

今日という日はただの通過点でしかありません。

 

暑さのトドメはこれからやってきます。皆さんお気をつけて。

 

つまらない内容に本日もまたご来訪いただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

そういう時代だったね

 

同世代に捧げるネタであります。

 

 

きっといくつかのショップでお気に入りに登録されていたのでしょうね。

 

メリー・ホプキンの新作CDと特集本(雑誌)の発売予告のメールが届きました。

 

 

 

・・・and The Beatles vol.2 (CD Journal)

 

 

 

「それは懐かしい!」 と懐古趣味的なものに手を出してしまうことは決して珍しい

 

ことではないのですが今回はちょっと特別かな。

 

 

 

Mary Hopkin / Another Road MHM01

 

 

 

「Those Were The Days (邦題:悲しき天使)」がリリースされたのは68年の夏。

 

ちょうど52年前の今頃でした。

 

まだ温暖化の影響もなく、気候が心地よい夏休みの終盤でした。

 

 

 

 

 

 

当時はどこの街にも本屋とレコード店はあったのです。

 

だから通学途中のターミナル駅を降りて寄り道をするのはだいたいその2箇所。

 

しかし中学生だった私たちの経済力では店頭に並ぶ洋楽のレコードを頻繁に

 

購入することなど叶わない時代でした。

 

 

 

 

 

 

邦楽ならテレビの歌番組で見ることも聴くこともできたけど、海外のヒットチャート

 

の情報発信源は「レコードショップ」の店頭でした。

 

そういう時代だったのです。

 

いくつか電車を乗り継いで通学していた私には道草處が沢山ありました。

 

そしてそこには必ず行動を共にする学友がいて、みんな同じようなことに興味を

 

持ち、同じようなものを欲しがっていたのです。

 

ドーナツ盤(EPレコード)1枚ぐらいなら少ない小遣いでも買える。

 

それではヒットチャートの上位にランクされたものを別々に買って、互いに貸し

 

借りをして楽しみを分け合おうと決めたのです。

 

みんなでショップに行って誰が何を買うのかは合議制で決めていました。

 

「悲しき天使」、その曲は決して悲しい内容ではなく、天使など登場しません。

 

その当時、輸入されてきた洋楽や洋画には安易に「悲しい(哀しい)」邦題が与

 

えられることが多かった時代だったのですね。

 

しかし何度も繰り返されるルフランを口ずさんでいるうちに次第に外国語の歌詞

 

など覚えてしまうもの。

 

ボブ・ディランやS&G、ビートルズを口ずさみながら英語のお勉強をした人が多

 

い世代ではないでしょうか。

 

それにしても、Those were the days が「悲しき天使」では勉強にはなりません。

 

 

 

この先自分が年齢を重ねていく姿をイメージすることなど思いもよらなかった若き

 

日々、みんなで酒を酌み交わし夢を語り合った。

 

時が過ぎ去った頃に旧友と巡り会って、「あの頃そこには居酒屋があったよね」

 

と若き日を回想しながら、「私たちは時が経つのを忘れて、これから私たちが成

 

し遂げる凄いことについて語り合ったものだ」と回想する。しかし「このグラスに

 

映る寂しそうな影は誰なの?」と歳を重ねた自分の姿に嘆息する。

 

「Those Were The Days (そんな時代もあったよね)」と前を向いて自分たちが選

 

んだ道のりをこれからも永遠に歩んで行くのだと、あの有名なルフランを繰り返

 

す。

 

そう、お楽しみはこれからなのだと。

 

 

 

あの曲のヒットから50年以上も経ってはじめてその歌詞の内容の深さに感銘す

 

るものです。

 

やはり興行面しか考えていない安易な邦題をつけてはいけませんね。

 

しかし、メリー・ホプキンは美しく光り輝いていたことを鮮明に覚えています。

 

奥行きのある歌をサラッと唄ってしまうところが凄いなと思います。

 

ウェールズの田舎から上京してきて、オーディション番組に出ていたところをあの

 

ツイギーが見つけて、新しいレーベルの女性ボーカリストを探していたP.マッカー

 

