現実認識力把握力の差はどこから生じるのか?
先日、営業と会う。
その営業さんの無意識メッセージは、
「自分は扱ったことが無いから、
自分は自身が無い。」
という、メッセージ。
相手が大企業だったから、
しかたなくその商品を買う。
中小企業の営業なら、
絶対にそんなメッセージ出されたら買わない。
まぁ、営業さんの社内のバックアップ体制に
問題もあるのだろうか。
その時に、自分が感じた問いは
「現実認識把握力はどこで生まれるのか?」
である。
ちなみに、相手の営業は話の軸が無かった。
今は、わからないが「問い」として持っておきたい。
私たちの脳の特徴でもあるような気がするのだが・・・。
新規事業に関しての人の使い方、雇い方の考え方。
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新しいもののために新しく人を雇うことは危険である。
すでに確立され、順調に運営されている活動を拡張するには、
新しく人を雇い入れることができる。だが新しいものは、
実績のある人、ベテランによって始められなければならない。
新しい仕事というものは、
どこかで誰かがすでに行っていることであっても、すべて賭けである。
プロフェッショナルの条件 P.F.ドラッカー P141
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「賭け」・・・。
そこまで、ドラッカーも言っているのか。
世の中全体の風潮として感じられるのが、
新しい人に対して「過剰な期待」がある。
これがどうしてあるのだろう?
日々の自分の業務が忙しすぎる。
そのため、新しい人材がくると過剰に期待する・・・。
これじゃ、うまく、人材マネジメントはできない。
そもそも、私たちだって初心者の時には、
「使えない人材」だったではないか。
なぜ、それを教える立場になると忘れるのか・・・。
会社、社長の価値観で、
ビジネス(仕事)というのは、
非常に大きく動くものだ。
その価値観で動かなくてはならないから、
新しいことを、ベテランに任せるのは当然だし、
その価値観がわかっていない、
新しい人材を雇ったとしても、
必ず価値観の相違がでてきて、
始めはうまくいったとしても、
時間がたつにつれて崩壊していく。
当たり前すぎるが「習慣」の重要性。これを軽視しない人が成果を上げる。
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成果をあげる人に共通しているのは、自らの能力や存在を成果に
結びつけるうえで必要とされる習慣的な力である。
---省略---
言い換えるならば、成果を上げることは1つの習慣である。
習慣的な能力の集積である。そして習慣的な能力は、常に習得に
努めることが必要である。習慣的な能力は単純である。
あきれるほどに単純である。
---省略----
習慣になるまで、嫌になるほど反復しなければならない。
プロフェッショナルの条件 P.F.ドラッカー P81
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
おぉ~~!!
名言に出会った。
ドラッカーも行っている。
日本流に言うならば「量稽古」。
個人的には
この「嫌になるほど反復しなければならない。」
というのが大好きだ。
「嫌」という感情がでてきたら、
それは「修得」ができてきた「合図」である。
ちなみに、この毎日書いているブログも
自分では修行だと考えている。
はっきり言って、書きたくない。
しかし、立場上、伝える能力や、
文章を書く能力はたけている必要がある。
なんだかんだ、やる必要があるので、
毎日書いている。
一時、ブログをかいていて、
一時書くということから離れた。
そうしたら、途端にかけなくなる。
あたりまえのことだ。
少しでいいから、必要な能力は
毎日触る必要があると感じた。
そして、去年の12月に文章を
通して伝える能力を、もっと磨かなければ
ならない場面に出くわす。
それから、ほぼ、書き続けている。
実は能力を上げることは決して
大変なことではないのだ。
少しやる、寝る、少しやる、寝る
少しやる、寝る、少しやる、寝る・・・・・・。
これが、最大の能力の向上のさせ方だ。
私たちの脳は寝ているときに
起きていることを整理する。
これを意識的に上手に使う。
それがわかってくると、
「毎日の少しの努力の重要性」
が、わかってくるはずだ。
だが、ここでこれを伝えても、
やる人は極僅かだ。
これが、本当に続く人は1%いないだろう・・・。
この差が、決定的な差を生む。
成果をあげる人に共通しているのは、自らの能力や存在を成果に
結びつけるうえで必要とされる習慣的な力である。
---省略---
言い換えるならば、成果を上げることは1つの習慣である。
習慣的な能力の集積である。そして習慣的な能力は、常に習得に
努めることが必要である。習慣的な能力は単純である。
あきれるほどに単純である。
---省略----
習慣になるまで、嫌になるほど反復しなければならない。
プロフェッショナルの条件 P.F.ドラッカー P81
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おぉ~~!!
名言に出会った。
ドラッカーも行っている。
日本流に言うならば「量稽古」。
個人的には
この「嫌になるほど反復しなければならない。」
というのが大好きだ。
「嫌」という感情がでてきたら、
それは「修得」ができてきた「合図」である。
ちなみに、この毎日書いているブログも
自分では修行だと考えている。
はっきり言って、書きたくない。
しかし、立場上、伝える能力や、
文章を書く能力はたけている必要がある。
なんだかんだ、やる必要があるので、
毎日書いている。
一時、ブログをかいていて、
一時書くということから離れた。
そうしたら、途端にかけなくなる。
あたりまえのことだ。
少しでいいから、必要な能力は
毎日触る必要があると感じた。
そして、去年の12月に文章を
通して伝える能力を、もっと磨かなければ
ならない場面に出くわす。
それから、ほぼ、書き続けている。
実は能力を上げることは決して
大変なことではないのだ。
少しやる、寝る、少しやる、寝る
少しやる、寝る、少しやる、寝る・・・・・・。
これが、最大の能力の向上のさせ方だ。
私たちの脳は寝ているときに
起きていることを整理する。
これを意識的に上手に使う。
それがわかってくると、
「毎日の少しの努力の重要性」
が、わかってくるはずだ。
だが、ここでこれを伝えても、
やる人は極僅かだ。
これが、本当に続く人は1%いないだろう・・・。
この差が、決定的な差を生む。