「ネガティブ思考こそ最高のスキル」★★★☆☆ | Jiro's memorandum

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泉治郎の備忘録 読書の感想や備忘録 ※ネタバレ注意
【経歴】 日本株アナリスト、投資銀行、ネットメディア経営企画、教育事業経営、人材アドバイザー、新聞社経営管理、トライアスリート

「ネガティブ思考こそ最高のスキル」(オリバー・バークマン)
 
オリバー・バークマン氏の「限りある時間の使い方」は、割と好きなタイプの本だった。そしてこの本はタイトルからして挑戦的というか変わった視点で、興味をそそられた。
 
原題は「THE ANTIDOTE  ~HAPPINESS FOR PEOPLE WHO CAN'T STAND POSITIVE THINKING」で、訳すと「解毒剤~ポジティブ思考に耐えられない人のための幸福」
 
なので、ネガティブ思考の推奨本というよりは、脱ポジティブ思考の指南書、という捉え方のほうが近い。いずれにしろ、世の中的には(特に自己啓発本では)ポジティブ思考が大いに推奨され、ポジティブじゃないとダメ人間、くらいの勢いであり、本書は病的にポジティブ思考になっている人々に対する「解毒剤」という位置づけ。ベースの考え方は「限りある時間の使い方」にも通じるものがあり、とにかく無理をしないで自然体で生きよう、というメッセージなのかな、と思う。
 
実際、競争社会・格差社会の反動なのか、最近は「ゆるく生きよう」的な本が増えていると感じる。「ポジティブ思考」は自由主義社会が広がる中で、組織や個人が競争を生き抜いていくために必要なモチベーション(やる気)を引き起こすため生まれた「思考」なのではないか。そう捉えると、古代ローマの哲学や仏教が「ポジティブ思考」に相反する考えなのも納得がいく。
 
 
ポジティブ思考も悪い面ばかりではないと思うが、人間のより本質的な生き方を求めるならば、解毒剤(本書)で多少なりとも中和させるのもよいのではないだろうか。
 
人生観に、とても参考になる本だった。
 
 
 
以下、備忘
 
 

われわれは絶えず不安や心配、失敗、悲しみ、不幸などのネガティブな感情を排除しようとし、懸命に幸福を追求しようとするが、その努力はしばしば空回りし、自らを惨めにする結果に終わるのではないか。



「シロクマ」のことを考えないように、と指示された学生たちは「シロクマ」のことばかり考えてしまった。

ある不幸な物語を聞かされた人たちのうち、「悲しまないように」と念を押された人たちは、何も示唆されなかった人たちよりも深い悲しみを覚えた。

ポジティブに考えようと決意した人たちは、ネガティブな思考が入ってこないよう、絶え間なく心をモニターしていなければならない。そして、注意の向け先がポジティブ思考からネガティブ思考に移ってしまうことが往々にしてある。さらに悪いことに、ネガティブ思考が勢力を伸ばし始めたら、「ポジティブ思考に失敗した自分」と自責の念に苛まれる。



幸福への「ネガティブな道筋」

楽天主義やポジティブ思考への偏向を是正するためのカウンター・ウェイト(逆方向に比重をかける)。「ポジティブ性向」にこだわるのが一種の病気だとすれば、「ネガティブ性向」を生かすことはさしずめ解毒剤といったところだろう。



ローマ時代のストア哲学

「理性に従った有徳な生き方は平静不動の境地に通じるものだ」。平静不動の境地に到達するには、快楽を追い求める情熱を心から追い出し、代わりに周囲を冷静に観察する一種の冷淡さを育まねばならない。そのためには、ネガティブな感情や行動を避けるのではなく、正面から近づいて詳しく調べてみる必要がある。

楽天的であり続けると、物事がうまく進まなくなった特に受けるショックが大きくなる。努力が行き詰まったり、予期しないショックから回復しきれなかったりした場合、誰よりも深い暗黒の闇に沈み込まねばならない。

これに対し、状況をより厳格に見つめ、理性的に判断するのがストア哲学。誰もが想像すらしたくない最悪のシナリオを意識的にとりあげ、正面から取り組む。「ネガティブ・ビジュアリゼーション」や「悪事の熟考」と呼ぶ。

ストア哲学者に言わせれば、われわれがコントロールできるのは世界をどう理解するか、という判断で、それがすべて。

最悪のシナリオをあれこれ描いてみる「悪事の熟考」は、この目標を達成するためにも最上の方法。当初恐れていたほど悪い事態にはならないことが理解できる。



仏教の教え

「人間の苦の原因は世の無常と執着心にある」。われわれはあるものを望み、あるものを嫌ったり憎んだりする。できるだけ楽しいことを楽しみ、苦しみからは逃れようとする。これが執着心。

