太田道灌像(JR山手線日暮里駅) | 浮世な世界

浮世な世界

歴史好きの男子学生が史跡やお城をまったりと紹介するブログです!

※ブログ内の写真や文章の著作権はすべて管理者に属しています。
 もし写真(公私問わず)を使用したい方はブログにメッセージをお願いいたします。


こんばんわ


現在BSの熱中スタジアムを見ています。


歴女の皆さんの語りが熱いですね~(;^_^A



さて、本日2回目の更新です。


JR山手線の日暮里駅の近くの意外な人物の銅像がありました。




浮世な世界


↑室町時代に活躍した武将太田道灌(1432~1486)です。


江戸城を築いたことで有名な武将ですね!!


太田道灌は太田道真の嫡男として生まれました。


道真が仕えていた扇谷上杉家に道灌も仕え、山内上杉家や古河公方の足利成氏らと攻防を繰り広げました。


1477(文明9)年に山内上杉家の重臣である長尾景春が足利成氏と手を結んで反乱を起こしたことによって関東地方に戦火が広がると、主君の上杉定正を補佐して鎮圧にあたるとともに扇谷上杉家の勢力を拡大させました。


道灌はかなり優秀な武将だったらしく、あまりに優秀さに主君の定正はいつか謀反を起こすのでは?と思うようになったようです。


そこに目を付けたのが敵対していた山内上杉家で、道灌が謀反をたくらんでいると定正に讒言、それを信じた定正によって惨殺されてしまうのです叫び


道灌が殺される際に叫んだといわれるのが「当方滅亡」という言葉。


まぁ、簡単に言うと家臣を殺すような主家はすぐに滅びるぞということですな!!


実際に扇谷上杉家はその後滅んでしまいました。




浮世な世界

↑ズームです


道灌は文化人としても知られ、特に和歌の教養が素晴らしかったそうです。


そんな和歌にまつわる道灌の逸話に「山吹伝説」があります。


ある日鷹狩りに出かけた道灌は帰りに雨に降られてしまいます。


目に入った小さな農家に蓑を借りようと立ち寄ったのですが、応対に出た娘は一輪の花を差し出すだけ。

訳が分からず腹を立てた道灌が帰ってから家臣にこのことを話すと、「七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに なきぞ悲しき」という和歌に掛けたのだと教えられるのです。


娘が蓑(実の)一つないという貧しさを山吹に例えたことを知った道三は、己の無学を恥じ一層和歌の勉強に励んだといいます。



何とも切ない伝説ですね(´・ω・`)


というか家臣もかなり教養があるんですね(笑)

そういえば太田道灌って一般的に知られてないんですかね~?


友達とか全然知らないんで(;´▽`A``



ペタしてね    読者登録してね