トニーに推薦。

 

 

 

 

 

 

ポールは自分が立ち上げたアップル・レーベルの看板としてメリー・ホプキンの

 

プロデュースを決めました。

 

そのころロシア語圏で人伝いに唄われていた「悲しき天使」の原曲(ダロンガイ・

 

ドゥリンナユ:Дорогой длинною 「長い道を」というロシア語)を

 

世界的なヒット曲にしてしまう手腕は凄い。

 

( ↓ 参考までに、オリジナル曲の「ダロンガイ・ドゥリンナユ」を聴いてみたい方

 

のために。これはもしかして、セルゲイ・ラザレフ?)

 

 

 

 

 

 

そう、この曲には歌声喫茶などで唄われるようなロシア民謡のような手拍子を刻

 

む独特なリズムがありました。

 

 

 

しかし、「グッドバイ」、「ケ・セラ・セラ」とヒットが続くにつれて二人の音楽的指向

 

性の溝が開いて行ってしまったのでしょう。

 

この世界ではよくあることかもしれません。

 

 

 

 

 

 

メリー・ホプキンが求める古めかしいブリテッシュ・フォークになどポールが興味

 

を示す訳がありません。

 

その後の彼女の活躍を見守るだけの余裕がポールにはあったのでしょう。

 

それにしてもメリー・ホプキンは美しかった。

 

生意気な中学生の目にはまさしく地上に降り立った「天使」のように映りました。

 

キレイなガイジンのおねえさんは同世代にも絶大な人気がありました。

 

 

 

 

同時代で人気があったのは、(整形する前の)シルヴィ・ヴァルタンとダニエル・

 

ヴィダルでしょうか。

 

 

 

 

その二人に比べるとやや少数派ながらメリー・ホプキン派もいました。

 

二人ほど洗練されてはいませんが、デビュー当時の出立ちはロングヘアーに

 

ロングスカート、いかにもこれからを予感させるイメージ。

 

確か、まだ18歳だったはず・・・、大阪万博のステージに立ったのが二十歳。

 

その存在が世界中に知れ渡る頃には、ギターを抱えたミニスカート姿に変身。

 

 

 

 

それは反則技だと心の中で呟いていたのは思春期を迎えようとしていたころ。

 

気がつけば洋楽世代と云われた私たちも人生の黄昏期を迎えようとしています。

 

 

 

 

 

 ・・・それから慌ただしく年月が過ぎ去って

 星のように煌めく情熱を

 私たちは何処かで失くしてしまったのかもしれない

 でももし偶然にあの居酒屋であなたに出会ったなら

 きっとお互いに微笑みながら声をかけるでしょうね

 あれはそんな時代だったのさ、って・・・

 

 

 

 

 

さてメリー・ホプキンの「新作」と聞いて、少し時代錯誤になりかけていたのです

 

が、今年でもう70歳を迎えているはずです。

 

少し調べてみたら、自分の自主制作レーベルを持ち、今でも活躍されているとの

 

ことでした。

 

幾つになっても美しい。私の主観ですが。

 

あのポール・マッカートニーと衝突してアップルを離れることになっても、干されて

 

しまうことなどなく、52年前のあのヒット曲の内容通りの逞しい生き方をしている

 

ことに少し驚かされました。

 

姿かたちは変われども決してブレることがない、それがウェールズの女性?

 

決して美しいだけでは無かった。

 

半世紀経っても再び影響を受けてしまう。

 

それはそういう時代に生きているからなのでしょうか。

 

 

 

Mary Hopkin

 

 

 

 

 

水がほしい

 

梅雨明けと夏の到来が遅れた分だけ、今年は生き物にとって暑さが過酷に感じ

 

られるのかもしれないなあ、などとジョウロを片手に水を与えようかどうしようかと

 

迷うことが多いのであります。

 

 

 

 

このホスタ(擬宝珠)・レインフォレスト・サンライズ、日陰を好むホスタのなかにあ

 

って真夏も日向によく耐えて葉を鮮やかな黄色に染める珍しいタイプなのです。

 

