「強さと脆さ ブラック・スワンにどう備えるか」 | Jiro's memorandum

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泉治郎の備忘録 読書の感想や備忘録 ※ネタバレ注意
【経歴】 日本株アナリスト、投資銀行、ネットメディア経営企画、教育事業経営、人材アドバイザー、新聞社経営管理、トライアスリート

★★★★☆


「まぐれ」「ブラック・スワン」に続くタレブ氏の著書。
ブラック・スワンにどう対処するかに踏み込んでいます。

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3.11、東日本大震災が発生しました。

震災の報道を見ていると「想定外」という表現が頻繁に使われています。
あの津波はまさに「想定外」のブラック・スワンでした。

人間は過去に経験したことがないことを予測できません。
なので、「想定外」のブラック・スワンがたびたび現れます。

しかも人間はリスクを測定できると過信しています。
リスクを測定し(測定できていると思い込んで)無駄を排除し効率化を追求します。

効率化が進んだ社会では、「想定外」の事故が発生した場合とても脆く、被害は甚大になります。

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自然と人間社会を対比したタレブ氏の例えが面白かったです。

要約すると

自然は無駄が好き。
例えば肺や腎臓は一人に二つもある。

これが経済学者の手にかかると、肺も腎臓も二つあるのは非効率だという発想になる。さらに、みんなで一つの腎臓を時間貸しで使うほうが効率がいいと言い出すかもしない。でも、その腎臓に問題が発生したら全員死んでしまう。

また、自然は大きすぎることを嫌う。
地上で一番大きい動物である像を一頭撃ったところで生態系は変わらない。

一方、ウォール街のアナリストは大きいことを好む。合併で規模の経済を追求し一株当たり利益を増やそうとする。その結果、大きい銀行をひとつ撃ったらみんなつぶれてしまう。

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今回の地震の被害は本当に甚大です。

東北沿岸部の被害については、各市町村の効率化が行き過ぎていたとは思えず、ひとえに「想定外」の程度の問題で、津波の規模が人間の想像をはるかに超えていたということが大きいと思います。

福島原発事故についても危機管理システムに問題があったという報道等はなく、やはり津波の「想定外」のパワーが主因だとは思います。ただ、過去にはこういう記事もあります→「東電、原発の装置故障を隠ぺい」。また、(廃炉を避けるため?)海水注入の判断が遅れたことは非常に残念です。
※追記:非常用設備が不十分だったという指摘も→「日本の規制当局、原子炉のぜい弱性を軽視」
※追記:福島第一原発は東電の過失と指摘→「政府は東電を救済するな」


関東の停電の問題に関しては、効率化もしくは規模の経済が被害を大きくしている側面はあるでしょう。効率化を求めれば、原子力にしろ火力にしろ、大規模化は常套手段となります。原子力の場合は特に立地が非常に制限されますので一か所に設備が集中します。

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ブラック・スワンに対処するための9原則として本書では下記を挙げています。ただ、タレブ氏のより本質的な考えを表しているのはこちらの一文。

人間らしい誤りや見込み違いは起こるままにしておいて、それがシステム全体に広がるのを防ごうというのが私の考えだ。つまり母なる自然のやり方である。

「想定外」のことが起きることは避けられないので、それを正確に予測することはあきらめて、起こった場合の被害を最小限に抑えよう。そのためには、ある程度の無駄や柔軟性をもたせたシステムを肯定すべき、ということだと思います。

また、ブラック・スワンの事象が起きやすいのは、(一見合理的に見えるが)お粗末な専門家の予測や手法・制度設計に依存しているときなので、専門家や役人などの間違いや思いあがりに振り回されないことが重要という点も指摘しています。これも大事ですね。

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今回の震災の被害額の政府試算は16~25兆円。2011年度経済活動への影響は1.25~2.75兆円で、これによりGDPを最大で0.5%押し下げると見込んでいます。(関連記事)

しかし、もっと日本経済に大きな損失を与えそうなブラック・スワンは国の財政破綻ではないかと思っています。GDP押し下げの影響は0.5%程度では済まないでしょう。

もっとも、これはある意味すでに想定されていることなので、そういう意味ではブラック・スワンではないかもしれませんが。。。

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■ブラック・スワンに対処するための9原則

1.時の試練と、はっきりとは現れない知識に敬意を持つ
2.最適化を避ける。無駄を愛することを学ぶ
3.確率の小さいペイオフを予測しない。普通の事象ならその限りにあらず
4.起こりにくい事象に、「典型的な姿」なんてないのに気をつける
5.ボーナスの支払いにはモラル・ハザードがついてまわるのに注意する
6.リスク指標は避けて通る
7.よい黒い白鳥か悪い黒い白鳥か
8.ボラティリティが見られないのをリスクがないのと取り違えない
9.リスクを表す数字を見たら気をつけろ



「私たちは生まれてから見たことのある一番大きなものが、この世の一番大きなものだと思い込む」(ルクレティウス)※ローマの詩人





強さと脆さ/ナシーム・ニコラス・タレブ

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