楽しみにこだわり過ぎると最後には苦しみを味わわねばならなくなる。楽しいことは楽しむだけでいいのに、その楽しみがいつまでも続くように願うのが執着心。いずれ楽しさが消え去るとき、大きな苦しみを味わわねばならない。あるいは、現在の贅沢な生活に執着すればするほど、現状を維持するために不満と不安に満ちた人生を送らねばならない。

執着心をなくすというのは、自然な欲求や衝動を無理に抑えこむとか、自制心を働かせるといった意味ではなく、いかなることにもこだわることなく、ただ自分自身の心の内外に目を配るだけ(心の中の欲求や衝動をありのままに感じとる)。「ああでもない、こうでもない」とこだわって逡巡することのない人生を送ること。
 


実際に行動することと、その気になることは、まったく別もの
 
「仕事ができない」と言うとき、それは「仕事をする気になれない」ということ。

モチベーション、つまり人々にやる気を起こさせるテクニックとは、まさにこの「行動したいと感じる」気持ちを生じさせるために設計された技術。

「やる気を起こさねばならない」と考えることに問題がある。何とかしようと考えずに、あたかも通り過ぎる天気のように見守ればいい。そうすれば、仕事をしたくなくなったとしても、自分の無気力を責める必要がなくなる。自分自身は優柔不断であることを十分に認識しつつも、行動を起すことはできる。

「行動を起す前にやる気を起こす必要などない」(元慈恵医科大学精神科責任者で心理学者、森田正馬)



目標は危ない

「人は誰でも今より多くの快適さを得ようとして立てた新しい計画で頭がいっぱい」(フランスの政治哲学者、トクヴィル)。絶え間なくさまざまな計画を立て、それらに心を奪われている。

将来の望ましい姿を計画することにあまり精力をかたむけない方がうまくいく。

将来の目標や計画は、たいていの場合、現状や将来の見通しを冷静に判断して立案されるのではなく、はるかに希望的・感情的な観測に基づく。
 
仕事の喜びを計画達成の5年後まで先延ばしにするのではなく、今現在の仕事を楽しみながらすることでより多くの成果を約することができる(いずれにせよ、5年後には今の5ヵ年計画は新しい計画と差し替えられる)。

ゴールのない生き方は人間を幸せにする。(下記、アメリカの成人を対象にした調査結果)
・ゴールを達成しても幸福になれなかった、あるいは幻滅を感じた(41%)
・ゴールのために友人関係、結婚生活、その他重要な人間関係が台無しになった(18%)
・自前のゴールを設定すればするほどストレスがたまる(36%)

特定のゴールを設定しなければ、方向感覚を広く持って、より的確に将来のビジョンを立てることができる。



楽天主義者は「幸福とは今ではなく将来必ずやってくるもの」と考え、たえず現在に不満を持ち、将来に向けて何らかの改善をしようとする。
しかし、もっとも大切なことは『今』から離れないこと、将来に気をとられないこと、自らの道に迷わないこと。



安全や安心を望むから、変化に慌てふためく。安全も安心もこの世には存在しない。不確実性を受け入れる心構えが大事。
「危険・不安定」は生きていることの代名詞。「安全性・安心感」は実生活に相反するもの。人々が安全・安心を得る術がないのは、大洋から波を消すことができないのと同じ。



消極的能力(ネガティブ・ケイパビリティ)

人間の才能の中でもっとも価値のあるのは、「急いで結論を求めようとしない能力」であり、完全や確実や快適を望む気持ちはあっても、それらをやみくもに追求しないでいる能力(詩人、ジョン・キーツ)

すべての問題は「努力すること」、つまり性急に目標を達成しようとすることにある。

消極的能力は、幸福への最短距離にみえるポジティブなムードに騙されない資質ともいえる。

ネガティブには①しないでいる②否定的、の2つの意味がある。消極的能力(ネガティブ・ケイパビリティ)は、①すぐに行動を起そうとしない②否定的な思想や感情や状況にも立ち向かっていく、という意味が含まれる。

消極的能力(ネガティブな能力)がいつも積極的能力(ポジティブな能力)より優れているというのではない。問題は、幸福を考える際、ポジティブなものを慢性的に過大評価し、ネガティブな能力(不確実性の中に安住したり、失敗と親しくしたり)を過小評価してきたこと。



不完全さの穴埋めにこだわる必要はない。不完全さをそのまま受け入れればいい。それは人生の不条理や不確かさをも包含するミステリーを楽しむ旅でもある。



「良き旅人は計画を持たず、行先に執着せず」(老子)