熱せられたベランダにあって何故か元気に見えます。

 

年々温暖化が進み、その影響で大気が亜熱帯化して、都市部周辺ではヒートア

 

イランド現象が日常的になってしまいました。

 

昨年は東京郊外の青梅市で最高気温が40℃を記録しました。

 

高気温の名所としては完全ノーマークだった街ではないでしょうか。

 

その要因となっているフライパンのように熱せられた都市。

 

その暑さがどの程度なのかを判断するものは気温だけ。

 

今日の当地の気温のピークは14時過ぎで35℃、湿度は47%でした。

 

風速は南南東、時折南西で1m/s。

 

まあ最近では普通のデータなのですが、いつになく厳しい暑さでした。

 

しかも日が沈んでも気温は31℃。

 

せめて気温が10℃以上下がってくれれば人も植物も休めるのですが。

 

近隣の緑地や河川・池などの有無、熱を蓄えてしまう大きな建物や舗装道路、地

 

上付近を吹き抜ける風向きと風速(上空風ではなく)、道路を走る車の数(感染症

 

の影響かどうかは別として)などが全て影響して「暑さ」が心地よいか不快かが変

 

わるはずです。

 

さらにみんな在宅で各家庭の空調室外機から放出される熱も今がピークのはず

 

です。

 

今年は長雨の後に急な夏を迎えて、人間も植物もその変化に追従できずにいる

 

のかもしれません。

 

夏の強い陽射しを受けて少し葉が項垂れてきた植物に水を与えるかどうか。

 

その判断は結構難しく、気温が高い時間帯に水を与える習慣が植物を枯死させ

 

てしまったという因果関係は夏の失敗の一番多いパターンなのです。

 

「植物の育て方」などを見ていると、「日当たりを好む」と書かれているものが多い

 

ので誰しも勘違いしがちなのですが、それは春や秋の植物の活性期の性質であ

 

って殆どの植物は夏の暑い陽射しは苦手と覚えておくべきでしょうね。

 

8月の気温のピークを迎える時間帯には、葉が項垂れてしまう前に涼しい日陰に

 

移動させることが先決であって、高気温の時に水を与えることは禁物。

 

真夏の潅水の習慣は早朝か夜間と覚えておいた方がよいでしょう。

 

人間も同様ですね。

 

危険を感じてから水分補給しても遅い訳であって、熱中症が心配な環境下では

 

早めに水分を摂っておかなくてはいけないのと同じことです。

 

暑さで項垂れてしまう時はいきなり水を飲むのではなく、樹木の陰や冷房の効い

 

た室内に移動した方が良いという事情は同じです。

 

 

 

 

開花のピークを過ぎた原種シクラメン・プルプラセンスたち。

 

立秋に入って例年に無く残暑が厳しそうという予感から、特に暑さが苦手そうに

 

見えたものを室内に移動させました。

 

 

 

 

この際、少しぐらい容姿が乱れても枯死させてしまうよりもまだましなので。

 

立秋を過ぎて、何故か花を上げてきたシクラメン(ミラビレの白花)もいます。

 

 

 

 

今年は時間調整がズレたものが多いようです。

 

こういうのはもう少し暑い夏を経験させないといけません。

 

1週間早く室内に移動させた原種シクラメン・コルチカムが開花しました。

 

 

 

 

重病を乗り越えての開花、より愛着が深まる一輪の花。

 

プルプラセンスと同様にスズランと柑橘をミックスしたような香りがあるのですが、

 

ほんの少しそこにスパイスを加えたような芳しさがありました。

 

愛着がもたらした単なる思い込みなのかもしれませんが。

 

今年はいつに無く残暑が厳しいようです。

 

春が無くなってしまったり、夏が大きくズレてしまったり。

 

感染拡大アラートに熱中症アラートが追い討ちをかけるように発令されたり。

 

感染症の拡大を前に為す術のない人間。

 

これは何かの警告なのでしょうか。

 

神様はお怒りなのでしょうか。

 

何かを試されているような気がしてなりません。

 

 

 

 

 

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>